アズラエル邸から戻ったミュラーはハルバートン提督を交えて『G計画』、別名プロジェクト・ガンダムのための人員の選定を行っていた。
 キャリーとナインはいない。ナインとキャリーは二人してMSの訓練中だ。というよりキャリーがナインに教えている、というのが正しいだろう。
 工学畑の知識をもつキャリーはミュラーよりも誰かに教えるのが上手い。
 
「ニュータイプか」

 チープな週刊誌にのった『ニュータイプ』という単語をつまらなそうに見たミュラーは、雑誌をゴミ箱に放り投げる。

「気に入らないのかね。新しい人類というのは」

 連合軍の名簿をじっくりと吟味しながらハルバートン提督が聞いてきた。
 ミュラーの副官であるルーラが二人のテーブルに珈琲を置く。一口含んでみたが中々に美味しい。どうやら腕を上げたようだ。

「ええ。英雄の次はニュータイプですって? どこまで人を祀り上げるつもりなんですかね。このままだと来年には神様にでもなってそうですよ」

「現人神か。……たしかにニュータイプなど眉唾だな。普段の君の生活態度を見ていると」

「大体ニュータイプなんてものが実在するとして、私がそうなら戦争なんてしてませんよ。こんな情勢下で有給を消化することに熱心な私がニュータイプなんて性質の悪いジョークです」

「まぁ、ニュータイプ云々はさておき。君の戦果をみるとそう思いたくなる気持ちは分からないでもないが……おや、このコーヒーは美味しいな」

「ありがとうございます、提督」

 ルーラが辞儀をする。心なしが喜色があった。
 もしかしたら人知れず練習でもしていたのかもしれない。取り敢えず彼女はミュラーの副官なのでこれからは美味いコーヒーに困ることはなさそうだ。

「ところで中佐。キャリー少尉はどうだね、上手くやれているか?」

「ソキウス計画そのものには良い顔をしていませんでしたが、ナインとの仲は良好ですよ。今日も二人して訓練をしてます。これは私もうかうかしてられませんよ。ナインは覚えが良いですから、直ぐに追い付かれてしまうかもしれません」

「それは連合としては困るだろうな。折角作り上げた英雄が連合のコーディネーターより弱くなっては」

「私としてはそれでもいいんですけど、そんなことになったら私にはソキウスを制御できないと認定されてアズラエル理事にナインを取り上げられてしまいますからね。らしくもない勤勉さで訓練してますよ。訓練は好きじゃないんですけど」

「キャリー少尉といえば、彼は妙な戦い方をするようだな。極力コックピットを攻撃することを避けているとか」

「不殺でしたっけ。前に戦死した戦友のタナカに見せて貰った昔の漫画にそんな剣士が主人公のやつがありましたよ。私の見た限りキャリーもそんな風に戦ってましたね。まぁどうでもいいことですよ。不殺だろうがなんだろうがキャリーは確かな戦果を叩きだしていますしね。敵を生かして帰せばまた襲ってくるじゃないか、なんて真面目で上層部からして優良な軍人様は言うでしょうがね。そんな真面目に戦争なんてしたくはありませんよ。軍人は戦争なんて不真面目にやってればいいんです」

「連合広報部が聞いたら泣くな。英雄のイメージが崩れると」

 ハルバートン提督が笑う。アズラエルあたりは堅物と評していそうだが、それは商人のアズラエルから見たらのことであり、軍人のミュラーからすればハルバートン提督はユーモアの分かる方だ。
 もし堅物で頑固な上官なら今頃ミュラーの顔面に鉄拳が降りかかって来ただろう。

――――戦争なんて不真面目にやればいい。

 それがミュラーの持論だった。どうせパイロット一人で出来ることなどたかが知れている。
 局地的に優れた戦果を叩きだそうとそれで対極が変わるわけではない。
 ミュラーと同名の撃墜王や多くのエースパイロットを有したナチスも結局は連合軍に敗れ去ったのだから。
 戦争を変えるのは戦術ではなく戦略なのだ。ならパイロットは先ず自分の生き残ることを第一にすればいい。

(本当なら軍人が真面目に戦争して、政治家は不真面目に戦争しているものなんだけどな。今はどういう訳か軍人と政治家の両方が大真面目に戦争している。しかもどっちの陣営も。これじゃ戦争も中々終わらない訳だ)

 ミュラーは大きな溜息を吐く。戦争が長引けばそれだけミュラーが死ぬ確率も増えてしまうので、そういう意味でも早く戦争が終わって欲しいものだ。
 そうしなければおちおちと眠ることもできない。

「MSを製造するならその護衛も必要だな――――誰がいいと思う?」

「私はアズラエル理事が許してくれませんでしたからね」

 本当ならMS製造の護衛はミュラーがするのが一番良いのだろうが、生憎とミュラーが動くと派手になるとしてアズラエルはそれを認めなかった。
 確かにミュラーは良くも悪くも連合でも注目されている。プロジェクトにユーラシアなどの介入を許さないためにもミュラーを動かしたくはなかったのだろう。

「ああそうだ。いっそキャリーとナインでも行かせましょうか」

 ミュラーが提案する。我ながら良い考えだと思った。
 ナイン一人だけだと心伴いがキャリーも一緒ならば心配はいらない。

「駄目だ。上層部からの指示でこのプロジェクトのメンバーはナチュラルだけで、ということになっている」

「……はぁ。アズラエル理事と上層部のコーディネーター嫌いも少しはどうにかならないんでしょうかね」

「ブルーコスモスの影響が濃いからな。まったくそもそも奴等が独断でユニウスセブンに核など撃ち込まねば戦争もここまで拡大はしなかっただろうに。だからこそこのプロジェクトはせめてブルーコスモスの息がかかっていない者で構成しなければな」

「護衛MA部隊の隊長にはフラガ大尉でもやってもらいましょうか。技術士官は」

「ラミアス大尉はどうかね? 私の教え子だ、多少軍人としては優しすぎるが優秀な技術士官だ…………あと白兵戦が恐ろしく強かったな」

「ええとラミアス大尉と、おぉ」

 口笛を吹きそうになった。
 人員名簿には当然ながら写真がついているわけで、そのラミアス大尉は中々の美人だった。
 ルックスだけではない。ハルバートン提督が推すだけあり技術分野で優秀な成績を出している。ヘブンアイランド技術研究所でPS装甲の開発に携わっているらしい。
 それに何故か白兵戦の分野において海兵三人を叩きのめすという驚異的な強さを発揮している。優しそうな顔をしているが、怒ると恐そうだ。

(しかしフラガ大尉は28歳、ラミアス大尉は26歳。キャリーは41歳で少尉。……それで私は21歳で中佐、か。軍隊で年功序列を持ちだすなんて馬鹿げたことだけど、分不相応な地位についている気がするな。っていつのまにか一人称まで変わっているじゃないか。本当いやになる)

 ともあれ中核を担う人材は決まった。他に新造戦艦アーク・エンジェルの総舵手にはアーノルド・ノイマンでいいだろう。
 戦艦を手足の如く扱うというノイマンならば新造の戦艦だろうと満足に扱えるはずだ。

「そういえば新開発のMS、五機のガンダムに君を搭乗させるという案もあったが」

「断りましたよ。ガンダムの性能はカタログでよく知ってますけど、何が起こるか分からない新兵器よりも安定感のあるジンの方がいいです。兵器で大事なのは性能よりも信頼性です」

 それに五機のガンダムはPS装甲や携帯可能なビーム兵器という革新的な技術を盛り込んでいるが、だからこそエネルギー消費が激しいという弱点がある。
 スタミナ不足という弱点がある機体にミュラーは自分の命を任せる気にはなれなかった。
 プロジェクトは進む。
 この計画がどういう運命を辿り、戦局にどのような影響を与えるのか。それはミュラーにも分からない。



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