「パトリック……話がある」

 いつものようにパトリックが評議会の仕事を捌いていると、いつになく慎重な面持ちのシーゲル・クラインがやって来た。
 現在は議長選でパトリックに負け議会を退いたものの、穏健派の中心人物として政界に多大な影響力のある人物である。議会にもオブサーバーとして何度か出席したこともあった。
 そしてパトリックにとってはプラントが最も厳しい時代を共に生きた旧来の友人であり、最大の政敵ともいえる男だった。

「シーゲル、なにかね。私はこれから地上に降下させた軍を宇宙(そら)へあげる議案を纏めるのに忙しいんだ。出来れば後にして貰いたいが」
 
 パトリックの言葉を聞くとシーゲルの顔がより頑ななものになる。

「お前を相手に前置きなどしても意味のないことだろうから単刀直入に言おう。君はいつまで戦争を持続させる気かね?」

「いつまで、とは」

 パトリック・ザラとシーゲル・クライン。これまでプラントという国家を率いてきた二人の男が全身から敵意すら滲ませて真っ向から対峙する。
 コーディネーターである二人だが政治家である彼等は特段殴り合いをして強いというわけではない。けれど国家という巨大な組織を率い、戦争を主導してきた男のオーラは並みの物なら震えあがってしまいそうな気迫に満ちていた。
 周囲に配置されているSPもゴクリと唾を呑み込む。

「アラスカ基地での敗北があったとはいえ、オペレーション・ウロボロスの当初の計画通り最後のマスドライバー施設であるパナマを落とすことに成功した。これで暫くは連合を地球に足止めすることができるだろう」

「その通りだ。だからこそその間に戦備を整え、きたるべき決戦に備えようとしている」

「そうじゃないっ! 今更君にコーディネーターとナチュラルが根っこでは同じ人間と説いても無駄だろう。だから敢えて言いはしない。だが前議長として、このプラントに住む一人の国民として言わせて貰う。
 君が連合の力を侮っているなら、それは大いなる過ちだ。連合の技術力・物資・物量……どれも決して馬鹿にできるものではない。確かに開戦当初は我々の圧倒的優勢でなまじ圧倒的過ぎた故に盲目にさせてしまったが、ザフトとて無敵の軍隊ではない。負けることもあるし、武器弾薬がなくなれば戦うことも出来ない」

「何が言いたいのだ、シーゲル?」

「パナマのマスドライバーを落としたのは良いタイミングだ。これを機に連合との講和を測るべきだ」

「馬鹿なっ!」

 激しい怒りがパトリックの脳味噌を満たす。 
 これまで共に苦難を耐え忍んできた友人だったが、シーゲルはなにも分かっていない。コーディネーターとナチュラルは結局のところ異なる生物だ。青いリンゴの中に赤い熟れたリンゴがあれば直ぐにとられてしまうように、コーディネーターという優良種をナチュラルは殺そうとする。
 比較的コーディネーターに穏健的な思想をもつスカンジナビア王国で生まれたからこそシーゲルは『ナチュラルとコーディネーターの融和』などという絵空事を夢想できるのだ。
 大西洋連邦に生まれ、幼い頃から周囲に迫害され続けてきたパトリックからすればナチュラルは完全に自分達とは異なる他の生命体であり敵でしかない。

「コーディネーターは未来を切り開く新しい種族。我々が真の意味で独立を果たすにはナチュラル共から完全なる勝利をもぎ取らなければならない。
 仮にお前の言うように講和をしたとして、それでプラントの独立が果たされたとしても連合のナチュラル共はいずれまたプラントを隷属化させようとしてくる。いいや突然に核ミサイルの雨を降らせてくるか!? 貴様はユニウスで家族を失っていないから、それが分からんのだ! 目を覚ませ!」

「目を覚ますのはお前だパトリック! レノアさんがプラントと地球を荒廃させることを望んでいると思うのかっ!」

「望んでいるだろうさ。自らを殺した者に報復の意志をもつのは当然のことだ。私は死んでしまった妻のためにも、アスランのためにもナチュラルというコーディネーターに寄生する膿を取り除いておく義務がある」

「馬鹿を言うな。お前はナチュラルを皆殺しにでもするつもりか!?」

「必要ならばそうするさ。我々はナチュラルなどおらずとも生きていける。要らなくなった車は捨てるだろう。それと同じだ」

「我々はナチュラルから生まれたんだぞ!」

「古いものは淘汰されるのが自然界の必然というものだ。古代の恐竜たちが滅んだようにな。これからの時代を切り開いていくのは地球にしがみつくナチュラル共でも、ニュータイプだとかいう幻想でもない。我等コーディネーターなのだ。古い人種に消えて貰ってなにが悪い? これも人類史の必然というものだ」

「それだけじゃない。お前は……自分を人類史上最低最悪の殺戮者として歴史に刻むつもりなのかっ?」

「違うな、歴史学に興味はないが、そうさな。そうなれば私の名は旧時代を終わらせコーディネーターの真の独立と未来を勝ち取った為政者として残るだろう。恥じるべきところはなにもない」

「…………どうしても意見を変えないつもりか?」

「くどいぞ。既に私とお前とは袂を分かった」

「そうか」

 シーゲルは悲しげに両肩を落とすと、最初に部屋へ入った時の威勢が嘘のように落ち込んだ様子で部屋から出て行った。
 苛々しげに机を殴ったパトリックは舌打ちする。

「何故だ……何故分からぬのだ、シーゲル」

 奇しくも部屋を出て行ったシーゲルも同じ事をパトリックに対して思っていたが、彼がそれを知ることはなかった。




 アラスカでの作戦失敗とパナマのマスドライバー施設の破壊成功。バッドニュースとハッピーニュースが連続して訪れたプラントは混乱とはいかないまでも、かなりの興奮期にあった。
 少し街中を歩けばクライン派を支持する人間とザラ派を支持する人間が口論を交わしている光景を見ることができるだろう。そして政府や軍関係者は休日を返上して職務に励んでいた。
 前議長であったシーゲル・クラインも例外ではなく、ここ一週間で自宅に戻った事は一度もない。

「お父様?」

 そんな時、ラクスは玄関に自分の父の姿を見た。久しぶりに見る父の姿に若干気分を高揚させて椅子から立ち上がると父を迎えに行く。

「……ただいま、ラクス。急に帰ってきて驚かせてしまったかな」

 ラクスの顔を見るなり、どこか疲れ切ったようなシーゲルは努めて笑顔を浮かべた。
 純真で天真爛漫にみえてラクスは人の機微を読むことのできる人間である。だから父がなにか大きな悩みを抱えていることなど一目瞭然だった。なにせ人生で一番長い時間を一緒にいた唯一の父親である。娘としてそれくらい察しがつく。

「どうか、なされたのですかお父様」

「……ふふっ。パトリックの奴にな。連合と和平するように提案したのだが有無を言わさず却下されてしまったよ」

「そうでしたの」

 ラクスとアスランは婚約者の間柄であり、そのためアスランの父であるパトリックともラクスは面識があった。
 ずっと昔。戦争が起きる前……血のバレンタインが起こる前のパトリックは厳しくはあったが、優しい人間だったし父と意見が衝突することがあっても最終的には仲直りをすることができていた。
 けれど血のバレンタインで愛する妻を失ってから、父とパトリックとの関係にズレが出始めてしまったのだろう。
 そうでなければパトリックと会話した父がこんな顔で帰ってくるなんて有り得ないのだ。

「ラクス、私が今日ここに戻ったのはお前にお別れを告げる為だ」

「お別れ?」

 神妙にシーゲルは話しだす。

「私は……この戦争の発端を開いた人間として、大きすぎる過ちを犯した。血のバレンタインの報復にと地球圏全土に打ち込まれたニュートロンジャマー。それによって齎されたエイプリルフール・クライシス」

 ザフトでは血のバレンタインばかり取り上げられるが、連合もまたエイプリルフール・クライシスにより多くの人命を失った。
 確かに核ミサイルで直接殺害されたというわけではないが、致命的なエネルギー危機を発生させ餓死者を続出させて死ぬのも、核ミサイルで一気に死ぬのも最終的に『死ぬ』という意味では同じことだ。
 そしてエイプリルフール・クライシスで死んだ人間は凡そ地球総人口の一割。血のバレンタインの犠牲者を十倍にしたとしても……いや、プラントの人間全ての血を流したとしても及ばぬ数である。

「けれどお父様。お父様が命じたのはあくまでプラント理事国だった一部の国の一部の地域に『警告』としての意味合いでの投下です。全てのニュートロンジャマーを地球全土に投下したのは一部の人間の独断で――――」

「そんなことは関係ないんだ。あの頃の評議会議長はシーゲル・クラインで、作戦の執行命令にGOサインを出したのも私だった。だからあれは私がやってしまった咎なのだ。私の両手は10億人の血で濡れている……。とても許されない罪だ。許されてはいけない咎だ」

 十億人の人々の命を殺めてしまう。言葉にすればそれまでだが、そこに込められた重みは想像すらできない。 
 人を一人殺すだけで人間の精神は異常をきたしてしまう。戦場から帰還した兵士もかなりの数がPTSDで苦しめられている。
 それが10億人の罪なき人々の命ともなれば、背中に降りかかる罪過はどれほどのものか。もしかしたら父は自殺した方が幸せなのかもしれない。

「お父様は責任をとって自殺をなさるおつもりですか?」

 だが自殺なんて何の意味もないことだ。ラクスは強い口調で言うと、シーゲルは苦笑した。

「いや、私一人の命で罪を贖えると思う程に私は自惚れてない。だがあの惨劇を齎してしまった者として、私にはこの戦争を最小限の犠牲で終わらせる義務がある。
 別れを告げるというのは、戦争を終結させるために私はプラントを出るからだ」

「どこへ、行かれるおつもりですの?」

「地球さ。あぁ最初は月のコペルニクスあたりかもしれないな。連合も一枚岩ではない。ムルタ・アズラエルのような声高にプラント殲滅を叫ぶ強硬派もいるが、話し合いにより解決しようという穏健派もいる。
 大西洋連邦上院議員のブラウン氏や……軍部だとハルバートン提督なども穏健派だ。和平をするにしても問題はプラントだけではない。連合も強硬派の影響力が強いという意味ではプラントと同じだ。だからこそ平和を望む者達で歩調を合わせる必要がある」

「……プラントに残る穏健派議員の皆さんは、大丈夫なのでしょうか?」

「それならばカナーバ君に任せてきたよ。彼女は女だてらに中々のやり手でね。彼女がいれば穏健派は大丈夫だろう。……不幸中の幸い、といっていいものだろうか。アラスカの失敗で強硬派の影響力は全盛よりも弱体化している。パナマの成功で持ち直されてしまったが、ここで連合の穏健派と水面下で手を結んでパトリックから政権を奪い返すことができれば……戦争終結への道は開かれる」

 ラクスに強い意志をもって語る父を止めることなど出来る筈がなかった。
 だからラクスの返す言葉は決まっていた。

「行ってらっしゃいませ。成功をお祈りしていますわ」



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.