戦闘前にこれほど緊張したのは久しぶりだ。
 アスランは自身の愛機――――イージスで最後の調整を行いながら、頭の中で作戦内容を反芻していた。
 今回の攻撃目標は連合軍最後のマスドライバー施設のあるパナマ基地である。パナマへの攻撃作戦といっても以前にミュラーを倒すために行った少数精鋭による奇襲作戦のような類のものではなく、実に王道的な大部隊での作戦である。
 作戦の第一目標はマスドライバー施設。この作戦において司令部の制圧などは二の次である。連合に残った唯一の宇宙への渡り橋。それを破壊または制圧することが作戦の全てとすらいっていい。

(厳しいな……)

 アスランはこれまでザフトの力を信じてきた。
 開戦以来連戦連勝を重ねるザフト軍のエースだからこそアスランは自分の所属している軍の質を理解していたし信頼していた。
 いつもならアスランは何の疑問も迷いもなく目の前の仕事に集中することが出来ていただろう。
 しかし今回の作戦限りはアスランをもってしても勝利を確信することができない。
 なにせパナマ基地制圧作戦に回されている勢力は本来オペレーション・スピットブレイクに動員されるはずだった人員よりも遥かに少ないのだ。
 しかもパナマ基地にはヤキンの悪魔を始めとして、連合のMS部隊もかなりの数が駐留していることを一度奇襲で侵入したアスランは知っていた。
 連合のMSは性能だけならジン以上のものがあるが、パイロットの技量はザフトのベテランに比べれば赤子同然。一対一なら多少の性能差があろうと勝てるだろう。
 けれど今のザフトには絶望的なまでに数が足りないのだ。
 一兵士であるアスランがこう思うのだ。オペレーション・スピットブレイクでザフトが受けた損害は計り知れない。

――――敗戦。

 不安にかられ、最悪の二文字が脳裏を過ぎる。
 アスランは首を振るい必死に頭に浮かんだプラントが核ミサイルにより崩壊するイメージを振り払った。

「やらせはしない。ここを、パナマさえ制圧できれば連合は宇宙にいけなくなる。そうすれば……」

 イージスの操縦桿を強く、血が滲むほど強く握りしめた。
 連合から奪い取り済し崩し的に自分の搭乗機になったMSだが今ではすっかり手に馴染んでいる。もうザフトのMSよりもしっくりくるくらいだ。こんなこと父の前で言えたことではないが。

『総員、傾注』

 指揮官であるデュランダルの声が通信機に鳴る。
 対ハンス・ミュラー部隊として結成されたデュランダル隊だったが、司令部の指示でパナマ基地攻略作戦に参加しているのだ。ハンス・ミュラーがパナマにいるから対ハンス・ミュラー部隊が動くべきだという理由もあるだろうが、もはやミュラー一人に部隊を避ける余裕はないということでもあるのだろう。

『我々の目標はマスドライバー施設の破壊もしくは制圧だ。だがこれだけの戦力では制圧はほぼ不可能に近い。実質的にはマスドライバー破壊作戦になるだろう』

 デュランダルが不可能に近いというのならば制圧は無理なのだろう。なんとなく自分の上官となった人物が自信家で少しでも勝算があるなら挑もうとする節があるのをアスランは知っていた。

『パナマ基地に侵入すれば以前の奇襲作戦と同じように多数のMSがいるだろう。多くの妨害もあるはずだ。もしかすれば敵の司令官クラスの人間に遭遇するかもしれん。だがそんなものには構うな。諸君等はただただマスドライバーを目指せ』

『………………』

 誰もが黙っていた。いつもなら軽口を叩くハイネも、イザークやディアッカも黙り込んでいる。
 彼等も馬鹿ではない。自分達の所属している国家と軍隊がどのような状況に置かれているかくらい理解しているのだ。
 だからこそ意気込みも違う。これまでは自らの雪辱を晴らすために戦っていたイザークとディアッカ、プラントを守るために戦っていたアスランやニコル。
 戦う理由は其々微妙に異なるが、しかしプラントの為にという動機が根底に根付いていることだけは変わらない。

『作戦を開始する。諸君等の奮闘に期待する。――――――ザフトのために』

『ザフトのために!!』

 開幕の銃声が鳴る。アスランはイージスのPSをONにした。真紅の塗装がグレーの装甲を染め上げる。
 全身に真っ赤な装甲を纏ったその姿は古の戦国武将のようですらあった。

「アスラン・ザラ。イージス、出る!」

 慌ただしかったとはいえ一度は来た場所だ。侵入する勝手は分かっている。
 イージスは滑らかな動きでパナマ基地に侵入するとMSのディスプレイに映し出された地点に向かって走る。
 
「……っ!」

 四方から機関銃の掃射が降り注いできた。シールドやPS装甲で受けることはせず、的確にそれらを回避していく。
 イージスは性能は申し分ないのだがいかせんエネルギーの消費が激しい。雑魚を相手にエネルギーを一々消費していたらマスドライバーまでもたない。
 その時、三機のストライク・ダガーがイージスの進行を止める為に立ち塞がった。
 アスランの中でなにかが割れる。

「トゥ! ヘェアアア!!」

 擦れ違いざまに三機のダガーを切り刻む。手応えはあったが一々確認はしなかった。
 そのまま直進を続ける。
 いつか経験したものと同じだ。頭の中がクリアになって計測器一つすらはっきりと認識できる。今の状態なら羽虫が遠くで鳴く音すら識別できるだろう。
 脳内麻薬が分泌されると一秒が何十秒にも感じられるというが、これがそれなのだろうか。
 アスランは自らにおきている現象に思考回路の一つを向けるが直ぐに止める。自分に害があるのなら兎も角、有利ならそのままでいい。この力は使える。
 背後でアスランの戦いぶりを眺める視線には気付かないままにアスランは進撃を続けた。




「ふふふふ。アスラン・ザラ、か。やはり彼はもっているらしいな」

 赤いゲイツのコックピットでデュランダルはニヤリと笑う。邪悪な笑いに反してその目は純粋そのものであり、宝物をみつけた子供を想起させる。
 デュランダルはパイロットであるが、ザフトに所属する前は遺伝子の専門家として名を馳せていた。
 だから遺伝子学において実しやかに語られる一つの存在についても聞き及んでいた。

「゛SEED゛。種をもつもの……私の定義するところのニュータイプとも違った形の進化の形。いいやSEEDの役割から考えれば新種ではなく超越種というべきかな?」

 プラント・連合双方に名の知れた宗教家であるマルキオ導師。彼が提唱する思想こそがSEEDをもつものによる救世だ。
 彼によれば人類には極少数SEEDを宿す者がいて、彼等は世界を変える力をもつという。
 旧世紀からある救世思想といえばその通りだ。旧暦どころか紀元前の昔から自分を『神の子』や『神の生まれ変わり』や『神託を得た者』などと称して求心力をあつめた例は多くある。
 救世思想というものは世の中が乱れていれば乱れているだけ絶望の渦中にある人間を中心に浸透していくもので、事実歴史上ではそういって誕生した゛救世主゛が多くの騒乱を生み出している。そして頭の良い人間は意図して自らを救世主にすることで自分の行為に正当性をもたせてきた。
 マルキオの唱えるSEEDによる救世もそれらと同じ、求心力や信仰者を集める為のマヤカシに過ぎないというのが殆どの考え方だ。
 しかしマルキオの思想の面白いところは『SEED』が決して幻想ではなく実際に存在するということだろう。

『はぁぁぁぁあああッ!』

 そう――――正にデュランダルの視界の先で獅子奮迅の活躍をするアスランがそれだ。
 シミュレータや戦闘データなどで算出したアスランのパイロットとしての強さはハイネ未満ニコル以上というものだった。トップエースには僅かに劣るが十分にエース級の実力を備えていた。
 だがこれはどうだ? 
 今のアスランは完全にハイネを超える実力を発揮している。この状態のアスランなら自分やハンス・ミュラーを相手にしても良い勝負ができるだろう。

「……面白いな」

 デュランダルには力がある。ニュータイプという新人類の力が。けれどデュランダルはSEEDをもっていない。
 だがもしもSEEDを手に入れることができれば、

「…………SEEDの移植や私自身にSEEDを発現させることはできずとも、手元にSEEDを置いておくことには意味がある」
 
 ナチュラル、コーディネーター、ニュータイプ、SEED。世の中に飛び交う数多の人類の形。
 世界の舵を握るのは誰になるのか。支配されるのは誰なのか。敗北者となるのは誰なのか。

「それはそれで面白い難題だなクルーゼ。君はどう思う?」

 たぶんここにクルーゼがいるのならば『神ならぬ身である私には終末後の世界のことなど分かりはしないさ。だが友人の勝利くらいは地獄から願っておこう』とでも言ってくれるだろう。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.