とある魔術の未元物質
SCHOOL78  禁書目録 そして幻想殺し


―――資本主義には倒産がつきものだ。キリスト教に地獄があるように。
どのような分野にも天国のようなものと地獄のようなものはある。受験でいうなら合格と不合格、プロ野球でいえば一軍登録と戦力外通告があるように。最良があれば対極に最悪があるのは共通であり、もし天国がないというのなら地獄もまたないだろう。









 本来なら今日は厄介ではあっても危険なんてない平穏な日のはずだった。大覇星祭で負けた罰ゲームで御坂美琴のペア契約とかに付き合わされて、出来る限りビリビリの逆鱗に触れて電撃を発生させないようにすれあ今日一日は滞りなく終了するはずだった。
 しかし打ち止めの助けを求める声。ここから何時もの如く上条の不幸が始まった。直接的に関わり合いのない打ち止めの助けなんて無視して『警備員(アンチスキル)』などに任せる方が器用な生き方ではあるのだろう。ただ生憎と上条当麻はそんな器用な人間でもないし、打ち止めの助けを求める声を聞く事なく平穏な生活を送るような惨めったらしい幸運は御免という、お人好しを絵に描いたような馬鹿者だった。だからこそ上条は雨が降りしきる街を必死に走っている。大覇星祭の時もこれほど全力では走らなかったかもしれない。なにせ人の命――――もしかしたら学園都市全体の存亡なんていう事態まで関わっているかもしれないのだ。火事場の馬鹿力というやつである。

「御坂……あいつ大丈夫だろうな!?」

 暗闇の中、上条はそう零す。
 先程まで一緒にいた第三位のLEVEL5『超電磁砲(レールガン)』こと御坂美琴は上条があそこにいる友達(風斬氷華)を助けたいと言うと、追っ手の覆面で顔を隠した兵士達を相手にするため殿となってくれたのだ。上条は出来ればこんな事に一般人である御坂には関わって欲しくないと思うのだが、そういった感情と共に心強いと感じるところがあるのも事実だ。
 
 上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』はそれが超電磁砲だろうと『反射』の膜だろうと問答無用に打ち消してしまう、ある種反則のような力を秘めているが、異能の力なんて欠片もない銃火器で武装した兵士達には何の意味もない。
 逆に御坂は第三位のLEVEL5。単純計算で学園都市で三番目に凄い能力者ということだ。あの一方通行には勝てこそしなかったが、たった一人で軍隊と戦えるようなLEVEL5ならあの兵士達も恐らく敵ではない。

 半ば自分に語りかけるように、上条はそう自分自身を納得させた。
 取り敢えず御坂を信用し、あの覆面兵士は任せる。自分は風斬をどうにかしなければ。遠目から見て、明らかに風斬は普通じゃない。何かが彼女をあんな風にしてしまっている。

(でも、どうすりゃいいんだ…)

 あの天使を止める方法は簡単だ。ただ上条がその右手で少しでも触れればいい。たったそれだけの事で『幻想殺し』は異能の力で構成された天使をこの世界から消滅させるだろう。風斬氷華、友人の掛け替えのない命とともに。
 その手だけは使う訳にはいかない。

(こんな時、せめて土御門がいれば)

 どうにも天使の構築が科学だけで行われているとは考えずらい。直感だか分かる。あれには魔術というオカルトがなんらかの影響を与えているはずだ。
 上条に残念ながら魔術についての詳しい知識なんていうのはない。というより科学についての知識だってかなり薄い。なにせ上条は万年補修常習犯。成績は常に赤点ライン低空飛行、たまに墜落することもあるほど。能力の強度だけではなく上条は学校の成績もLEVEL0に近かった。

 しかし土御門元春、彼は違う。
 上条の隣に住む土御門は陰陽道のスペシャリストであり、科学サイドと魔術サイドを股に掛ける多重スパイときている。彼ならば天使のなんらかの対処法を導き出せるかもしれない。
 そう思った上条はさっきから携帯で土御門を呼び出しているが、こんな日に限って携帯の電源をきっているのか何度かけても繋がらなかった。

 風斬のいる場所にはあのヴェントもいるはず。取り敢えずはヴェントを倒す。それしか今の上条には思いつけない。幾ら彼が『幻想殺し』という異端の力を備えていても、その知識量は所詮は高校生程度のもの。英会話なんて使いこなせないしロシア語なんて論外。知識が、決定的に不足している。 

「ん?」

 上条は隕石のようにこちらに落下してくる白い影を目撃し唸った。
 年中無休、毎度の如く不幸に襲われている上条当麻。ただ彼にも救いはあった。ここぞという時における悪運が強いことである。
 白い物体は地面に激突すると、本当に隕石が空から落ちてきたような音を響かせた。恐る恐る上条は堕ちてきたものを確認するため覗き込むと、驚いた事に落ちてきた物体の正体は人間だった。腰まで届く銀色の髪。パッチリと開かれた緑色の瞳はまるで森林のように深く澄んでいた。あれほどの衝撃で墜落すれば体はミンチになって目も当てられないことになっていそうだが、少女はなんらかの能力者なのかそういった様子はない。いや、違う。この白い修道服、ちんちくりんな格好。これは能力者というよりも寧ろ神裂やステイルのような魔術師。

「あのー、どちらさま?」

 つい上条は風斬や御坂のことを一時忘却し、白い修道服のシスターに問いかけた。シスターさんはぐ〜と間抜けな音を腹で鳴らし、

「おなかへった」

 そう答えた。
 本来ならこの台詞は垣根帝督ではなく上条当麻が最初に聞くはずだった。科学と魔術は正しく交差し、上条当麻の右手でインデックスの『首輪』を破壊していただろう。ただし上条当麻の記憶を代償にして。しかしここまで外れた物語は元の形に戻ることはない。最初の小さな擦れ違いはもはや元通りにしようもないほど大きな歪みとなった。
 しかし変わらないものがある。幾ら物語のストーリーが変更になったとしても、上条当麻は上条当麻であるしインデックスはインデックスであるということだ。

「むき―――――――――――ッ! 幾ら非常事態とはいえ私を放り投げるなんて酷いんだよ!」

 キラリと少女の歯が光る。上条は別次元の自分とリンクしたのか咄嗟に頭を抑えた。あれで噛み付かれれば痛いだろう。なんとなく上条にはそれが良く分かった。

「な、なぁ……もしかしてアンタ、魔術師なのか?」

 途端に少女の警戒が増す。慌てて上条は誤解を解く。

「待った、俺は怪しいものじゃない。ただ……いやこれは違うか……だから……えーと……」

 どうにも判断がつかない。
 このシスターさんが一体どちらの側の人間なのか。土御門や神裂のようなイギリス清教の人間なら兎も角、もしもローマ正教の魔術師ならば、それは上条の敵だ。

「私は……魔術師、だよ。所属は……イギリス清教かな」

 天啓が差したようだった。どうやら不幸な自分にもツキが回って来たらしい。上条には足りない魔術の知識をどうにか補えるかもしれなかった。

「じゃ、じゃあ! 風斬――――天使の止め方ってわかるか?」

「えっ、ツンツン頭もあの天使を止めようとしてるの?」

 思わず答えが返ってきた。
 というとなんだ? このシスターさんもあの天使を止める為に動いてくれていたのか。

「まさか知ってるのか! 風斬の止め方!」

「私一人じゃ無理だけど、私の知らない科学の知識はていとくが補強してくれるから、大丈夫」

「ていとく? その人って、もしかして科学者さんとか」

「ううん。学園都市第二位のLEVEL5だ、って偉そうに言ってたよ」

「なっ!」

 今度こそ絶句する。
 第二位といえば第三位の御坂美琴を超えるLEVEL5だ。これまで御坂と一方通行という二人の超能力者と関わってきたが、まさか第二位と関わる事になるとは。これで学園都市トップスリー全てと上条は多かれ少なかれ接点をもったことになる。

「け、けど……その人がいるなら安心か」

「うん! 後はこのけーたいっていうので連絡をとれば―――――――――――あっ」 

「どうしたんだ!? なにか変な事態でも」

「この『けーたい』っていうの、めーるはできるようになったけど、でんわするやり方、知らない」

 上条はズッコケそうになった。
 この非常事態にケータイの使い方が分からないとは、なんとまぁユーモアセンスに溢れている。緊張でガチガチになっていた心が緩まるのを感じた。しかし悪い意味で緩まったのではない。程よく動きやすいように緩まったのだ。

「ちょっと貸してくれ」

「あっ」

 シスターさんの携帯を掴み、それを『垣根帝督』と登録されている名前の所にかける。読み方も「ていとく」だからこの人物が第二位で間違いはなさそうだ。
 電話は直ぐに繋がった。

『インデックス、もうついたのか? 思ったよりも』

「悪い! 今その白い修道服を着た子から携帯を借りて掛けてる! アンタが「ていとく」で間違いないかっ!」

『…………誰だ、お前』

 電話の向こうの相手の不信感が増すのが電話機越しでもよく分かった。しかし上条はここで怯む訳にはいかない。

「俺は、その白い修道服が墜落してきた時に偶然会って」

『へぇ、そうかよ。で、そう言うからにはインデックスは近くにいるんだろうな』

「あ、あぁ!」

 信用を得る為にも電話を変わった方が良いだろう。上条は携帯をインデックスというらしい少女に渡した。インデックスは何やら専門用語――――時たまAIM拡散力場などという既知の単語が聞こえた――――を喋ると、再び上条に携帯を渡した。

「あなたにって」

「ああ」

 上条はインデックスから携帯を受け取る。

『疑って悪かったな。それと借りを返す意味で忠告しておいてやる。一般人はさっさと家に帰って寝てろ。これは単なる学生が出張るようなヤマじゃねえ』

「ははははっ、そうしたいのは山々なんだけど、友達が苦しんでるんだ。気持ちだけ受け取っておく」

『友達? …………まぁ、お前がそう言うなら好きにすりゃいい』

 神裂などなら必死に止めただろうな、と想像しつつ上条は右手を握りしめる。そうだ、天使化のことはこの二人に任せるしかない。上条のやるべきことは一つ。ヴェントを止める事。
 時間はない。最後に上条は電話の相手にこう告げた。

「死ぬなよ」

『お互いにな』

 奇しくも、それは上条当麻が一方通行と交わしたやり取りと寸分違わず同じだった。
 電源を繋いだままインデックスに携帯を手渡すと、上条当麻は再度、風斬氷華のいる場所まで走っていく。これで四度、上条当麻と垣根帝督は擦れ違った。



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