とある魔術の未元物質
SCHOOL128 右方 の フィアンマ


―――強い雨ほど長くは続かない
強いものほど長続きはしない。体力もそうだ。短距離走で全力疾走すれば50mでも疲れるが、マラソンならば50k近く走る事が出来る。長く続けるには全力を出しすぎない事が肝心であり、常に全力疾走を続けていれば必ず崩壊する。人生というのは適度にペースを落としたり休んだりすることが肝心だ。











「終わった……の」

 恐る恐るインデックスは地面に倒れている垣根を見下ろす。垣根はすーすーと規則正しい寝息をたてている。どうやら眠っているようだ。もしかしたら今日のクーデターに参加するための準備で余り眠っておらず疲れているのかもしれない。
 そして垣根ばかりでなくクーデターの首謀者であったキャーリサの方も負けたらしい。幻想殺しの右腕をもつ男、垣根と同じ学園都市出身でもある上条当麻の右手にカーテナ=オリジナルを破壊されたことによって。
 このクーデターはカーテナ=オリジナルがあったからこそ戦争として成立していた。そのカーテナが失われた今、もはやキャーリサにも……垣根にもクーデターを続行する余力はないだろう。
 つまり本当に終わり。
 英国全土を巻き込んだクーデターは終結したのだ。英国女王率いる反クーデター側の勝利で。

(あ、それは違うかもね)

 半クーデター側の勝利何て俗な言い方はこの戦いに参加した全ての人にとって侮蔑だ。英国人全ての勝利と、こう言い替えるべきだろう。
 大人から子供まで。軍民問わず、英国に住む国民全てが自分の意志で考え、どのような道を英国が歩むべきかを考えての結末が今なのだ。
 クーデターは終わった。だがまだ英国が抱える問題が解決した訳ではない。依然としてフランスを始めローマ正教側との対立は残ったままだし、ユーロトンネルなどのこともある。
 しかし不思議とインデックスは今後の行く末に不安は抱いていなかった。このクーデターは決して無意味ではなかった。第二王女キャーリサには武力のみに頼る事の愚かしさを、第一王女リメリアには人を信じる心を、第三王女ヴィリアンには戦う勇気を、そして国民全てに結束を。
 このクーデターでイギリスは軍事力の一部やカーテナなど多くのものを失いはしたが、それに勝るものを手に入れたのだ。

「インデックス」

 とんとんとインデックスの肩を叩く物がいた。振り返ると、赤毛にバーコードのような刺青を頬にした神父が煙草を吸いながら立っていた。インデックスは彼の名を知っている。名前はステイル=マグヌス、イギリス清教に所属する魔術師で、神裂から訊く所によると記憶を失う前の自分にとっての『友人』らしい。

「あ、すている。……怪我は、ないの? ていとくの攻撃で三十mくらい吹っ飛ばされてたけど……」

「……それに関しては触れないで欲しいね。身体の方は問題ない。魔力が半分ほど減って、打ち付けたせいであちこちが痛いけど、ダメージは骨まで達してなかった」

 ステイルは垣根の光翼の直撃を受けている。垣根の光翼の直撃は全開時のアックアすら一撃で吹っ飛ばすほど強力なものだ。それを受けて立って煙草を吸える余力があるほどピンピンしていると言う事は、垣根の方も殺さないように手加減をしていたのだろう。

「それより最大主教(アークビショップ)が話があるそうだ。君につけられた『首輪』の件で」

「!」

「……これはただの独り言だが、今日中には君の"一年に一度記憶を消さなければ死ぬ"という呪いは消滅する筈だよ。それじゃあ僕はこれで。最大主教はあっちの教会で待っている」

 悔しさと嬉しさが入り混じった声で言うと、ステイルはそのままインデックスの下から去っていった。まるで過去の自分と決別するかのように。
 何か言わなければならない。
 ステイルの背中を見ていたら、そういう衝動がインデックスの内から湧き上がってきた。

「すている!」

 失われた過去の自分に背中を押され、インデックスはステイルを呼び止めた。

「なんだい?
 
「ありがとうね、すている。私は貴方の事を忘れちゃったけど、貴方は私のことを覚えていてくれて。私はもう絶対に忘れない。ていとくのことも……そして貴方も」

「…………そうかい」

「あっ! それと、神裂に聞いたけどすているって十四歳なんでしょ。駄目なんだよ、イギリスでは煙草は十四歳からなんだから!」

 それを聞くとステイルは一瞬、とても懐かしいような顔を浮かべ、彼らしくない心からの笑顔を浮かべた。ステイルは昔を懐かしむように一度目を瞑り言い返す。

「ニコチンやタールのない世界はね、地獄というんだ。そして敬虔なる神の下僕たる僕は地獄に堕ちるなどあってはならない」

「むぅー、屁理屈かも!」

「ふっ。じゃあね、インデックス。今ある思い出を大切にすることだ」

 ステイルは飄々としたまま今度こそ去っていった。しかしその後ろ姿が不思議と喜んでいるように見えたのはインデックスの気のせいだったのだろうか。

「うん、大事にするよ絶対。私の思い出を」

 もう二度と忘れない。
 インデックスの頭の中にある数多の思い出。どんな大金を積まれようと、世界の覇権をチラつかせられようと、この思い出だけは絶対に手放さない。
 自分は一生この思い出を胸に生きていく。世界一美しいダイヤよりも輝く思い出を。

――――――――――そうか。ならばせめて、夢の中で思い出という幻想に浸ると良い。

「えっ?」

 唐突に脳内に直接響いてくる声。それと同時にインデックスの思考が外部からのアクセスにより埋め尽くされていった。
 鉄壁である『歩く教会』すらも無視して。声の主は『とある礼装』を使い意図もたやすくインデックスの意識を奪い去った。







 垣根はゴロンと横たわっていた。
 クーデターはどうも終わったらしい。自分の身に供給されていた莫大な『天使の力(テレズマ)』が失われている。この事が示すのは唯一つ、カーテナ=オリジナルが破壊されたということ。本来なら生半可な攻撃を受けようと壊れる事なんてないカーテナだが、上条当麻の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ならば触れるだけで破壊が可能だ。

(俺の負け、か)

 クーデターは失敗だ。
 キャーリサも、垣根も見事に敗北。もはや逆転は不可能。カーテナを支柱にしたクーデターはカーテナを失い瓦解する。それ以上にイギリス国民の全員がクーデターを望んでいないというのが致命的だ。
 幾らここで垣根が暴れまわり女王エリザードなどを皆殺しにしたとしても、それは所詮ただの醜い愚行に過ぎず勝利とは程遠い。

「……あー、なんだ、お前もそこで倒れていたの」

 キャーリサだった。 
 女王キャーリサ……否、第二王女キャーリサは垣根と同じようにコンクリートの上に大の字になって倒れていた。
 一国の姫がこんな場所でボロボロになって地面に倒れている。まるで暗くなるギリギリまで公園で遊んでいる子供のように。その事が多少可笑しかった。

「そんな役割を演じさせたよーだな。……これでお前も私と同じで、クーデターの敗北者側だ」

「……なんだ、責任でも感じてるのか?」

「まさか。お前はお前の意志で私の側に参加したんだろう」

「仰る通りで」

 垣根は後悔していない。
 もしもエリザードの持ちかけた取引に従い、土壇場でキャーリサから離反し反クーデター派に属していたら自分は勝者としてキャーリサを見下ろす方に立っていただろう。しかし、それは自分自身に嘘をつくことだ。
 別に学園都市にとっての裏切り者になろうと、世界中から目の仇にされようと構わない。ただ嘘と悪意に塗れたこの世界でも、自分の流儀にだけは反したくない。
 
「…………焦ってたのかもな、俺は」

 こうして敗者となると、燃え上がっていた頭も否応なく冷えていく。
 心理定規が死んでしまい、心の何処かでインデックスが死ぬ事をイメージしてしまったのかもしれない。
 より強く、より鮮明に。
 失敗は許されない。
 確実に『首輪』を破壊できる方法を、万に一つでも失敗しないような安全な方法を求めて暴走した。

(らしくもねえ。これも俺のエゴか)

 インデックスの為なんて偽善は止めよう。
 自分は自分の『安全』のために暴走したのだ。こんなクーデターという大博打にまでのって。
 と、その時だった。

「ハハッ、こいつは凄いな。垣根帝督はまだしも、お前がそんな風に血と泥にまみれて地面に転がっている様なんぞ、中々見られんものだと思っていたが……実際、目の当たりにしてみると予想以上に愉快な光景だ」

 聞いた事のある男の声だった。
 垣根は頭の痛みを適当に治癒してから身を起こすと、そこに一人の男がいた。赤を基調にした服装に赤い髪。
 アックアのような歴戦の戦士の風格はないが、それとも異なる独特の威圧感のある男だった。
 この男の名を垣根は知っている。

「フィアンマ……神の右席か」

「ほう。俺様はフィアンマと名乗った事があっても、神の右席のフィアンマと名乗った事は一度もないのだがな」

「イタリア語で……左方のテッラは土、ヴェントは風、アックアは水だ。ならイタリアで俺にフィアンマと、炎と名乗った男が残った右方を担う奴だと推測するのは難しい事じゃねえ。右方を司るミカエルは炎を司る大天使でもあるしな」

「そうか『神の如き者(ミカエル)』。………………カーテナが操るものと同質となると、狙いはこの剣か!?」

 キャーリサの問いを受けて、フィアンマは面食らったように目を白黒させる。

「んー? そっかそっか。そういうやり方もあったかもしれんなぁ」

「だが、ここにあるカーテナ=オリジナルは既に機能を失ったし。クーデターの混乱を機に奪いに来たのなら期待はずれだったな」

「いやぁ、そいつは純粋に惜しかったな。もしかすると、そっちの方が楽だったかもしれん。ただ、やっぱり無意味か。幾らカーテナを使ったとしても俺様の力を移した途端に爆砕するのがオチだ」

「じゃあ何のために来たってんだよ、テメエは」

 キャーリサを制して垣根が前に出る。
 カーテナを失ったキャーリサにもはや戦闘力はない。フィアンマどころかヴェントにも勝てないだろう。他の反クーデター派の魔術師達はここにはいないし騎士派も同様。
 フィアンマと交戦が可能なのは現状垣根一人だ。

「……そうだな、お前とも関係があることだ。俺様が求めていたのはある意味においてカーテナ以上のトップシークレット。イギリス清教の魔術師に伝わった『重要な物を持って退避せよ』って命令も、誰もこれが重要な物だと知らなかったからこそポツンと放置されていた」

「何を、言ってるの?」

「第二王女ですら知らないか。となると知っているのは女王の婆か、イギリス清教の女狐だけだろうな」

「まさか……実在していたと……言うの? …………垣根! 今すぐそいつを抑えろ! この男、フィアンマは!」

「五月蠅いぞ、雑魚」

 フィアンマが右手を振るう。
 強力な力の塊がキャーリサに迫るが、寸前で横に割って入った少年がその力を同じように右手で消し飛ばした。

「何してんだよ、テメエ!」

 上条当麻がフィアンマを睨みつける。

「俺様か? ちょっとイギリスの宝を奪いにな。しかし『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。俺様の右手に比べれば矮小なものだが、見れば見る程その特異性には驚かされる」

「御託を抜かしてんじゃねえよ。……状況は理解できねえが、何やら面倒臭いことを企んでやがるようだな」

「ああ、そうだな。――――――俺様はお前にとって最悪なことを企んでいた」

 突然、背後から白いものが飛び出してきた。
 その白は地面に着弾するとアスファルトを粉々にしながら、そこに降り立つ。 
 白の正体は修道服だった。銀髪碧眼の少女だった。

「い、インデックスッ!」

 垣根が叫んだ。
 どうしてインデックスがここに現れた? いや、それ以前にどうしてインデックスは魔術を使っている。瞳は無機質で表情が読めない。これではまるで、

「禁書目録に備え付けられた安全装置……『自動書記(ヨハネのペン)』の外部制御礼装といった所か。『王室派』と『清教派』のトップだけが持っている秘蔵の品だ。とはいえ『原典』の汚染もあるから、こいつを使うのは本当に最後の手段になるようだ。――――おかしいとは思わなかったか? 幾ら少女が望んだとはいえ、十万三千冊の魔道書を保存する禁書目録を、何の保険もなく学園都市の超能力者に預け放置しておくなんてありえるか? まして、こんな残酷なシステムを築き上げた、あの最大主教(アークビショップ)が、だ」

 フィアンマの目的の全貌はまだ掴めていない。
 しかし垣根には一つ分かっただけで十分だ。
 フィアンマはインデックスに害をなそうとしている。それだけで垣根がフィアンマをぶっ殺す理由には十分過ぎる。
 光翼が噴出し、フィアンマへ襲い掛かるが、

「無駄だ」

 フィアンマの背中から第三の腕が出現する。
 それがただ一振りしただけで、垣根は敗者として地面に横たわっていた。

「一体っ……何がっ!」

「――――――おやすみ、垣根帝督」

 この手で今すぐフィアンマの顔面を殴り飛ばしてやりたい。
 その思いとは裏腹に垣根の意識はみるみると闇に沈んでいった。
 
(俺は、俺は!)

 闇に沈む中。
 漸く垣根帝督は自分自身に起きた異常の全てを理解した。
 それは遅すぎた目覚め。 




今までほぼネタキャラとしての活動しかしていなかったフィアンマさんが遂に本領発揮です。垣根を一瞬でぶっ倒してからの遠隔制御礼装強奪。しかし設定上は下手なチートオリ主を片手で捻れるくらい強いのに、垣根はよく負けますね。



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