とある魔術の未元物質
SCHOOL91  ピンセット


―――ロバと女は、抑えつけるよりも可愛がるほうがよく従う。
高圧的に抑えられると逆らいたくなるのが人の性である。特に若い頃はその傾向が激しい。多くの人間には教師や親などに高圧的な言い方をされ反発したくなった事があるはずだ。或いは反発してしまったかもしれない。もし反発させないで人を従えたいのならば、飴と鞭を上手く使い分ける事だ。











 フレンダから情報を得て直ぐ、垣根は麦野沈利を視認することに成功した。現地調達した素粒子工学研究所 の職員を運転手にして、ワゴン車に搭乗している。助手席にはクローゼットほどの大きさの金属製の箱。あれが『ピンセット』だろう。
 近くに一般人はいない。まるで人払いの魔術が使用されているみたいだ。
 垣根は猛スピードでワゴン車の進行方向上に着地する。突然出現した人影にワゴン車を運転していた職員は対応しきれず追突した。これで垣根が普通の人間だったなら交通事故となるだろうが、垣根帝督は普通とは掛け離れていた。人間という交通弱者に追突したワゴン車は、垣根に追突した瞬間、停止していた。ワゴン車には特に損傷はなく、追突された張本人である垣根にしても無傷。搭乗者も時速80kmで走行していた車がいきなり停止したにも関わらず、大した怪我はなかった。
 ワゴン車を止めても、ピンセットを傷つける訳にはいかなかった垣根が未元物質で被害を防いだのである。
 運転していた職員は今にも泣きだしそうな醜態を晒していたが、もう一人の女性は泣き出すどころか怒り心頭といった風にワゴン車の扉を能力で吹き飛ばし降りてきた。

「つくづく……第二位。邪魔してくるわね。そんなに私にぶち殺されたいって」

 麦野沈利は激怒しながら言い放った。

「以前にも言っただろうが。俺には垣根帝督って名前があるんだからよ。人のお名前はちゃんと発声しましょうってママに教わんなかったのか、しずりちゃん?」

 第四位の真骨頂『原子崩し(メルトダウナー)』が発射される。やや呆れながら垣根が『未元物質』を発動した。『未元物質(ダークマター)』に接触した『原子崩し(メルトダウナー)』は問答無用に消え去ってしまう。

「本当にうざったい能力ねぇ、その『未元物質(ダークマター)』。兆回ぶち殺しても治まらないわ、コレ。どうしてくれんの?」

「そんなに俺の事を想ってくれたのかよ、嬉しいぜ。涙が溢れてきちまう」

「ぬかしてんじゃねえよ、この糞早漏野郎がっ! テメエの●●、この場で握り潰してやろうかァ!」

「遠慮願うぜ。そっちの気はねえんだ。目的は……テメエが抱えてる『ピンセット』でな。そいつがまぁ、必要なんだよこれが」

「どうやって、私の場所を突き止めやがった? ダミーも用意しておいたってのに」

「元『スクール』のリーダーとして忠告してやるが、部下の教育はしっかりした方が良い。特に幹部クラスはな」

「…………裏切りやがったのか、フレンダの奴」

「違ェよ。裏切ったんじゃねえ。アイツは暴力ってもんに屈服しちまっただけだ。お陰で良い情報が手に入ったぜ。テメエが『ピンセット』をそそくさと隠そうとしていた場所も懇切丁寧に説明してくれた。そういう意味で、テメエは随分と俺に都合の良い教育をテメエの部下にしてくれたってことだ。その点だけは感謝しておいてやる」

 今まで垣根にだけ向いていた怒りの矛先が、今度はフレンダに向いていったのが分かった。もしかしたらフレンダは粛清かもしれない。
 
「あんまり長話しても仕方ねえ。俺達は別にそういう間柄でもねえし、出来りゃこの街の空気なんざ吸っていたくもねえんだ。早い所、終わらせちまうぜ」

 言うや否や麦野が動く。能力を応用した高速移動。人ならざる速度で左方向に動いた麦野は、最高出力の『原子崩し(メルトダウナー)』を連射してきた。

「意味ねえのが、理解できてねえと見えるな」

 言葉通りになる。連射された『原子崩し(メルトダウナー)』は垣根帝督に到達する前に掻き消える。これが第四位と第二位の間に横たわる決定的な差だった。力の強弱以前に、もはや勝負にすらならない。その辺りは麦野も理解しているのか、『原子崩し』の一つが垣根の真上にあるビルを貫く。攻撃を受け一部破損したビルの瓦礫が落下してくる。そこそこ良い戦術だったが、やはりこれすら特に脅威でもない。あの瓦礫はもし垣根が無能力者なら脅威だがLEVEL5にとって大した脅威にはなりえない。アックアのメイスの方が余程恐ろしかった。
 
「一応同じLEVEL5のよしみだ。少し、本気出す」

 落下してくる瓦礫が砂となって消えた。垣根を中心に強大な力場が渦巻く。周囲の建物の窓ガラスが余波を受けて破壊されていく。

「糞、野郎がぁあああああああああああああああああ!!」

 麦野は『原子崩し(メルトダウナー)』を放とうとするが出来ない。既にこの空間は作り変えられてしまっている。もはや麦野沈利はこの場所ではそこいらのLEVEL0と変わらない、無力な存在と成り果てた。

「こいつでチェックだっ!」

 視認すら出来ぬ速度で垣根は麦野の間合いに入り込んでいた。防御姿勢すらとる間もなく、麦野の顔面に垣根の右拳が突き刺さる。かなりの勢いで放たれた拳は、麦野沈利の意識を刈り取り地面へと叩き伏せた。LEVEL5の第四位は、敗者として地面に横たわる。それを垣根は一瞥して、ワゴン車の中にある『ピンセット』を回収した。運転手の職員はとっくに逃亡した後だった。

「コンクリのベッドでねんねしてな、しずりちゃん。目が覚める頃には悪夢が過ぎ去ってるといいな」

 垣根は毎度の如く白翼を使いその場を離れる。
 麦野と交戦した場所から数Kほど離れたビルの屋上で、垣根は『ピンセット』を必要最小限のパーツのみ使って組み直す。そして組み直された『ピンセット』は中指と人差し指からガラス質の爪が伸びた金属製のグローブ、というような形状をしていた。見る限り、ガラスの爪の中には金属製の杭のようなパーツが通っており、爪から抽出した素粒子を杭が分析、 結果を手の甲の携帯電話のようなディスプレイに表示する仕組みになっているのだろう。

「上々上々、こいつぁいい」

 ピンセットを手に装着し『滞空回線(アンダーライン)』を撮んだ。直ぐにそこに詰まっていた情報がピンセットのディスプレイに表示される。
 しかし無駄だった。ここにも『心理定規(メジャーハート)』が何処にいるかの情報は記されてはいない。暗部の情報や『ドラゴン』という気になる単語については分かったがそれだけだった。

「『アイテム』のアジトはこの近くだったな」

 心理定規は能力者だ。そして『アイテム』には対象のAIM拡散力場を記憶し、それを元に対象を見つけ出すことが出来る大能力者がいたはずだ。名前は確か『能力追跡(AIMストーカー)』。問題は彼女が心理定規のAIMを記憶しているかにつきるが、そこは賭けだ。それに仮に知らなかったとしても垣根には裏ワザがある。
 ビルの屋上から飛び降りる。
 フレンダが吐いた情報の場所に、垣根は飛んで行った。



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