とある魔術の未元物質
SCHOOL60  迫る 邪悪


―――礼も過ぎれば無礼になる。
礼儀作法は確かに大切だ。どんなに頭が良くても礼儀のなっていない者は社会的に信用されないだろう。かといって余り礼儀を重視する余りに、それが却って無礼になることもある。十年来の親友にまるで王侯貴族に対してのような礼儀をとっても、その親友は眉を潜めるだけだろう。










 お祭りというのは古今東西どこでも賑やかなものだ。
 垣根はそう思う。
 少なくとも自分の知る限り、陰気で無言と静寂が漂う祭りなんてものは聞いた事がない。世界中探せばあるのかもしれないが、少なくともお祭り=賑やか、というのは垣根の二十年にも満たない人生の中で生まれた一つの方程式だ。

 大覇星祭。
 学園都市の体育祭でもあるこのお祭りも、やはり垣根の方程式通り賑やかであった。普段なら人口の殆どを学生が占めるというだけあり、大人達がわんさか歩いている光景なんていうのは珍しい学園都市だが、広く一般にも開放されている大覇星祭の期間中は違う。
 学園都市に子供を預けている親御さんから親類縁者は勿論、外国からの観光客というのも少なくない。
 大覇星祭というのは生で超能力というものの実演が見れる数少ない機会であり、観光客はこの機会にこぞって学園都市を訪れる。中には産業スパイなどの類も紛れ込んでいるかもしれないが、常識的なスパイなら学園都市の技術力の前には成す術もないだろう。だが非常識な者達ならば別だ。

「それじゃあねぇ。お姉さんはこれからリドヴィアとのお仕事があるから、二人で仲良く観光してきてね」

「達者でな。なんかあったら連絡しろ」

 学園都市に入って早々にオリアナと別れる。
 インデックスはオリアナの言う仕事が気になっていた様子だったが、守秘義務の一言の前にはそれ以上の追及は出来なかった。

「でも、ていとく。学園都市を歩くのも久しぶりだね。前に食べたシェイク、食べたいな!」

「テメエはそればっかだなホント。てか実名言ってんじゃねえ。忘れたか」

「ご、ごめんなんだよ! かきたろう」

「…………偽名と分かっていても、なんかイラつく名前だ」

 学園都市における逃亡者である垣根達がこうして大覇星祭期間中でも堂々と潜り込めたのにも理由がある。その一つが偽の身分証明書だ。
 この大覇星祭の期間中、垣根帝督は「水木柿太郎」で、インデックスは「インデ=エックス」なのである。ちなみに垣根の名前はリドヴィアが勝手に決めて、インデックスは変な名前をつけられた垣根が八つ当たりを込めて決めた。
 ついでに言うとインデックスの服装は『歩く教会』を隠すために白いコートを着こみ長いスカートを穿いた状態であり、フードはとっている。
 垣根に至ってはリドヴィアとオリアナによる魔術により、鼻が高くなったり目がよりギラついていたりと多少変わっている。おまけに髪を金に染めてグラサンをかけているから、まんまクワ○ロ大尉だ。

『すべて根性で乗り切ることを誓うぜ!!!』

「うぉ!?」

「わっ!」

 いきなり響いてきた大音量の声に、垣根とインデックス……もとい柿太郎とインデ=エックスが驚いた。垣根……じゃなくて柿太郎……ああもう。垣根が電気屋のTVを見ると、なにやら垣根とは違った意味で常識の通用しない男、LEVEL5の第七位、根性馬鹿の間違った熱血野郎こと削板軍覇が大覇星祭で選手宣誓なんてものをやらかしていた。
 その横で存在感を奪われた常盤台の女王がしょんぼりしている。

「大覇星祭の選手宣誓…………よりにもよってLEVEL5に任せやがったのか。何考えてんだよ学園都市は。馬鹿じゃねえの。あんな人格破綻者共に……」

「かきたろうもLEVEL5じゃなかったっけ」

「俺は日常では常識的だからいいんだよ。まぁ、あんな人格破綻者とは一味違うってことだ。仮に俺に頼まれていたとしても引き受けねえがな。大覇星祭は努力や希望を信じているガキの遊びだ。努力や希望なんざ、この街の深い所にいりゃ否応なく存在しねえ事が分かっちまう」

 ちなみに自分の事を常識的だのと言ってのけた垣根帝督。
 本来の歴史だと『そーいうお子様にウケるビジュアルの能力じゃないかw』と大覇星祭の宣誓を頼まれた事に激怒し、『スクール』のアジトを滅茶苦茶にしてたりするのだが、知らぬが仏というものだろう。

「だが第一位や第四位なんかに任せるのに比べりゃ万倍マシか」

 一方通行や麦野沈利が大覇星祭の選手宣誓をする。
 そんな事になれば、95%の確率で流血沙汰になるに違いない。流石に学園都市の闇の深い所にいる二人に選手宣誓をさせるとは思えないが。

「これからどうするの? 見物?」

「……直行で目的を果たすってのも目立つだろうからな。取り敢えずは観光客らしく一つくらい競技見物と洒落込んで」

 頭の中に学園都市の地図を描き出す。
 目的の脳関係の研究所は主に競技をやっている学区からは離れたところにある。当然、競技場近くと比べれば人の疎らだ。つまり人目につく。
 
(あそこに行く前に情報収集しねえとな。『スクール』のアジトが使えりゃいいが…………てか『スクール』はどうなってんだ? 心理定規あたりがリーダーにでもなったか、他の暗部組織に吸収されたか)

 強行突破も不可能ではないが、エレガントな手段とはいえない。
 出来る限りはばれない様静かに。そして目標の情報さえ手に入れれば、後は強行突破で離脱すればいいだけだ。
 白翼を使い高速飛行する垣根を止められる能力者など、少なくとも学園都市にはあの一方通行以外は存在しない。

(待てよ。一方通行の『絶対能力進化実験』。もう終了してんのか? もし実験が滞りなく成功していたとすりゃ、既に一方通行はLEVEL6になっている? 分からねえ事が多すぎんな。LEVEL6になった一方通行が襲ってくりゃ、悔しいが100%撃退できるって保障はねえ。慎重に、行動しねえと)

 垣根に不吉な予言を残したロベルトのことが思い出させる。
 大丈夫だ。
 自分はあんなヘマはしない。上手くやり遂げられる。自分は誰だ? 学園都市第二位の垣根帝督だ。そんな予言や常道なんてものは通用しない。
 晴れた青空が不気味に見えるのは、気のせいだろうか?





 学園都市の片隅に放置された廃工場で一人の東洋人が手に持った写真を眺めながら、ビール瓶をラッパ飲みしていた。
 周りには空になったビール瓶が五本はある。恐らくその全てが男の腹の中に納まってしまったのだろう。

「運命、っていうのかねぇ。こういう場合」

 依頼を受けたのは偶然だった。
 ただ学園都市の使いから、やけにギャラの良い仕事がきたから受けた。ただそれだけ。
 その仕事の詳細な内容を知ったのは先程だ。

「垣根帝督。学園都市第二位のLEVEL5か。道理で強ェわけだ。能力だけじゃ勝てないわな」

 不可視の力が垣根帝督の写真をズタズタに引き裂く。
 そして六本目のビールも飲み終えたのか、地面に放り投げた。ビール瓶が割れる音がする。警備員などが見れば注意するだろうが、生憎と此処にそんな者達はいない。

「能力だけじゃ、分が悪い」

 事実だ。
 幾ら劉白起の『原石』としての力が強力だろうと、常識を捻じ曲げる垣根帝督とは相性が悪い。
 しかし、だったらこちらも常識的じゃない能力で戦えばいいだけだ。

「悪いねぇ〜、垣根帝督。俺は能力者だけじゃなくて魔術師でもあんだよ、これが」

 なにやら不気味な言葉を呟くと、廃工場に転がっていたビール瓶が一斉に燃えだした。
 血がポタポタと落ちる。
 魔術を行使した後遺症だろう。血管が破裂し血が溢れていた。しかし数瞬もすると傷がたちまち塞がっていく。

「魔術師、『原石』、そして聖人としての力も使う。総力戦といこうか、垣根帝督君」



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