新星での戦いはミュラーや第八艦隊の奮戦空しく連合軍の敗北となった。
 ザフト軍は奪取した新星を改装してL5宙域に移送。以来『新星』はボアズと名をかえヤキン・ドゥーエに並ぶザフトの宇宙要塞となる。
 世界樹の時のように拠点の破壊にも失敗したともなれば、誰がどう見ようと連合は完膚無きにまでに敗北したと思うだろう。実際その通りだ。
 新星という一大拠点の力がそっくりそのまま奪われるというのは戦術的のみならず戦略的にも痛手である。
 ユニウスセブンでザフトも本国防衛の重要性を重く受け止めているのだろう。地球と違いコロニー国家のプラントは核ミサイルでなくとも、強力な戦艦主砲による放火などを浴びれば崩壊しかねないのだから。
 もし連合が再びプラント本国に攻め込むとなると『ボアズ』『ヤキン・ドゥーエ』という二つの軍事要塞を落とす必要があり、プラント本国の防御はより一層高まったといえる。
 二つの要塞を無視してプラント本国へ奇襲をかけるという策もあるが、余程入念に準備しない限りそんな奇襲、プラント本国とヤキン・ドゥーエの部隊との挟み撃ちにあって全滅するのがオチだ。
 しかし新星における敗北にしても、第一次ヤキン・ドゥーエにしても連合は戦術的敗北をしただけであり、完全に戦う力を失ったわけではない。
 ザフトが勝利の余韻に浸り、ハンス・ミュラーという一人に憤怒している間に連合は連合で反攻作戦のための準備を極秘裏に進めていた。
 そしてミュラーとその上官であるハルバートン提督は今日宇宙から地球に降り、大西洋連邦にあるアズラエル財閥邸宅へと呼び出された。

「…………家というよりは宮殿だな」

 それがハルバートン提督がアズラエル本邸に来て最初に呟いた一言だった。
 ミュラーもそれに同感である。
 広大な庭と巨大な邸宅。文章にすればそれだけだが、その規模が滅茶苦茶だ。漫画やアニメなどで超のつく大金持ちなどが登場して主人公を巨大な邸宅に招くなどの展開が見受けられるが、アズラエルの邸宅はそんなアニメの大豪邸が霞むほどの大豪邸だったのだ。
 恐らく飾られてある皿一枚でサラリーマン一年分の給料に匹敵するだろう。

(アニメじゃないんだよな)

 ミュラーは妙な時空から電波を受信し、心の中で『アニメじゃない』と繰り返しながらアズラエルのいる部屋へと向かった。
 待っていたアズラエルはやたらと上機嫌であり、反ブルーコスモス派将校であるハルバートン提督を目にしてもそれは変わらない様子だった。
 珍しい。ミュラーもこれだけ機嫌の良いアズラエルを見るのは『エイプリルフール・クライシス』以来なかったのだ。

「私のようなものをお招きに預かり光栄ですな理事」

 ハルバートン提督が心にもない世辞を並べながらハルバートン提督が言う。
 提督は反ブルーコスモス派だが智将と称されるだけあり愚かでも直情思考でもない。こういう場所で嫌悪感を露わにすることはなかった。
 ミュラーも提督に倣い型通りの挨拶を済ますとアズラエルの勧めでソファに座る。

「さて。智将ハルバートン提督とミュラーくんに来て貰ったのは他でもありません」

 何時の間にかアズラエルのミュラーへの呼び方は階級付けからくん付けにかわっていた。
 理由は知らない。もしかしたら、呼び方でミュラーが自分と近い位置にいるということを外向けに知らしめたいのかもしれなかった。

(思考が腐ってきているな。前なら素直にただの友好の証としていただろうに。下手に英雄になったせいだな。やだやだ)

 自分で自分に碧壁しながらアズラエルの言葉を待つ。

「提督もミュラーくんが前線で戦うことで『MSの戦闘データ』を集めていることは知っていますね」

「はい。勿論です。上官として聞き及んでおりますとも」

「ミュラーくん、君は実に良い働きをしてくれました。貴方の集めた戦闘記録は模擬戦やシミュレーターでは決して得られない"生きた"記録。それに貴方はMS戦闘での経験や戦闘人形のソキウスにジャン・キャリーを運用する上で、MS戦闘における連携などを模索しそれをデータとしてくれている。お陰でOS開発もレナ・イメリア中尉を教官として行われているMS教導も進んでます」

「まさかナチュラル用のOSの開発に成功できたのですか?」

 ミュラーが尋ねるが、アズラエルは首を振った。

「研究は進みましたが、まだそこまでは至ってません。イメリア中尉の教導も鹵獲したジンを贔屓目に見てザフト兵と同程度まで扱えるよう仕上げただけです。ただ最初に比べれば大きな飛躍ですよ。なにせ最初の頃なんてOSはA.D.時代のAIBO並みの動きしかさせられないような酷いものでしたし、イメリア中尉の教え子もジンを転ばすことしか出来ませんでしたから」

 完成には遠い。しかし最初の地点よりは大きく進んだ。
 これは喜んで良い成果だろう。止まっているのならば動かすことを考えねばならないが、それなりの速度で動くのならば待つだけで良いのだから。

「そんなわけで僕としてもパイロットやOSの完成が着々と進んでいるのなら、そろそろ機体の方も作っておこうかと思いまして。ハルバートン提督、以前より貴方の提案していた『MS製造計画』を本格的に実施しようと思うんです」

「……!」

 ハルバートン提督はやや驚いた顔をしながら、アズラエルがテーブルにミュラーと提督の二人分置いた書類に目を通す。
 ミュラーも自分のものを見た。

(……連合っていうよりかは大西洋連邦単独での開発か。それにオーブのモルゲンレーテが技術協力? あそこは中立国だが……政治ってやつかな。なんだかんだで連合はオーブのお得意様だから顔色伺ったか……それとも連合優勢になった時に勝ち馬にのる方便か。それにMSでの携帯可能なビーム兵器だって。これは凄いな)

 カタログスペックではこのビーム兵器は戦艦の砲撃クラスの破壊力をもっている。
 もしこんなものをMSが持てばMS一機が戦艦を撃墜するのも容易な時代になるだろう。その分エネルギー消費は激しそうだが。しかもMSだけではなくMSを運用するための戦艦まで作る気らしい。

(ん? これは採用されたOSの名前か)

『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System』
 
 日本語訳するのならば『単方向の分散型神経接続によって自律機動をおこなう汎用統合性システム』。
 やけに長いOSだった。OSなんてそんなものといえばそんなものなのだろうが。
 しかしこのOS、頭文字を繋げて読めば、

「ガン、ダム……?」

「なにか言いましたミュラーくん」

「いえ。ただこのMSのOSの名前、頭文字を繋げて読むと」

「おや。確かにガンダムと読めますね。……ううん強そうな名前です。ゴロもいいし。不思議とこの名前があるだけでザフトのMSだって倒せそうな気がしてきましたよ。ああ、時が見えます」

「そうなのですか理事。私はなんとなく謎の軍事組織が武力介入してきそうなネーミングのように思いますが」

 アズラエルとハルバートンが其々異なる意見を言う。
 しかし強そうな名前ということに異論はないようだ。

「この計画はG計画って名前なんでしたけど……ここはその強そうな名前に肖って『G計画』――プロジェクト・ガンダムということにしておきましょうか。うん、そうしましょう。機体の名前にも採用しておきます」

 ガンダムというネーミングを気に入ったのかアズラエルはしきりに頷いた。
 ミュラーもハルバートンも別にダイコンポッペラペーだとかシリガカユインゼィみたいな変な名前でないのなら、計画や機体の名前などどうでもいいので黙っておいた。

「失礼します」

 その時、部屋のドアが開き一人の女性――――いや年頃は14やそこいらなので少女と形容するべきだろう。
 シャンデリアから降り注ぐ光に濡れた金砂のロングヘアと、青い海のような澄んだ瞳をした少女がテーブルに珈琲を置いた。その際にニコリと微笑みかけられ少しだけ緊張する。

「紹介します。娘のローマです」

「初めましてローマ・アズラエルです」

 礼儀作法がしっかりと教育されていることが瞭然の綺麗なお辞儀をするとローマは退室していく。
 髪の色と瞳は父譲りだろうがルックスの方は母親譲りだろう。今ミュラーの前にいるアズラエルはそれなりに容姿は整っているが爬虫類を思わせるのに対し、娘のローマにはただ可憐さのみがあった。

「今年で14になります。……あれで緊張してたんですよ、たぶん。娘は中佐のファンですから。そういえばミュラーくんはまだ独身でしたね。どうです? 僕の義理の息子になる気はありますか?」

「ご冗談を。まだ子供ではないですか」

「中佐は21でしょう。そこまで年は離れていないと思いますが……と、話が逸れましたね。ハルバートン提督、MS製造計画。プロジェクト・ガンダムについてはアズラエル財閥が全面的な援助をします。最高の人材も用意しますから惜し気もなく使い潰して下さい」

「それは、ありがとうございます」

 素直にハルバートン提督が礼を述べる。
 アズラエルの思惑がどうであれこのプロジェクトが成功すれば、結果的に連合軍の戦死者は少なくなる。ハルバートン提督にとっては嬉しいニュースだった。

「今日はそれを伝えるだけでしたから、詳しいプランについては後ほど」

 それで話は一段落した。用もないのでミュラーとハルバートン提督は席を立ち退室しようとしたのだが、

「ニュータイプ」

 アズラエルの一言に足が止まる。

「巷でそう呼ばれてるみたいですよ。ミュラーくん」



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