ミュラーはこちらに接近してくるイージスに機体を向ける。
ストライクがザフトのナスカ級戦艦ヴェサリウスにした通信はミュラーも傍受することが出来た。
そして他に接近する機体がないところを見る限りザフト側は表面上は約定を守っているらしい。……その後どういう行動をとるかは分からないが。
（おっと忘れるなよミュラー。ザフトにはブリッツがある。ブリッツがミラージュコロイドを使ってこっそり潜んでいるかもしれない）
ミュラーは自分で自分を自戒する。数年前まではひよっこのルーキーだったミュラーも『血のバレンタイン』から名のある戦いに参戦したことで、それなり以上に経験を積んでいる。故にこういう場所ではほんのちょっとの油断が死に直結することも身に染みて分かっていた。
カスタム・ジンをストライクを庇うような位置に動かす。あくまで庇うような体勢である。本当に庇うつもりでこうしているのではない。
背後にラクス・クラインの乗るストライクがあればイージスもおいそれとビームは撃てないだろうし、ジンが立ち塞がっていればイージスも簡単にストライクを確保できなくなる。中々に卑劣なやり方だが、これも兵法というものだ。
『ハンス・ミュラーか。……また邪魔をするのか。だが今度こそラクスを返して貰うぞ！』
イージスのパイロットが叫ぶ。先程のミュラーとキラの通信内容をなにかしらの方法で傍受していたのだろう。どうやらこちら側の事情もそれなりに察している様子だった。
カスタム・ジンはストライクを背にしている為、イージスがビームライフルを撃ってくることはなかった。代わりに両腕からビームサーベルを出現させると高速接近してくる。
これまでの戦いからイージスのパイロットは遠距離戦よりも近接戦闘を好むことは承知していた。なので近付かせないよう重突撃銃で弾幕を張る。
しかし相手が相手だ。
PS装甲で物理攻撃は無効化される上に余りにも急な出撃だった為、カスタム・ジンには普段装備しているガトリング砲を始めとした武装がなく火力不足だ。
突撃銃程度の弾幕ではイージスの接近を防ぐことはできない。
（いつもなら後退しつつじっくり中距離から攻めるところだが……）
チラリとストライクに視線を向ける。
もしもそんなことをしていればイージスはミュラーのジンには構わずにストライクを確保するだろう。おまけにイージスには可変機構があり、変形すると四足の蛸のようなMAとなれる。その形態はなにかを掴むということに非常に優位な形をしていた。
（こけおどしの兵法じゃどうしようもできないな。この差は。……なら、敢えて！）
死中に活とは戦死したタナカ少尉の故国の言葉であったか。ミュラーは敢えて中距離からの射撃ではなくアーマーシュナイダーを用いた近接戦闘を挑む。
「はぁッ！」
イージスのビームサーベルをアーマーシュナイダーが受け止める。
カスタム・ジンのアーマーシュナイダーはビームコーティングも施しているのでビーム兵器を受け止めることが可能だ。ミュラーは久しぶりにアズラエルに感謝した。
『こんなもので！』
しかしイージスとてさるもの。目の前にラクスという姫君がいるということもあり、猛虎のような気迫と共にイージスがビームサーベルを振るってくる。
どれだけミュラーがアーマーシュナイダーで巧く斬撃を受け流そうと如何せん機体性能の差は大きい。これでせめてイージスのパイロットが並みの技量ならば隙を見いだせるのだが……どうにもこのパイロットは並みというには憚れる技量をもっている。
名前は知らないがザフトの名だたるエースにも劣らぬ腕前だ。
「…………くっ」
このままでは埒が明かない。ストライクとて今は停止しているが、キラ・ヤマトのプログラミング技術は相当のものだ。こうしている間にもストライクのロックを解除してしまうかもしれない。
一応ロックされないようにはしたつもりだが、自分でやった仕事ではないので絶対の自信はなかった。
イージスが更に強気に前に出てくる。
そうして足からもビームサーベルを出現させ、そのまま蹴りを放ってきた。咄嗟に機体を後方にバックさせることで回避するが、装甲の表面をもってかれた。
コックピットから僅かに外の景色が見えるようになる。
「ああ空気が抜けていく。遭難したらどうしてくれる！」
以前、MSから空気がなくなり死にそうになったことを思いだして、その八つ当たり的な怒りを込めてイージスの腹を蹴り飛ばした。
PS装甲越しとはいえ衝撃は伝わる。コックピットを揺らされてイージスの動きが鈍る。そこへアーマーシュナイダーを突き立てようとするが、
『させない！ そんな手が通用すると思ってるのか！』
アーマーシュナイダーをシールドで受け止めると、そのまま機体を回転させカスタム・ジンの左腕を切り裂いた。その余波で重突撃銃をも失う。
「いいや、通用するさ」
けれどそこまでは予想済み。
イージスに切り裂かれた左腕が爆散する。その爆発を目晦ましに利用することで、右手に握られたアーマーシュナイダーで死角よりの攻撃を叩き込む。
如何にPS装甲といえど機体の関節部分まで無敵なわけではない。そこを狙う。
（やった！）
ミュラーがイージスにアーマーシュナイダーを突き立てた、と確信した瞬間だった。咄嗟に良からぬプレッシャーを感じてバーニアを吹かせ上昇する。
そこを通り過ぎる巨大な閃光。強力なビーム兵器による射撃攻撃だった。
「この火力……バスターか！？」
パックを換装するストライクを除外したガンダムの中で最も火力のあるMSの名を呼ぶ。
そしてその呼びかけに応じるように緑色のバスターと、それに続くデュエルとブリッツの姿があった。
『ニコル、ディアッカ、イザーク！ どうして……』
『どうして俺が最後なんだ！？』
イージスのパイロットであるアスランが驚く。イザークが文句を言ってきたがそこは無視する。
『連合もなにやら色々あるようなのでクルーゼ隊長の指示でこうして出撃してきたんです。援護しますアスラン』
『……助かる』
ニコルの返答にアスランは頼もしそうに言う。
しかしアスランにとっては有り難いだろうがミュラーからしたら最悪以外のなにものでもない。幾ら何でもストライクが奪われないように守りながら、ガンダムを四機相手に戦うなど無茶を通り越して無理だった。
第一カスタム・ジンにはもう武装が余り残されていない。
重突撃銃はなくなり、左腕もなく、アーマーシュナイダーも一つしかなくなった状態。ガンダムに有効な武器といえば。
「……残るは自爆スイッチか」
賭けだが、やるしかない。
ミュラーはイージスに特攻をしかけると同時に思いっきり自爆スイッチを殴りつけた。そして同時に脱出装置を作動させる。
ジンの背中がパージされ、そこからミュラーが飛び出した。
『こいつ、まさか――――』
アスランがなにかを言い終わる前にカスタム・ジンがイージス諸共自爆する。MSという兵器には巨大なバッテリーが内臓されており、それをただの破壊という方向に用いれば相当の大火力となる。
そうしてミュラーの体は爆風に押されて一気にシステムをダウンさせたストライクまで吹っ飛んでいった。
（時間がない。早くしないと）
イージスからプレッシャーが消えていない。恐らくイージスとそのパイロットは無事だろう。PS装甲がジンの自爆からも機体と搭乗者を守ったに違いない。
平静を取り戻したイージスがこっちにくればジ・エンドだ。その前にケリをつける。
ミュラーは素早くストライクの外付けコンソールを操作した。ロック解除の暗証番号はしっかり頭にインプットしている。
ガチャっという音が鳴った。
空気を吐き出しながらストライクのコックピットハッチが開く。
中にいるのはキラ・ヤマトとピンク色の髪のラクス・クライン。
「みゅ、ミュラーさん」
キラは驚いている様子だった。それはいきなり宇宙空間で人一人が乗り移ってきたら唖然もするだろう。
だがミュラーには時間がなかった。銃を二人に付きつけて言う。
「降りろ」
「えっ」
「聞こえなかったのか。降りるんだ二人とも……」
「でも僕は」
キラは言い辛そうに指先を震わせる。心の優しい純粋過ぎる少年だ。自分のした行動がミュラーをこんな無茶な行動にとらせてしまったと責任を感じているのだろう。
「いいから降りるんだ。君とラクス嬢はザフトが保護してくれるだろう。このまま戻れば銃殺刑だ。分かったら早く！」
強引にキラとラクス・クラインをコックピットから引きずりおろす。パイロットとしては兎も角、身体能力ならコーディネーターのキラはミュラーよりも上のはずだ。
だがキラはなにかを察してくれたのか抵抗はしなかった。
二人を追いだしたミュラーはハッチを閉めると、ロックしていたシステムを再起動させる。
データでは何度か見たことがあるがこうして実際に乗るのは初めてだ。だが、
「乗りこなしてみせるさ。あの時のように――――」
思い出せ。あの時、初めてジンに乗った時のことを。ジンで出来たのならば、ストライクで出来ない道理はない。
モニターにイージスがキラとラクスに手を差し出しているのが見えた。どうやら二人は無事に確保されたらしい。
『ふん！ ラクスを助け出したのか。ならさっさと艦に戻れ！ イージスのPSも限界だろうからな』
デュエルのイザークがつまらなそうに鼻を鳴らす。そして獰猛な戦気をストライクに向けてきた。
『待てイザーク！ お前はどうする気なんだ！？』
『知れたこと！ ヤキンの悪魔はプラント人民最大の敵！ ここで討つ！ いくぞディアッカ！』
デュエルがビームを発射してくる。やはり戦闘は避けられないようだ。
ややぎくしゃくした動きでビームを躱しながらミュラーは舌打ちした。このストライク、OSが完全にキラ・ヤマトのプライベート用に調整されている。いや、そう書き換えられているのだろう。自分が最も使いやすいようにOSを組み上げるなど並みのコーディネーターに出来ることではないしそこは驚嘆しよう。しかし個人用のOSということは他人には酷く扱いにくくなるということでもある。
そして自分はキラ・ヤマトではなくハンス・ミュラーだ。
「ええぃ！ 面倒臭い」
OSが信頼できない状態で近接戦を挑むのは危険だろう。そう判断してビームライフルを発砲したが…………どれだけトリガーを引いてもビームが出ない。
「ってこのビームライフル、調整中じゃないか！？ しかも中身のエネルギーパックもからっぽ？」
ミュラーの記憶がボケていなければ、キラがこの戦いでビームを撃ったことは一度もなかったはず。
大方焦って整備前のライフルを持ってきてしまったのだろう。これでは撃てるビームも撃てない。
そうこうしているうちにバスターがビームを連射してくる。
ストライクは事情が事情のためシールドすら持っていない。なので防ぎはせず旋回させ回避した。
ビームがつかえず、シールドもなしでは仕方ない。カスタム・ジンの時と同じようにアーマーシュナイダーに頼ることにしよう。
「OSは肌に合わないが、パワーならば上等だ」
最初はなにかと慣れないOSだったが、動かしているうちに多少は感覚を掴めてきた。
「いけ！」
パックを換装してすらいないというのに動きもジンよりも速い。
ストライクの接近を察知してバスターやデュエルがビームで弾幕を張って来たが、ビームとビームの間の隙間を掻い潜りデュエルに接近していく。
どうやらあのデュエルのパイロットが一番血気盛んなようだ。ならばあのデュエルを落とせば士気をくじくことができる。
『粋がるなよ！ ナチュラルがぁぁぁあ！！』
接近してくるストライクにイザークはプライドを刺激された。ビームサーベルを抜くと受けて立つと言わんばかりに向かってくる。
電光のようにミュラーの脳裏に次に起こるであろう光景がイメージされた。
「そこだっ！」
ストライクがデュエルのビームサーベルを危うげなく回避する。そして逆襲のアーマーシュナイダーを腹に突き刺した。
『が、ぐぁああああああああああああ！！』
イザークが絶叫する。デュエルの追加装備であるASのお蔭でアーマーシュナイダーを受けてもぎりぎりで死ぬことはなかったが、コックピットの破片がヘルメットを直撃し、割れたバイザーが顔に突き刺さったのだ。
『イザーク！ この野郎！』
バスターがデュエルを庇うようにビームを連射してくる。
このくらいでいいだろう。……ラクス・クラインはキラ・ヤマトと共に脱走。しかしストライクは取戻し、デュエルにも損傷を与えた。それでも上からの糾弾は避けられないだろうが多少は風当りも良くなる。
ミュラーはストライクのバーニアを吹かせると宙域から退避していく。今度はデュエルも追ってくることはなかった。
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