オーブという国がある。国土の大きさでは世界地図でよく目を凝らして調べなければ確認できないほど小さいが、その卓越した技術力から経済大国としての地位を不動のものとしている国だ。
 またオーブを語る上で欠かせないのは『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』という三つの理念だろう。
 これはC.E.70年2月7日に当時のオーブ代表であり現代表の兄であるウズミ・ナラ・アスハの提唱したもので、この次の日アスハ当時代表は中立宣言を世界中にしている。
 地球連合とザフトの戦争が苛烈化してもオーブは――――タカ派の独断で連合のMS開発に協力する――――などの事はあったが、中立という姿勢を貫き続けてきた。
 そのため連合の高官にもオーブに家族を住まわせている者も多く、ナチュラルもコーディネーターも平等に受け入れる地球圏唯一の国であるため、コーディネーター移民の数はプラントに次いで多い。
 オーブの技術力の背景にはオーブに住まうコーディネーターが第一戦で活躍しているというのも大きいだろう。
 だがその中立は破られようとしていた。連合の余りにも勝手な意思によって。

「なんだこれは……最後通牒だと!?」

 連合からの書簡を受け取ったウズミはその内容の厚顔無恥さに顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。

「現在の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自国の安寧のみを追求し、あまつさえ、再三の協力要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、地球連合軍はその構成国を代表して、以下の要求を通告する。一、オーブ首長国現政権の即時退陣、二、国軍の武装解除、並びに解体、48時間以内に以上の要求が実行されない場合、地球連合はオーブ首長国をザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙するものである。これが連合側の……いえ大西洋連邦の言い分です」

 ウズミがオペレーションGの責任をとって退いた後、代表首長の地位にあるウズミの弟のホムラが連合の書簡を読み上げる。
 冷静さを取り繕っていたが、その唇は震えており内心で激しい怒りを抱いているのは瞭然だった。

「正気じゃない……。なんの茶番だ、これは」

 連合の要求は無茶を通り越して滅茶苦茶だった。
 地球の一国家だから連合と一緒に戦わないことは罪だ。だから今直ぐ連合に両手をあげて降伏して味方になれ。気取った文章を簡単に書き直せばこんな風になる。
 こんなものAD時代に例えるなら、ヨーロッパに国があるのだから一緒にアメリカと戦え。さもなければ戦争を仕掛けると言っているようなものだ。
 普通ならこんな暴論がまかり通るはずもない。しかし、

「だがオーブがこの非道を訴えかけたとしても、味方になる国など有りはしないか。大西洋連邦!」

 国連が消滅し、かわって地球を統べるのは地球連合。その地球連合で最も大きな影響力をもっているのが大西洋連邦だ。
 大西洋連邦は国名がアメリカ合衆国であった頃から地球圏最大最強の国家である。はっきりいってその国力は大西洋連邦を除いた全ての地球圏の国家を総合したものよりも上だ。
 これに真っ向から単独で逆らえる国など、プラントしかあるまい。
 如何にオーブが経済大国でも、食糧物資を殆ど輸入に頼っていて、大西洋連邦が最大のお得意様でもあるという以上、これに逆らうのは難しいのだ。

「欲しいのはマスドライバーとモルゲンレーテですなぁ」

 疲れ切ったように首長の一人が項垂れる。
 パナマのマスドライバーを破壊されたことで全てのマスドライバー施設を失った連合にとって、オーブにあるマスドライバー施設は喉から手が出るほど欲しいものだろう。
 それにガンダム開発の技術の一部を提供したモルゲンレーテにも連合を影から支配するロゴス連中は興味津々に違いない。
 アラスカの前なら、ユーラシアの力もそれなりにあり、大西洋連邦が好き勝手にするのを外交的工作で防げたかもしれないが、そのユーラシアは疲弊しつくし、もはや頼れるものではない。
 オーブと同じような中立国家も今では連合に組み込まれてしまっている。
 完全にオーブはチェックをかけられた形だ。
 四面楚歌とはこのこと。誰かと手を結ぼうにも手を結ぶ相手がいない。強いていえば一つだけあるが、

「事態を知ったザフトのカーペンタリアから会談の要請がきていますが?」

 そう、オーブが唯一手を結べる相手というのがザフトだ。連合にマスドライバーを渡したくないザフトと、連合の進行を追い返したいオーブ。一見すると利害は一致している。
 しかしもしもオーブがザフトと手を結んでしまえば、今度はザフト側として連合軍と戦う事になるだろう。

「どうあっても世界を二分したいか! 大西洋連邦は! 敵か味方かと! そしてオーブは、その理念と法を捨て、命じられるままに、与えられた敵と戦う国となるのか!」

 中立国のない戦争など、悲惨なものだ。
 AD時代より和平や和睦などは中立国が割って入ってするものである。それが一つもなくなるということは、和平の場そのものがなくなるということでもある。
 ブルーコスモスの影響力が大きい連合だ。もしかしたら審判や和平などそもそも度外視した殲滅戦をしたがっているのかもしれないが、

「…………かといってオーブ一国で連合軍艦隊を押し返すなど夢もまた夢」

 重々しくホムラ代表が言う。
 ウズミが退きホムラが代表になってからも、実質的な権限はウズミがもつという院政となっているのが実情だが、ホムラもお飾りで代表となったわけではない。ウズミのような熱や迫力がなくとも、根のように静かに構える冷静さをもっているのだ。
 
「そうだな、現実的にオーブだけではどうしようもあるまい。全戦力を結集したところで、連合の兵力を一割でも削れるかどうか」

 ウズミもそのことは承知していたのか、怒りを少しだけ引込めて呟く。
 こんな時のためにオーブも独自にMSを量産させていた。ナチュラル用のOSについても、とあるジャンク屋や傭兵の力添えもあり完成している。その量産MSの性能は連合のストライク・ダガー以上のものがあるだろう。
 けれど連合とオーブでは物量が違いすぎる。攻め込む側には三倍の兵力が必要というが、オーブに攻めてきている連合の兵力は三倍の更に三倍はあるだろう。
 はっきりいってオーブが連合軍に大逆転して大勝利するなんていう可能性はゼロだ。

「連合と戦い、連合に降るか。それともザフトと手を結び連合を撃退するか。オーブに残された道は二つに一つ」

「ウム……」

 こんな破廉恥な宣戦布告をした大西洋連邦は気に入らない。だからザフトと手を結ぶというのは感情論だ。確かに大西洋連邦は腹立たしいが政治家である以上、感情ではなく国益のために行動しなければならない。
 連合とザフトのどちらに着いた方が良いかと考えれば、やはり連合なのだろう。
 オーブは地球圏の国家であるし、ザフトと組んだとしても連合を撃退できる保証などはどこにもない。それならば連合に着いた方が旨味がある。それに戦争終結後に上手く立ち回れば、連合から利益を引き出すこともできるだろう。

「かといって単に降伏も出来んだろう」

 兎も角、戦わねばならない。連合にオーブの力を見せてやらなければ、連合はオーブを過小評価したままだろう。
 この決定に反論する者はいなかった。



 オーブに要求を突き付けた連合艦隊の旗艦。司令官を始め全員が軍服を着ている中、一人だけ水色のスーツを着込んだ洒落な男がいる。
 その立ち振る舞いも挙動も明らかに軍人とは思えない。それもそうだろう、彼はアズラエル。ブルーコスモス盟主、国防産業理事、アズラエル財閥総帥といった肩書をもつが表向きには民間人だ。
 彼は国防産業理事という立場を活かしアドバイサーという形でこの戦いに参加しているが、彼の権力の程を鑑みれば真の司令官がアズラエルなのは明白であった。
 アズラエルはいつもの爬虫類染みた笑みを浮かべながら、オーブからの返答を読み上げる。

「要求は不当なものであり従うことは出来ない。オーブ連合首長国は今後も中立を貫く意志に変わりはない。っは、いやぁ流石、アスハ前代表。期待を裏切らない人ですねぇ。ほんとのところ、要求飲まれちゃったらどうしようかなぁと思っていたのですよ。あれのテスト、是非とも最後まで頑張り通していただきたいものですがね」

 アズラエルはゆったりと椅子に背中を預ける。
 一番良い椅子ではあるのだが、軍艦の椅子とは硬くて好きではなかった。といっても椅子が固いからソファを用意しろ、とまではアズラエルも言いはしない。彼もそこまで傲慢ではないし、商売にはある種の謙虚さも必要であると弁えていた。

「……使えるのですか、強化人間は?」

 司令官は訝しがるような目をアズラエルに向ける。
 強化人間。ナインのような戦闘用コーディネーターとは異なる、ナチュラルな人間を薬物などでコーディネーターを超える身体能力をもつように強化した人間だ。
 今回の戦いには三人の強化人間と三機の最新鋭MSも参加しているのだ。

「使えますよ。この前も廃品処理もかねて戦闘用コーディネーター三体と戦わせてみたいんですが、見事に勝ってくれましたよ。まぁ調整がなにかと面倒なんですが……」

「――――――――」

 それっきり司令官は黙り込んでしまう。この司令官は有能であるがブルーコスモスではないので、アズラエルが帯同していることも本心では気に入ってないのだろう。
 もしかしたら強化人間についても快く思ってないのかもしれない。
  
「それに……この時の為の切り札も用意してありますしね」

 うっすらと微笑むと、アズラエルは宙を見上げた。



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