とある魔術の未元物質
SCHOOL103 短い 接触


―――先ずその言を行い、しかる後にこれに従う。
例題がなければ、大抵の人はそれが具体的にどのようなものなのかをイメージできない。ボールの投げ方にしても文章のみで説明されるより、実際に投げて貰うなり図があるなりした方が覚えやすいものだ。例題なくともイメージ可能なのは天才のみだ。凡人は天才の模倣をしてはいけない。











「はははははははははははは……はははははは………はは……っ」

 均きり笑い終わると、垣根は息も絶え絶えの麦野沈利を見下ろす。
 過激な性格に比例するように生命力も高いのか、まだ息はある。常人ならとっくに絶命していてもおかしくない傷だというのに、まだ麦野沈利は『生きて』いた。
 垣根はその麦野に治癒魔術を施す。
 しかし死の淵から救う為ではない。死ぬまでの時間を少しだけ伸ばすだけだ。先ずはそれだけ。取り敢えず意識だけ取り戻せればいい。

「がっは……あぁ……はぁ……」

 余程執念深いのか、生存欲が高いのか麦野は魔術を施した途端に目を見開いた。瞳がキョロキョロとしている。どうやら意識の方も覚醒したらしい。尤もそれは一時的なもので、五分もすれば意識は遠くなり二十分もすれば完全に死ぬだろうが。

「よう、お目覚めかよしずりちゃん?」

「テメっ……第二位ッ! …………どォしたよ、私を嗤いに来やがったか?」

 流石に叫ぶ元気まではないらしい。
 か細く、麦野が問いを投げる。普段なら自然と威圧感が混ざる口調には弱々しさしかなかった。

「リアルを教えてやる。麦野沈利、テメエは死ぬ」

「…………あァ! ふざけてんじゃねえぞ、糞がッ! 私が、死ぬだって! 馬鹿言ってんじゃ」

「その目、あのLEVEL0にやられたんだろ? ンで弾丸が数発、身体を貫いてやがる。弾丸は貫通してるのが幸いだったが、それを抜きにしても『まだ』生きてるだけで凄ェ生命力なんだぜ。俺も人の事言えねえけどよ。助けを期待しても無駄だ。理由は面倒臭いから教えねえが、この辺りには取り敢えず学園都市の人間は来ない様になってる。手当すりゃ助かるかもしれねえが、逆説的に手当を受けられねえ以上、テメエは死ぬしかねえってことだ」

「それでテメエはそんな私を見て悦に浸ってやがるって訳かよ。とんだ変態野郎だねぇ」

「心配するな。そんな性癖はねえし、ましてやネクロフィリアでもねえよ。女に興味はねえなんて餓鬼みてえな事言う気はねえが、これでもノーマルなんでな」

「じゃあ何の用だ」

「取引しねえか?」

「取引だぁ?」

「俺にはお前を治療する術がある。流石に万能じゃねえから傷一つなく完治することはできねえが、応急処置……死ぬ運命を回避するようにすることは出来る。分かるか? テメエが助かるには、俺の手を借りるしかねえ」

 麦野からしたら屈辱的な取引かもしれない。
 歪んではいるものの、麦野沈利という女性はかなりプライドが高い。幾ら格上の第二位でも、いや格上だからこそ垣根に御情けをかけられるような取引にはかなりの忌避感があるだろう。
 プライドを選ぶか、命を選ぶか。
 そこらの一般人なら迷うまでもない選択肢だったが、麦野沈利には迷うものだ。

「…………内容を聞かない事には、取引のしようがない」

「難しい事じゃねえよ。俺がお前の命を助けてやる変わりに、暗部のネットワークを使って調べて欲しいもんがある」

「その情報ってのは?」

「心理定規の…………死体安置場所だ」

「そいつは確かテメエのとこの」

「ああ、元同僚だよ。今は生きてねえけどな」

「…………まさか、第二位。アンタ、その女に惚れちまった訳?」

「違えよ。そんなんじゃねえ……、ただの糞みてえな感傷だよ」

「ふ〜ん。受けてやってもいいけど、私からも一つ訊きたい事があるんだけど」

「なんだ?」

「学園都市を出た理由」

 麦野がニヤニヤと笑う。もしかしなくても垣根がどうして学園都市から出て行ったかが気になっているのだろう。
 迷うが、別に教えた所で大したデメリットはない。

「切欠なんて下らねえもんだ。何年もこの街の『闇』に浸かってたら、ある日突然ベランダに『光』が掛かっていて、何を勘違いしたのか俺はそいつを『光』に戻したくなっちまったんだよな。おまけに俺自身が『光』の微温湯を失いたくねえなんて思っちまったんだから笑えねえ。ホント、笑えねえよ。笑えねえ理由で、命賭けてんだよなー」

 本当、少し前なら考えられないことだ。
 自分は救いようのない外道の糞野郎だ。もしかしたら一方通行以下のどうしようもない屑野郎なのかもしれない。
 それでいい。もはや自分を変えようとは思わない。
 垣根帝督はインデックスを助けたい。インデックスの為ではなく自分の為に助けたい。だから助ける為にどんな手段でも使う。どんな事でもする。学園都市にいればインデックスを助けることは出来ないと踏んだから、この街から出た。それだけの簡単な理屈だ。

「分からねえよ…………ホントに、理解できねえ………」

 麦野はポツリポツリと呟く。
 虚空を見つめるその隻眼が何を想っているのかを、垣根帝督は知る術をもたない。

「いいよ。その取引、受ける。…………なんか意識が遠のいてきた。どうすんだよ、それで」

「こうする」

 その返答を既に予知していたかのように垣根が知る限り最高の治癒魔術を掛けた。
 麦野沈利の体が癒えていく。
 最初は死の淵に落ちていくだけの生命が現世に向かい上っていった。

「こいつは……どういうマジックを」

「企業秘密だ」

 完治とはいかないまでも、ある程度回復した麦野が起き上がる。
 失った片方の目と腕の再生までは出来なかったが、それでも死に逝く運命からは脱した。

「そうかよ。深入りはしねえ。アンタみたいな奴と生還早々にやり合おうとは思わないしね」

「取引は果たせよ、しずりちゃん?」

 言外に、果たさねば殺すという意味を込めて言う。

「分かってる。認めたくはないけど、この私としたことが助けられっちまったんだ。そのお願いとやらはやってやる。あと、しずりちゃん呼ばわりは止めろ、第二位」

「そっちこそ前にも前々回にも言った筈だぜ。俺には垣根帝督って名前があるんだから第二位じゃなくて名前で呼んで欲しいもんだって」

 その瞬間、目の前に爛々と片方の目を殺意に輝かせる麦野の顔があった。唇と唇が重なっている。垣根は抵抗も拒絶もしない。やがて舌がやや強引に捻じ込まれてくる。そこまでされても垣根は抵抗しなかった。
 時間にしたら二十秒ほどだろう。
 唇が離れる。

「仮にも私の命だ。心理定規だとかの死体の場所じゃ釣り合わねえ。これで貸し借りはなしだよ。有り難く受け取っておきなさい、帝督」

「ありがとよ、しずりちゃん?」

「減らず口が本当に上手ね」

 麦野沈利はもう用はないとばかりに立ち去っていく。
 これは予想だが、麦野はあのLEVEL0を殺しに行くだろう。あそこまでやられておいて麦野が泣き寝入りする筈がない。確実にお礼参りと洒落込む。

(あのLEVEL0もついてねえな)

 浜面に恨みがある訳じゃない。ただ運が悪かった。

「私がぶち殺す予定だから、勝手に野垂れ死ぬんじゃないわよ」

「心配するな。まだ死ぬ予定はねえ」







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