エターナルにアーク・エンジェルの艦長にして連合最強のエースと噂される人物、ハンス・ミュラーからの通信が入ったのはジェネシス破壊作戦のプランを一通りたてていた最中のことだった。
 
「……どうする、ラクス。僕達のリーダーは君だ。君の判断に従おう」

 艦長室に座るバルトフェルドは片方の手でコツコツと自分の米神を叩く。
 その動作は永久に塞がれてしまった片方の眼球を目覚めさせようとする作業にも見えた。

「バルトフェルド隊長はハンス・ミュラーという御方と面識がおありでしたね。実際に話たこともあるとか」

「ああ」

「どういう御方でしたの?」

「前にも言った通りですよ。悪い人間じゃあないです。しかし特別良い人間というわけでもない。が、取り敢えずはブルーコスモス過激派連中のように『青き清浄なる世界の為に』と叫んでプラント殲滅を謳う人間じゃありませんよ」

「分かりました。通信を繋いでください」

「了解」

 この状況でハンス・ミュラーが言うなれば海賊同然であるエターナルに通信を入れてきた理由について何通りかの推測を組み立てる。
 そしてどういうことになっても対応できるよう、何通りもの理由に対する何通りもの対抗策を組み上げていった。

『エターナル。私は地球連合軍大佐ハンス・ミュラーだ。…………ん、貴方はバルトフェルド隊長』

 少しだけ驚いたように通信画面に映るミュラーが目を見開いた。
 バルトフェルドは片方だけの手を挙げてフランクに挨拶する。

「やぁミュラー大佐。アフリカ以来だねぇ。ご覧の通りこうして見っとも無い姿で見っとも無く生き恥を晒しているよ。あの時はザフトの司令官だったが、色々あって今は海賊船の船長をしている」

『…………そうか』

 特にリアクションは見せず、ミュラーは相槌だけをうった。
 バルトフェルドはすっと目を細める。以前に会話した時よりもミュラーの表情が鋭利になっていた。才能が溢れている分、目に着き易かった無気力感や行動力の無さが消え失せ、全身に覇気を纏った姿は別人のようですらある。

(ふーむ、彼にもなにかあったなこれは)

 ミュラーがアフリカからどういう経緯を経てここにきたのかを知らないバルトフェルドには、ハンス・ミュラーを『本気』にさせた原因は分からない。
 しかしミュラーには覇気はあったがことらに対しての敵意のようなものはなかった。これは案外と良い方に転がるかもしれない。

「ハンス・ミュラー大佐、私たちに話があるということですが、どういったご用件でしょう? お聞かせください」

 覇気ならば年若いながらエターナルという戦艦でプラントを飛び出してしまうほどの行動力をもつラクスとて負けてはいない。
 恐らく直接的に最も多くのザフトのパイロットたちを殺してきた男を前にしても、まるで怯むことなく毅然としていた。

『隠すことでもないし隠しきれることでもないので単刀直入に言おう。我々地球連合軍はこれよりジェネシスに総攻撃を仕掛ける。理由は、言うまでもないだろう』

 ジェネシスを残しておけば、地球が滅亡するかもしれない。だから潰す。これほどシンプルな大義はないだろう。
 ミュラーが全周波通信で行った演説はこのエターナルにも届いている。だから連合軍の戦う理由は分かっていた。

『地球を守るため、ジェネシスは必ず破壊しなければならない。これは分かってもらえるだろうか?』

「勿論ですわ。私たちはコーディネーターですが……いえ、だからこそジェネシスを破壊せねばなりません。地球に住む方々の命を失わせないために。プラントを地球を滅ぼした国家としないために」

『上々。我々はこれよりジェネシスを守るザフト軍を掃討しつつ、核兵器によるジェネシス破壊を目指す。だがここで問題となるのは君達の存在だ。果たして君達は敵なのか味方なのか……。
 君達は連合軍によるプラントへの核攻撃を防いでいる。これだけみると我々の敵と判断しても良いが、ザフトの方も君達を敵と認識しているようだ。
 私としては君達がどういうスタンスでここにいるのかをはっきりさせておきたい。正直、ジェネシスを守るザフト軍と同時に君達を相手にするのは面倒なのでね』

「ミュラー大佐、私たちはナチュラルとコーディネーターの融和……平和のために戦っています」

『ご立派だ。で、短期的には?』

「ジェネシスの破壊とプラントへの核攻撃の阻止、そのために私たちはこの戦場に介入いたしました」

『そうか』

 ミュラーは小さく頷くと、次にバルトフェルドの方を向いた。
 バルトフェルドは口元を僅かに釣り上げるとコクリと頷く。前にもバルトフェルドが言った事だ。
 自分は『地球またはプラントの滅亡だけは防ぐつもりでいる』と。ミュラーがそれを覚えているなら恐らくは、

『……協定を結びたい。我々はこれからジェネシス破壊のために作戦を開始する。その際に君達を攻撃しないことを誓おう。だがその代わり君達も連合軍の行動を邪魔しないで頂きたい。
 この作戦には地球に住む100億の人類と数千億の自然の命がかかっている。例え何を犠牲にしたとしても、負けられない戦いだ』

 地球滅亡の危機。開戦以来、未曽有の犠牲を出し続けてきたこの戦争は遂にそこまできてしまった。
 自然とエターナルにいる人員に重苦しい雰囲気が漂う。
 そして地球滅亡の危機の瀬戸際に直面しているという責任感が背中に降りかかってきた。ラクスは自分を鼓舞するように息を吐き出すと、

「分かりましたわ。私たちも連合軍の方々には攻撃いたしません。けれどもしも核の矛先がジェネシスではなくプラントそのものに向いた時は――――」

『あぁ。そうなったらそれは恐らく命令違反をする馬鹿の仕業だろう。そういった馬鹿は好きに撃墜してくれて構わない。軍法会議で銃殺刑を宣告する手間が省ける』

 ミュラーとの通信が切れる。エターナルも戦いを終わらせるために、動き始めた。



 ザフトの格納庫では独立宣言以来の熱気が溢れだしていた。MSパイロットや整備兵たちの興奮が一つの生物のようにうねりを挙げている。
 それをアスランは自身の搭乗機であるジャスティスの前で夢を見ているような曖昧なイメージで見下ろしていた。

「やりましたね。アスラン・ザラ、ジェネシスの破壊力の前に連合軍も形無しですよ」

 ジャスティス付きの整備兵の一人が興奮しながらそう言ってくる。その期待に満ちた笑顔にアスランは返す言葉をもたなかった。
 ただ一つ疑問と疑惑がアスランの中に渦巻いている。

(ジェネシス、あんな兵器を父上は造っていたのか……。あの破壊力とエネルギーで戦争を制するなんて、それじゃ連合軍と同じじゃないか)

 血が滲むほどに拳を握りしめる。だが誰よりも今話したい父はここにはおらず、ジェネシスの司令室で指揮をとっている頃だろう。
 ラクスがプラントを脱走した理由がこれまで分からなかったが、もしかしたらこうなることを予期してラクスたちクライン派の一部はプラントから離れたのかもしれない。

「なぁ。地球はどうなるんだろうな」

 なんとなくポツリと呟く。すると、

「決まってるじゃないですか! 地球をジェネシスで倒して、今度こそ俺達コーディネーターが本当の自由を獲得するんですよ!」

「――――――、!」

 何の邪念もなく発せられた言葉にアスランは寒気すら覚えた。
 地球をジェネシスで倒す、つまり地球を滅ぼす。その行為についてこの男は一切の疑問をもっていない。地球にはコーディネーターとているだろうし、いや仮にコーディネーターがいないとしても、あそこには多くの人間がいる。
 幾らナチュラルとて人間は人間だ。例え母を核で失っていたとしても、ナチュラル全員を皆殺しにしたいと思う程にアスランは狂っていない。そんなことをすればユニウスセブンに核攻撃をした地球連合軍と同じだと分かっているからだ。
 だがこれからプラントは……いや父は、地球連合がした非道の何百倍も非道なことをしようとしているのかもしれない。

(だが、ここでジェネシスが破壊されたら連合の矛先はプラントに向かう。そうなればプラントだって……)

 連合かプラント。どちらか一方が滅びなければならないのだとしたら、

「俺は、ザフトのアスラン・ザラだ」

 プラントを守る。例え地球を滅ぼしたとしても、プラントは守り通す。
 それがパトリック・ザラの子供であるアスラン・ザラの務めだ。



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