C.E.23。地球連合軍による宇宙要塞ボアズへの侵攻が遂に開始された。
 ボアズは地球〜プラント間にある要塞の一つで、元々は地球連合の資源衛星だった新星≠軍事要塞化したものだ。
 プラント本国を守る最初の壁ということもあって、そこには大多数の兵力が常駐しており幾ら連合軍に新型MSがあるといえど容易に突破できるものではない。
 普通ならばそうだった。だが普通でない力が加われば、鉄壁の要塞を単なるデブリにしてしまうのも難しいことではないだろう。

(結局なにも出来ずにこの日がきてしまったな)

 ストライクのコックピットに乗ったミュラーは格納庫を歩き、発進用意を整える。
 地球連合の総力を費やした一大攻勢の目的はなにもボアズを突破することだけではない。ボアズはあくまで最初の通過点に過ぎないのだ。ボアズを突破しヤキン・ドゥーエを陥落させ、プラント本国に核攻撃を加える。
 ここまでを全て含めてが地球連合で決定された「エルビス作戦」だ。
 開戦当初と違い地球連合もMSを開発し実戦配備に成功したとはいえ、ザフトはそう簡単に倒せる相手などではない。オペレーション・スピットブレイクでザフトも大打撃を受けているが、それでも本国やボアズ、ヤキン・ドゥーエには精鋭部隊が健在なのだ。
 本来ならこの大遠征は軍事学的に「無謀」の烙印を押されかねないものである。

(ニュートロンジャマーキャンセラー、核ミサイルか。凄いものだな、核ミサイルがあるだけでこうも戦略が変わる)

 ストライクが腰をやや沈める。

「ハンス・ミュラー、出撃する」

 もはや慣れてしまった声を発すると、ストライクが宇宙に飛び出した。既に戦闘は始まっている。ここからでも赤い火花やMSの爆発が見えた。
 ミュラーの後に続いて出撃してきた二機のロング・ダガーと105ダガーがついてくる。

「……キャリー。これからの作戦、分かっているだろう?」

『はい』

「戦いたくないなら、体調不良ということで出撃を免除しても」

『私一人が戦わなかったところでこの作戦を防ぐことは出来ないでしょう。かといってアーク・エンジェルにいる御仁を暗殺しては大佐に迷惑がかかります。
 闘いますよ。せめて一人でも犠牲者を減らせるよう祈って』

「分かった」

 キャリーなりの覚悟の程は伝わった。人の覚悟に水を差すことはない。ミュラーはもう何も言いはしなかった。

「――――この戦いの目的は道を開く事だけだ。ボアズのMSの殲滅が目的じゃない。周囲のMSを掃討し、とにかくボアズへの道を作ることを念頭にいれるんだ。
 最後に、死ぬなよ。こんな戦いで死んでやることはない。命の懸け時を間違えないで欲しい」

 今後命を賭けるような戦場があるのか分からないがミュラーは言った。敗北の色だけが目に付いたあの頃とは違う。ハンス・ミュラーは圧倒的優勢の軍隊の中にいる。だというのに全く嬉しくなかった。

(さて、と。先ずは……)

 戦いに対するモチベーションは下の下だが、感情を抑えて仕事だと割り切ってミュラーはMSを動かす部品となる。
 先ずはストライクで敵MS部隊に悪目立ちするように突撃する。

『っ! おい、あの肩の悪魔のパーソナルマーク! ヤキンの悪魔がきたぞ!』

『悪魔だとぉ!? に、逃げる! あいつには勝てねえ! うちの隊長も他の仲間もあいつ一人に殺されたんだ!?』

『馬鹿者! 逃げるんじゃない、ここで悪魔を堕とすのだ!』

 思った通りミュラーが出ていくとザフトの目は自分に注目するようだ。これも連合広報部の過剰の宣伝が齎した一つの結果だ。
 はっきりいって鬱陶しいことこの上ないがどうせならこちらで利用するのも手だろう。

「喰らえ!」

 ビームライフルをばら撒きつつの一撃離脱戦法。近くにいる敵は対艦刀に真っ二つにする。
 するとザフトはミュラーの姿を追い始める。だがその頃にはミュラーはストライクのエールのバーニアを最大に吹かしてその場にいない。
 そしてザフトのパイロットたちがミュラーにとられているうちに、連合のMS部隊が攻撃を加える。
 自分で直接戦わないでも、ニュータイプの感応能力とストライクの性能、さらにミュラーの知名度もあれば最小限の労力で敵の陣形をズタズタにすることが出来るのだ。

『そらぁぁぁあッ! 抹殺!!』

『はっ! 目移りしてしまうぜ!』

『誰だよ。俺を討とうってやつは』 

 後期GATシリーズに分類される三機のガンダムがズタズタに引き裂かれたザフトの陣営に突っ込んでいく。
 その動きは野性的で人間が操っているというより、MSにライオンが乗り移ってそのまま動いているような感じではあったが…………それを含めても強い。
 猛獣らしい優れた反射神経と動きでMSを次々に血祭りにあげていっている。

(あれが連合が開発したブースト・テッドマン。強化人間)

 ナインのような戦闘用コーディネーター、ソキウスシリーズとは別種の人間兵器。ナチュラルな人間を薬物などで強化することで後天的にコーディネーターより優れた身体能力を与えられた戦闘のための人間。
 自分の所属している軍隊の非人道的行為にはもうあきあきだ。あれだけコーディネーターを否定しておいて、強化人間などを生み出していては同じではないかと思うのだが。

「あくまで最初に自然に生まれてさえいれば、その後に体を弄っても自然(ナチュラル)のままとでも言い張るつもりなのか?」

 ストライクのコックピットで連合上層部に愚痴を言っても仕方ない。ミュラーは思考を切り替え、取り敢えず八つ当たりに手近にいたゲイツを真っ二つにした。
 連合軍に対する八つ当たりをザフトのMSで晴らしても意味はないということに一瞬遅れて気付く。しかし気付いた時には既にゲイツは爆発した後だった。
 こうしてMS越しに人を殺していると明確に人を殺している≠ニいう感覚がしない。もし手に剣と槍をもって戦う昔ながらの戦争をしていたのなら少しは違ったのだろうか。

「道は開いたようですな。ピースメーカー隊発進します」

 アーク・エンジェルの隣りについた戦艦からアズラエルにそんな連絡が入っていた。アーク・エンジェルにいたアズラエルは何の躊躇もなく、むしろ喜ばしそうに「了解」と言う。

「ああ……始まる……」

 破滅の矢を携えた馬車が幾つも宇宙を泳ぐ船より動き出していく。
 馬車を操る騎乗手たちは嬉々として開いた血路を進んでいった。滅びを与えるために。

『安全装置解除、信管、起動を確認』

『おおし!くたばれ!宇宙の化け物!』

『青き清浄なる世界の為に!』

 そして遂に一年も前にたった一発で20万の命を殺した禁断の力が解き放たれる。
 数えきれないほどの核ミサイルは真っ直ぐにボアズ目掛けて殺到し、それが着弾した時――――――全てが終わった。

「懐かしいな。血のバレンタイン以来だ、これを見るのは」

 あの時はまだタナカも生きていて、自分も一介の中尉に過ぎなかった。
 悲劇は繰り返す。血のバレンタインの悲劇も同じように繰り返されてしまった。
 大兵力を有し宇宙にあれほどの威容を誇っていたボアズ要塞はたった今、ミュラーの目の前で単なるデカい岩の塊に成り下がっていた。
 最初、ボアズでの戦いは連合とザフトの戦いは互角だった。しかしその戦力比は核ミサイルという戦略兵器の前に崩れ去った。
 もはやザフトには戦う力など残っていない。これから起こるのは敗残兵の掃討。

「…………もう勝手にすればいいさ。これで戦争は終わるだろうね。そりゃ戦っている相手国の人間を皆殺しにするんだ。戦争が続行されるはずがない」

 ミュラーは目を瞑り、安易に軍隊に入った選択を後悔する。
 だが後悔先絶たずとはこの事だ。今更あの頃の選択を悔やんでも後の祭り。過去は変えられない。

「……帰還する」

 それ以上の追撃戦に加わるのも馬鹿らしかったので、ミュラーはアーク・エンジェルに戻った。
 よく自分を制御しなければならない。気を抜くとアズラエルのことを殴り飛ばしてしまいそうだ。



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