とある魔術の未元物質
SCHOOL67  無能力者による 下剋上


―――ギャンブル。
賭博のことだ。多くの人間は一攫千金を夢見て挑戦し、時に笑いを時に涙を時に歓喜を謳う。しかしこんな例がある。ある日、一人の男性が一か月のギャンブルの収入と支出を計算したところ支出が圧倒的に勝っていた。大勝ことはあっても大敗がそれに勝った。何事も上手くはいかないものである。









 インデックスをキットカットという餌で平静に戻させた後、漸く垣根は本来の目的。この研究所のデータにアクセスを開始した。
 記載されている情報は様々である。垣根の知りたい世界の三十年先をいく脳科学、そして学園都市の『闇』に関する情報。後者に関しては前者のついでであるが、今後の迎撃のためにも入手しておきたい情報だった。個人的な感傷でいえばリーダーを失った『スクール』のその後も気になる。

「ていとく、なんか変な数字がたくさん出てきたよ……?」

「これでいいんだ。そら、テメエは部屋の隅で肉まんでも食ってろ。魔術サイドに属するお前が科学サイドの情報見るのも不味いだろ」

「そ、そうだね!」

 インデックスが言われた通り部屋の隅に行った事を確認すると作業を開始する。
 パスワードなどのセキュリティーもあったが、それら全ては『未元物質』を応用したハッキングで形骸化している。簡単にガードを抜けると、情報の森林へと到着する。
 
 垣根は第一目標である脳科学の情報を取り出した。
 学園都市が時代の最先端を突き進んでいるのは何もロボット工学などといったものばかりではない。あらゆる科学において時代の最先端にあるのだ。医学においては『不老不死』の研究まで進められているという噂だ。
 
 脳に関する膨大な情報がディスプレイを埋め尽くす。垣根はその卓越した頭脳で一言一句記録しておくが、いかせん数が多すぎる。幾らその頭脳が世界最高峰でも垣根はインデックスのように完全記憶能力者ではない。この量の情報を一斉に記録するのはやや厳しい。

(可能な限りは頭に止めておいて、念のためにメモリースティックに入れておくか)

 持ち込んでおいたメモリースティックを突き刺し情報を抽出する。その間、垣根は後者の目的に目を奔らせていった。
 学園都市の『闇』。
 垣根が嘗て所属していた『スクール』や麦野沈利がリーダーを務める『アイテム』などといった小部隊などから、統括理事会などの動向も気になる。

「よぉ。ただいまクソッタレ」

 最後のセキュリティーを外し、モニターに学園都市の『闇』が曝け出される。表示させる胸糞悪い依頼の数々。外部の政治家や要人の暗殺から、敵対者の暗殺と粛清。逃げ出した実験体の抹殺。世界の人道主義者辺りが見れば発狂しそうな惨状。だが垣根のような人間にとって、これは謂わば日常の一ページに過ぎない。刑事が殺人事件を取り扱うのと変わらない、普通のことだった。

 未元物質でモニター内の情報を操り、気になる事項をピックアップしていく。
 中でも垣根を驚愕したのはこれだ。

『絶対能力進化実験、学園都市最強のLEVEL5が無能力者と交戦し敗北した為に停止』

 一瞬、垣根は目を疑った。いきなりド近眼になってしまったのかと思った程だ。
 学園都市最強のLEVEL5。唯一垣根帝督を超える超能力者こそが第一位『一方通行(アクセラレータ)』である。その能力はベクトル変換。ベクトルの量を自由に変換することで物体を超高速で移動させることもビルを持ち上げることも自由自在。デフォルトでは『反射』に設定されてある為、どのような攻撃も『反射』されてしまうという、この学園都市で最も『無敵』に近い『最強』だ。

 少なくとも垣根はまともに戦って自分に勝てる超能力者がいるとすれば一方通行だけだと思っている。御坂美琴や麦野沈利など垣根にとっては赤子同然に捻ることができるし、第五位にしても直接的戦闘力は皆無に等しい。他の可能性があるとすれば第七位だが、アレに関しては垣根にも良く分からない事が多いので置いておく。

 それほどの怪物が、単なる無能力者に敗北した。
 有り得ないことだ。無能力者といえど学園都市での能力開発を受けたのだから完全に無能力ということではないだろう。LEVEL0の肉体生成だろうと体に薄い膜を張る事くらいは出来る。しかしLEVEL1にも満たない脆弱の極みのような力が学園都市最強の怪物に及ぶはずがない。アレの前では『超電磁砲』だろうと『原子崩し』だろうとそこいらの一般人と変わらぬ雑魚に等しい。核兵器の直撃を受けても計算上は平気な怪物にその無能力者とやらはどのような手段を使って勝利したのか。

 垣根が上げた御坂美琴や麦野沈利ならば分かる。戦い様によってはLEVEL0でも勝つことは出来るかもしれない。所詮あの二人は特殊な力を持っているとはいえ人間。綿密な戦術や戦略を立てればどうにか倒しうる可能性はある。出力や体力の関係もあるし、『猟犬部隊』とかいうあの木原一族の研究者が率いている部隊ならば抹殺することも出来るだろう。
 それか前に垣根が協力してやった未元物質を誰にでも扱える武装にする実験。あれが成功し未元物質で武装した兵士がいるのなら、それだけで第三位と第四位は倒せるだろう。

 長く述べたが、ここでいう第三位と第四位になら可能性があることが、第一位相手では全てが不可能になる。銃弾の雨を降らそうと毒ガスを撒き散らそうと、原子崩しをぶっ放そうと、超電磁砲が飛んで来ようと、一方通行の前に『反射』され、強力な兵器は強力な自爆方法になってしまう。

(どう考えようと無理だ。ただのLEVEL0が|一方通行(アクセラレータ)を倒すなんざ。絡繰りがある。俺も知らない絡繰りが)

 その絡繰りこそ、インデックスを救う手段にもなるのだが、悲しい事に垣根はそれを知らない。その絡繰りに関してもそこのデータパンクには一切記載されていなかった。

(第一位の情報はありやがる癖して、肝心の無能力者の情報は皆無ときてやがる。まさかその無能力者ってのは一方通行よりも重要な存在だってのか? 上層部はそれを隠したがっている? 統括理事会の殆どが黙認していた『絶対能力進化実験』を潰した人物を)

 垣根の推理が正しいなら、その無能力者というのには統括理事会よりもヤバい『人間』が関わっているかもしれない。統括理事会の上。学園都市の支配者として『窓のないビル』にて君臨する人物。学園都市統括理事長アレイスター=クロウリー。

(アレイスターの糞野郎が『絶対能力進化実験』を止めようとした? 有り得ねえ。学園都市の目的ってのはLEVEL6を生み出すこと……。幾ら統括理事長でも、統括理事長だからこそ、それを潰す理由はねえ。まさか急に人道主義に目覚めたってこともねえだろうし、まさかのまさかだが『絶対能力進化実験』には一方通行がLEVEL6にシフトする以上に、他の目的があったってのか?)

 垣根は闇の中から禁断の果実を手にした感触を得た。初めてアレイスター=クロウリーが極秘裏に進めているらしい『プラン』の最奥に触れた気がした。

(俺の考えは推測に過ぎねえ。だがその『無能力者』がアレイスターにとって何らかの鍵っていう推理はそう的外れでもねえはずだ。その『無能力者』を知る事が、学園都市への対策にも繋がるの、か?)

 ディスプレイを見ると丁度、脳科学の情報抽出が終了したところだった。
 余り『絶対能力進化実験』ばかりに気をとられている場合ではない。他にも様々な情報に目を光らせていった。『乱雑解放(ポルタ―ガイスト)事件』に『天使の涙』や『キャパシティダウン』。そしてスクール。

「ハッ、リーダーがいなくなって解散か。それも、そうか」

 どうやら垣根帝督という『スクール』の中心人物がいなくなったせいで、メンバー達は他の暗部組織へと吸収されていったようだ。
 垣根が学園都市の逃亡者となったせいで。

「……………チッ、甘くなってやがる」

 暗部組織なんてのは友情で成り立つような関係ではない。幾ら同じ部署に所属していようと、それは断じて同志でも仲間でもない。単なる利害関係といえばしっくりくる。垣根にとって『スクール』で活動することは利害に合わなくなった。だから抜ける。そこに下らない感情はいらない。いらなかった。なのに、どうもインデックスと一緒にいるうちに毒されているようだ。

「『スクール』の事は、もうどうでもいい。それより、他に情報はねえか」

 ディスプレイを完全に閉じる。 
 学園都市でやるべき目的は完了した。もうここに用はない。
 今からでもリドヴィアとオリアナと合流して、学園都市に一泡吹かせる手伝いでもしてやるか。そう思い立ち上がった時だった。

 巨大な爆音が鳴り響いたかと思うと、研究所が揺れた。
 ここは中心部だったので問題はなかったが、この揺れ方だと研究所の外壁は悲惨なことになっているだろう。

「どうしたの!? いきなり地面がぐらぐらしたんだよ」

 インデックスの問いかけに応じず、垣根は研究所の機器を操り監視カメラの映像を出す。そこに写っていたのは研究所にバズーカ砲を打ち込んだらしき覆面をした兵士達。どっからどう見ても警備員という雰囲気ではなかった。暗部だろう。人払いの術式とはいえ、その人物が強くその場所に向かおうとするのを止められはしない。上層部が明確にこの研究所を攻撃するという意思を示し、それを暗部が受理したのならこの襲撃は納得できる。

「オリアナとリドヴィアは、あっちで上手くいくだろうな」

 どんな襲撃者だろうと返り討ちにする自信はあるにはあるが、前にLEVEL4しか存在しない『ブリッツ』に追い詰められかけたこともあるし、それも絶対ではない。学園都市を離れる切欠を作ったエイワスという不確定要素も垣根にはあるのだ。

「帰るぞインデックス、ヴァチカンに」

「おりあなとりどヴぃあは、どうするの?」

「手助けは必要ねえってあっちも言ってたしな。それに俺が学園都市の暗部をぞろぞろ引き連れて行っても迷惑だろ。このまま退散する方がベターだ」

「じゃ、じゃあまた飛行機っていうのに」

「いや、飛んでく」

 あっさりと垣根が言い放つ。
 顔を蒼くしたのはインデックスだ。

「駄目だよていとく。それだと機内食がないんだよ!」

「またそれかよ! いいか、リドヴィアに安全らしい着陸地点も教わったから安全面は問題ねえ。機内食は…………根性で我慢しろ」

「根性でお腹が膨れれば苦労しないんだよ!」

 正論である。どこぞの根性が栄養に直結するような馬鹿でもあるまいし、根性が栄養になるなんてことはない。ただインデックスの方も空の旅に機内食を要求する辺り普通じゃない。十字教徒でありながらインデックスは七つの大罪のうち暴食の化身と例えてもいい。

「いいから――――――飛ぶぞっ!」

「帰ったらパスタ、なんだよ!」

「前向きに検討する」

 政治家みたいな言い方で返事をすると、白翼で垣根は飛翔する。研究所の天井は垣根が睨んだだけで爆発してしまった。
 だが絶大な力を内包する垣根帝督とて神様ではない。神ならぬ身故に気づかない。もしも垣根が無理にでもオリアナと合流していればインデックスの『首輪』は今日中にも破壊できたかもしれない。
 上条当麻と垣根帝督。二人の物語は三度、擦れ違った。




一体いつになったら物語が交わるのか……。

ですが、次の章から上条さんや一方通行も話の大筋に関わってきます。



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