プラント最高評議会には大きく分けて二つの派閥がある。
 一つが最高評議会議長シーゲル・クラインを筆頭とする、ナチュラルに対し比較的に穏健的な思想をもつクライン派で、もう一つが国防委員長パトリック・ザラを筆頭としナチュラルに対し強硬的な思想をもつザラ派だ。
 中にはその中間にありどちらとも一定の距離を置く中道派もいるが、大抵はザラ派かクライン派に分けられる。
 現在の最高評議会議長こそシーゲル・クラインだが『血のバレンタイン』などによりザラ派の勢いは増しており、逆にクライン派の勢いは衰えている。
 もし今の状況が続けば次の評議会議長にはパトリック・ザラが就任することになるだろうというのが大凡の見方である。
 そして次期プラント最高権力者に最も近い位置にいるパトリック・ザラはといえば、いつになく苛立っていた。
 理由は色々とあるが、怒りの中心を占めているのは『ビクトリア制圧作戦』の失敗である。

「ナチュラルめ……いらぬ抵抗を」

 苛立ちから吐き捨てるが、同時にパトリックは今後の戦略について頭をフル回転させていた。
 コーディネーターばかりのプラントで国防委員長にまでなったパトリックはやや堅物なところと頑固なことはあるものの、優れた頭脳をもっている。
 幾らビクトリアでの敗北に腹立っていたとしても思考停止するほど愚かではなかった。

「ラウ・ル・クルーゼ、参りました」

 そんな時、パトリックにとって腹心というべき位置にいる男の声がドアの向こうからした。
 パトリックが予め呼んでいたのである。

「入れ」

「失礼します」

 国防委員長室に綺麗に整った金髪をした男が入ってくる。容貌は美形に分類されるとは思うのだが、その目を隠す仮面のせいで表情の全容を伺い知ることはできない。
 ラウ・ル・クルーゼ。世界樹でMA37機、戦艦6隻を撃沈し、ネビュラ勲章を受章した彼はその功績をもって赤服から白服へと任じられていた。
 白服といってもただ単に軍服が白に変わっただけではない。
 ザフトは義勇兵なので連合軍のような階級はない。だが幾ら階級がなくても完全に上下がなければ組織というものは立ち行かないものだ。
 そのためザフトでは階級のかわりに服で身分を代用している。
 大別すれば緑服が一般兵、赤服が士官学校で優秀な成績を出したエリート、黒服が副官級、白服が隊長クラス、紫服が国防委員会に属する武官といったものになる。
 連合での階級に合わせるなら赤服と緑服が兵卒〜尉官、黒服が佐官、白服が佐官〜将官といった具合だ。
 ネビュラ勲章を授与されたザフト屈指の英雄であるクルーゼは大佐〜将官相当の権威と権限をもっている。

「クルーゼ、貴様を今日ここに呼んだのは他でもない。ビクトリアの敗北について貴様の意見を聞きたい」

 パトリックはクルーゼがただMSで強いだけの男ではなく、深い見識と優れた戦略眼をもっていることを知っていた。
 というよりもしクルーゼが強いだけの馬鹿ならパトリックが意見を聞くことなど有り得ない。

「理由を上げれば数多いですが、一番の敗因は地上部隊の掩護がなかったからでしょう」

「ふむ」

「降下作戦において地上部隊の存在は必須というべきものです。地上戦力なしでの降下作戦、しかも目標到達点がビクトリア宇宙港もなれば我々コーディネーターが如何に優れていようと勝利は厳しいと言わざるをえません」

 パトリックは黙ってクルーゼの意見を聞く。
 苛立ちは不思議と静まっていた。誰かに話すと気分が落ち着き冷静になれるという話は本当だったらしい。
 それに何も今回の敗北は悪い事ばかりではないのだ。ビクトリア宇宙港の制圧は戦争の早期終結を狙うクライン派より提出された案件だ。
 しかしその作戦は失敗した。これはクライン派の発言力を下げることとなった。
 ここで逆にパトリックが連合に対し有効な議案を通し、その作戦が成功すればクライン派とは逆に発言力を高めることができるだろう。

「ではクルーゼ、お前ならばどう攻める?」

「先ずはザフトの地上における拠点を建設するのがいいでしょう。さしあたっては我等に協力的な大洋州連合の土地でも借りてそこに部隊を降下させるのが宜しいかと」

「大洋州に地上部隊か」

 パトリックは頭に大洋州連合の地図を描く。
 ザフトの基地を建設するとなると……内陸は論外だ。ザフトは地上に安楽地を作りたいわけではない。地球軍を攻める為の場所が欲しいのだ。
 基地は沿岸部にあるのが望ましい。そうなるとオーストラリア地区のカーペンタリア港あたりが妥当だろう。

「しかし国防委員長閣下、一つの懸念があります」

「なんだ?」

「仮に我々が地上に基地を建設したとして、もしその基地を連合軍が酷く警戒した場合に……最悪のカードを切る可能性があります」

「核か!?」

 パトリックはユニウスセブンで妻であるレノア・ザラを喪っている。だから直ぐにクルーゼの言わんとしていることを悟った。

「……地上はナチュラル共の住み家だぞ。自分の住み家で連中が核を使うというのか?」

「コロニー内でやれば狂気の沙汰ですが、地球とコロニーは些か以上に事情が異なります。C.E.1とA.D.1945にも実際に地球内で核兵器が使われています。可能性はあるでしょう。なにしろ開戦早々に核兵器を持ちだすような輩です」

「だが我々にはニュートロンジャマーがある。ナチュラル共の野蛮な核ミサイルなど我等の叡智の前には鉄屑同然だ」

「勿論です。しかし地球はナチュラルのテリトリー。完全に核兵器を封じるのは厳しいでしょう。それこそ地球全土にニュートロンジャマーを打ち込むくらいやらねば」

「地球全土の、ニュートロンジャマーか」

「失礼しました。部を弁えない発言でした」

 クルーゼが一礼する。しかし地球全土へのニュートロンジャマーの散布というクルーゼの意見はパトリックの脳裏に刻みこんでいた。
 スクリーンに映し出されるユニウスセブンが崩壊する映像。あの映像を見るだけで何度手元のものを壊したか分からない。パトリックは核を打ち込んだ連合軍――――もっといえばナチュラルに対して深い憎悪を抱いていた。
 もしもニュートロンジャマーを打ち込めば当然原子力発電所はストップする。そうなれば地球は深刻なエネルギー不足に悩まされ、国力を大きく削ぎ落とすことができるだろう。核に対する報復にもなる。
 ただ単なる白服に過ぎないクルーゼがしていい提案ではない。だからパトリックもクルーゼを褒めることはしなかった。

「さてクルーゼ、貴様を呼び出したもう一つの案件だ」

 パトリックはデスクに新聞を無造作に置く。
 それはプラントに一般に出回っているものではなく大西洋連邦のものだった。

「これは?」

「読め」

「失礼します――――ほう、これは」

 新聞の見出しには『世界最強のパイロット、ハンス・ミュラー少佐。ビクトリア攻防戦にて敵MS10機撃破』とデカデカと載っている。

「いいかクルーゼ。連合軍最強ではない、このナチュラルの新聞は愚かにも世界最強とのたまったのだ!」

 連合軍最強と世界最強。似ているようだが、その実、大きく意味が異なる。連合最強ならばハンス・ミュラーは連合軍で最も強いと言う事になるが、世界最強だとザフト軍を含めてナンバーワンということになるのだ。
 勿論ハンス・ミュラーが本当に世界最強というわけではない。そもそもザフトのパイロット一人一人と一騎打ちしたわけでもあるまいし、そんなことが分かる筈がない。
 だからこれは新聞社の誇張表現だ。だが誇張だとしても、こんな誇張を許しておけばプラント、ひいてはコーディネーターの面目丸つぶれだ。

「これはこれは。大きく出たものですな連合軍も」

「クルーゼ、ザフトのパイロット全員に布告を出す。なんとしてもハンス・ミュラーとかいうナチュラルのパイロットを倒せ、とな。もし倒せたならネビュラ勲章と1万$の懸賞金をくれてやるとな!」

「はっ」

「ナチュラルが我等コーディネーターを上回るなど……認めてなるものか!」

 クルーゼが敬礼をして退室していく。
 残念ながらパトリックのいる位置からはクルーゼが含み笑いをしたのを見ることは出来なかった。



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