とある魔術の未元物質
SCHOOL72  アックア 來る


―――傭兵。
金銭などで雇われ、直接関係のない戦場に赴き戦う者達のことである。日本人には信じられないかもしれないが、現代においても傭兵は存在しており、民間軍事会社などという新しい形の傭兵も生まれている。戦争の当事者集団に戦闘能力が欠けている時なども傭兵などというのは重宝され、現代戦とも切って離せない存在、それが傭兵だ。









 敵意と悪意を抱いた相手を問答無用に昏倒させてしまう反則的な魔術『天罰術式』。
 しかし一見無敵に思えるその術式には致命的な欠点があった。悪意や敵意にしか反応しないため、好意と善意を抱く相手には通用しないのである。
 『天罰術式』は強力過ぎる魔術だが、ヴェントはその強力さ故にか他に強力な手札は現段階では持っていない。身体能力も平均以上ではあるだろうが聖人であるアックアと比べれば月とスッポン。超能力者であり魔術師でもある垣根の敵ではない。

「ははははははっ! おいヴェント、テメエの顔面にゴミがついてんぞ。取ってやるよっ!」

 満面の笑顔で垣根がヴェントの頬に手を伸ばす。邪気のない無邪気な行為。見る人が見ればまるで恋人同士のじゃれ合いに映ったかもしれない。音速で行われたその動作を視認できたのなら、であるが。
 ヴェントが寸前で垣根の手を躱す。そのせいで空を切った掌がヴェントの背後にあった電柱に激突し、グギッと嫌な音を立てながら電柱が折れた。

「何で避けるんだ? ゴミをとれなかったじゃないか」

 ホストみたいに整った容姿の面目躍如というべきか。本当にどこかの店のナンバーワンホストみたいな優しい微笑を浮かべながら、垣根が優しくヴェントに言った。

「避けるに決まってるでしょ! そんな音速の掌で顔面に触られたら、私の顔面がミンチになるわよ!」

「お茶目だなぁ、ヴェントは。俺がそんな事するわけがないじゃないか」

 もはや気持ち悪いを通り越して不気味だった。
 ヴェントの『天罰術式』を攻略する為とはいえ、こんなにも猫なで声を出す垣根をインデックスは見た事が無い。普段が普段だけに、急にキャラが変わっても気色悪い。

「…………第一の質問ですが、頭は大丈夫なのですか?」

 垣根の首がグギギと背後を見たかと思うと、微笑マスクが普段のマフィアマスクに戻る。
 どうやらサーシャ達相手の時までアレモードになるつもりはないらしい。

「大丈夫に決まってんだろうが。これも作戦だよ、作戦。んなことよりサーシャ、テメエはさっさと例の品物を奪い取ってきやがれ」

「しかし……」

「勘違いするなよ。俺の目的はこの美しいお嬢さんと交流する事じゃねえ。あくまで『天使の涙』を奪い取ることだ」

 美しいお嬢さんとはヴェントのことだろう。
 その部分を発生する時だけまたあの微笑マスクに戻った。

「第一の解答ですが、了解しました。ご武運を」

「テメエもな」

 サーシャは賢い少女だ。言わんとする事を直ぐに理解した。
 学園都市に再度舞い戻った理由、それは当然ワシリーサの依頼に他ならない。ヴェントが学園都市でどんな事を企んでいたのかは知らないが、学園都市が爆発しようと崩壊しようと少なくとも垣根には損はない。戦闘狂という訳でもなし、無理してヴェントのような厄介な敵と戦う理由はないのだ。
 魔術で自らの身体能力を強化したのか、トップアスリートのような速度でサーシャが戦場を離脱していく。あの微笑マスクでヴェントを流し身するが、ヴェントがそれを悔しがる様子はない。どうやらヴェントの目的は『天使の涙』でも『サーシャ・クロイッツェフ』でもないようだ。

「さーぁて、さてさてヴェントちゃん。少しばかり付き合って貰うよ」

「き、気持ち悪い呼び方をしないでくれない!?」

「い・や・だ♡」

「うぇ……気持ち悪いんだよ……」

 失礼な事を言うな、と垣根が心の中でインデックスにツッコむ。
 しかしこれはインデックスだけでなく、普段の垣根を知る全ての人間の感想だというべきだろう。

「この……ふざけてるんじゃないッ!」

 ヴェントが巨大な鉄製の武器を構える。
 アレがどのような効果の武器なのかは知らないが、振り下ろす前に対処すればどうということはない筈だ。敵意をもって倒すのではない。ただ好意的に善意で危ない凶器を取り上げる。そう思えば『天罰術式』は効果を発揮しない。

「――――――――待つのである、ヴェント」

 ピタリとヴェントが止まる。
 それはヴェントだけでなく垣根もインデックスも同じ。聞き覚えがあるその声色。ロシアで圧倒的な暴力を振るった怪物。

「この男は、私の獲物だ」

「アックア、まさかアンタまで出張ってくるなんてね。今回は前線じゃなくて後衛に徹するんじゃなかったっけ?」

「戦場に常道はなく、戦況は不変でない。戦場そのものが変わったのなら臨機応変に戦術を変更していくのが正しい戦略というものである」

 信号機の上に乗るアックアが跳躍すると、ヴェントと垣根の間に降り立つ。
 魔術を行使した形跡はない。相変わらずの出鱈目な身体能力。

「……そうね。私の目的はこいつ等じゃない。ここは任せておくわよ」

「任された」

 ヴェントが去っていく。
 垣根は追おうとはしない。追う理由がないというものそうだが、それ以上に隙を見せれば容赦なく潰されるからだ。

「久しぶりであるな、垣根帝督」

「ああ、出来れば一生テメエのむさ苦しい面ァ拝みたくはなかった」

 知らず知らずのうちに握りしめた手に力が篭った。
 自然と息が荒くなる。魔術師と一流な二流戦士とは違う、魔術師としても戦士としても超一流の超人。以前戦った劉白起なども怪物だったが、アレは戦士であっても快楽主義者、享楽主義者的な一面が強く、戦いにも遊びを混ぜていたが、アックアに限ってそれはない。容赦も情けもなく、冷徹にその破壊性能を発揮してくるだろう。油断や慢心などとは無縁の相手だ。

「ていとく……」

 インデックスもアックアの強さというのは知っている。
 だからこれほどか細い声を出す。

「インデックス、力を貸しやがれ。こいつとは、一人じゃ不利だ」

 するとインデックスは何が嬉しいのか、

「う、うん!」

 やけに嬉しそうに返事をした。
 ともあれアックアという化物と戦うのにインデックスの知識と能力は不可欠だ。未元物質を応用した魔術にしてもインデックスのフォローがなければ使うことも満足に出来ないし、強制詠唱などのスキルも使える。
 超能力者と聖人。
 魔術サイド、科学サイドにおける化物同士が再び激突する。



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