とある魔術の未元物質
SCHOOL71  敵意 と 悪意 の トランペット


―――悪意をすてて、愛をとれ
愛は偉大だ。悪意よりも尚上だ、一層上だ。人を最後に屈服させ支配するのは悪意でも鞭でもない。愛こそが人を屈服させ、支配するのだ。そして愛あればこそ、勝てる事もある。それはどのような事でも同じ。悪意しか撒き散らさぬ者こそ一番の弱者である。









 経験則から垣根は知っている。
 魔術師なんて連中はどいつもこいつも奇天烈な格好をしていたものだった。魔術は使えないインデックスにしても着ているのは普通とは言えない白い修道服であるし、ステイルは不良神父、神裂は聖人どころか性人と名称を変えた方がいいのではないかと思うほどエロい格好、オリアナはその神裂を超えたエロさ。サーシャに至っては夜中に出現する超変態中年みたいな服装だ。
 
 まともなのはアックアとかいうゴリラと、中身は兎も角、服装は普通だったリドヴィア。同じく中身に激しく変態的に問題……いや問題的な変態性があるがワシリーサも着ているものは普通であった。後は垣根自身。

 今また垣根の前に立ち塞がった『前方のヴェント』とかいう魔術師らしい女は、これまた奇天烈な格好をしている。頭に被っている黄色いフードと黄色い服といい、前方のヴェントではなく前方のバナナ弁当だ。なによりピアス。鼻や耳についているのなら問題じゃないが、顔面のあちこちにピアスが不規則についており、もしこれがヴェントのファッションセンスだというのなら垣根は自信をもってマイナス5000と評価するだろう。

 駄目だ。これ以上魔術師の服装のことを考えても仕方ない。これに関して議論するのは天に唾を掛けるようなもの。時間の浪費に等しい。それよりも、

(アックアの同僚……ってことは、このバナナ女もあのゴリラみてえに出鱈目な力を持ってやがるのか?)

 あれから時間は経ったが、アックアの無茶苦茶な強さはつい昨日のように思い出せる。
 数百tの水を無数の剣や槍に変えたり、一つの巨大な槍としたり、学園都市の水流操作が百人いても出来ないような超常の力を余裕に行使していた怪物。
 魔術だけでも厄介を通り越して怪物なアックアだったが、その最強っぷりに拍車をかけているのはアックアが聖人であり人外の身体能力をもっていることだろう。
 ロシアでは垣根も良く分からない内に訳の分からない現象が起きて撃退出来たが、そんなミラクルが二度も都合よく発生してくれると思う程垣根は楽観的ではない。次に戦う事になれば勝てるかどうか。
 ヴェントはその怪物の同僚といった。もしかしたらヴェントという女もアックア並みの強さを秘めているのかもしれない。

「どうしたの? 黙り込んでウジウジしちゃって。まさか怯えてんの?」

「怯えてる、誰が? テメエの格好が余りにもヘンテコだったからつい茫然となっちまったんだよ。尋ねるがテメエ、そういう趣味してんの?」

「服装っていうならアンタの連れのロシア人の方がよっぽど変な格好じゃない」

「!!??」

 ヴェントの罵声に反応したのは垣根ではなくサーシャだった。
 羞恥心で顔を真っ赤にし「ワシリーサ死ね」などと呟いている。その様子はなんだか恐い。

「だ、第一の質問ですが、後方のアックアというのは…………貴方をボロ雑巾にした魔術師のことですか?」

「ああ、てかボロ雑巾ってなんだよ」

「第一の解答ですが、気にしないで下さい。ただの八つ当たりです」

「そ、そうか」

 今度からサーシャの前で服装の話をするのは止めよう。
 垣根はそう決心した。

「ともあれ手始めに――――――」

 前方のヴェントだか前菜の弁当だが知らないが、ヴェントが邪魔になるというのなら潰さなければならない。

「この糞おん」

「駄目だよ、ていとく! その人に敵意や悪意をもったら昏倒させられちゃう!」

「!」

 ヴェントの表情が驚愕に歪んだ一瞬を垣根は見逃さなかった。

「本当か、それは」

「うん! 間違いないと思う。こんな事、人間が出来ると思えないけどそれしか考えられない。さっきはそうでもなかったけど今は学園都市に変な魔力の流れを感じるし、この人が術者なんだよ。使っているのはたぶん『天罰』。神様に敵意や悪意を抱いちゃいけないっていうのと同じような理屈で、この人に悪意や敵意を抱いたらそれだけで気絶しちゃうんかもしれないんだよ」

「な、なんだそりゃ!?」

 アックアの同僚だというのは伊達ではないらしい。
 敵意や悪意。ゲームのような遊びや模擬戦ならまだしも、本気で殺し合いをすれば余程精神が狂っている人間でなければ相手に敵意や悪意を感じずにはいられない。その敵意や悪意を抱くモノを問答無用で気絶させてしまうのなら、ヴェントと戦う者は戦う前に敗北してしまう。

「へぇ、十万三千冊の魔道書を収めた魔道書図書館っていうのは伊達じゃないみたいね。まさかこうも簡単に種明かしされるなんて。今日この薄汚い街に来た目的は『上条当麻』であって『垣根帝督』でも『禁書目録』でもないんだけど、生かしておいちゃ後々の障害になりそうダヨネ」

 不気味にヴェントがくつくつ笑う。
 敵意を抱きそうな心を垣根は必死に自制する。これはヴェントの作戦だ。挑発的に立ち回り、悪意を誘発する。これを対処するには、あの手しかない。

「ヴェントぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「て、ていとく!」

「第二の質問ですが、話を聞いていたのですか!? 悪意や敵意を抱けば……」

「関係ねえ! 関係ねえんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 見た事もない鉄製の武具をクルリとバトンのように一回転させたヴェントは、垣根の反応に満足そうに自慢顔になった。

「あはははははははっ! まさか悪意や敵意を『天罰術式』に感知される前に倒そうって魂胆? 学園都市の超能力者っていうのは悪知恵だけは利くと思ってたけど、それも間違いだったみたいね。とんだ馬鹿よ、アンタ!」

 それでも垣根は咆哮を止めない。
 ムスッとしたまま垣根はヴェントと対峙した。

「そのピアス、いいセンスしてんじゃねえかぁあああああああああああああああああああああああ!」

「え?」

「はい?」

「何?」

 インデックス、サーシャ、ヴェント。敵味方関係なく垣根以外の者全てが目を点にする。

「黄色いフードもいい感じだしてやがる。訂正するぜ、いいファッションセンスだ」

「えっ、ちょっとはい? 何言ってんの?」

 ヴェントも垣根のような敵とは遭遇したことがないのか目を白黒するばかりで混乱している。悪意や敵意を誘発させるという戦術のことすら忘れているようだった。

「だ、第二の解答ですが、その手がありました!」

 サーシャが髪に隠れてしまって見えない目を見開く。髪のせいで目が見開かれている事をインデックスや垣根は分からなかったが、垣根はニヤッと笑う。

「えと、さーしゃ。どういうことなの? 私にも説明して欲しいんだよ!」

「第三の解答ですが、簡単な理屈です。前方のヴェントの『天罰術式』は敵意や悪意に反応しますが、逆に言えば敵意や悪意にしか反応しない」

「そ、そういうことなの!」

「……はいっ」

 敵意や悪意に反応して昏倒させる天罰術式。
 だがそこに弱点があった。敵意や悪意にしか反応しないというのならば、その真逆。善意や好意には絶対反応しない。つまり垣根帝督がやろうとしているのは。

「その人に対して徹底的に好意を振りまくつもりなんだよ!」

「ははははっ、そういうこった! どおしたよヴェントさんとやら。俺は今からテメエに好意と善意しか抱かねぇ! これで昏倒できるもんならしてみやがれっ! はははっははははははははははははっ!」

 意図的にヴェントへ好意を抱くよう無駄にハイテンションになっている垣根が高笑いする。
 ヴェントは悔しげに舌を噛んだ。



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