クルーゼ隊の強襲、傭兵・叢雲劾の増援、そしてキラ・ヤマトとラクス・クラインの脱走。
 ここ数日で余りにも多くの出来事が一斉に起こり過ぎた。
 ハルバートン提督への報告を終えたミュラーは椅子に深く座り背中を預ける。天井を見上げると、なんとも言えぬ疲労感と徒労感に襲われた。

「失礼します」

 予め呼んでおいた専属秘書官のルーラ・クローゼが入室する。
 丁寧な挨拶にミュラーはずぼらな敬礼で応じた。別に彼女に含むところがあるのではなく、わざわざ真面目さを取り繕うような相手でもないし、取り繕う余力もなかったからだった。

「……クローゼ。キラ・ヤマトを戦死扱いにすることは出来ないか?」

「無理です」

 ルーラが無情に切って捨てる。馬鹿丁寧であっさりした否定だったからこそ、本当にそれが出来ないのだと理解できた。

「なら生前に遡って軍を除隊させておくことは?」

「それくらいならば可能です。元々キラ・ヤマトは正規の手段で軍人になったわけではありませんので、細工をするのは簡単です」

「じゃあそういうことにしておいてくれ」

 これでキラ・ヤマトは人質とMSを手土産にザフトに奔ろうとした裏切りものではなく、偶然にも同乗していたラクス・クラインと共にプラントへ亡命しようとしたコーディネーターということになる。
 理由はどうあれこれまでアークエンジェルを守りMSをここまで送り届けてくれたキラに対する、せめてものプレゼントである。
 キラがプラントでどういうふうに扱われるかは分からないが、そこまでは面倒を見きれない。ミュラーに出来るのは精々幸せを祈ることくらいである。

「終わったな。これで全部、本当に」

 ラクス・クラインを救出した以上、クルーゼ隊も退くだろう。
 余力があれば部隊を分割して更なる追撃をしてきたかもしれないが、先の戦闘でクルーゼ隊もかなりの損害を出している。追撃戦をする余裕はないはずだ。

(クルーゼは危険な男だ。どことなく嫌な感じがする。だが同時に彼は非常に卓越したパイロットであり、優れた指揮官。引き際は心得ているだろう)

 幾度となく戦った経験からミュラーはラウ・ル・クルーゼを高く評価していた。
 だからこそクルーゼがラクス・クラインを艦に載せながら未だ戦力を残す第八艦隊を追撃してくるはずがないと信用できる。
 
「すまないルーラ、少し眠りたい」

「失礼しました」

 クローゼはミュラーの意を組むと、敬礼をしてから退室する。
 部屋にはミュラーだけが残された。誰もいない部屋、そこでミュラーは静かに目を瞑った。せめて眠っている間くらいは全てを忘れたいと願いながら。



 月基地へと帰投した第八艦隊の面々を待っていたのは祝杯でも歓迎でもなく、冷たい辞令の言葉だった。
 第八艦隊に所属する佐官以上の士官、そしてアークエンジェルからはフラガ大尉とラミアス大尉、中佐であるミュラーも当然その列に並ぶ。

「第八艦隊提督ハルバートン准将は少将へ昇進、月のブレッヘム基地司令官に就任して貰う」

 並んだ面々がざわめく。ミュラーもその一人だった。
 ご丁寧に階級が上がり基地司令官就任などと取り繕っているが、ブレッヘム基地というのは遠方も遠方。戦術的価値もなく、かといって月都市に近い訳でもなく、なにかしらのレアメタルがとれるわけでもないという謂わば流刑地のような場所だ。
 つまり体の良い左遷である。五機中四機のガンダムを強奪され、ラクス・クラインを逃がしたことの責任追及なのだろう。
 ブルーコスモス派閥の影響が強い軍部のことだ。良識派でありそれなりに人望もあるハルバートンのような男は適当に買い殺しにするのが吉だと判断したのかもしれない。
 
「……辞令、承った」

 眉間に皴を寄せながら、それでも文句を言うことはなくハルバートンは辞令を受け取った。
 他の面々にも其々辞令が渡されていく。どうやら第八艦隊の新提督にはハルバートン提督の副将でもあったホフマン大佐が就任するらしい。これは妥当な人事といえるだろう。
 そして遂に残るはミュラーとアークエンジェルの面々だけとなった。
 
「ハンス・ミュラー中佐は本日付けで大佐に昇進、アークエンジェル級一番艦アークエンジェルの艦長として着任して貰う」

「……はっ」

 まさか自分がアークエンジェルを任されるとは思っていなかったミュラーは、鳩が豆鉄砲を喰らった顔をして命令書を受け取った。

「また同様にムウ・ラ・フラガ大尉ならびにマリュー・ラミアス大尉は少佐に昇進。両名ともミュラー大佐同様アークエンジェルの配属となる。以上だ。詳しいことはおって通達する」

 それで今日の『歓迎会』は終わった。どうしようもない後味の悪さを残して。もっとも、

「まさか中佐、じゃなくて大佐の下に行くことになるとはね。宜しく頼むぜ大佐さん」

「失礼ですよフラガ大尉、ではなくフラガ少佐!」

 これから部下になるらしい二人が悪い人間ではないのが救いといえば救いだろう。
 後日、新しくアークエンジェル艦長となったミュラーは艦に乗るクルーについての名簿を受け取った。
 さらっと見たところどうやらブリッジマンとアークエンジェルのクルーのメンバーを選別して混ぜ合わせたような感じであった。勿論全員がそうではなく、新たに他から補充された人員もいる。
 艦長には自分。技術主任にラミアス少佐。戦闘部隊指揮官にフラガ少佐。ここまではいい。
 キャリーは中尉、ナインは少尉に其々昇進して戦闘部隊に配属してくるとのことだ。これは素直に有り難い。ミュラーとしてもキャリーとナインにいなくなられるのはキツい。
 
「うーん、バジルール少尉――――いや、もう中尉か。彼女は配属してくれないのか。優秀な人間だ。ブリッジに欲しかったんだが。なに? アルザッヘルに配属だって? 栄転じゃないか。羨ましい」

 他には秘書官はそのままルーラ・クローゼが専属でついてくれる。パイロットの補充はないようだ。物量でザフトの上をいく連合も度重なる戦闘で余裕がないのだろう。
 MSパイロットを三機有して、更にトップクラスのMA乗りまでいるこちらに回すような人材はいないと判断したのかもしれない。

「肝心の副艦長には……イアン・リー大尉か」

 実に生真面目そうな如何にもな軍人のデータを閲覧する。
 性格も能力も問題なし。自分がパイロットということもあり頻繁に自ら出撃するミュラーのような人間からしたら、副長というのは実際に艦を動かす人間そのものといえる。なので副長の存在はかなり重要だった。
 他には操舵手にはアーノルド・ノイマン。整備士としてコジロー・マードックなどなど。

「まぁ、なんとかやるしかないか」

 そして記念すべき新生アークエンジェルに与えられた最初の任務は当初の予定通りアラスカ基地へ降下することだ。
 情報によればクルーゼ隊はプラント本国に帰還したらしいので問題なく降下することはできるだろう。

「そういえばビクトリア基地も陥落したそうだし、まったく泥沼だな本当に」

 アラスカに戦闘データを送り届ければ少しは戦局も変わるのだろうか。
 そんな淡い期待をミュラーは抱いた。 



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