とある魔術の未元物質
SCHOOL58  学 園 都 市


―――国破れて山河あり
国が亡び、そこに住む人々が死んでも、その自然までもが失われることはない。少なくとも昔はそうだった。しかし今はどうだ。人間は核兵器という禁断の果実を手にした。もしもその気になれば、人類は地球上から自然という自然を抹殺できてしまうだろう。想定される最悪の未来とは、この地球上から全ての自然が消え去ることなのかもしれない。









「――――――――結論から言うが、別に俺はお前達の計画を止める気はねえぞ」

 緊張するオリアナとリドヴィアに、あっさり垣根は言い放った。
 驚いたのは二人だ。

「そ、それは本当なので!?」

「妨害とかしないのは嬉しいけど…………あなた、学園都市の人間じゃないの」

 リドヴィアは若干パニックになり、場馴れしたオリアナは尤もな疑問を言う。
 垣根帝督が学園都市の人間だというのはリドヴィアとオリアナにとって周知の事実だ。二人はこれまで何気なく垣根に学園都市の地理情報などを聞き出していたが、それには計画のことがばれぬよう細心の注意を払っていた。
 それというのも、この計画を垣根が知れば妨害してくるだろうと予測してのことである。

「そりゃあ俺が学園都市を出る前なら止めただろうな。あの頃にはあの頃で目的があった。インデックスとは関係ねえ、俺自身の目的が。だが今はそうじゃねえ。学園都市が亡くなろうと消滅しようが、俺にはなんのデメリットもねえよ。寧ろ追っ手が永遠にこなくなってメリットがあるくれえだ」

 リドヴィア達が学園都市で使おうとしている礼装の名は使徒十字(クローチェディピエトロ)
 突き刺した場所をローマ成教の支配下にしてしまう効果を持つ、ある意味において最強の戦略兵器である。
 こんなものを科学サイドの総本山たる学園都市で発動されれば、世界を二分する勢力の半分が丸ごとローマ成教の支配下になるということであり、実質的に世界をローマ成教の単一支配下におくことができるだろう。

「大体、糞な統括理事長が支配する今の学園都市に比べりゃ、ローマ成教に支配された方がまだましなんじゃねえか?」

 これも嘘ではない。
 学園都市の闇をありありと見せつけられている暗部出身の垣根としては、まだローマ成教の支配下になった方が良いようになるのではないかと思う。

 なにせ垣根の知る学園都市の裏側には人体実験なんて日常、クローン二万体を殺害する実験、脳を改造する実験、スキルアウトなんて連中、無能力者狩り、暗部のテロ、数え上がればきりがない程胸糞悪い事件が山ほどあったのだ。ついこの前も、追っ手として派遣された暗部組織の連中が、学園都市による証拠隠滅により殺されたばかり。

 個人的な感情でも垣根は学園都市上層部に全く良い印象というものをもっていない。その一番の筆頭がアレイスターだが、他の統括理事会にしても垣根に勝るとも劣らない糞野郎揃いだ。
 対して一応ローマ成教でそこそこの地位にいるらしいリドヴィアは、多少というかかなりアレな性格だが少なくともアレイスターよりはましだ。TVで見たローマ教皇にしても、年中変な液体の詰まったガラスの中で逆さまになって浮いてる統括理事長と比べれば百倍ましだ。

「ふーん、結構薄情なのね」

「…………元々学園都市に情なんざ抱いてねえよ。…………ああそうだった。学園都市ってことで思い出した。アレイスター=クロウリーって名前、聞いた事ねえか?」

「近代における最高にして最悪の魔術師の名前ですが。それがどうしたので」

「そいつが、生きているって言われたら、どうする?」

「「!」」

 リドヴィアとオリアナが先程以上に驚愕の表情をする。
 やはり最近まで科学サイドしか知らなかった垣根と違い、生粋の魔術師である二人にとってはクロウリーというのは良くも悪くも無視できない名前なのだろう。

「まさか、生きてるっていうの。あの……最悪の男が。だとしたら…………前戯じゃすまないわよ」

「いや確証がある話じゃねえよ。もし生きてたらって話だ」

「それは有り得ないでしょう。クロウリーは半世紀前に殺されたと、当時の記録にも残っているので。仮に生きていたとしても、あの魔術師狩りに特化したイギリス清教が放置するはずがないので」

「そうねぇ。クロウリーが生きてるっていうのは刺激的で、思わずゾクゾクしちゃう話だけど、有り得ないでしょう。クロウリーが生きてるなんていうのは、アーサー王が現代に蘇るくらい有り得ない話よ」

「そうか」

 魔術師は否定したか、と垣根は受け止める。
 学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが本当に魔術師クロウリーなのか。可能性としてはまだ2:8といったところだろう。
 だがクロウリーは魔術を極めておきながら、一転して科学サイドへと走った裏切り者。なによりデータのクロウリーと垣根の知るアレイスターは、それほど剥離していない。
 今はまだ答えを出すべき時ではないだろう。
 まだ垣根は魔術について素人。
 近代一の大魔術師を推し量るなど分不相応というものだ。

「でも物語としては面白いと思うわよ。現代に蘇ったクロウリー。現実にあったら最悪だけど、想像するだけなら楽しいものよ。現実であんまりアブノーマル過ぎるプレイを要求しても引かれちゃうわ。そういうのは自分のイケナイ想像の中だけにしないとね」

「卑猥な表現は慎むように」

 オリアナがセクハラしてリドヴィアがツッコむ。
 この短期間に見慣れた光景だ。

「それと学園都市繋がりでもう一つ程頼みがある」

「なんなので?」

「俺も学園都市に行こうと思う」

「……ありがたいですが、手助けは必要ありませんので。これでオリアナは荒事のプロ。私も異教の地へと何度も布教に赴いたので慣れていますから。貴方が危険を冒してまで学園都市に来る必要はありませんので」

「違う違う。そうじゃねえよ。インデックスの『首輪』。あれをどうにかするのに……学園都市の情報が欲しい。色々とリドヴィアから魔道書見せて貰ったが、俺の欲しい魔術はなかった。こうなりゃリスク承知で俺自身で新しい魔術ってやつを作るしかねえ。その為にも、学園都市の情報が必要なんだよ」

「そういうことでしたら。して、貴方は私に何を求めていられるので?」

「大覇星祭。あの日なら学園都市に潜り込むなんざ別に難しい事じゃあねえ。だがやはり、御尋ね者の俺が不用心に街を歩く訳にもいかねえし、なにより戸籍なんてのも必要だ。礼はする。金だって払う。頼まれてくれねえか?」

「構いませんので。そのかわりローマ成教の……」

「へいへい。お前の計画とやらが成功して、インデックスの『首輪』もどうにかなれば、ローマ成教に入信しろってのもOKだ。何時までも世界中を逃げ回る訳にもいかねえし、腰を落ち着かせる場所も必要だからな」

 取引は成立した。
 垣根帝督は、漸く学園都市へと帰還する。



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