ミュラーがアスランの乗るイージス――――ガンダムを抑えてくれているお蔭で、キラは戦いを優位に運ぶことができた。
 ジンのマシンガンや重斬刀は所詮実弾ないし実体剣である。そしてPS装甲は物理攻撃には無敵の防御力を発揮する。
 しかもストライクにはジンを一撃で破壊可能なビームライフルがあるというのだから、多少の数の差などは考慮するに値しない。

「……アスラン」

 戦場でありながら、キラは一方で敵であるイージスを気にしてしまう。
 イージスのパイロットが如何に友人とはいえ、戦場にあって戦う敵を心配するなど軍人としてもパイロットとしても失格なのかもしれない。だがこのことでキラを責めることはできないだろう。
 そもそもキラは本来なら軍人でもパイロットでもないただの民間人なのだから。状況によって戦うことを強いられているだけの民間人が軍人としての義務や責務などを持ち合わせているはずがない。

『黄昏の魔弾の仇だっ! 死ねストライク!!』

 しかしキラが正規軍人であるかないかなどお構いなしに敵は攻撃してくる。
 ジンのマシンガンをシールドで受け止めた。ガンダムのビーム兵器さえ防ぐシールドはジンのマシンガン程度ではまるで傷つかない。そして素早くビームライフルをジンに放った。
 しゅう、という音が鳴る。キラが「撃った」のだと自覚した頃にはジンは宇宙に黄色い花火となって消えていた。

「また、殺した……僕が」

 ビームライフルの引き金を引いただけの殺人に生々しい殺人の感覚があるはずがない。
 それでも『自分は今、人を一人殺した』という事実が頭にこびり付く。
 戦いなど、したくはない。自分はオーブの民間人で、オーブは戦争とはなんの関係もない中立国のはずだ。なのに自分が連合のMSに乗って戦わされるなんて間違っている。ただ自分がコーディネーターでMSを人よりMSを上手く扱えるからというだけで、戦争が出来るわけではない。

(それでも僕は)

 戦わなければならない。戦争を終わらせたいなどという大義があるわけでも、国家を守るという愛国からでもない。
 ただアークエンジェルにいる友達を喪いたくはなかった。コーディネーターであることを知っても友人として受け入れてくれた彼等を。
 
(その為だったら、僕は今だけパイロットにだって――――)

 少し離れた位置で戦うアスランから目をそらしてキラは戦う。
 自分の心の疲労にも目を背けたまま。
 何故かアークエンジェルにいる桃色の髪の歌姫の顔が脳裏を過ぎった。



 三角関係の陣形、即席命名"魔のトライアングル"に入り込んだMSがまた一機宇宙(そら)の藻屑となった。
 ジンを沈めたのはムウ・ラ・フラガの乗るメビウス・ゼロである。腕などがあるMSと違いメビウス・ゼロには汎用性はないが、四門のガンバレルがあるため火力においてはMSを凌駕している。
 ザフトのジンとの戦力比もノーマルなメビウスが1:3、或いは1:5と揶揄されるのに対して、メビウス・ゼロは1:1。つまりまったくの互角とされる。
 連合広報部の宣伝もあるため、本当にその数字が当てになるか確証はないがゼロがメビウスよりも上等なMAだというのは確かなことだ。
 しかしこのメビウス・ゼロには一つ欠点がある。操縦者を選ぶという量産機としては致命的な欠点が。
 ガンバレルという兵器は高い空間認識能力が不可欠であり、空間認識能力をもたぬパイロットが乗ったところで性能を満足に引き出すことはできない。
 フラガは現在の連合軍にあってメビウス・ゼロの性能を引き出せる数少ない、いや唯一のパイロットといって良かった。
 空間認識能力ならヤキンの悪魔ことミュラーも高いのだろうが、彼はMSのパイロット。メビウス・ゼロに乗ることはもうないだろう。

「ったくクルーゼの野郎もしつこいことで」

 フラガはここではないヴェサリウスの隊長席に座っているであろう男を想像して毒を吐く。
 クルーゼとフラガの奇妙な縁はヘリオポリスからではなく、もっと以前からだ。フラガ家にはある種の超能力的な直感力が遺伝してきており、ムウもその力を受け継いでいる。その直感力がラウ・ル・クルーゼが近くにいると必ず警鐘を鳴らすのだ。理由はフラガにも分からない。一つ言えるのはクルーゼにも自分と同じような力があるということだけだ。

「だけど不幸中の幸いかな。ここにきて悪魔さんが救援とはねぇ。悪運の強いことで。それまた御一人様ご来店だ。キャリー少尉、そっち行ったぞ! ソキウスだっけ? お前も頼んだ」

『了解です』

『了解』

 フラガ、キャリー、ナインの三方向からの同時砲火。トライアングルに侵入したジンはあえなく撃墜した。
 無論、敵とて好き好んでトライアングルに飛び込んできている訳ではない。敵もこの三角地帯が危険地帯であることは分かるので、大きく迂回しようとするのだが、そこへフラガ達が先回りして回り込み、強引に敵を呑み込んでしまうのだ。
 その指揮はミュラーがすることもあるが、ミュラーが手を離せない時はフラガが行っていた。
 ソキウスはまだしも、自分より十歳以上も年を喰ったキャリーに命令するのには違和感のようなものはあるが、それが軍隊という組織なのだから仕方ない。
 年上だから偉いなんていう理屈はここでは通用しないのだ。立場の上下を現すのは襟にある階級章だけである。

「ん?」

 そんな時、ムウの直感が例の警鐘を鳴らした。
 ラウ・ル・クルーゼがなにやら重い腰をあげたらしい。メビウス・ゼロのレンズを最大望遠にすると一機のシグーが戦場に近付いていた。
 痺れを切らして御自ら参戦するというのだろう。

「こっからが正念場だな」

 操縦桿を握りしめる。ラウ・ル・クルーゼ。あの男が出てきたとなれば気の緩みは絶対に許されない。



 クルーゼが出てきたという事はミュラーにも伝わっていた。
 アスランの乗るイージスと戦いながら、搭乗機たるジンには負傷らしい負傷がないという辺りエースの面目躍如といったところだろうか。

「チャンスだな」

 シグーが近付いてきた頃を見計らって通信である合図をする。
 するとこっそり潜ませてあった七機のメビウスが一斉にヴェサリウスに突進していった。

『ラウ・ル・クルーゼが母艦を離れた! 敵の旗艦はもぬけの殻だ! ここで沈めるぞ!』

 メビウス部隊の隊長の威勢の良い声が通信機越しに響く。

「これで……いければいいが」

『くそっ! ヴェサリウスが!』

「悪いが行かせはしない」

 母艦に戻ろうとするイージスを足止めする。イージスなんてものに戻られれば七機のメビウスなどたちどころに撃墜されてしまう。
 幾らMSが戦場を支配しうる兵器とはいえバッテリー稼働である以上母艦の存在は必須。ヴェサリウスさえ落とせばこの戦いの趨勢を一気にこちら側へ持っていけるだろう。
 だがミュラーはそこであることに気付く。
 ヴェサリウスから発信してきたシグーになんら焦りらしい焦りが感じられない。おまけに戦闘宙域にもヴェサリウスにも行こうとはせずにうろうろとしている。これは、

「不味い! MA部隊、後退しろ。敵の罠だ!」

 遅かった。MA部隊が離脱する前にヴェサリウスから発信したジン・ハイマニューバが全てのメビウスを叩き落としてしまったのだ。
 無駄のなく後ろに目がついているかのような鮮烈な動き。こんな戦闘機動ができる人間はザフトにもそうはいない。

「ラウ・ル・クルーゼ……」

 クルーゼの搭乗機であるシグーにクルーゼは乗っていなかった。大方適当なパイロットを見繕ってシグーに乗せたのだろう。ラウ・ル・クルーゼがヴェサリウスを離れ戦場に出てきたと誤認させるために。
 そしてクルーゼがいなくなったと思いこみのこのことやってきたメビウス部隊をジン・ハイマニューバに乗るクルーゼが迎撃する。

「読まれていたのか……こちらの戦術が」

「そうでもないさ。ただシグーで出ようと思おうとしたら、以前にムウに同じような作戦で打撃を受けた事を思い出してね。急遽としてこんな小手先のトリックを仕掛けたまでだ」

 クルーゼの余裕気ある声が脳に届く。通信は繋がっていないはずなのに奇妙な感覚だった。
 それっきりクルーゼが交信を遮断したのか、テレパシーのようなそれは急に途切れてしまう。代わりにクルーゼはアスランへと通信を繋ぐ。

『隊長、このまま一気に……』

「いいや今日はこれまでだ。ここで退くぞ。敵の奇襲は潰したが、別に敵の主力を潰したわけでもない。寧ろストライクによりかなりの数のMSがやられている。……第一、忘れてはいないかね? 我々の目的はラクス嬢の救出。足つきを落とすことではない」

『了解です』

 アスランにも友人と戦うことに拒否感はあったため文句を言う事もなく頷く。
 すると他のMSも戦闘を止めて後退していった。

『……中佐、追撃するのですか?』

 アークエンジェルからのラミアス大尉の通信。

「止めておこう。我々の目的はクルーゼを倒すことではないし、事務次官なんて要人を連れたままの追撃戦なんてナンセンスだ。こちらの損害だってゼロじゃないんだ」

『分かりました』

 なにはともあれヴェサリウスは退いた。
 一つの山場を越えたこともありミュラーはほっと一息ついた。



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