とある魔術の未元物質
SCHOOL88  博士 の 最期


―――無能な上司は山の頂上に居るようなものだ。彼の目には誰もが小さく見え、誰の目にも彼が小さく見える。
人が小さくしか見えない人間とは、自分もまた人から小さく見えるものだ。かといって他人を過剰に大きく見る人間が他人から大きい人間と認識されているかどうかは分からない。無能と有能、その区別はとても難しい。才能があれば有能なのか才能がなければ無能なのか、それとも実績があれば有能なのか実績がなければ無能なのか。









 破壊の後の倉庫内で、垣根は首を回しながら自らの成果を振り返る。魔術による科学現象、超能力の再現具合は上々といったところだ。不完全ながらLEVEL5の『超電磁砲』すら再現してみせた。これは魔術サイドのみならず科学サイドの知識にも精通している垣根だからこそ為せる業だろう。魔術一辺倒のインデックスには出来ない手法だ。尤も『自動書記(ヨハネのペン)』が起動したインデックスなら、超能力を超えた破壊を演出するなどお茶の子だろうが。

「足りねえ」

 しかしまだ足りない。この程度なら『未元物質(ダークマター)』一つで戦った方が余程強い。魔術師垣根帝督はまだ超能力者垣根帝督には並んでいない。それでいい。まだ魔術というものを刻んで一年も経っていないのだ。幾ら才能があろうと、たかだか数か月やそこらで極められるような安い技術では拍子抜けだ。技術というのは深ければ深い程、より練磨され熟成され老練となる。

(だが時間は掛けねえ。常人ならウン十年掛かるだとかは知ったことか。二年……いや、次の周期までにはモノにしてやる!)

 周期というのは無論、インデックスの記憶を消去する日のことだ。
 もし垣根がその日までに『首輪』をどうにか出来なければ再びインデックスはエピソード記憶の何もかもを破壊され死ぬ事になるだろう。そうはさせない。

 両手をポケットに手を突っ込み、そこにある端末を撫でる。兵士たちを撃滅した際、垣根が一切の詠唱を行うことなく魔術を行使出来た絡繰りがこの端末だった。携帯ほどのサイズのこの端末は、保存されている画像を一定のパターンに分けて表示していくことにより、それ自体が一種の詠唱の代用になるようになっている。例えばルーン文字とコップの画像を表示し放水の魔術を使うなど、組合せ次第で多くの魔術を高速かつ無詠唱で実行できてしまう。

 普段は自らの超能力『未元物質』による遠隔操作をしているが、キャパシティダウン影響下のような能力が使用出来ない際には手動で操作しなければならない。
 伊達や酔狂でポケットに手を突っ込んでいたのではないのだ。そこには明確な理由があった。
 端末の方も垣根が未元物質や魔術で補強しておいたので、『超電磁砲(レールガン)』の直撃でも受ければ別だが、滅多なことで破損することはない。

 最新機器に魔術を組み合わせる。
 これも科学の街で生まれ育った垣根ならではの発想だった。ちなみにステイルのルーンの紙をコピー機で大量印刷していたことからヒントを得たというのは秘密である。

「さーてと、粗相をした老人を虐待してくっか」

 垣根の記憶がもし腐ってなければ、あの博士は『メンバー』と言っていた。確か統括理事長アレイスター直属の暗部組織だった筈。ならば色々とこの馬鹿げた舞台劇の裏も知っている可能性は十分にあり得る。
 足でカツンと地面を蹴ると、事前に場所を特定しておいたキャパシティダウンが一斉に爆発する。音が停止した。これで再び十二分に超能力を使用できる。垣根は第二位の力を完全に取り戻した。
 博士の所在も既にあの液晶モニターから逆探知しておいた。魔術というのは便利なものである。超能力と違って状況によってジャンルを使い分けることが出来るのだから。



 逃げなければ!
 アレイスター直属の『メンバー』のリーダーである博士はそう突き動かされた。

 逃げては殺される!
 博士を次に底知れぬ恐怖心がそう押し留めた。

 『メンバー』というのはアレイスターの駒として、その命令を実行することにより存在を許された組織だ。もしリーダーである博士が明確な理由などなく、敵が恐いからなんて曖昧な理由で敵前逃亡などすれば、待ち受けているのは身の破滅である。もし博士が第一位や第二位の貴重な検体なら生かされる事もあるかもしれないが、残念ながら学園都市には博士程度の代わりなんて幾らでもいる。

「どうなっている……!? 明らかに、垣根帝督は複数の能力を使用していたっ。それに奴自身も『多重能力者(デュアルスキル)』と名乗っている! まさか……」

 本当に垣根帝督は伝説の『多重能力者(デュアルスキル)』になったというのか。脳味噌に負担が掛かりすぎる為に理論上不可能とされた能力者。

「それはない……はずだ。もし垣根帝督が『多重能力者(デュアルスキル)』なら記録に残っていないのは妙な話だっ。学園都市外で『多重能力者(デュアルスキル)』になったというのも有り得ない。学園都市の外に能力を開発する機関などないのだからっ!」

 垣根の能力である『未元物質(ダークマター)』で自らを『多重能力者(デュアルスキル)』だと偽造しているのではと勘繰ったが、そんな面倒なことをする理由がないし、第一キャパシティダウンにより超能力は封じられていたのだ。偽装も何もあったものじゃない。それに発火能力や発電能力はまだしも、幾ら『未元物質(ダークマター)』といえど空間移動まで再現できるとは思わなかった。

「しかし……それは……有り得ない。だが魔術……あれなら……」

 となれば可能性は一つしか残っていない。超能力で再現不可能ならば魔術。世界にあるもう一つの異能の力ならば、あの現象も説明がつく。キャパシティダウンで平然と能力を行使していたのも、あらゆる属性の力を同時に使用したのも、魔術ならば説明がつく。

 しかしそれだと状況の説明がついても、超能力者が魔術を行使すれば反動で大ダメージを受けるという法則の説明がついていない。能力者が魔術を使える訳がないのだ。仮に使えば命を賭けることになる。そして垣根には能力者が魔術を使う際のデメリットは全く起きていない。

 思考がぐるぐると回る。
 インテリというのは罪なもので、一度思考が回転しだすと中々止まらないものだ。今正に災厄が訪れようとしているにも関わらず。博士は危険からの逃走ではなく、危険の正体を探る事に集中してしまった。それ故に博士は逃げ遅れる。
 博士が思考を終了させる前に、『メンバー』のアジトの一つである廃ビルの窓を突き破り災厄が訪れた。窓を突き破ってきたのは人間だった。それも博士が良く知る人間。

「査楽っ! 馬場、まさか……」

 二人とも『メンバー』に所属する人員だ。
 査楽は空間移動能力者。
 LEVEL4に満たない能力でありながら、相手の位置座標を演算に取り込むことにより、自分自身の転移を可能にしている男だ。馬場芳郎は主に博士の補佐が仕事の男で、二人ともボロ雑巾のように博士の部屋まで投げ込まれたのだ。しかしここは地上七階。こんなことを……しかも二人とも息があるままに、ここに人間を投げ込む事が出来るような人間を博士はこの学園都市で二人しか知らなかった。一人は一方通行だが彼の方は『ブロック』を相手にしている頃だろうから違う。つまりこれを行ったのは、博士が最も会いたくなかった超能力者。

「よう邪魔するぜ、永久な安楽を提供するヘルパーのご到着だ」

 七階の窓から垣根が入ってきた。こちらは転がる二人と違い傷一つない。所詮この二人程度の実力では第二位の足元にも及ばないと言う証明でもあっただろう。

「何が望みだ」

 精一杯の強がりで博士は吼える。

「知りてえ情報があってな。大人しく喋るなら痛い思いはしなくて済む」

「莫迦なやり取りだ……」

 もう終わりだ。
 情報を提供するしないは関係ない。博士の運は尽きた。ただ情報を提供するか否かで殺す人物が学園都市か垣根帝督かに変化するだけの事。ならばせめてもの嫌がらせだ。両方ともに殺されてやらない。懐に忍ばせていた毒薬に手を伸ばす。どうせ同じ殺されるのなら、人生の最期くらいは自らの手でとじたい。しかし垣根帝督は自殺すら博士には認めてはくれなかった。毒薬の入った小瓶を口に含む前に、垣根が博士の首を掴み地面へと押し倒す。

「―――――ころ……せっ――――!」

「殺さねえよ、だが時間もねえから拷問もしねえ」

 首を絞める手がより強くなる。息苦しさで吐き出しそうになった。声が出ない。垣根のもう一方の手が博士の頭を強く掴んだ。

「自白剤なんかと同じでな。信憑性がくねえし頭に障害が残る可能性もあるから使いたくはねえんだが。大人しく吐いてりゃ、やる必要もねえのに」

 意識が薄れていく。
 思考が出来なくなっていった。

「さぁ、話せ」 




メンバー粉☆砕
なんていうか、完全に一方的ですね。もう戦いにすらなってません。
フリーダムにやりたい放題してます。

……そういえば最近、地震が起きて自分の家ごと土砂崩れに巻き込まれる夢を見ました。これはまさか……正夢!?

ぶっちゃけ下手な幽霊だかの出る夢よりも恐かったですね。



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