地球連合とオーブ首長国連合との間で起こった戦いは終わった。僅か一日でオーブが敗北するという形で。
 これほどまでに戦いが早期終結した背景には連合軍の圧倒的な物量もあるだろうが、止めとなったのはミュラー旗下のアーク・エンジェル部隊が仕掛けた大気圏外からオーブ本土に降り立つという大胆な奇襲作戦の成功だろう。
 オーブの政を一手に担う首長たちと軍部に指示を飛ばす司令部。その二つが制圧されてしまえばどれだけ末端が残っていようと戦い続けることなどできない。これが大西洋連邦のような大国なら一時退却し、その後他の場所に臨時政府と臨時首都をつくることで継戦することもできたかもしれないが、小さな島国であるオーブではそんな芸当は不可能だ。
 敗北後のオーブは不気味なほど静まり返っている。
 街中にはオーブの警察官ではなく、オーブを戦いで負かした連合兵たちが見回りをしており、オーブ国民はそれを苦々しく思いながらも力持つ連合軍に手を出す事もできず影で涙を流す。
 分かり易い程の征服者と被征服者の構図だ。
 現在機能停止したオーブ行政府にかわり政治を取り仕切っているのは連合軍部――――というよりアドバイサーという形で連合軍と同行していたアズラエルである。アズラエルの所属する軍需産業複合体ロゴスにはオーブの名士であるセイラン家なども参加しているので、その伝手を使っての間接支配という形をとっている。主に連合が利用したのはセイラン家とサハク家。セイラン家は名家ではあるが、アスハ家などに代表される五大氏族ではなく指導力に著しく欠ける。そこでサハク家を利用することにしたのだ。元々サハク家はオペレーションGなどで連合側に協力しており、また代々オーブの汚れ仕事を受け持ってきた関係上アスハ家との仲は悪い。そこに目をつけたのだ。
 連合軍が求めていたのはモルゲンレーテの技術力とマスドライバーだけであって別にオーブという国そのものには大した興味もない。ザフトの戦いの為にオーブを占拠したが、これが永久統治になることはないだろう。戦争が終結すればやがてオーブは返還されることになるはずだ。
 ただしオーブ代表首長であるホムラと実質的指導者だったウズミ・ナラ・アスハは戦争裁判という名目で連合軍本部へと移送された。これはオーブに対するアスハ家の影響力を懸念したが故の措置である。
 
「ミュラーくんには感謝しますよ。君たちが頑張ってくれたお蔭で無駄な犠牲を増やさずにマスドライバーとモルゲンレーテを手に入れることができました。やはり商人としてローリスク&ハイリターンは素晴らしいですね」

 かつてはオーブという国の象徴でもあったオーブ宮殿。五大氏族の首長たちが激論を交わしあい、開戦以来中立を守り続けた国家の中心。そこは今や連合軍統治軍の総本部になっていた。
 宮殿の廊下はアズラエルはまるで自分の屋敷のような自然体で歩く。そこに続くのはやや厳し顔をしたミュラーだ。

「私がやったのは最後の一手をしただけです。チェスでいうなら既にチェックしていたキングにチェックメイトをしただけ。そう褒められたことじゃありません」

「いえいえ。僕はお世辞で言ってるんじゃありませんよ。さっき連合軍の工作部隊から届いた情報なんですけどね。マスドライバーとモルゲンレーテから大量の爆薬が発見されました」

「爆薬?」

「オーブの獅子っていうのは伊達じゃないってことですね。オーブが負けそうになったら自爆でもするつもりだったんでしょうか。ともあれミュラーくんが素早く宮殿を制圧していなかったらウズミ代表、あの頭が古いおじさん……本当に自爆していたかも」

「…………」

 ウズミ・ナラ・アスハはTVなどで何度か目にしたことがある。直接会った事は無論ありはしない、が、かなり豪胆な人物であろうことは節々から感じられた。
 連合軍に国を蹂躙されるくらいなら連合軍がなによりも欲するモルゲンレーテとマスドライバーを破壊する、それくらいはやりかねない。
 もし彼が本当に自爆するつもりだったとしたら、素早く宮殿にいる首長たちを睡眠ガスで眠らせたミュラーの判断が正しかったといえなくもないだろう。ミュラーとしては余り嬉しいとは思えないのだが。

「それとカガリ・ユラ・アスハですか。ウズミ前代表に似て元気の良い御嬢さんだそうですね。僕は直接会ってませんけど」

「はい」

 努めて無表情を装う。
 軍司令部でオーブ軍の指揮をとっていたカガリも戦い終結後連合により拘束された。ただし未成年だったこともあり、ウズミ前代表たちのように連合司令部へ移送されることはなく、オーブにある高級ホテルの一室に軟禁という処置がとられている。アスハ家の屋敷ではなく敢えてホテルに軟禁したのはアスハ家の動きを警戒してのことだろう。
 アフリカではナインが世話になったカガリ。当時からなにか複雑な事情があるのだろうとは察していたが、なんでもウズミ・ナラ・アスハの一人娘だったらしい。つまりはオーブの姫君というわけだ。こればっかりはミュラーをもってしても驚きだった。
 このことはアズラエルに話すわけにはいかない。オーブの姫君がゲリラとしてザフトと戦っていたなんて情報、アズラエルが知れば良い様に利用しようとするだろう。
 ナインを助けてくれたカガリに対して恩をあだで返すほどミュラーは不義理ではない。しかし、

「ミュラーくん、なにか僕に隠してることがあるんじゃないですか?」

 アズラエルは全てを分かっているとでも言うように舌なめずりをすると、にっこりと微笑みかけてくる。

「さぁ。私も一人の人間です。探られたくない腹や知られたくないプライベートなどはありますからなんのことだか……」

「オーブの姫君がゲリラ、中々にスキャンダルですね」

「―――――――」

 動揺を表に出すのをギリギリで堪える。
 正直アズラエル財閥の情報力というものを舐めていたかもしれない。しかしカガリがゲリラに参加していたことを知るのはミュラーと一部のアーク・エンジェル所属の兵士達。それと現地の住民くらいしかいない。
 まさかそこから情報を掴んだとでもいうのだろうか。

「貴方にあげたソキウスシリーズの9。ナイン・ソキウスが行方不明になったのを助けたそうじゃないですか。水臭いですね、僕にそのことを教えてくれないなんて」

 アズラエルの声には確信の色がある。誤魔化しは意味のないことかもしれない、だが、

(……ナインを助けてくれた人だからな)

 ミュラーはらしくもなく義理を守ることにした。

「さて。最近私も物忘れが酷くて。ゲリラといっても一々覚えてなどいません」

 我ながらバレバレの嘘だと思うが、カガリと会った時のデータが残っているわけではない。
 とぼけるという行為はそれなりに有効だ。

「あくまで白を切りますか。貴方はカガリ・ユラに入り込んでいるのか、戦闘人形に入れ込んでいるのか。それは友人のよしみで問いません。ですがこれは一つ貸しにしておきますよ」

 カガリのことは見逃してあげるかわりに、その見返りは支払ってもらう。アズラエルの目がそう告げていた。
 楽に生きることを信条とするミュラーはそういった厄介事に巻き込まれるのは心の底から嫌なのだが、今度ばかりはやむを得ない。コクリと小さく頷く。

「征服された国の姫君と、征服した国の戦闘人形のラブロマンス。中々にハリウッドですね。見てくれは良いですから、あの人形。オーブの姫も節操がない」

 大人になるというのは感情を抑えるのが上手くなることでもあるのだろう。
 もしもミュラーの年があと五つは若ければ、ここでアズラエルに掴みかかっていたかもしれない。



 オーブにある高級ホテルの一室ではカガリと、カガリの監視という名目でここへ来たナインがいた。
 ミュラーは連合広報部により英雄として喧伝されているためそれなりにコネもある。そのためナインを少し強引にカガリの監視の任につかせたのだ。
 これはナインたっての希望である。

(僕の手前勝手な我儘を大佐は叶えてくれた。僕も……しっかりしないと)

 ナインは意を決すと、窓をじっと見つめているカガリを真っ直ぐに見る。カガリは背中を向けたまま振り向いてくれる様子はない。

「言い訳は、しない。僕は大佐の部下として命令を実行したことに迷いをもってないから。だけど、すみませんでした。僕はカガリを裏切ってしまった」

「…………こんな時が来るかもしれないとは、思っていたよ。オーブが連合に敵扱いされた時から。お前は連合で私はオーブの、アスハ家の娘だったからな……」

 疲れ切ったようにカガリは腰をソファに降ろした。
 初めてナインは正面からカガリの顔を見た。目元に湿った後がある。もしかしたらここに来る前に泣いていたのかもしれない。
 ただ悲しいかな。戦闘用コーディネーターのナインには女性が泣いている時、どうやって慰めればいいかなんていうマニュアルはない。

「大佐の部下として、って言ったよな。なんでお前はそんなに大佐、ハンス・ミュラーのために戦うんだ。いや、そもそも――――どうしてお前は軍に入ったんだ?」

 自分が連合軍に入った理由。そしてハンス・ミュラーという人間のために戦う理由。この二つの理由はナイン・ソキウスの最大の秘密であり、同時に最大の存在理由だ。
 己の出生は大っぴらに言うことのできないことだ。それが滅んだ国の姫ならば猶更である。けれどナインのことはそれこそサハク家やセイラン家などの者に聞けば分かることだ。隠すこともできないし、ナインは彼女にこのことを隠すべきではないと判断した。

「信じられないかもしれないけど、僕は『人間』じゃないんだ……」

「人間、じゃない?」

「うん。コーディネーターの技術に目を付けたのは自分の子供に才能を持たせたい親だけじゃなかったってことだよ。受精卵の段階で戦闘用に遺伝子を調整することで、戦闘に特化したコーディネーターを生み出す。それが僕、戦闘用コーディネーター、ソキウスシリーズの9。ナインっていう名前は僕が九番目のソキウスだからつけられたんだ」

「そんな! 戦闘用コーディネーターなんて……連合はザフトのコーディネーターを批判してるけど、それじゃ連合もザフトと同じじゃないかっ!」

「そうだよ。実際ソキウス計画は連合内部でも疎まれた。そもそもソキウス計画は開戦前に立案されたものだからね。ブルーコスモスの影響が増した連合軍では問題視されていて、ソキウス計画そのものはとっくに凍結されている。もう新たにソキウスが生まれることも、たぶんないと思うよ」

「な、なら! なんでお前は連合軍に入ったりしたんだ。お前を兵器として生んだ連中の言うことなんて聞く必要なんてないだろ!」

「無理だよ。ソキウスシリーズにはね。ナチュラルに裏切られない様に精神ブロックがかけられている。だから僕はナチュラルに決して危害を加えることはできない。オーブ侵攻作戦の時は大多数のナチュラルのために一時的にナチュラルを戦闘不能にするだけって誤魔化してたけど、それだって限界だったんだ……。連合軍を裏切るなんて選択肢、僕には最初から思いつきすらしなかった。
 そして製造されてから存在を煙たがられた連合軍は僕達を処理しようとした」

「しょ、処理って……?」

「MS運用実験、その模擬戦で相手MSには実弾が装備される予定だった。対して僕の側には通常の模擬専用のぺインド弾。より実戦的かつリアルな戦場を再現するための消耗品として」

「ふざけるなっ! そんなの死ねって言ってるのと同じじゃないか!?」

「落ち着いてカガリ。僕は゛予定゛だったって言ったんだ。その模擬戦は実行されなかった。実行する前に対戦相手だったはずのミュラー大佐が僕を助けてくれたんだ」

「大佐って、ハンス・ミュラーか?」

 ナチュラルの為に生きる、それがソキウスシリーズの存在理由の全てだった。だが、だからこそ疑問に思っていたのだ。リアルな模擬戦を行うための消耗品。そんなことのために、そんな程度の役に立つ為に自分は生まれて来たのではないと。
 そんなナインを見出してくれたのがミュラーだった。

「僕が今ここにあるのは大佐のお蔭だ。僕に価値をもたせてくらたのは大佐だ。僕を生かしてくれたのも、僕を活かしてくれるのも大佐のお蔭なんだ。だから僕は大佐のために生きる。ナイン・ソキウスは単なるソキウスシリーズの一人じゃない。僕はハンス・ミュラー大佐の戦闘用コーディネーターなんだ」

「……違う」

「え?」

「ナイン、お前は間違ってる。ハンス・ミュラーだってお前を戦闘マシーンとして利用するために助けたんじゃない! きっとお前にもっと人間らしく生きて欲しかったから」

「僕は人間じゃないよ」

「五月蠅い馬鹿! お前の言い訳なんか知らん! お前は人間だ!」

 どこまでも純粋で真っ直ぐな瞳がナインを貫く。
 胸がざわめく。初めての感情だった。誰かをこんなにも美しいと思ったことは。自分の中に蠢く感情につける名前を知らないナインは、それを単なる動揺であると切り捨てながらも、カガリの目から視線を逸らすことができないでいた。
 どれほどの間、見つめ合っていただろうか。心臓がバクバクと五月蠅く響いている。
 カガリがこの雰囲気に耐えられなくなったのか、顔を赤くして口を開こうとした時だった。

「ナイン・ソキウス! いつまで中でやってる! とっくに交代の時間だぞ!!」

 交代にきた連合兵が怒鳴りつけてきた。慌ててナインはカガリから離れる。

「そ、そうだ。これ……貰ったものだけど」

 ナインは肌身離さずもっていたハウメアの守り石をテーブルに置こうとする。

「僕はこれを持つのにふさわしくないから……」

「待て」

 カガリに手を掴まれる。

「いい。それはお前にあげたやつだ。返す必要なんてない。それにお前はどうせこれからも戦うんだろう。だったら持ってろ」

「けど」

「私が良いと言ってるんだから良いんだ!」

「わ、分かった」

 ナチュラルのカガリにそう強く言われてはナインに逆らうことなど出来はしない。しどろもどろに頷くと、ナインは交代にきた連合兵に任せてホテルから出る。
 空は昨日の激戦が嘘のように晴れ晴れとしていたが、天気予報ではもう直ぐ雨らしい。ナインは速足でアーク・エンジェルへ戻っていった。



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