宇宙と大気圏内、つまり地球での戦いは違う。それは軍隊が陸軍、空軍、海軍、そして宇宙軍に分類されていることからも瞭然だ。
 では宇宙での戦いと地球での戦いが具体的にどういう風に違うのか。
 一つには空気の有無がある。外に出れば空気が当たり前にある地球とは異なり宇宙は生命を宿さぬ死の空間だ。酸素なんてものはないし、機体やノーマルスーツにある空気がなくなれば窒息死することになる。実際ハンス・ミュラーは一度空気切れで死にかけた事がある。宇宙は正に一歩外に出ると死なのだ。
 他に違う点があるとすればニュートロンジャマーの存在もあるだろう。地球ではニュートロンジャマー発生装置が相当数撃ち込まれた影響で通信機器などの使用は大きく制限され、原子力発電所や核ミサイルなどに見られる核分裂は使用不可能となっている。
 だが幾らザフトの技術力が優れていようと無限に広がる宇宙全体にニュートロンジャマーを散布できるはずがない。当然戦闘となれば両軍ともニュートロンジャマーを散布するため通信機器や核兵器は使えなくなるが、逆に言えばニュートロンジャマーさえ散布されなければ核分裂反応を起こすことは可能なのだ。とはいえ実戦においてニュートロンジャマーが散布されないなどということは先ず有り得ないのでこのことは余り関係ないだろう。
 宇宙と大気圏での戦いにおける最も大きな違い。それは『重力』の有無だ。
 地球と違い宇宙には重力はない。無重力空間である。そんなことは子供だって知っている事だ。
 重力がないため宇宙では重さというものがない。地球では出来ないようなことも宇宙なら出来るし、地球では浮かぶはずのない重量の物体が宇宙では平然と浮く。
 ずっと地球にいて宇宙に出たことがないという人間には馴染ないかもしれないが、一年の殆どを宇宙で過ごす宇宙軍の軍人やコロニーの住民にとって無重力というのは自然なものなのだ。
 無重力への慣れ。それがザフト軍が宇宙での戦いで地球軍相手に優勢に戦えた要因の一つでもある。
 GAT-X105ストライクの支援をも念頭に開発された戦闘機スカイグラスパーを与えられたフラガ少佐はばりばりの宇宙軍のエースだ。
 エンデュミオンの鷹という異名で呼ばれているのは決して伊達ではない。メビウス・ゼロを駆ってザフトのMSと互角以上に戦う技量はMA乗りの中でも随一だ。
 しかしフラガはあくまでMA乗りであり、宇宙軍のエースだ。決して空軍のエースではない。
 戦闘機という兵器はフラガにとってMAよりも馴染ないものだった。
 地面に足を離して戦うというところはメビウスと酷似していなくもないが、重力下での空中機動と宇宙での機動では微妙な差異があり、戦場ではその微かな違いが大きなものとなって現れるものだ。
 よってムウ・ラ・フラガというパイロットは宇宙戦においてはエースでも、地上においてはそうではないということだろう。
 ただしあくまでそれは今日までのことだが。 

「頂くぜ。先ずは一人、と」

 スカイグラスパーから発射される緑の口上がディンを貫いた。空を飛行するために徹底的な軽量化を図っているためディンの防御力は大したものではない。ビーム一発どころか機銃の掃射だけでも大きなダメージを与えることができるだろう。
 戦闘機という兵器にフラガはそこまで馴染はない。彼はあくまでも宇宙のエースなのだから。
 だが戦闘機という新たな武器を与えられたフラガは数度の試運転をするだけでそれを完全に己の一部としてしまった。

「少佐、下がって下さい」

「おう、了解だぜ。凶星さん」

 打ち合わせたかのようにスカイグラスパーの高度をあげると、そこにアークエンジェルに乗るストライク・ダガーからビームが発射される。
 放たれたビームは正確にスカイグラスパーを背後から襲おうとしたディンの羽を貫いた。
 スカイグラスパーは最高速度でそのまま上空に駆け上がる。
 ディンはそれを追おうとするが無駄に終わった。MSといっても万能ではない。旋回能力や機体のパワーというならディンは優れているが、単純な速度ならスカイグラスパーはディンを圧倒している。
 ましてやスカイグラスパーはストライクのストライカーパックを装備可能であり、その火力は従来の戦闘機を遥かに上回る。
 ここにフラガの技量が加われば相手がMSだろうと互角以上に戦えるだろう。
 ストライカーパックを行動中のストライクに換装できると教えられた時は「俺は宅配便か! 鷹の宅配便なのか!?」などと文句を言ったフラガだったが、このスカイグラスパーの性能はお気に召したらしく獰猛に笑ってみせる。
 高高度まで達すると一転して急降下。猛スピードで世界を縮めながら、もう1機のディンをビームで破壊した。
 フラガがディンを撃墜している内に一機のディンが弾幕を掻い潜りアークエンジェルに迫っていく。しかし、

「アークエンジェルはやらせない」

 逸早く反応したナインがビームサーベルで近付いてきたディンを一刀両断した。
 その迷いない動きにフラガは口笛を吹く。

「キラといいあの坊主といい、最近の若者ってのはどうも常人場馴れしてるねぇ。いやあいつ等が特別なだけか」

 敵はまだいるのだ。頭を切り替えると再びドックファイトを行おうとして、ディン部隊になにやらざわめきが奔ったのを感じた。
 二機を失い六機となったディンからは明らかな動揺が見られる。悪魔に喧嘩を売ってくるような連中だ。まさか仲間の一人がやられた程度で動揺して動けなくなるなんてことはないだろう。
 ではどういうことなのか。その答えは即座に出た。
 海中から伸びるアンカー、パンツァーアイゼン。それはまるで地獄へ引きずり込もうとする悪魔の腕のように空中にいるディンの胴体に突き刺さった。
 ワイヤーを使い海から飛び出してくるストライク。ストライクはディンを引きずりおろしながらもディンに乗り移ると、そのままディンを足場にバーニアを吹かせ跳躍した。
 水上に叩きつけられたディンがストライクに蹴られた衝撃もあり粉々にばらけた。あれでは先ずパイロットは生きていないだろう。
 
「ナイン、一度ダガーから降りてスカイグラスパーに乗り換えるんだ。ランチャーパックを装備してね」

「……了解」

 ミュラーの命令に疑問をもつという思考がないのだろう。ミュラーから下された命令に迷いなく頷くとナインは格納庫に戻っていく。
 ディンを踏み出いにして二段跳躍を実現したストライクはバズーカでディンをもう一機撃墜した。
 これで残るディンは後三機。

「少佐、パックを換装する」

 ミュラーがそう命じた時には既にソードパックを外していた。

「ああもうっ! 人使いが荒いんだから悪魔ちゃんは! そら、お望みのお届けものだ大佐さん!」

 突然の命令に瞬時に反応したフラガはエールパックを外して射出する。エールパックはストライクの地面に装着されるとそれにて換装は完了した。
 エールストライカーは(エール)と呼称されるだけあって重力下でも短時間の飛行を可能にするほどの高機動を実現した装備だ。標準装備にビームサーベルとビームライフルもあるので汎用性もナンバーワンだ。
 赤い翼を思わせるエールを装備したストライクは真っ直ぐディンに突っ込んでいく。一見特攻にすら見える突撃は物理攻撃無効というPS装甲を最大限活かした行動だった。
 ディンの攻撃がまるでストライクにダメージを与える事は出来ず、接近したストライクに十文字に切り裂かれた。
 フラガも負けていられるか、と言わんばかりにディンにミサイルを喰らわせ撃墜する。

「……こんなやり方は好きじゃないんだが」

 ポツリとそう呟くとミュラー更に振り向きざまビームを放つ。緑色の閃光がディンの翼を掠める。
 てっきりそのまま撃墜するように第二の攻撃を喰らわすのかと思ったら、ストライクはそのままアークエンジェルに戻っていった。
 そこでフラガはミュラーの意図を悟る。ストライカーパックでの限界飛行時間が迫っているというのもあるだろう。しかしミュラーの考えはそうではない。

「成程ね。ここからカーペンタリアやジブラルタルまでは距離がある。MSだけで基地からこの大西洋のど真ん中にくるには潜水母艦にでも乗って来るしかない」

 だがニュートロンジャマー影響下で水中に潜む潜水艦を探すなど一苦労だ。ならば簡単だ。場所を知っている人間に案内して貰えばいい。
 わざとディンを逃げられる余力を残して見逃すことで、その背後にいる潜水艦を引きずり出そうというのだろう。
 予めナインに一番火力のあるランチャーパック装備のスカイグラスパーに乗り換えるよう命じたのも浮上した潜水空母を一撃で葬り去るためだろう。コロニーの外壁に穴をあけるようなランチャーパックだ。潜水母艦など一撃である。

「フラガ少佐、それとナイン。あのディンを追ってくれ。ただし敵の親玉が出るまでは攻撃せず一定の距離をとっていてくれ。なに、あのダメージじゃそうスピードはでない。ゆっくりと追えばいいさ」

 ミュラーの口振りは休日に遊園地のアトラクションを延々と付き合わされた父親のように疲れ切ったもので、先程まで獅子奮迅の活躍をしたエースとは思えないものだった。
 戦場では敵を震え上がらせる悪魔でありながら、私生活はどこまでも常人。それがハンス・ミュラーという男なのだろう。

「了解。そんじゃ行ってくるぜ。大佐さん、潜水空母の一つでも撃墜したら減棒の期間短縮して下さいよ」

「……考えておくよ」

 短いやり取りだけすると、フラガはナインを僚機にしてディンを追った。
 ザフトの潜水母艦が海の藻屑となるのはそれから十五分後のことである。




 ザフトの軍人は宇宙生まれの宇宙育ちが多い。国土であるプラントが宇宙コロニーなのだから当然だが、それでも中には地球育ちのコーディネーターが後になってプラントに移民してくることもある。
 この基地にはそういう境遇の人間が何人かいるので彼はそれを知っていた。
 自前でブレンドしたコーヒーを口に含む。

「うん。いいなこれは」

 自分としては満足のいく出来。しかしこういうものは自己満足だけではなく他人からの評価が大事なものだ。
 しかし今自分の近くにいるのはコーヒーの味の分からぬ副官だけだ。彼の愛人は今は買い物に出ていていない。

「バルトフェルド隊長、入ります」

 噂をすればなんとやら。味の解らぬ副官が入室してきた。 
 地球軍に砂漠の虎と畏怖される男、アンドリュー・バルトフェルドは柔和な笑みを伴いながら副官を迎える。
 副官のマーチン・ダゴスタはコーヒーの味は分からないがバルトフェルドはそんなことも関係なく彼の事を気に入っていた。

「おう入りたまえ」

「失礼します……うっ」

 部屋に足を踏み入れた途端、ダゴスタが鼻頭を抑えた。
 室内に充満するコーヒーの臭いにやられたのだろう。

「ダゴスタくん、それで用件はなんだね?」

 バルトフェルドはそんな副官を面白そうに眺めると先を促す。
 彼が愛すべき副官のために珈琲のブレンドを辞めるということは恐らく今後天変地異が起ころうとないだろう。

「はい。報告します! 本日、モラシム隊が大西洋を航海中の足つきに攻撃したところ」

「全滅したか」

「ご存知なのですか!?」

「いいや。なんとなくそういう気がしただけさ。だがモラシムがやられたとなっちゃ他の連中は恐がって邪魔もしてくれないだろうな」

 呑気に言うバルトフェルドだったが事はそんな生易しいことではない。アークエンジェルを妨害する部隊がいないということは、ほぼ確実にハンス・ミュラーはバルトフェルドのいるこのアフリカまでやってくるということだ。

「ハンス・ミュラーか。一体どういう男なんだろうね。一度会ってみたいな」

「は?」

「なんでもない。報告は以上かなダゴスタくん」

 アフリカ砂漠に寒い風が吹き荒れる。そんな中にあって砂漠の虎の戦意はまるで凍りつくことはなかった。



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