モラシム隊を全滅させたアークエンジェルは『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドが睨んだ通り大した妨害に合うこともなくアフリカに到着した。
 そこでアークエンジェルは同じくヘブンズベース基地から派遣されたギルデン准将の部隊と合流することとなる。
 ミュラーがイアンから聞いた情報によれば、ギルデン准将というのは融通の利かないブルーコスモスに熱心な人物だという。
 その事も配慮してミュラーはギルデン准将の旗艦である陸上戦艦ハンニバル級への挨拶にはキャリーやナインなどは伴わず、当たり障りのないであろう副官のクローゼだけを随員に向かった。

「ハンス・ミュラー大佐、これよりギルデン准将閣下の指揮下に入ります」

 らしくもなくミュラーはびしっと敬礼する。これは別にミュラーが突然勤労意欲に目覚めたというわけではなく、面倒事を避けて怠けるには時に真面目さを演じることも重要であると士官学校で学んでいたからである。
 そんなこともあり実際の生活がどうであれ、ミュラーは士官学校でも『それなりに真面目な士官候補生』という評価を頂いていた。裏ではサボりまくりの怠けまくりで、着任してからは怠けっぷりを隠すこともおざなりになったが。
 しかし相手がブルーコスモス思想に染まった上官ではそういうわけにもいかない。適当な態度をとっていて変な因縁つけられるのは困る。
 ギルデン准将はでっぷりと太った腹を揺らしながら、濁った視線でミュラーを検分するように眺め、最後にその視線が大佐の階級章で止まる。

「大佐、か。なぁミュラー大佐、一つ訊くが君は今何歳だね?」

「22歳です。閣下」

「22歳で大佐! 素晴らしいね。同い年の者がキャンパスライフに勤しんでいる中、君は軍隊で大佐か。労働意欲な若造だ。え? 流石は連合軍の英雄様だ。私も士官学校出なのだがね。君と同じ階級章をつけるまでどれだけ長い年月を奉公してきたか。だというのに君は二年たらずで大佐。羨ましいものだな。ニュータイプというのは?」

「………分不相応な地位であると自覚しています」

 僻み以外のなにものでもない准将の言葉だが、ミュラーは反抗せずに堪える。
 どれだけ尊敬に値しないような人間であろうとギルデン准将はハンス・ミュラーの上官だ。馬鹿なコミックの中ではあるまいし、嫌味をいってきた人間を一々殴ったり反抗したりでは社会ではやっていけない。
 特に階級が物を言う軍隊では、こういう表面上の従順さが必要だ。

(それに)

 自分でも22歳で『大佐』なんて身に余る地位だということは自覚している。
 王制を敷く国家の王族ならば若くして軍の高官になる、というのは特に珍しくもないことだがミュラーは王族どころかただの貧民出身者だ。高貴な血筋なんてものとはまるで縁がない。
 だというのに大佐だ。しかもこの階級はミュラーだけの功績ではなく、個人的なアズラエルとの親交というのも利いている。
 これまで真面目に軍隊でコツコツと階級を上げてきたような者からしたら、ハンス・ミュラーは許せない存在なのだろう。

「いいかね大佐。君がどれだけ盟主からの覚えがめでたかろうと、市民の間で英雄などと持て囃されようと今は私の部下だ。これまでと違い特別扱いして貰えるなどと思わない事だ」

「祖国とこの地球の為、粉骨砕身の覚悟で軍務に励む所存です」

 心にもない言を如何にも真面目そうな表情で語るミュラー。もし普段のミュラーを知る人間がこの様子を眺めていたら、そのギャップに笑いの一つでも零したかもしれない。
 しかし真面目なのは顔と口調だけ。こうやって話しながらミュラーの頭では勤務時間外に見る映画は何にしようか、などと考えていた。

「口ではなんとでもいえる。……そういえば大佐。貴様は確か二匹ほど化物を飼っていたな」

「……さて。私は艦内で犬猫を飼育している覚えはないのですが」

「とぼけるな。宇宙の化物、コーディネーターだ! 貴様の部隊にいるだろう」

「キャリー中尉とナイン・ソキウス少尉という『人間』ならば、我が隊に所属しています」

 少しだけ表情を強張らせながら、出来る限り感情を表に出さない様に答える。

「中尉と少尉か。いつから軍は人外に階級をくれてやるほど落ちぶれたのだ。しかもMSパイロットだと? 裏切ったらどうするんだね! 我々が戦っているのはコーディネーターなのだぞ! MSを奪ってお仲間のところに走る危険性がある!」

「准将閣下。失礼ながら申し上げます。閣下の抱いておられる懸念は既にアズラエル理事との間に話はついているので無用のものであると具申します。
 仮にナイン・ソキウス、ジャン・キャリーの両名またはどちらか一方がザフトに寝返るようなことがあれば、ハンス・ミュラーが責任をとる。そういうことになっています」

 お前の崇めるムルタ・アズラエルとは話がついている。このことを蒸し返すということはアズラエルに対する反抗だ。……そのことを暗に提示する。
 ギルデン准将が熱心なブルーコスモス信者であるというのなら、その頂点に君臨するアズラエルはカトリック教徒におけるローマ教皇のようなものと同義だ。その意志に逆らうことは並みの覚悟では出来ない。
 アズラエルの名前が聞いたのだろう。それ以上ギルデン准将はキャリーたちについて言うことはなく「もういい。下がれ!」と顔を赤くして言うだけに留まった。
 ミュラーは形式通りの敬礼をするとそそくさと退散する。この艦の空気は苦手だった。



 ギルデン准将との心温まる会話を終えると、ミュラーは格納庫に向かう。これから相手するのは『砂漠の虎』で戦う戦場は『砂漠』だ。
 ストライクは宇宙・地上・水中の全てで運用できる汎用性の高いMSであるが、ただの地上戦と砂漠戦は少し勝手が違う。それの調整をしなければならない。
 ミュラーは怠け者だが自分の生存確率をあげることには熱心だった。
 それに地上戦は何度も経験して水中戦も体験したミュラーだが砂漠での戦いは経験がなかった。大西洋の時のようにぶっつけ本番というのは嫌なので、事前に体験しておきたいというのがある。

「装備はエールでいいんですかい?」

「ン、それでいい。地上戦ってことは一番厄介な相手になるのはたぶんバクゥだ。バクゥの機動力に対抗するならスピードのあるエールが一番いい」

 ミュラーの指示を聞き終えたマードック曹長が忙しなく動いていく。これからやることは単純明快。所謂、模擬戦だ。
 格納庫でシミュレーターをやるだけでは分からない事もある。本物の戦場を体感するには本物の戦場でペイント弾を使ってやるのが最適である。
 エールストライクにのって模擬戦の場所として指定された地点にいくと、既に模擬弾を装備したストライク・ダガーが待機していた。

『宜しくお願いします大佐』

 ちなみに相手はナインだった。フラガ少佐はスカイグラスパーで宅配便をやって貰うという重要な使命があり、キャリーには技術士官のラミアス少佐と協力してOSや戦闘データなどを収集して貰うという役目があるので当然の人選であった。

「こうして模擬戦するのも、そういえば久しぶりだな」

『はい。前にやった時はアズラエル財閥の研究施設でした。あの時は僕もまだ大佐の部下じゃありませんでしたけど』

「そうか。……じゃ、やろうか。なにどうせ負けても死なない模擬戦なんだ。機体の調子を確認しながら気楽にやろう」

『……了解です』

 とは言ったものの値が真面目なナインである。気楽といいつつ真剣にやるだろう。融通が効かない、というのはある意味であのギルデン准将と同じだがナインのそれは好感がもてるのは何故だろうか。
 互いのMSが足を前に踏み出し、模擬戦が始まった。

「げっ!」

 ミュラーは開始早々驚く。足を踏み出したのはいいのだが、足が砂の中に沈むのである。踏込が上手く効いてくれない。
 急いでOSを他の物に切り替えようとするが、砂漠戦用OSはたった今キャリーとラミアス少佐がパソコンと睨めっこして調整中だった。
 これではストライクも思うように動けない。幸いなのはナインのダガーもストライクと同じような状態にあるということだろうか。
 
『逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定……』

 ダガーのコックピットではナインがぶつぶつと呟いている。
 もしかしなくてもミュラーのストライクが困っているのをいいことに、自分一人だけOSを調整して窮地を脱するつもりだろう。

「こうなったら。こっちも。えーと、摩擦係数を……どの数値だ? これがこうで、あそこがああで……」

 OSの書き換えに挑むミュラーだが、その大いなる一歩はいきなり挫折する。
 なんてことはない。どれだけコーディネーターを超える反射能力や空間認識能力をもっていようとハンス・ミュラーはナチュラルだ。技量で勝てても戦闘中にOSの書き換えなんて出来るわけがない。
 そうこうしている内にナインの方は書き換えが終了してしまったようだ。

『大佐、いきますよ』

「え? こっちはまだ何も出来てないのに」

『はぁぁっ!』

 OSの書き換えに夢中になっていたミュラーは特になにもできず、ダガーの模擬戦用ビームサーベルがコックピットに突き刺さる。
 PS装甲はビーム兵器には無力。コックピットに突き刺さるビームサーベルは一撃でハンス・ミュラーを『死亡』させた。
 モニターに広がる『YOU DEAD』の文字。

「……認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」

 今日の模擬戦で得た教訓。OS書き換えは計画的に。



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