対ハンス・ミュラー部隊。快進撃を続け、ニュータイプなどというコーディネーターにとって代わりうる存在の幻想を抱かせるミュラーを倒す為にパトリック・ザラの肝入りで組織された部隊だ。
 隊長にはザフト屈指の英雄であり特務隊フェイスの最初期からのメンバーであるギルバート・デュランダル。
 デュランダルはラウ・ル・クルーゼと並び称されるほどのエースであり、その雰囲気から民間からの人気はイマイチのクルーゼとは異なり市民にみ広く親しまれた英雄だ。連合の英雄をザフトの英雄が倒すという構図が欲しいプラントにとっては最適な人材といえた。
 もっともパトリックがデュランダルをトップに据えたのは単に彼の実力を高く評価していたからだけではない。
 デュランダルは謂わば中道派の人間で穏健派を唱えるクライン派ともザラ派とも比較的距離をとった位置にいる。
 クライン派の英雄をトップに据え成功すれば、クライン派の影響力を増す結果となってしまう。逆にザラ派の英雄をトップに据え失敗すればザラ派の影響力を削ぐ結果となってしまう。それは今後のプラントの実権を確実に握っておきたいパトリックからすれば面白いことではない。
 勿論クライン派の英雄が失敗するかザラ派の英雄が成功するかという可能性もある。だがこれまでのハンス・ミュラーの快進撃からみて、対ミュラー部隊が確実に勝利すると楽観できるほどパトリックは無能ではなかった。
 コーディネーターとしてのプライドもありパトリックは対ミュラー部隊の勝利を信じてはいるものの、三割の確率で返り討ちにされると思っている。
 もしパトリックが議会において劣勢なら、このチャンスに少しでも自分の権勢を増そうと貪欲にハンス・ミュラーを倒そうとしただろう。
 けれど実際にはパトリックは議会において優勢であり、何事もなければプラントの実権を手中に収めることになるだろう。
 何事もおこさないための人事、それが中道派デュランダルの抜擢へと繋がったのだ。
 どちらの派閥にも明確に所属していないデュランダルなら勝ったとしても負けたとしてもザラ派の影響力はそこまで下がりはしない。
 勝ったとすれば、予め部隊に配属していた息子であるアスランを前面に押し立てて宣伝すればいいだけ。負けたのならアスランのことには触れない様に世論を調査すればいい。それくらいの力はパトリックは持っている。

「我々軍人はただの歯車。歯車を動かすのは政治家で歯車はそれに従うだけ、か。ふふふふふふ。だがその歯車が自分の思うままに動くと確信するのは政治家の傲慢だ」

 カーペンタリアの私室でクルーゼは報告書を見ながら薄く微笑んでいた。
 素顔であれば女性の心を奪いうる微笑みも、その表情を覆い隠した仮面のせいで人の不安を煽るものと化している。もっともクルーゼはそのことを誰かに指摘されようと仮面を外そうとはしないだろう。
 誰かに不快感や疑心を向けられることは慣れている。悪感情を向けられることが自分の目的を再認識させてくれる。だから仮面を被り続けるのは悪くない。
 なによりパトリックの目の前でその言動を嘲笑ったとしても、仮面越し故に表情が見られることがないのだから。

『ハンス・ミュラー、彼にはニュータイプの実在を世に信じさせるため今まで働いて貰っていたが些か以上に活躍し過ぎた。このあたりで退場してもらわねばね』

 カーペンタリアから出立する前、デュランダルはクルーゼにそう言っていた。
 ニュータイプ。コーディネーターの誰にとっても脅威であるはずの単語にデュランダルはコーディネーターの誰よりも早く目をつけていた。否、独自のラインを通してニュータイプ思想を地球圏に広めた火種はデュランダル本人だ。
 人間は不確かなものを信じることはできない。北極星が旅人の道しるべたりえたのは北極星がいつも北にあると信じる事が出来たからだ。
 ニュータイプも同じ。本当にニュータイプがいることを思わせる事実がなければ人は簡単にニュータイプを信じはしない。コーディネーターという分かり易い進化の形があるのだからなおさらだ。
 デュランダルはハンス・ミュラーというニュータイプの高いパイロット能力に目をつけ、戦場でただのナチュラルでは有り得ない程の戦果を叩きださせることによりニュータイプが実在するという根拠を創ろうとした。
 彼の策は成功したといっていい。最初は小さな火種でしかなかったニュータイプという単語はプラント最高評議会議長をも振り回せるほどの爆弾へと成長した。
 ただデュランダルに予想外なことがあったとすれば、ミュラーが些か以上にやり過ぎてしまったことであろう。

『彼の活躍は圧倒的過ぎた。このままではニュータイプは人の革新、正しい歴史の進化系という在り方から外れ単なる撃墜王の別名と化してしまうだろう。
 そんなことでは私はジョージ・グレンと同じ過ちを繰り返すことになる』

 人は同じ過ちを繰り返す。A.D.1945にあったワールド・ウォーU、第二次世界大戦の際に使われた核兵器。
 もう二度と核は使わない。そう決めたはずの人類はまたも繰り返した。第三次世界大戦において、血のバレンタインにおいて。
 プラントもまた核兵器の脅威をなくすという名目でエイプリルフール・クライシスを実行し多大なる死者を出した。
 コーディネーターの誕生。ニュータイプの出現。
 ギルバート・デュランダルはジョージ・グレンと同じことを繰り返すだけなのか。それともジョージに出来なかったことをやってのけるのか。
 一人の人間として、デュランダルの数少ない……もしかしたら唯一の友人としても興味深くはある。
 惜しむべきはクルーゼには時間がないことだ。デュランダルの行く果てか末路を見届けたくても、クルーゼは恐らくそれまでは生きられないだろう。

「まぁ。ギル、君は私にとっても唯一の友人だ。助けにはなるさ」

 クルーゼの目的が既存世界の破壊であるのならば、デュランダルの目的はその先にある。
 目的の食い違いではなく目的の到達点の差。クルーゼの目的はデュランダルにとっては通過点に過ぎない。だがクルーゼはその目的を達成した段階で死んでいるだろう。

(その先はレイにでも任せるさ)

 自分と同じ境遇の人間。クルーゼにとって兄弟であり自分であり同胞であるとすらいえる少年、通過点よりも先は彼がデュランダルを見届けてくれるだろう。




 対ミュラー部隊はカーペンタリアを出港し、連合最後のマスドライマー施設のある基地。パナマ近くにまで接近していた。
 この辺りは連合の力も強く、毎分毎秒ごとに小競り合いが続く最前線というべき地帯である。そしてオペレーション・ウロボロスの集大成であるオペレーション・スピットブレイクの目標でもある。
 連合もオペレーション・スピットブレイクのことはキャッチしているのでパナマにはかなりの量の大部隊が配属されている。
 そんな激戦区にデュランダル率いる対ミュラー部隊は近付いていた。一個人を倒す為に組織されたとは思えない程の規模であり、下手をすれば一つの基地を制圧しかねないほどの戦力でもある。
 配備されたMSもガンダム四機と先行量産型のゲイツが四機、他もシグーやディンという豪勢なものである。他の部隊がみれば少し分けてくれというだろう。
 明朝6時。アスランは同室のニコルと共にブリーフィングに参加した。
 ブリーフィングルームでは既にイザークとディアッカがいる。几帳面なイザークのことだ。ブリーフィングルームにも十五分以上前から到着していたに違いない。
 アスランたちクルーゼ隊の赤服の面々以外にもブリーフィングルームには同じくパイロットとして配属された顔が幾つかある。エース級こそ少ない上、着ているのは緑ばかりだが誰も彼もベテランパイロットばかり。
 このことからもプラントのこの部隊に対する注目度が伺えるというものだ。
 カチッという音がしたかと思うと部屋がやや薄暗くなる。デュランダルが入室してきたのは同時だった。隣には付き添うようにあのハイネの姿もある。

「諸君。我々の部隊の目的は今更説明するまでもないことだが……これも様式美というものだから敢えて言おうとハンス・ミュラー大佐の撃墜にある。
 本来個人を倒す為に部隊が組織されるなど異例の事態であるが、その異例になるだけのことをミュラー大佐がしていることは諸君等も知っての通りだ。ハイネ」

 デュランダルが合図をするとハイネがモニターのコンソールを操作する。
 モニターの画面が切り替わるとパナマ基地の地図が映し出された。

「これは諜報部が入手したパナマ基地の地図だ。無論、なにからなにまで正しいとは言えないが……概ね信じていいはずだ。ハンス・ミュラーは旗艦である足つき、正式名称はアーク・エンジェルというらしいがね。旗艦と共にパナマ基地に駐留している。
 恐らくはこれより我が軍が開始しようとするオペレーション・スピットブレイクに対抗するためだろう。彼とその部隊がいるだけでオペレーションの成功確率は何%か下がることになるからね。つまりここで我々が彼を倒してしまえば、オペレーション・スピットブレイクの成功確率は増すということだ」

 ザフトにとって絶対に失敗するわけにはいけないオペレーション・スピットブレイク。その成功確率を上げるといわれて自然とパイロットたちの顔つきもかわる。

「質問、いいですか」

 ニコルが挙手をする。

「許可しよう。言ってみたまえ」

「パナマ基地は連合軍の戦力が集中している大基地です。オペレーション・スピットブレイクの対策がされている今は連合軍本部のアラスカよりも多くの部隊が配備されているでしょう。
 ヤキンの悪魔の部隊だけなら兎も角、敵の本拠地に我々だけで切り込むことが可能なのでしょうか?」

 ニコルの進言は慎重論だが確信を突いてもいた。
 アスランもそれが不安だったのだ。ハンス・ミュラーを倒すのはいいが、果たしてハンス・ミュラーと戦うことが出来るのか、という。

「正しいものの考え方だな。先ず君の懸念は連合軍の戦力が集中していること、だったな。確かにそうだろう。だが隙がないわけじゃない。
 知っての通り連合軍はザフトのように一枚岩ではない。ユーラシア、東アジア、大西洋連邦……多くの軍隊が同じ制服をきた『混成軍』なのだよ。パナマ基地にいるのは殆どが大西洋連邦軍だろうが、ユーラシアや東アジアの軍隊も多くいる。
 混成軍を纏めるのと純正軍を纏めるとのでは難しさが段違いなのは当然のこと。パナマには大軍団はいる。だがまだ集まって来たばかりで足並みが揃いきってはいない」

「隊長」

 今度はアスランが挙手をする。デュランダルは薄く笑うと発言を許可した。

「連合の足並みが揃ってないのは分かりました。けれど最近では連合軍もMSを実戦配備し始め戦力を増強しています。それに連合は数だけならザフトよりも何倍……いえ何十倍も優れている。
 我々がパナマに侵入したとしても、果たしてそう都合よくハンス・ミュラーと戦う事が出来るのでしょうか? 最悪混戦になることも」

「それも問題ない。連合がMSを実戦配備し始めたとはいえ、他の部隊から提出されたデータによればパイロットの技量はおざなりだ。そしてこの部隊に配属されたのはザフトでもそれなりに名の知れたパイロットばかり。素人の乗るストライクもどきのMSでは五対一だったとしても互角に戦えると私は見ている。
 アスラン。私からも逆に尋ねよう。君がパナマ基地の司令官だったとして、並みのMS部隊では対処しきれない精鋭が侵入してきた場合、君は誰を当たらせるかね?」

「それはこちらも精鋭を……っ! なるほど。分かりました」

 ザフトが精鋭で攻めて来れば、連合も精鋭部隊――――ミュラーの部隊をもってくるとデュランダルは言っているのだろう。

「といっても一番の問題はMSにのったハンス・ミュラーを倒せるか否かにつきるのだがね。それに厄介なのは彼だけではない。煌めく凶星Jにエンデュミオンの鷹も彼の下にはいる。
 特にストライクのPS装甲は実体弾ではまるで効果をなさない。ストライクを前にしたら実弾兵器しかもたないMSは下がり、ビーム兵器をもつMSに任せること。――――以上、ブリーフィングを終了する」

 デュランダルが敬礼をすると、全員が起立して敬礼を返す。
 作戦は静かに始まろうとしていた。



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