本来キラのような臨時採用のパイロットは実戦に出ることなどなかったはずだった。
 地球へやり穴の開いた本土防衛部隊、書類上の数の穴埋めのために使われたのがキラ達であり評議会や国防委員も碌な訓練も受けていない臨時採用組に戦力として期待などしていなかったはずだ。
 あくまでも本土防衛部隊の戦力を表向き必要数に揃えるための代用品。それこそ連合軍が一気にプラントに奇襲を仕掛ける、なんていう大胆不敵かつ無謀な作戦でもしてこない限り出番などはなかっただろう。
 だというのに実戦の機会は思ったよりも早く、誰も予想しなかった形で実現することとなる。

『防衛部隊に告ぐ! 新造戦艦エターナルを略奪しプラントから脱出しようとするラクス・クライン、アンドリュー・バルトフェルド両名を捕縛せよ! 最悪の場合、撃墜も辞さない!』

 ピンク色の戦艦に本土防衛部隊のMSが群がっている。ラクスのプラント脱出を阻止するために。
 しかしどのMSもプラントの姫君を倒せという命令に困惑しているらしく動揺の色が見えた。かくいうキラも同じで、与えられたジンのコックピットで両手を小刻みに震わせていた。

「ラクスが、なんで……? ラクスは平和な世界に戻ったはずなのに……」

 まるで理解が出来ない。ラクスはプラントのコーディネーターで、しかもプラントの誰もに愛される人間だったはず。前の職場の皆もラクスのファンだった。
 そんなラクスが戦艦にのりプラントを脱出する。そんな事態になることがとても信じられない。
 恐らくは感情を表に出さず軍規と軍令のみで戦えるベテランなのだろう。何機かのゲイツがエターナルに襲い掛かっていた。

『ハッ! ラクス様はやらせないよ! マーズ、ヘルベルト!』

『おう』

『任せな!』

 けれどエターナル側から出撃した黒く塗装された三機のゲイツがそれを防いでいる。キラの目から見ても三機の黒いゲイツは見事な腕前で数の差など感じさせずに戦っていた。
 キラが動く事も出来ず呆然としていると、エターナルから全周波通信が発せられた。

『私はラクス・クラインです。願う未来の違いから、私達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、私はあなた方との戦闘を望みません』

「ラクス様の声だ……!」

「やはり本物なのか」

 ラクスの声を聞いたザフト兵に動揺が奔る。ベテランパイロットに続いて戦意を取り戻したパイロットたちはまたしても動きを止めた。
 キラは相変わらずなにがなんだか分からなかったが、それでも耳だけはその通信に傾ける。

『私の父、シーゲル・クラインは私達コーディネーターを憎む地球連合の方により暗殺されたとザラ議長は報道しております。しかし、本当にそうなのでしょうか?
 私はその真相を確かめるためにも、ナチュラルとコーディネーターの融和の意志を継ぐためにも行かねばなりません。どうか船を行かせて下さい。そして皆さんももう一度、私達が本当に戦わなければならぬのは何なのか、考えてみて下さい』

『大した詭弁だなラクス・クライン』

 ラクスの通信を邪魔するように声を割り込ませたのはナスカ級から出撃してきた白いゲイツだった。
 この声には聞き覚えがある。確かラウ・ル・クルーゼ、アスランの上官で赤い彗星と並びザフト軍の双璧とも謳われる最強のエースパイロットだ。
 その実力の程はストライクのパイロットだったキラは目にしている。

『ザフト将兵よ、惑わされるな。新造戦艦とそこに搭載された新型MSの奪取、これは明らかな国家反逆罪である。これを捕えぬということは君達も軍法会議を受ける覚悟があるものだと考えるが…………どうなのかね?』

 軍法会議、軍人なら誰もが恐れる四文字を出されザフト兵の動揺が消えていく。任務への疑問が軍法会議の恐怖により塗りつぶされてしまったのだ。
 白いゲイツがエターナルへ突っ込んでいく。黒いゲイツたちも応戦しようとしているがウジャウジャと白いゲイツに引きずられるようにやってきたMSの対応にとられて思うように動けないでいた。
 クルーゼのゲイツはまるで全周囲に目でも持っているかのような起動で弾幕を掻い潜るとエターナルの甲板の前にまで迫った。

『君の歌は好きだったのだがね。だが世界は歌のように優しくはない……!』

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 考えるより先に体が動いた。キラは自分でもなにをやっているのか分からないほどに速くMSを動かすと、白いゲイツに体当たりをかましていた。
 ゲイツの発射したビームが体当たりを受けたことであらぬ方向へ飛んでいく。

『まさかキラなのですか!?』

 エターナルから声が届く。キラはどう返していいか分からずに「……うん」とだけ頷いた。

『君は!? そうか君か、キラ・ヤマト! やはり君はスペシャルだな、あの時に多少無理をしてでも殺しておくべきだったよ!』

「貴方は! 貴方はなにをしてるんです!」

 ジンの重斬刀をゲイツに叩きつける。が、ゲイツには傷一つとしてない。

『ふふふっ。立場逆転だな。あの時と違い君が乗るMSは旧式で敵側である私が最新鋭。幾ら君がスペシャルでもこの性能差と私の技量があれば覆せるものではないと知りたまえ!』

「なにを!」

 ムキになって重機関銃を連射するがゲイツのシールドに全て防がれてしまう。そしてゲイツはジンではとても出せない速度で回り込むとビームクローを振り下ろしてきた。
 どうにか寸でのところでクローを回避するが左腕がもっていかれてしまった。そこへビームライフルが放たれ、ジンの右足が吹き飛ぶ。

「うわわぁあ!」

 爆発でジンが吹き飛ばされ、エターナルにぶつかってしまう。
 メインカメラからは白いゲイツが止めを刺そうとしている光景がスローモーションのように見えていた。

『やらせないよ!』

『む?』

 けれどクルーゼがキラに止めを刺すよりも早く黒い三機のゲイツが立ち塞がった。

『そこのジンのパイロット。この数を相手に一人で寝返るとは中々肝が据わってるじゃないか。けどそのMSはもう限界だ。さっさとエターナルの中に逃げな。後は私達がやる!』

 リーダー格の黒いゲイツから通信が入った。声からすると女性のようだが女性特有の弱々しさなどは微塵も感じない。彼女のような人を女傑というのだろう。
 反論したいところだが確かにキラの乗るジンはもう限界で戦闘などは出来そうにない。仕方なく言う通りにエターナルの格納庫に着艦した。
 キラがコックピットから出るとエターナルの整備兵たちが一斉にジンに駆け寄ってきた。
 何か言われるのかとも思ったが整備兵たちはジンに取り掛かりで忙しいのかキラに対して何も言ってこない。
 こうなればブリッジに行くしかないか、と考えたその時だった。

「おいそこの坊主!」

 ガタイの良い整備兵に呼び止められる。

「僕ですか?」

「お前以外の誰がいるんだよ。丁度良かった。今やっとフリーダムの最終調整が完了したんだが肝心のパイロットが全員出撃しちまってな。悪いんだが直ぐにこいつで出撃してくれ」

 整備兵がクイと親指で指差した先には一際目立つMSが鎮座していた。なによりも目立つのはその頭部。ザフトが一般採用している単一眼タイプではなく、それはストライクと同じガンダムタイプ。PS装甲が切れているのか装甲はグレーだった。

「フリーダムって、けど僕は!」

「あぁ? お前さん、パイロットなんだろ?」

「は、はぁ。一応は……。でも」

「でももかしこもねぇ! 早くしろ時間がないんだ!」

 事情の説明すら許されない。その整備兵の強引さに押し切られてキラは何も喋れずにMSのコックピットに押しこめられる。
 OSが立ち上がると『Generation Unsubdued Nuclear Drive Assault Module Complex』という文字が羅列した。頭文字を繋げて呼べばストライクと同じくGUNDAとなった。偶然とも思えない。きっとザフトの技術者が趣味でそうしたのだろう。

「凄い……ストライクの四倍以上のパワーがある。それにニュートロンジャマーキャンセラー? これって」

 このMSに対しての疑問が幾つも出てくるが、それは後だ。今は兎に角、外にいる敵を倒さなければならない。
 フリーダムの発進を聞いてかエターナルのハッチが開いていく。

『キラ!』

「ラクス?」

 フリーダムのコックピットの画面にラクスの顔が映し出される。

『……巻き込むような形となってしまい申し訳ありません。私は』

「良いよ。事情は後で聞かせてくれればいいから。――――――キラ・ヤマト、フリーダム! 行きます!」

 C.E.71、6月25日。後に姫の脱獄(プリンセス・プリズン)と呼称される一連の騒動は、キラ・ヤマトとフリーダムの作戦参加も手伝いラクス・クラインはザフトの追っ手を振り切り脱出に成功する。
 奇しくも連合軍がビクトリア基地を奪還したのと同じ日のことであった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.