クルーゼ隊との激戦を終えたミュラーは気を取り直してアークエンジェルと合流し一応任務を完了させた。アルスター事務次官も愛娘と無事に再会できたようでなによりである。
 その後はミュラーの階級が最も高いこともあり、クルーゼ隊との戦いに引き続く形で先遣隊及びアークエンジェルの全指揮権をもつこととなった。
 ただしアークエンジェルに回す人員に余裕がないことも手伝って、艦長はラミアス大尉に続投して貰うことで落ち着いた。技術士官に艦長を、とも思ったがこれまでの戦闘データを見る限りラミアス大尉は技術士官としては及第点以上に艦を運用してきた実績があるので心配はいらないだろう。
 そもそも指揮官において先ず重要なのは能力云々よりも人望である。ラミアス大尉にそこまで卓越した指揮能力がなくとも、その脇をフラガ大尉や副長のバジルール少尉などを固めていれば艦は運用できるのだ。
 ミュラーの見る限り実際の指揮能力においてはラミアス大尉は副長のバジルール少尉に劣っているだろう。だが、

(バジルール少尉。彼女は代々軍人を排出している軍人一家の出だけあって優れた能力をもってる。だけど……やや柔軟性と、女性的というか母性的な雰囲気が足りない)

 普通の戦艦ならそれで問題ないのだろう。しかしアークエンジェルは特殊だ。アークエンジェルには乗組員の殆どがヘリオポリスで戦死したこともあって、超法規的措置として民間人を軍属扱いとして艦の運用を手伝わせている。
 ヘリオポリスのガレッジの学生だけあって能力だけなら正規軍人に見劣りはしないだろうが、軍学校で訓練を受けていない民間人では心構えでは差が出てしまう。
 そういった彼等を悪い言い方だが効率よく運用するにはバジルール少尉のような絵にかいたような軍人タイプよりも、ラミアス大尉のようなどこか甘い人物の方が適切だ。
 バジルール少尉が非情かつ効果的な意見を出し、ラミアス大尉がやや温情的で甘い意見を出し、それを最も場馴れしたフラガ大尉が間に入る。こんな具合でアークエンジェルは運用されていたのだろう。
 即席部隊だが悪くはない連携だ。しっかりと各々の役割分担が出来上がっている。

「自分より年上の人間をこうして評価するだなんて、私も偉くなったものだ」

「は? 何か仰いましたか?」

 きょとんとしたルーラに「なんでもない」と断りを入れてから、再びアークエンジェルのデータに目を落とす。

(さて。アークエンジェルについてはいい。問題はストライク……ガンダムのパイロットだ)

 にわかに信じ難い話だが、ストライクのパイロットもヘリオポリスの学生の一人だった。
 ラミアス大尉から話を聞く所によるとストライクのパイロット――――キラ・ヤマトはザフトの襲撃の際に偶発的にストライクへ乗り込み、敵ジンと交戦、これを撃破。そして他にガンダムを扱えるパイロットがいなかったこともあってなし崩し的にストライクを運用することになり今に至るという。
 当然ただの民間人が正規のパイロットでも満足に扱えなかったストライクに乗り込んでいきなり乗りこなすなんていうのは不可能だ。
 不可能を可能にしたのには一人のロジックがある。

「……ナチュラルが生み出したMSを連合で初めて乗ったのがコーディネーターか」

「キラ・ヤマトのことでしょうか?」

「ああ」

 オーブは中立国であり、地球圏の国家でありながらナチュラルとコーディネーターが共存する数少ない――――もしかしたら唯一かもしれない国家だ。
 だからオーブのコロニーであるヘリオポリスにコーディネーターの学生がいることは不自然ではない。

「ですが本当にキラ・ヤマトはただのコーディネーターなのでしょうか?」

「何が言いたいんだルーラ?」

「いえ。キラ・ヤマトがコーディネーターだったとしても、余りにもこの戦果は優れ過ぎているような気がしまして」

 戦闘中でのOS書き換え、初めて搭乗するMSでいきなりザフト屈指のエース『黄昏の魔弾』操るジンを撃破、以後の戦闘でも同等の性能をもつ四機のガンダムを相手にして生き延びる。
 確かに並みのコーディネーターでは出来ないことばかりだ。コーディネーターは決してスーパーマンではない。出来る事がナチュラルより多いだけで出来ないこともある。ましてや追っ手からして全員がコーディネーターなのだ。

「そう難しく考える必要はないさ。有り触れた決まり文句だけど要は彼にMSを扱う才能があったんだろう。それともルーラ、まさかキラ・ヤマトは実はザフトがヘリオポリスに送り込んだエージェントだ、なんて与太話を言うつもりじゃないだろう?」

「いえ。そこまでは」

「だろうね。もしそうなら今頃とっくにアークエンジェルはザフトに奪われている。ストライクごと」

 キラ・ヤマト、臨時徴用の民間人でもある彼はキャリーに任せている。
 立場は異なれどキャリーは同じ連合軍に参加しているコーディネーターだ。他の者よりは動じずに話せるだろう。
 ソキウスではなくキャリーに任せたのは単純にキャリーの方が年齢が上で人生経験が豊富だということと、ナインは事情が事情のため相談者としては向かなかったからだ。
 ちなみにミュラーもキラ・ヤマトとは少しばかり話してみたが、『ヤキンの悪魔』を前にしてかなり緊張している様子だった。
 これがコーディネーターが抱く自分のイメージなのかと思うと、ハンス・ミュラー21歳、地味にショックである。
 プラントで自分の顔写真が負の意味でのプロパガンダに使われているのかと思うと憂鬱だ。
 憂鬱に拍車をかけるのはアークエンジェルに乗っていたVIPの存在である。
 ラクス・クライン。
 プラント最高評議会の議長シーゲル・クラインの一人娘。どんな運命かは知らないが、彼女の救助ポットをユニウスセブン近くで偶然に発見し人道的立場からこれを救助したというのだ。
 敵国の国家元首の一人娘の扱いなど完全に中佐の分を超えている。本当にどうすれば良いのか。少し扱いを間違えればそれだけでミュラーの首が飛びかねない。最悪物理的に。

(本当に疲れるなぁ)

 今のミュラーに救いがあるとすれば、もう直ぐ第八艦隊本隊との合流ができるということである。
 既に最大望遠で第八艦隊を視認するところまで接近できていた。途中になんの障害らしい障害もなく。



「足つきを追うとはどういうことですか隊長。我々はラクスの救出任務のために来たのではなかったのですか?」

 アスランはやや苛立ちを含んだ口調でクルーゼに進言した。
 指揮官室にはアスランとクルーゼ以外に誰もいないが、もしこの場に艦長のアデスなどがいればアスランにやや弱く叱責の一つはしたかもしれない。
 クルーゼは深刻そうに顎に手をあてると口を開く。

「君の言う通り我々に与えられた任務はラクス嬢の救出だ。足つきとストライクのことは気がかりだが『ヤキンの悪魔』と戦うリスクを冒してまで沈めるために動くことはできない」

「ならどうして」

「……ラクス嬢が足つきにいるとすれば、どうだね」

「ッ!」

「デブリベルトに浮遊しているユニウスセブン近くでラクス嬢が乗っていたと思われる脱出ポットの痕跡を見つけた。だが脱出ポットの『痕跡』はあっても、その残骸はどれだけ捜索しようと見つけることが出来なかった。どんな兵器による攻撃だろうと物質を完全に消滅させることは難しい。ならばラクス嬢のポットはどこへ消えてしまったのか」

「それが足つきだと仰るのですか?」

「ああそうだ。ここ数日間の間であのあたりの宙域を航行したのは足つきだけ。もしもラクス嬢が生存しているとすれば足つきに救助されているというシナリオが最も自然だ。そして極め付きはこれだよ」

 クルーゼはコンソールを動かし、あるデータを再生する。

『……第八……ハルバー……提督……合流……して……ラクス…をし……て……』

「これは!?」

「ブリッジマンと足つきから傍受した通信記録だよ」

 ノイズが多くて聞きにくいが、確かにラクスの名前が出てきた。
 クルーゼの読みの裏付けとしてはこれ以上とない証拠だ。

「足つきは第八艦隊と合流する。今からではもはやこれを避けることはできない。しかし我々ザフトとしてはなんとしてもラクス嬢がアラスカや月基地まで連れて行かれることは阻止せねばならん」

「……はい」

 ラクスは公的にはザフトとは関係のない一般人だが、最高評議会議長の娘という時点でただの民間人の枠に収まる存在ではない。
 地球連合が馬鹿でなければ、直ぐにどうこうということはないだろう。だが開戦早々に核ミサイルを撃つような連合を信じることは『血のバレンタイン』で母を失ったアスランには到底できない。
 ブルーコスモス派の人間による暗殺、いやラクスが女性であることも鑑みればそれ以上のことさえありえる。
 政治的事情によりラクスの婚約者であるアスランだが明確にラクスに対して恋心を抱いているというわけではない。好意は抱いているが、それが恋なのかはまだ分かっていない。
 だとしてもアスランは男だ。男として婚約者がそんな目に合うことを見過ごすことはできない。

「イザーク、ディアッカ、ニコルのいるガモフのゼルマンとも合流する。本国からも応援が来る予定だ。なにせ敵は足つきとストライクに『ヤキンの悪魔』『エンデュミオンの鷹』『煌めく凶星J』……恐らく連合最強というべき宇宙艦隊だ。次の戦いは総力戦となるだろう」

「勝ち目は、どれくらいでしょうか?」

「ふむ。私見だが第八艦隊は指揮官と一部のパイロットは優れているが、連合宇宙軍は人材不足だ。下の人間は未熟な兵士が多い。我々が突くべきところとはそこだろうな」

「……ヤキンの悪魔は自分が?」

「ああ。幾ら悪魔でも実弾でPS装甲を相手にするのは至難だからな。なんなら倒してしまっても構わん。そうすればザフトに新しい英雄が生まれることとなる」

「ご冗談を。優先すべきは」

「知っているとも。ラクス嬢だ。第八艦隊を全滅させてもラクス嬢を救出できなければ任務は失敗だ……ラクス嬢が乗っている可能性の高いアークエンジェルやブリッジマン、第八艦隊旗艦メテラオスなどは沈められんな」

 厳しい戦いになりそうだ。
 敵には優秀なパイロットと智将と謳われる指揮官。しかも迂闊に敵戦艦を撃墜することもできない。
 それでもやらねばならない。アスランの脳裏にユニウスセブン崩壊の映像が過ぎった。



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