とある魔術の未元物質
SCHOOL108 反 骨


―――暴政は地獄と同様に容易に征服することはできない。しかし我々には戦いが苦しければ苦しいほど、勝利はますます輝かしいという慰めがある。
目の前に立ち塞がる巨大な壁を乗り越えた時の爽快感を知っているだろうか? 人は長い人生の中で必ず苦難に直面する。すると大抵の人間の選択肢は超えるか、立ち竦むか、諦めるかに限られる。しかし超えるというのは難しい。なにせ壁は巨大なのだから。
しかしだからこそ、それを乗り越えたときの快感は何にも変え難いのである。










 イギリスへ向かう飛行機の中。
 インデックスは隣で静かに、まるで湧き上がる感情を押し殺すかのように読書に熱中している垣根を流し見る。

(どうしちゃったんだろ。突然イギリスへ行くだなんて)

 エリザリーナ独立国同盟のホテルに、イギリス清教の使者だと名乗る男が来たのは少し前のことだ。当初は垣根もイギリスという単語に怒りを露わにしていたが、使者の「引き受けてくれれば一年周期に記憶を消すという呪縛は解除しよう」という取引を持ち出されると、垣根も使者の話を聞き始め、結果的にこうしてイギリスへ向かう事になった。
 使者の依頼というのは、イギリス・フランス間を結ぶユーロトンネルの爆破事件の調査のため十万三千冊の魔道書図書館であるインデックスの派遣。垣根にもインデックスの護衛としてイギリスに来てほしいとのことだった。
 
(ていとくは『首輪』の破壊と引き換えだから仕方ないって言ってたけど……)

 奇妙な違和感がある。
 いや、理屈としては理解できるのだ。第三次世界大戦が起きそうな昨今、十万三千冊の魔道書を記憶した自分は手元に置いておきたい筈だろうし、そのユーロトンネルの調査だって自分が一番適任だろう。
 垣根がそれを引き受けたのも同様だ。
 インデックスとしては申し訳ない気持ちがあるが、垣根帝督の目的は『首輪』の破壊である。そしてイギリス側は『首輪』の一番の呪縛である一年毎に記憶を消し去るというものを解除すると持ち掛けてきた。プライドにさえ目を瞑れば、悪い話ではない。少なくとも当初の目的は達成できる。
 だがそれなりに長い間、垣根帝督と共に世界を渡り歩いたインデックスには違う気がするのだ。垣根帝督がこんな取引に唯で乗るとは思わない。乗るにしても、性質の悪い考えを秘めていて、どこか邪悪な笑みを浮かべていそうなものなのだが、今回はやけにあっさりと話を受けた。
 それはインデックスにしか分からないような些細な違和感なのだろう。どんな知略の持ち主でも、この微妙な機微は身近な者にしか分からない。

(もし私にていとくと出会った頃の記憶があったなら、ていとくが何を考えてたのかも分かるのかな)

 インデックスには垣根帝督と出会った頃の記憶を失っている。通常の記憶喪失と異なり完全な記憶破壊なので、記憶が戻ることは永遠にない。
 自分はどのようにして垣根帝督と出会ったのか。
 どうして垣根帝督は自分をここまで大切にしているのか。インデックスには何も分からない。自分が垣根の好意に値する人間なのかも、疑問だった。記憶を失った自分は、記憶を失う前の自分とは別人。幾ら根本の性格が変わっていなくても、記憶を失う前と今は別の人間だ。

(あなたなら、ていとくを理解できるの?)

 自分の中から永久に消え去ってしまった自分に問いを投げる。
 絶対に返ってこない答え。
 けれど、答えが返ってきて欲しい。返ってこないと知っていながらも、返ってきてほしい。
 時を遡ることが出来たのならば、嘗ての自分と話すことが出来ると言うのに。
 十万三千冊の魔道書を記憶しながらも、自分はとても無力だ。



 思えば、初めてのイギリスだ。
 TVで何度か見た覚えのあるバッキンガム宮殿を見上げながら、垣根はそう思った。それにしてもイギリスの飯は不味いというが、その話は本当だったらしい。少なくとも空港からここまで、適当に入った店で出た店は非常に不味かった。

(大体、煮過ぎなんだよ。料理は煮りゃいいってもんじゃねえだろ)

 こんな糞不味い料理、食べたインデックスは激高の余り口撃力を発揮してくるのでは、と警戒していたのだが、それは余計な心配だった。
 インデックスといえば糞不味い料理を実に美味しそうに暴食していた。
 流石はイギリス生まれのシスター。糞不味い料理でも美味しく食べるスキルを保有しているようだった。ただ流石に「料理ならイギリスはイタリアに完敗だね」と発言していたが。
 垣根はイギリス料理を食べていて、どこかの腹ペコ騎士王の嘆きが聞こえていくるような気がした。
 きっと昔からイギリスは食事に関しては残念だったのだろう。

「インデックス、お前は一人で行け」

 背中を押し、インデックスを急かす。

「ていとくはどうするの?」

「胸糞悪ィからパスするわ。イギリス清教のトップなんざ見りゃ、どんな場所だろうと思わずぶち殺しちまいそうでな。流石にそりゃ不味いだろ」

「うっ。……それは、ありえるかも」

「納得されると逆にショックだ」

 インデックスは自分の事をどのような目で見ているのだろうか。
 自分はそこまで短気ではない。

…………以前も語ったが、別の次元では能力を子供にウケそうと言われただけで『スクール』のアジトを滅茶苦茶に破壊していたりするが、たぶんこの帝督とは関係ないのだろう、うん。

「俺もイギリスの女王やら騎士団長が見てる前で、清教のトップを殺すのは不味いことくらいは理解できてる。表だっての暗殺なんざ暗殺じゃねえ。やるなら人気のない場所でやる」

「人気のない場所でも、駄目なんだよ……」

「なんで?」

「暗殺という行為そのものが駄目」

「ふーん。ま、いい。する気はねえよ。少なくとも、このイギリスじゃあな」

 そう。暗殺をする気はない。
 垣根帝督には理由がある。こうしてイギリスに来た目的もある。
 これでいい。
 普段の自分なら、こうしてバッキンガム宮殿には入ろうとしない筈だ。で、ありながら警戒はする。恐らくないであろう暗殺に対して最大限の警戒をする。
 気付かれてはいけない。
 自分はイギリス女王とイギリス清教相手に取引を持ちかける大胆不敵な垣根帝督である必要がある。
 この国を変えるまでは。
 



ダークサイドに堕ちた垣根。これからはヘルメルヘンと呼んでくださいw というのはジョークとして、垣根が悪役ルートに突撃しています。



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