とある魔術の未元物質
SCHOOL54  世 界


―――薬も過ぎれば毒となる
過剰供給というのは何事も毒だ。休みにしても偶にあるからいいのであって、一年間完全に休暇と言われても暇だろう。仕事の合間に休日があるから、休日は一層輝き価値を増すのだ。そして魔術においても同じ。治癒魔術を過剰にかければ、逆に体を破壊する事にもなりかねない。人世、ほどほどが重要不可欠だ。








 それは小さな出会いでした。
 渡されたのはゲコ太のストラップ。手に入れたのもゲコ太のストラップ。
 殺戮と世紀末と筋肉渦巻く運命が、今、静かに動き始めて…………

「たまるかっ!」

 思わずレイビーは叫んだ。
 突然の事にフレンダが変な目をしてこっちを見てる。

「おうおう兄ちゃん。一体どうした? 乳酸菌とってるぅ?」

「その台詞、お前が言っても萌えの欠片もない…………。それより、どちらさまでしょうか?」

「ほほう。俺の名前が気になるのか!!!」

「そりゃ、いきなり近道しようとして道を塞がれたら……ねぇ」

「よくぞ聞いてくれた!
俺の名前はスヴャトポルク=コンスタンティン=ボグダノフ=ベレゾフスキー。今を時めくスキルアウトの一匹狼だ!!!」

「長ェ!」

「ロシア人っぽい名前って事しか分からなかった訳よ」

「というか一匹狼って……普通、自分で言うか?」

「こまけぇことはいいんだよ!!!」

「…………そうですねー。じゃあ、俺はこのへんで」

「待てい!」

「なんですか?」

 帰ろうとしたら呼び止められた。
 
「おい金髪の小娘! こいつはお前の連れか!」

「うぅん……なんというか一時的な家主?」

「おぃいいいいいいいいいいいい! そこは違うとか言うところだろうがぁ!」

 気のせいでなく、スヴャトポルク=コンスタ―――――――――――長いのでタケノコに省略――――――タケノコの威圧感が数段増した。
 ヤバい予感がひしひしと伝わってくる。
 正直、さっさとこの場から退散したい。

「ところで俺、帰ってもいいですか?」

「貴様ァ! 女を置き去りにして男が退散するというのかァ! 恥を知れ。それでも貴様は日本男子かっ!」

「……違います」

 レイビーは日本人とドイツ人のハーフである。
 複雑怪奇な家庭事情により両親が日本で離婚し、半ば追い出される形でこの学園都市に居住しているが、少なくとも国籍上はドイツ人だったような気がする。

「いいか!!! 一度恋仲になった以上、男は恋人である女を命懸けで守らにゃならんのだ!!!」

「いや、恋人じゃないっての」

「黙らっしゃいッ! お天道様が見逃してもこの俺は見逃さん!!! そのケータイのお揃いストラップはなにか!!!???」

「これは単なるペア契約の……」

「羨ましいぃぃぃいぃいい!!! 羨ましいぃぃいぃぞおぉおぉぉぉおぉおお!!! この俺なんて生まれてから一度も彼女なんて出来た事ないというのに!!! おんどりゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 重要なのは顔か!ルックスなのかぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

「たぶん性格だと思うわ」

「同意」

 フレンダとレイビーの心が初めて一緒になる。
 そりゃこんな暑苦しい上に、声が一々デカい男と付き合う女性なんて、金目当てでもなければボディービルダーくらいだろう。或いは筋肉フェチ。

「つぅか、そんなに女=守るものってなら見逃してくれないかな。そうすれば万事解決するから」

「駄目だ!!!」

「なんでだよ!」

「こっちは学園都市側の妨害で外の奴等に接触出来なかったんだ!!! それもこれも、こいつが俺の邪魔をしてきたからに違いないッ!!!」

「…………したのか、邪魔?」

 念のため、フレンダに尋ねる。

「邪魔といっても五分くらい足止めしただけ。あーでも結構こいつが暴れまわったから、騒ぎを聞きつけた警備員や他の暗部が動いても可笑しくはない、かもね」

「単なるタケノコの自爆じゃないか」

「タケノコ? ……もしかして、この筋肉ダルマのこと?」

「ああ。顔の形がタケノコだろ」

 タケノコの頭はデカいが細長く、頭の天辺にいくほど小さくなっている。この形、正にタケノコ。これで頭がハゲなら笑えたが、残念ながらタケノコの髪形はスポーツ刈りだった。

「ぷぷっ……結局、言えて妙なわけよ」

「だろ?」

「こらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 人のコンプレックスを馬鹿にしちゃァいかんと!!! 親御さんに教わんなかったのか!!!」

「私、親いないし」

「俺はいるけど……離婚した上に親父は愛人と同居してるしな……。親が学園都市にいれたのも、俺が家からいなくなるからっていうのが大きいし」

「…………なんか、すまなかった」

 驚くべきことにタケノコが逆に謝った。
 きっと見た目と違ってわりとヘビーな人世を歩んでいた二人に面食らったのだろう。

「し、しかし!!! 彼女いない歴=年齢の俺のもとでいちゃつくのは許せん!!!」

「言ってて恥ずかしくないか、それ」

「じゃかぁしぃいいいわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 遂に我慢の限界がきたらしいタケノコが、軽く100kg以上はありそうな筋肉の鎧をまとったまま突進してくる。あんなものに追突されれば、意外と筋肉質な自分はまだしも細見のフレンダは骨の一本や三本はいかれるかもしれない。
 無視してもいいが、フレンダには色々と―――――――。
 仕方ない、か。

「マヌケが……。知るがいい、『世界(ザ・ワールド)』……もとい『上位次元(オーバーフロー)』の能力はまさに! 世界を支配する能力だということを!」




「『世界(ザ・ワールド)!』



 その時。
 全ての時が止まった。
 なにか懐から怪しい機器を取り出していたフレンダも、嫉妬と激情のままに突進してきたタケノコも、空を飛んでいた蝶も、大気も、水も、雲も、全ての時間が停止した。
 例外たる一。能力者たるレイビーを除けば。

「これが……『上位次元(オーバーフロー)』だ。もっとも『時間の止まっている』お前には見えもせず感じもしないだろうがな…」

 この状態では受け身も防御も出来ない。
 ただ一方的なる、ワンサイドゲーム。
 レイビーは拳を硬く握りしめる。これでも元ボクサーの父親から幼い頃からサンドバックとジムの練習生を遊び相手にしたきたのだ。そして幼い頃の遊びと称されたトレーニングはもはや趣味の粋に達している。そのパンチ力は親元を離れた事で衰えるどころか逆に上がっている。  
 
「死ねィ! タケノコッ!」

 渾身の右ストレートがタケノコの腹に突き刺さる。
 言葉通り死ぬことはないにしても、しばらくは飯が喉を通らなくなるだろう。
 決着はついた。



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