C.E.70。奇しくも2の文字が四つ並ぶ2月22日。ザフト軍の世界樹コロニーへの侵攻が始まった。
 世界樹コロニー総司令部にて地球連合軍総指揮をとるのは敗戦と核攻撃の責で更迭されたベロブル中将にかわり、大西洋連邦で最年少で大将となったグレン・エバールである。
 この世界樹は宇宙における交通の要所。ここをザフトに奪われては宇宙の制宙圏の三割は奪われる。エバールの責任は重大だった。
 だがここで勝利すればグレン・エバールはその功績によって『英雄』となり元帥へと昇進する。そうなれば大西洋連邦史上最年少の元帥の誕生だ。エバール自身のやる気は十分といえた。

「総員第一戦闘配備。ザフトのコーディネーター達がきますが、それほど恐れる心配はありません。前回とは違いMS対策はしてきましたから」

 血のバレンタインにおける一番の敗因は連合軍がザフトのMSを軽視していたことだ。
 何度か事前にMSとの戦闘も経験しているというのに――――本格的な決戦となるその日まで、連合首脳部はMSの力を認めようとはしなかった。
 大方メビウスなどのMAを製造している軍需産業との癒着が足を引っ張ったのだろう。

「面倒なものだよ。大西洋連邦大統領は軍需産業の飼い犬で、軍人はそんな大統領の飼い犬だ」

「た、大将閣下。このような場所で仰られることではありませんぞ」

 副官の一人が慌てて口を挟む。
 別に副官もエバールの意見に否があるわけではない。しかし発言というものは時と場所を選ばねばならないもので、それは上の地位にいる者ほど遵守すべきことだ。
 本音をそのまま口にして許されるのは物心つかぬ赤ん坊までである。

「ああ、そうだったね。……それじゃMAはいつでも発進できるように待機させておいてください。ロッツ大尉、敵MS部隊との接触時間は?」

「五分ほどです」

「ならそろそろMAを発進させてください。そして所定の位置につかせて――――」

 エバールの脳内には勝利の方程式が出来上がっていた。
 MSは強力な兵器ではあるが、決して無敵のスーパーロボットではない。MS戦の不慣れからメビウスは手古摺りはしたが、そんなものは巧みな連携と布陣があればやりようはあると考えている。
 グレン・エバールはただ士官学校で主席をとったというだけで若くして大将の地位にまで上り詰めたのではない。階級に裏付けされた実績と能力があるからこその最年少大将なのだ。
 実際彼の戦略や布陣を幾人かの軍略家に見せれば感嘆したことだろう。それだけグレン・エバールの才気は優れたものだった。
 しかし若すぎる彼は、その才能故に予想外のボディーブローに弱い。
 テキパキと全軍に指示を伝達しようとした瞬間だった。

「閣下! 一機のジンは通常の3倍のスピードで接近します。これは……もう直ぐ近くです!」

「なに!?」

 エバールが腰を浮かす。同時に総司令部の巨大モニターにある戦艦を示す光点が一つ消えた。そこに搭乗していた人員やMAを纏めて。

「そんな……こいつは、馬鹿なのか……?」

 MSジンがどれほどの性能をもっていて、パイロットの技量がどれほど高かろうと、世界樹に配備された大軍を相手に単独で突っ込むなど正気の沙汰ではない。
 しかしエバールには分かる。
 パーソナルカラーなのだろう。赤く塗装されたジンの行動は蛮勇ではない。自分の実力とジンの性能を寸分違わずに理解した上での奇襲攻撃だ。
 赤いジンの狙いは勿論世界樹の敵を一人で殲滅することではない。先制の一撃を喰らわせることで、自軍の士気をあげ敵軍の出鼻を挫くことである。
 戦艦一隻の撃墜など全軍と比べたら微々たるものだ。だがその微々たる犠牲もこのような鮮やかな奇襲で演出されれば――――それは大きな戦果だ。
 先制して戦艦を撃墜した赤いジンは他の敵には目もくれず即座に後方に退いていく。周りの戦艦は逃げるジンに猛火を浴びせるが、ジンは後ろに目がついているかのように砲火を掻い潜っていった。

「MAを発進させるんだ! 赤いジンは放っておいていい! 敵の本隊が接近しているぞ!」

「そ、それが先程からレーダーが上手く機能していません。もしかしたらザフトがまた新兵器を投入してきたのではないでしょうか?」

「黙れ! 泣き言を言っている暇があるんなら口と手を動かせ! なんでもいいから急いでMAを発進させろというのだ!」

「は、はいっ!」

 苛立ち司令官の椅子を叩く。手が痛んだが、そんなものはどうでもいい。
 屈辱に肩を震わせながらエバールは赤いジンの去っていった場所を見る。単独での奇襲からの謎の新兵器によるレーダーの攪乱。
 お陰でこちら側は完全に浮き足だってしまった。これでは当初の戦略は瓦解したともいえる。

「……まだだ。まだ数ではこちらが上なんだ。負けるものか」

 コーディネーターに恨みがあるわけでも、愛国心があるわけでもない。
 しかし自分の輝かしい経歴に汚点を残すことは許せなかった。殺意の篭った視線をザフト軍へと向けながら、エバールは思考を回転させていく。



 最初に第一戦闘配備がされてから数分が経ったころだろうか。
 サンダースの艦内放送は慌ただしくMA部隊の出動を告げた。

『なにがあったんでしょうかね?』

 隣のメビウスでタナカが他人事のようにぼやく。いや取り敢えず今の命と明日生き残ることしか考えていないタナカにとって、戦争の大義名分だとか司令官の憂鬱などは他人事なのだろう。
 
「タナカ少尉……お前は、俺のことをなんだと思ってるんだ。そんなこと一パイロットの俺が知るはずがないだろう。そういう質問は艦長にしてくれ」

『おっと、そうでしたね中尉殿』

 しかし一体なにがあったのか気になりはする。
 グレン・エバールといえば他人の短所を見て自分を見ない悪癖があり、軍上層部からも下層部からも好かれていないが優秀な能力をもつ司令官だ。少なくとも前回のベロブルより数段は上手の御仁。そんな人物が慌てるなど余程のことがあったとみるべきだろう。
 とはいえそのことを知ろうにも……どうもレーダーの調子が悪いらしく情報が行き届いていない。

「……ん?」

 ふと違和感を覚えた。故障や整備不良にしてはレーダーがおかしすぎる。少し前まではなんの問題もなかったというのに。

「まさか」

 ミュラーの予感を裏付けるようにオペレーターの通信が入る。

『メビウス・ゼロ、ミュラー機。発進お願いします。また敵新兵器の影響でレーダーや通信が著しく繋がりにくくなっているので注意を』

「やっぱり、それかい。MSの次は通信妨害……こりゃミサイルも使えんかもな。ボタン戦争の時代も終わりか……」

 ぼやきながらメビウス・ゼロを起動させる。
 作っている会社は同じなので、ガンバレルのような特殊兵装を除けば基本的にメビウスを操縦するのと大差はない。
 初めての機体はしっくりと手に馴染んだ。

「ハンス・ミュラー、ゼロ出撃する」

 ゼロはゼロでもウィング・ゼロなら単騎で殲滅戦もできるものを、と妙な時空から電波を受信してからオレンジ色の"ゼロ"が宇宙に飛び出した。
 終わりなき大海のあちこちには灰色に光を反射する影が幾つもある。MSジンの大部隊だ。
 敵はユニウスセブンの悲劇で地球連合(ナチュラル)に対して強い憎悪をもっている。
 血のバレンタインに関しては全面的に連合軍の責任だと思うし、そのことに思うこともあるのだが、ミュラーとしてもだからといって自分の首級を差し出すわけにはいかない。
 適当に一体のジンを見つくろうと、バーニアを吹かせ急接近していく。
 
「いけ、ガンバレル!」

 レールキャノンで敵を牽制しつつ、ガンバレルを分離する。
 母機から離れた四つの砲門は意志をもったかのように動き、ジンを取り囲んでいく。ジンはガンバレルではなく母機のゼロにばかり気を捉えていて後ろがおろそかになっている。
 
『ナチュラルめ!! ユニウスの……母さんの仇だ、死ねぇぇぇええええええ!!』

 ジンがマシンガンを発砲してきた。敵の殺意がダイレクトに頭に伝わってくる。この声はまだ若い少年のものだろう。
 若い憤怒を浴びて目を細めながらも、ミュラーは機体をバレルロールしてマシンガンを回避した。
 尚もジンはマシンガンを連射しようとするが、

「今だ」

 ジンを取り囲んでいた四つの砲門が一斉に火を噴く。ジンはいきなり四方からの放火を浴びてパニックになったようだ。
 訳も分からず滅茶苦茶な場所に発砲する。そこへ冷静にミュラーは母機のレールキャノンを喰らわせた。
 人体でいえば心臓のあたりを貫く。

『う、うわあああああああああああ!!』

 敵パイロットの絶叫が轟き、黒い海に一つの輝きを示し消えた。
 それは敵MSの撃破だけを意味するのではない。今この瞬間、まだ未来のある一人の少年の命が奪われたのだ。

「慣れないな、これは。慣れるのも不健全なんだろうけど……早く慣れた方が良いな」

 別に優秀な軍人になりたいわけではない。ただ一々こうして敵MSを貫く度に、この肺を握りつぶされるような気持ち悪い感覚を感じるのは嫌だった。

「……だがメビウス・ゼロ、いい性能だ」

 ガンバレルのオールレンジ攻撃。これさえあればジンともどうにか互角に戦うことができる。
 ミュラーは自分が今さっき殺したパイロットを思考の隅に追いやると、再び宇宙の海を走り始めた。
 果たして自分はこんな戦争が終わったその日に生きているだろうか、と非建設的なことを考えながら。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.