とある魔術の未元物質
SCHOOL65  待つ 者


―――まず食うこと、それから道徳。
人間が最初に求めるのは食事である。睡眠は眠る環境があれば何時でも眠れる。性欲は欲求不満にはなるだろうが、死にはしない。だが食事は摂取しなければ死ぬ。そこにはどんな生命体にも例外はない。あらゆる欲求は食の後にあり、食なくして人間社会は有り得ないだろう。しかし暴飲暴食というのは、良くないと思う。主にお財布的な意味で。









 普通、これくらい派手に騒げば警備員なり風紀委員なりが来てもおかしくない所だが、劉白起は予めこの辺一帯に人払いの術式を刻んでいたらしく、そういった予兆はない。しかし術者が死んだ今となっては、その術式がまだ残っているとは考えずらい。再度、垣根の手により人払いの術式を刻む。
 視線を感じる。
 インデックスが垣根が魔術を行使する所をマジマジと凝視していた。

「本当に、魔術を使っても何ともないの?」

 この世界の誰よりも魔術というオカルトを知っているインデックスが、声色に疑問と心配をしみこませながら言った。

「理由は、知らねえ」

 ボサボサになった髪の毛を未元物質で元通り整える。服もあちこちが薄汚れ、破けている箇所が多々あった。高い服を購入したのは失敗だったようである。もし今度、学園都市に来るときは余り高い服はきこんでこない様にしようと垣根は胸に刻んだ。

「初めて魔術を使ったのはロシア正教、ワシリーサのとこに居た時だ。敵の事を知る為にって訳じゃねえが初歩的な魔術本を見て、適当に『水よ』って詠唱したら本当に水が出やがった」

「……よく、初心者がやっちゃうミスの一つだね。普段なりげなく使ってる会話とか言葉に、周りにある魔術的物品が反応して魔術になっちゃう。だけど、その時もなんともなかったの?」

「傷一つ、俺にはなかった。超能力者が魔術を使うと血管が破裂するらしいが、それもねえときてた。ワシリーサが不思議に思って、俺も試に二度三度魔術を使ってみたが――――――――」

 遂に垣根が魔術を使う事で反動を受ける事はなかった。他の超能力者は魔術を使うたびに血反吐を吐いていたにも関わらず。明らかに、普通じゃない。
 LEVEL5だからなのか未元物質という能力のせいなのか、垣根帝督だけが特別なのか、それは卓越した魔術師でもあるワシリーサもエリザリーナにも分からなかった。 

 インデックスにとって幸いだったのは、垣根がエリザリーナという魔導師から正当な手順を踏んで教えを受けていた事だろう。魔術というのは便利な力に見えて、扱いを間違えれば術者本人を殺す危険な爆弾にもなりうる。素人が面白半分に手を出していいような技術ではない。

 エリザリーナは確かな実績ある魔導師であり、それの教えを受けた垣根も、そういった間違いがないようしっかりと基礎などを叩き込まれている。
 十字教式の魔術を使う為に、聖書なども読まされているし術式の構成だってしっかりとしている。流石に土壇場で作り出した未元物質を使った術式はまだしも、他の魔術ならかなり安定した強度と性能でしっかりと構成が練られていた。そこいらの魔術師よりも、よっぽど優れた程に。

「私の為、なの。ていとくが魔術を学ぼうと、思ったのは」

「勘違いしてんじゃねえ。全部、俺の為だよ」

 垣根帝督は垣根帝督の為に動く。
 魔術もその為の手段だ。インデックスを助けたいから、救いたいから救う。それだけだ。
 
「なにしてやがる?」

 未だに地面で炎がパチパチと燃えている。垣根の行使した魔術の余波だろう。インデックスはその地面にしゃがみ込んでいた。『歩く教会』があるお蔭で火の影響はないだろうが、かといって垣根にはどうしてそんな真似をしているのか理解出来なかった。
 垣根が未元物質をその炎に混ぜると直ぐに鎮火したが、インデックスはそこにしゃがみ込んだまま。そして静かに、十字を切った。

「……悼んでるのか、その糞野郎を」

「私は、シスターだからね」

 そう言い微笑むインデックスは、本当に聖母のようであった。自分を害そうとした相手の死を悼む。その心を垣根は良く理解出来ない。どうして敵なんかを、どうしてあんな人間を、と思ってしまう。それに劉白起という狂人が敵に死を悼まれて喜ぶ人間には思えなかった。
 
「チッ、下らねえ」

 深く考えるのを止める。
 どうにも戦闘で負った傷が痛んだ。帰ったら治癒魔術を掛けた方がいいだろう。
 当初の目的を果たすべく、垣根はインデックスを置いて研究所の中に入って行った。中は広かった。意外にも掃除が行き届いているのか清潔感が漂っている。前に来た時は、もっと汚れていたような気がするが、掃除でもしたのだろうか。
 垣根の知る他の研究所というのはあちらこちらが散らかっており、まるでゴミ山だった。そのゴミ山で男女問わずボサボサ頭で目に隈の出来た職員が、何日も洗ってない白衣を着こんでゴキブリと一緒に妖しげな研究にのめり込むという地獄絵図が広がっており、あれは色んな意味で学園都市の闇であった。
 それに比べると、ここはまるで天国だ。やっている事はどこもかしこも似たり寄ったりだろうが、少なくとも外観と見た目だけは天国なだけマシだ。
 
「ピカピカのツルツルだね。学園都市のていとくの部屋よりもきれいだと思う」

「そうだな―――――――ってコラ。どうしてテメエがここにいやがる!? 外で待ってろって言ったろうが、戦闘前に!」

「え、え〜と……忘れた、忘れちゃってたんだよ!」

「嘘つくんじゃねえ。完全記憶能力あるだろうが!」

「むむぅ…。完全記憶能力って、私に災厄しか齎してない気がするんだよ! あれ、そこで人が倒れてる!」

「あっ、ちょっと待て、おい!」

 駆けだしたインデックスを追うと、本当に人が倒れていた。
 垣根の記憶フォルダの最下層に保存されている何日も洗っていない白衣ではなく、少なくとも最近洗ったような白衣を着こんだ中年男性。この研究所の職員だろう。ネームプレートには『鶯谷原宿郎』という山手線の駅名みたいな名前があった。きっと子供の頃には名前のことで散々馬鹿にされたに違いない。
 首筋に触れると、脈はあるようだった。目立った外傷もない。未元物質を使い体を調べてみるが、毒物の類も発見出来なかった。外傷も薬でもないが、こうして職員が眠るように倒れている現実。一般人なら首をかしげる所だろうが、垣根には一つこの現象に心当たりがある。

(精神操作系の能力者か……?)

 数多ある能力の中でも、人の精神に作用する力というのは発火能力や発電能力に並んでポピュラーなものの一つである。精神感応、暗示、記憶操作などなど、その分野は多岐に渡る。『スクール』の構成員の一人にも『心理定規(メジャーハート)』という能力者がいた。
 精神に直接作用するという特性上、外傷や薬物などの痕跡もなく人を気絶させることも、殺すことも出来る。この職員にしてもこの時間、廊下で居眠りしている訳もないだろう。ならば精神系能力者になんらかの攻撃を受けた可能性が非常に高い。問題となるのは、その能力の種類だが。

(関係ねえ。精神感応系だろうが何だろうが、俺には効かねえ)

 身近に強力な精神操作系の能力者がいたお陰で、垣根はその能力の恐ろしさについても良く熟知している。あれはある意味、単純な物理攻撃よりも遥かに極悪な能力だ。なにしろ精神を操れば、昨日まで信頼していた友人が突如として牙を剥いて襲い掛かってくるかもしれないのである。戦争などに応用されれば簡単に地獄絵図が作れるだろう。味方の同士討ちという救いがたい光景を。
 だから垣根はそういった精神干渉に対してある程度の防壁を張っている。一方通行の『反射』のように常時発動とはいかないが、それでも精神感応系能力者の奇襲を受けて、その行動を掌握されるなんて失態は万が一にも犯さないよう警戒はしているのだ。
 斃れた職員を心配して覗き込んでいるインデックスを見つめる。未元物質さえもあっさり無力化した『歩く教会』なら精神を乗っ取られるなんてヘマはしないだろう。問題はクリアされている。

「………………」

 職員を放置し、垣根はさっさと先を急いだ。インデックスがなにやら騒いでいるが無視した。やがて怒ったようにインデックスが追ってくる。

「なにも置いていくことはないと思うんだよ!」

「五月蠅ェよ。てか最初からテメエは研究所の外に待機の予定だったろうがっ。あの職員が心配なら俺が戻ってくるまでそこで待ってやがれ」

「でも……倒れてる人、あっちこっちにいるんだよ……」

「―――――――――――――」

 インデックスの言う通り、倒れているのはあの職員だけじゃなかった。同じように白衣を着た研究員らしき男女から、どう見ても研究員には見えないマスクをかぶり武装した男達まで実に様々な人間が意識を失い倒れていた。そのどれもが、外傷も毒物の形跡なく、だ。 
 ここまでくると研究所自体が強力な精神操作系能力者に襲撃されたのは確実だろう。
 歩くこと十分。目的の場所に着く。
 扉を蹴破り豪快に入室すると、そこに垣根の知らない女がいた。 
 かなり若い、垣根よりも恐らくは若いだろう。年齢は高校生くらいだろう。大覇星祭期間中なのか体操服を着ている。日本人離れした長い金髪。パッチリと開いた目はどことなく愛嬌を感じさせる。足も長く、胸も大きい。世の男子学生は確実に心奪われるような美少女。だが、どことなく怪しい。妖しいのではなく怪しい。まるで全てが演技でなりたっているような女。それが第一印象だった。

「初めましてぇ、でいいのかしらぁ。宜しくお願いしますぅ、先輩☆」

 キャピッ、とそんな擬音でも聞こえそうにウィンクをする少女。
 背後から敵意を感じる。あの頭の激痛を思いだし、どうにか場をシリアスにしようと垣根が言葉を紡いだ。

「テメェの顔、データで見た事がある。」
 
「そうなのぉ。なにかと有名な垣根さんに名前を覚えられるなんてぇ、本当に光栄ですよぉ☆」

「心にもねえ事を言うんだな。常盤台の女王。第五位のLEVEL5。名前は食蜂操祈、だったか」

「良く知ってるわねぇ。もしかしてぇ、私に興味あるのかしらぁ?」

「いや……体操服に名前が書いてあっただけだ」

「あら、そう」
 



新約3巻買いました。
細かい内容はネタバレになるので書きませんが、ぶっちゃけるとアメリカの大統領が出ました。そしてその大統領の名前というのがなんと『ロベルト=カッツェ』。
……ええ、勘の良い方はお気づきでしょう。本作でいつだったか垣根を襲撃した暗部、そのリーダーの名前が『ロベルト=アベル』。なんと名前が被りましたw 大統領の名前と被った事を喜ぶべきか悲しむべきか、なんだか混乱しています。
さてそろそろ大覇星祭編? も終了。そんな訳で次章予告です。

9月30日。
ローマ正教と学園都市が遂に激突する。

「カムバック学園都市、だ」

再び学園都市に戻ってきた垣根帝督。そして、夜の街で戦う三人の主人公たち。

「前方のヴェント、ロシアでアンタを半殺しにしたアックアの同僚よ」

立ち塞がる神の右席。

「そのピアス、いいセンスしてんじゃねえかぁあああああああああああああああああああああああ!」

何があった垣根!

「あっ! そこの白い人、ていとく何処にいるか知らない?」

「余計に面倒な事態になりそォだ。提督閣下には伝えねェでいい」

そして……

「おなかへった」

「な、なぁ……もしかしてアンタ、魔術師なのか?」

遂に交差したヒーローとヒロイン。

「誰かと思えば常盤台の『超電磁砲(レールガン)』じゃねえか。なにしてんだよ、こんな所で。もう中二の餓鬼はお休みの時間だろうが」

「待ちなさい! アンタ――――――」

「この男は、私の獲物だ」

「さて、遊んでやるよ、アックア」

――――これより、学園都市に『ヒューズ=カザキリ』が出現します。
――――関係者各位は不意の衝撃に備えてください。



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