とある魔術の未元物質
SCHOOL99  守る者 救う者 殺す者


―――友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
命を捨てるというのには自暴自棄からくるものと、勇気がくるものの二種類がある。ただそれを細かく分けると更に多くなってくる。命を捨てる。だが捨てるだけ捨てて、何も意味がなかったのならそれは無駄死にだ。人間、無駄に死ぬことほど惨めなものはない。








 もしも事の顛末を一部始終見ていた者がいれば、垣根のことを「卑怯者」だと貶したかもしれない。だが垣根はそんな批判など一切気にはしないだろう。
 要するに、勝てばいいのだ。
 スポーツや大会ならば敗者復活戦はあるかもしれない。しかし戦争に敗者復活戦なんていうものは有り得ない。
 孤立無援の適地、学園都市。
 もしここで負ければ、垣根を待ち受けるのは『死』のみだ。
 ならばどんな手段でも使って勝利する。卑怯な手段も使う。その結果がこれだ。実力において一方通行に劣った垣根帝督は、勝者として君臨している。そして敗者たる一方通行はまともな思考もできない植物状態となり地面へと倒れている。

(殺すか)

 特に抵抗感もなくそう思う。
 この学園都市での戦いで垣根は『博士』や『麦野沈利』のことを見逃したが、それは二人が垣根にとって障害になりえない雑魚だったからである。
 だが一方通行はそうではない。
 ここで見逃せば、何時の日か再び垣根の前に立ち塞がるかもしれない。この学園都市最強の怪物が同じ手に引っ掛かると思えないし、もし再戦なんてことがあれば次に敗者として横たわるのは垣根かもしれないのだ。
 垣根は決して一方通行に友好的な感情など抱いていないが、その実力については高く評価……別の言い方をすれば認識していた。
 魔術という超能力という異なる異能を手に入れた垣根だが、もし真正面から戦えば70%の確率でこちらが負けると思っている。癪ではあるが、敵の戦力を過小評価するほど愚かな事はない。一方通行は間違いなく垣根よりも強かった。

(まぁテメエもどんな理由で暗部堕ちしたかは知らねえが、一丁前に悪の美学語ったんだ。こうなるかもしれねえってことくらいは理解してんだろ?)

 全ての演算能力を失った一方通行には、もはや危機を回避する力はない。
 垣根が何かをしようとしていることは理解できても、具体的にどのような方法をとるのかを計算できないのだ。
 右手に力を込める。
 植物状態の一方通行を殺すのに過剰な力は必要ない。LEVEL3程度のそよ風で十分だ。もはや『反射』の壁もなにもないのだから。
 頸動脈を切り裂く風刃を一方通行は防げない。

「止めてって、ミサカはミサカは両手を広げて立ち塞がってみる!」

「あン?」

 だが垣根が風刃を放つ直前、小柄な少女が垣根の前に立ち塞がった。年齢は小学生くらいだろう。茶色っぽい髪とアホ毛が印象的だった。

「…………誰だ、テメエ」

 幾ら何でも年齢的に一方通行の彼女なんてオチはないだろう。となると……妹? 一方通行に妹がいたなんて話は聞いた事はないが。いや……。この顔、垣根には見覚えがある。9月30日の時も僅かながら会話したことのある少女。学園都市第三位のLEVEL5、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴にそっくりだ。
 漸くこの少女が何者なのかを理解した。

「……そうか、お前『妹達(シスターズ)』だな」

「むぅ、答えるまでに勝手に結論に達さないでほしいかも、ってミサカはミサカは憤慨してみる」

 一方通行をLEVEL6へと進化させる為の『絶対能力進化実験』。その内容は第三位の軍用クローンである『妹達(シスターズ)』を異なる戦場で一方通行が二万人殺す、というものだった。
 容姿といい特徴的な口調といい、この少女はモルモットとなった妹達の一人だろう。

「おいおい。まさか実験が終わった後も、被検体の一方通行様の命はお守りしますーっ。なんて義理人情かましてんのか? 流石は出来損ないの人形、いい感じに思考回路が狂ってやがる。人形が人間の邪魔してんじゃねえよ」

「違うもん! ミサカは、ミサカ達は人間だよ、ってミサカはミサカは貴方の間違った認識を否定してみたり!」

「培養液で育ったせいで、思考回路が麻痺してやがるのか? もしテメエが本当に人間なら、テメエを殺し続けた一方通行を守るために立ち塞がる理由がねえだろうが」

 実験はイレギュラーのせいで途中で中止になったらしいが、中止になるまでに一万体ほどの『妹達』が殺されたのだ。だとしたら妹達にとって一方通行は自分を一万回殺した相手。憎むことはあるだろうが、守ろうと思う筈がない。

「まぁ――――――だがテメエが自分を『人間』っていうなら忠告しといてやる。俺も出来る限りは一般人を殺したくはねえんだ」

 垣根の鋭い眼光が打ち止めを貫く。
 明確なる殺意を込めて垣根が言った。

「そこ退け。さもねえとテメエも一方通行と心中だ」

 もし打ち止めが『人間』だというのなら退く筈だ。
 自分を一万体殺した一方通行と、『人間』である自分の命。比べるまでもなく、自分の命の方が重いだろうから。
 相手は少女だが、垣根には特に躊躇する理由などはない。
 そもそも――――――――垣根帝督は決して『善人』ではないのだ。
 インデックスと出会った事で多少なりとも『甘く』はなっただろうし、自らに『流儀』と言う名のルールを課してもいる。ただ、やはり善人ではない。
 そもそも垣根が本当に善人だったのなら、『絶対能力進化実験』の詳しい内容を知りながらも放置したりはしないだろう。少しは止めようと努力する筈だ。そうしなかったのは単に垣根にとってモルモットである『妹達(シスターズ)』の命が限りなくどうでもよかったからである。
 どうで一万体ほど殺された来たのだ。
 今更、もう一体死のうと対して変わらないだろう。そう思う一方で幾らクローンといえど一般人。垣根は自分のことを外道の糞野郎だと自覚しているが、無関係な一般人を殺すことは嫌っていた。
 だが自分の前にこうして障害として立ち塞がるのなら、それはもはや無関係ではない。関係があるのなら一般人だろうと何だろうと老若男女問わず皆殺しにするまでだ。

「やだ……どかない、ってミサカはミサカは貴方を睨み返してみる」

「そうかよ」

 これ以上、こんな下らないことで時間を使うのも面倒臭い。さっさとケリを付けよう。
 打ち止めごと一方通行を殺そうとして…………どうもインデックスの顔がチラホラする。

「チッ、こりゃ呪いだ……どうかしてるぜ、俺も」

 烈風が放たれる。ただそれは殺傷用としては酷く脆弱なものだった。
 喰らえば死にはしないだろうが人一人の意識を刈り取るくらいの威力はある。その程度の攻撃だった。まずは打ち止めという邪魔ものを弾き飛ばし、その上で一方通行を殺す。
 なにも問題はない。だがそれは、大いに問題のあることだった。

「危ないじゃん!」

 駆けてきた警備員の格好をした女性が打ち止めを庇い、風の直撃を受ける。

「がっあ……!」

 警備員(アンチスキル)の女性が苦痛に顔を歪める。
 ただ気絶することはなかった。日々鍛えていたからだろう。

「なんだよこりゃ? 餓鬼の次は警備員かよ。学園都市最強の怪物様はいつから表の連中に守られるような御大層な人間になりやがったんだ」

 もう面倒臭い。
 変な情けをかけた自分が愚かだった。
 今度は決して防げない、家だろうと粉微塵に破壊するような烈風が警備員(アンチスキル)に所属している一人の黄泉川と打ち止めを襲った。幾ら警備員だろうと、この風は防げない。後ろにいる一方通行ごと仲良く死ぬ事になるだろう。

「ziegn止vnioa」

 だがそうはならなかった。
 打ち止め達を守るかのように後ろから延びてきた黒い何かが、風を跡形もなく掻き消す。
 黒いエネルギーが空気中に散布した未元物質を祓っていく。
 そしてそれを為したのは、植物状態だった筈の一方通行だった。

「テメエ、なんだよ……」

 垣根は驚愕する。一方通行が立ち上がっている事にではない。
 そんなものよりも、垣根の思考回路に衝撃を与えるものが一方通行から生えていた。

「なんなんだよ、その真っ黒い翼はァ!」

 奇しくも、その翼は垣根がロシアでアックアと戦った時に顕現させたものと似通っていた。
 学園都市最強の怪物は、覚醒した。



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