大事な人。

自分の発言の大胆さに少々驚きながらも、しかしその深い意味を考えることを無意識の中で回避していることに気づいたのは、それから数ヶ月たった今日のこ と。
きっかけは単純。
目の前にいる弟のような存在――マキビ・ハリの微かな嫉妬交じりの子供らしい感情をぶつけられたからだ。


「艦長はどうして天河さんにこだわるんですか? 僕じゃ、僕やナデシコBの皆じゃダメなんですか!」

別に拘っているつもりはないのだけれど、どうやら周囲の反応からすると、星野ルリ(わたし)は 天河アキトにご執心ということになっているらしい。

度合いによるけれど、私はそれを否定することはできないし、するつもりもない。
それに、アキトさんとナデシコBの皆を比べるつもりもない。そういう問題じゃないから。

ただ、大切な、大切な思い出のかけら。
自分という人間の形成の中で、途方もなく大きな影響を与えてくれたヒト。

そばにいたい。
近くにいてほしい。
頼りにしたい、頼りにされたい。
甘えたい。甘えてほしい。

そういった衝動が、ルリの中にはあった。
それを自覚したのが、図らずもハーリーの何気ない一言だったわけで。


「…別にアキトさんに拘ってるわけじゃないですよ、ハーリー君」
「でも!」
「皆大切に思ってますよ。私にとってはどちらも大事なものには変わりありません」

でも、とルリは宙に視線を彷徨わせて。

「でも、アキトさんは――あのヒトは、勝手に死んでしまって。勝手に生き返って。どれだけ私に心配かければ気が済むのか…」

くす、と笑ったルリの表情は、しかし穏やかな感情を表していて。

「艦長…?」
「ええ、いっぱい謝ってもらわなくちゃ。戻ってこないなんて、やっぱり許せそうにないですし。…ハーリー君」
「は、はいっ!?」

試行を彷徨わせていたようなルリから見つめられ、瞬く間に顔を赤らめたハーリーに

「ありがとう、ハーリー君。私ようやく決心が付いたみたいです」
「え」
「私、アキトさんを連れ戻す事にします…戻ってくるまでは待ってあげようと思ってたんですけど、考えてみれば、これ以上アキトさんの自分勝手を許すことな んてないんですよね」

散々好き勝手してたんですし、と苦笑するルリの言葉の意味を、ハーリーはジンワリと感じ取っていく。

「そ、それって、」
「ええ。アキトさんは私にとって、やっぱりとっても大切なもので。…うん、好きなんです。多分今でも。これからもずっと…」

薔薇色、というのか。
そう宣言するルリの頬の色は、鮮やかに朱に染められている。
愕然とするハーリーは、ふらりとふらつくが、ルリは気に留めることはなかった。

「そうと決まれば早速取り掛かることにしましょう。待ってあげるつもりはもうありませんし…ふふ、アキトさん。覚悟させる暇も与えませんよ?」

ずいぶんと楽しそうに独り言を言うルリを、すぐそばのハーリーは灰になりながら見るしかなかった。
見続けるしかなかった。


 ◇


ハーリーの恋はこのとき破られた。
ほかでもない、自分自身の発言がきっかけになったことは、後々になってようやく見つめることができるようになり、そのとき彼は"薮蛇"の意味を真に悟るこ とになる。
それはまぁ、この話ではさして重要ではないのだが、一応。


 ◇









機動戦艦ナデシコ AFTER Story

瑠璃色夢想曲/健全不健全システム

WRITTEN By サム










―――――――<しかし、でも、それでも:Part1>―――――――



天河アキトを捕捉する。
そんな単純で簡単な作業は別にいつでもできる。

アキトを捕まえるということは、ルリにとってはその程度の認識でしかない些細な問題だ。
しかし、真に考えなければならないこと、と言うのはまた別に存在する。

アキトを捕捉し、自分に存分に謝ってもらった後のことだ。

ルリは、もちろんアキトを許すことにしている。彼には彼なりの事情や葛藤もあって、あのような道を選んだのだろうから。
理解のない女ではない、と自負している。
ただ、それでも頼りにされなかった事は残念である…当時は少女だったから仕方がなかったにしても。

理解はできる。
でも納得はできない。

そんな複雑な感情を自分も持っていることに気づき、ルリは少し可笑しくなった。

さておき。

「アキトさんが、帰ってきたら…。」

そんな単純なことなのだけれど、ルリにはさっぱりとその想像をすることができないことに気づいた。
そもそも、アキトの戻る場所とはいったいどこなのか。

――それは、当然

「ユリカさんの、そば…?」

言葉に出してみたけれど、自然と語気が荒れた。
常識的に考えればそれが当然のはず。でも、感情が伴わないのはなぜだろう…?

「いえ、それも当然…」

アキトを、ルリが好きだから。
慕う相手が、別の女性の隣に行くという想像を、ルリは初めて理解できた。
それはとてもとても苦い感情。

「…でも、私がアキトさんを見つけるんだから、」

ユリカはといえば、最近は活発に軍務をこなす毎日のはず。しかし、アキト捜索に関する動きはまったくない。
もしかすると、裏で何らかのアクションを起こしている可能性も捨てきれないけれど、アキトが戻ってきた、とは聞いていないし、それでなくとも"家族"だっ たのだから、連絡のひとつは入れるだろう。
そう考えると、今ルリが行っている行動はユリカを裏切る事そのもの、と見えるけれど、

「…仕方ないじゃないですか」

アキトに関しては、出会い、年齢、それまでの経緯、戦争後の経緯、すべてで遅れをとっている。
普通に考えれば、ルリ自身も自分の恋が実る、なんて事は――夢にも思ってない。

「でも、それでもちょっとくらい良いじゃないですか…」

甘美な想像に浸ることくらい。
それまでの、アキトの捜索という曖昧な状況のなかで、"今"と、"それから"を夢想することくらい。

99%実ることのない、淡い思いと恋心。
わかっていても、"無駄なこと"割り切ることもできずに、ただ感情の赴くままに…女として求める事ができる自分を――ルリは。

「だって、好きなんですから。」

そう苦笑することで、とりあえず誤魔化すことにした。










―――――――<もし、それから、でも、え、そんな想像――:Part2:住居の想定>










もし、仮に。
あくまでもIFの話ではあるのだけれど、アキトが帰ってきたのなら。
それもルリの傍に。
その想像はものすごく途方もない話で、なんというか想像しているのはルリ自身なのにもかかわらず、なんだか恐れ多いような気がして落ち着かない自分を可笑 しく思いつつも先を思い浮かべる。

「…って、ちょっと待ってください」

アキトが帰ってきたら。

――帰ってきたら、どこに住むつもりなのだろうか?

むしろ、何処かに彼が安心して腰を落ち着ける場所が存在するのだろうか??
彼の立場はかなり微妙なものになっている。
正式な戸籍はとっくの昔に鬼籍に入っていて、郊外の墓地には彼のお墓――天河家之墓がある。
数ヶ月前の化成の後継者鎮圧作戦に参加した旧ナデシコメンバーと一部の宇宙軍上層部、ネルガルサイドを除けば彼の生存を知る者はごく少数に限られるという 現実。

そもそも、3年ちょい昔のあのシャトル爆発炎上事件で大々的に報じられてもいる。

今更、


――実は生きてました。


じゃ、なんというかアキトのほうが可哀想だ。
となると、現実的な彼の社会への復帰方法は、

「戸籍の捏造ですね」

さらっとルリは結論付けた。
その思考経緯には疑問点など存在しておらず、とり得る可能な手段と結論が直結した結果といえるだろう。
ともかく、

"可能"なわけだ。
ルリにとっては。
造作もないのだろう。

新しい戸籍。
新しい人生。
提供できる人間は、ほんとにルリを除いては限られてくる。
ともあれ、戸籍の問題はこれで解決できるとして…


住居の問題か。


(でも、住む所って言っても、私に考えられる可能性は――)

想像する。
ルリの思考が許す限りのリソースと想像力と記憶・経験を頼りに、

(って、私、一人暮らしか3人暮らししか経験ないんですよね…あ)

可能性、その3。

(そういえば、ハーリー君と一緒に寝たことも…)

決戦前日。
ハーリーに月への単独ジャンプを命令したその夜、彼を可能な限りリラックスさせるために一緒に寝てあげたことを思い出す。
ルリ自身、かつてアキトとユリカと3人で川の字になって寝ていた日々を思い出せば、それは暖かな記憶として心の中に蘇る。

(…でも、それって、つ、つまり)

つまりも何も、正真正銘ルリとアキトが寝食を共にする――いわゆる同居、同棲ということになるのだろうか?
その想像に、ルリは思わず赤面する。
あわてて周囲をうかがうけれど、幸いこちらを見ている人はいなかった。

…言い忘れていたけれど、現在ルリはナデシコBの艦長席で軍務中である。
お仕事の真っ最中なのだ。
とっくに終わっているのだけれど。

とりあえず、ほっと胸を撫で下ろして、先ほどの第三の可能性を慎重に吟味する。

(あ、アキトさんと二人で暮らす可能性は――)







カーテンの隙間から入り込む朝日でルリは目を覚ました。
暖かな朝、新しい朝。
瞳を擦りながらゆっくりと体を起こし、少しクセの付いた髪を撫で付けながらぼんやりとあたりを見る。

『あ、おきた? 丁度今起こそうかと思ってたんだ』

すぐ傍からかけられたやさしい響き。
暖かみがあって、とても安心するその声。

驚いて、すぐ隣――同じベッドで横になっているヒトを見て、ルリの鼓動はそのビートを1段階シフトをあげた。
彼はルリを見て、淡い微笑で続けて言う。

『おはよう、ルリちゃん――』







「だめーっ! そんなのダメ過ぎです、バカですか私は! ばかばか!」

シ、ン と場が静まった。

「あ、なんでもないです。仕事に戻ってください」
「か、艦長…何か不都合でもありましたか…?」
「サクラ准尉、私はなんでもない、と言ったんです。…聞こえてませんでしたか?」

特に何か特別な感情をこめて言い放ったセリフではないのだけれど、サクラ准尉は「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げて「すっすみませんでした、艦長! 仕事に戻 らせていただきます…!」と去っていった。
わかってくれて何よりだ、とルリは思った。
念のため、サボっていない職員がいないかどうかをぐるりと見渡してみたけれど――ハーリー君も含めて皆勤勉で感心感心。

ルリはコクコクと頷くと、改めて現在最優先で考えなければならない懸案事項に意識を戻した。


(とにかく、さっきのはダメです。なんか、どっかのマンガで見たような展開って言うか、私らしくないっていうか、…その、興味はなくないんですがダメで す。ダメダメです)

もし、ルリに祈る神がいたのなら、きっと贖罪の祈りをささげた後に懺悔室に篭って悔い改めた後、中にいるだろう神父様にその案件についての的確なアドバイ スを求めたことだろう。
しかし現実、ここはナデシコBの艦橋。
旧ナデシコだったら艦長がきっと神父役になってくれたに違いないのだけれど、

(そんな相談、できるはずもありませんし)

したらしたで、その日から数日〜数週間は仕事は手に付かないだろう。
無論、相談するルリではなく、されたほうのユリカが、であろうけれど。

ともかく。

(アキトさんとの同居、ど、同棲は…非常に残念ですけど有り得ません…多分私が持たないでしょう)

今のところは。
と、心の奥底で付け加えながらも新たな状況をシミュレートし直す。

アキトを連れ戻して、尚且つルリの近く――それもいつも傍らに居られるような、居てくれるような距離感。
そんな状況にするためには、

(私のアパートメントの隣の部屋あたりが丁度いいんですけど、私、軍人ですし。…あ。)

気づいた。
軍で使用しているアパートメントに入居させる方法。それは、ひとつしかない。

(アキトさんを宇宙軍に入れればいいんですよ…!)








―――――――<それなら、こうして、やっぱり、:Part3:仕事の問題>―――――――









今日もいつもどおりの朝。
いつも通りの朝食。
少し軽めのメニューを摂って、それから何時も通りの時間に部屋を出る。
とんとん、と少しだけヒールの高い靴のつま先できっちりとはき、外に出る。
紺のスーツにオーバーコート。
部屋の外――雪がちらほら舞う景色。
道理で寒いわけだ、吐息も白い。

はぁー、と口元に寄せた両手に息を吹きかけると、白い呼気があふれ出る様子。

冬。寒い寒い、朝。

でも、ルリはそんなことは気にしてなかった。
なぜなら――

やがてそんなに時間がたたないうちに、お隣さんの部屋のドアが開いた。

『…や、ルリちゃんおはよう。今日は寒いね』
『お、おはようございます、アキトさん。毎朝ながら、き、奇遇ですね』
『奇遇、ね』

わずかに苦笑するような素振りのアキトに、ルリはなんだか見透かされたような(実は見透かされているという設定で)気持ちになり、あわてて両手を振って言 い訳をする。

『べ、別に何時もちょっとだけ早く部屋を出てアキトさんを待ってたわけじゃないですから! 勘違い、しないで下さい!』
『ふふ、はいはい。じゃあ行こうか、中佐殿。』
『もう! その声は信じてませんね? だから私は別に――』


そのやり取りも何時もの出来事。
それすらも、ささやかな日常の中に埋没する幸せの影に違いなく、なんだかんだで楽しそうな二人だった――。






(これは、良いです…!)

宙を見つめて(実は何も見ていない)綿密にシミュレートした、アキトIN宇宙軍 お隣さんで部下Ver は、考えうるすべての可能性の中でもっとも合理的・且つ実現可能そうな状況設定だった。
加えて、ちょっとは憧れる状況でもなくはないのがポイントです。

(同居、という安易で短絡的な状況設定よりも現実的に想定しやすいですし、無論この場合アキトさんは私の部下なので勿論職場も一緒です。何時も一緒なんで す。ユリカさんも目の届かない場所(ナデシコB)なので万全ですね)

ボソンジャンプによる襲撃、という可能性も考慮しないでもないけれど、草壁一派の起こしたあのテロより今まで、単独ボソンジャンプは連合憲章でかなり規制 がかけられている。
きわめて特殊な事例以外は許可を取るのに気の遠くなるような手続きが必要なわけで、それを無視した場合、かなり重い罪が課せられるのは否めない。
頭のいいユリカのことだ、安易なボソンジャンプによるアキト襲撃の可能性は、0、といっても良いだろう。

(アキトさんを軍に連れてくる。その上で私の部下にすることができれば、お隣さん・毎日一緒ライフが実現できる可能性もぐぐっとUPですね…!)

シミュレーション上とは言えど、価値ある勝利を収めたルリは、周りからは判らない程度に小さくガッツポーズを決めた。



 ◇

「なんかさ」

サブロウタはつぶやく。

「艦長、今日は楽しそうだよな」

 ◇
 


(仮に、です。あくまでものの例えです。…でももし、アキトさんが私の部下になったら…)

住居に関しては先ほどのシミュレート通り(に行けば)問題は(まったく)無いとしておく。
その上で、何時も"自然に"行動することのできるポジションを得るには、一体どういった立場が適当なのかを考えなければならない。

アキトといえば、無論エースパイロットとしての彼、そしてコックとしての彼を思い浮かべることができる。
戦時中は、まぁ色々あったものの、エースパイロットとして戦闘で幾度もナデシコの盾となって活躍してきた。
私事ではあるけれど、一度だけピースランドを訪れた際も"ネルガルの誠意"として王女であるらしい自分の護衛役を全うしてくれたものだ。

さておき、今はどうだろうか。
パイロットとしての技量は、全く問題ない。しかし、コックとしての技量は――悲しいけれど、彼自身がそれを否定しているという現実がある。
コックという選択肢がない以上、それに関する話題は――すべて封印すべきだろうか。

(いえ、それを避けることは…アキトさんのためになるとは、思えません)

彼の夢なのだから。
もしかすると、すでに決着の付いていることなのかもしれない。
料理という、一度はかなえかけた夢――それを諦めるという事について。でも、そういう夢だからこそ。

(私も、沢山、いっぱいお手伝いしたアキトさんの夢――。忘れられる筈もありませんよね)

だからこそ、一生付き合っていかなければならない、彼にとっての大きな壁になる事は間違いない。
味がわからないという、料理人にとって致命的な障害。乗り越える方法は、おそらく――

(…だからこそ、今、一人で居ちゃダメなんですよね…)

少しでも早くアキトと話をして、悩みを聞いて、苦しみを分かち合いたい。
ちょっとはルリも愚痴を言いたい。
一人では辛い現実も、二人でなら、支えあえることができるかもしれない。

(だ か ら)

ルリは今できる事(妄想)を一生懸命全うするのだ。


…決して、仕事が終わって暇なわけでは、ない。



部下。
その位置づけ。

コック>×
パイロット>保留
その他。

現在ある選択肢はこの3つ。
最も適しているのは、おそらくパイロットだろうとは思うのだけれど、

(――最近配属されてきたカザマ少尉は…)

きりっとした大和撫子タイプの女性。
生粋の軍人を思わせるメリハリのあるさっぱりとした女性ではあるが、

(確か年齢が…アキトさんと同い年でしたね)

その瞬間、アキトのパイロット雇用説は却下された。


(と、なると――)

顎に人差し指を当てながら、今日3回目の空中凝視。
とは言っても何かを見ているわけでもなく、傍目にもボーっとしているようにしか見えない。
だが思考だけは常人の数倍以上の回転をしているのだ。







『天河准尉』

ルリがそう呼ぶと、通路を差し掛かったアキトがその歩みを止めて敬礼する。
そのアキトの立ち姿の全身を一瞬で視界に納めたルリは、平静を保ちながら続ける。

『これからの日程について少し詰めなければならないところがあるので、少し時間をとってもらってもいいですか?』
『勿論です、星野中佐』

アキトは堅苦しくそう返答した後、さり気なく口元だけで笑みを浮かべて見せたことに、ルリは気づいた。
ルリも、目元を緩める。

『では、…そうですね。丁度昼食の時間ですし、一緒にどうですか?』
『うん、じゃあ行こうか…いえ、大変光栄であります。』

一瞬、アキトは素で返してしまったが、すぐさま軍隊口調で言い直した。
その場にはほかに誰が居たわけでもないのだが、そんなアキトのドジっぷりに思わず吹き出してしまうルリである。

(ひどいよルリちゃん、少し言い間違ったくらいで)
(アキトさんらしくて、嬉しいだけです)

並んで歩きながら、肘でお互いを突きあいつつ小声で言い合う二人は、そんな日常でも楽しんでいるようだった。






(Good…!)

実にナイスなシチュエーションだ。
これは多分、GoodでもBetterでもなくBestを冠しても良いくらいである。

ああ、夢のよう。
アキトは、そう。自分付きの護衛官に任命すればいいのだ。もしくは補佐官。
サブロウタも一応補佐官ではあるにしても、副艦長としての役割も重要である。
それに、エステバリス隊のまとめ役でもあるサブロウタは、戦闘時には艦を離れて機動兵器内で待機している状況も大いに考えられる。
そうするとなると、戦術アドバイザーとか艦内保安体制の強化とか、もろもろの意味もこめてもう一人。
直属の護衛官(アキト)が居てもおかしくないのだ…!




「ふう」

なんてのは、まぁすべてルリの妄想に過ぎない。
ため息をついたルリは、席を立つと休憩に入る旨を、同じようにぼーっとしていたサブロウタに告げてブリッジを出た。

とぼとぼ、と歩きながら行き着いた先は、展望台。
遮光フィルターが下げられて、今は宇宙空間がそのまま星空として、艦内時間:深夜を飾っている。

芝生に座り、ごろん、と横になった。

(全部。ぜーんぶ私のバカな想像でしかないのよね)

こんなときだから、素で思える。
こんな時だからこそ、飾らない自分に戻れる。

星野ルリは、17歳の女の子なのだ。

(昔はバカバカ言ってたけど、なんとなく判る…)

気になる異性。
気になるあのヒト。今どこで、一体何をおもってどう生きているのか。

判らない。

さっぱり判らないだけに、不安と。(大丈夫なのかな)
恐怖と。(もう、会えないのかな)
切なさと。(会いたい…会いたいな)

そんな感情がない交ぜになって、自然とこみ上げてきた涙が頬を伝う。

「会いたいです。会いたいよ…アキトさん…」

う、うう、

低い嗚咽が、夜に木霊した。




 ◇




一頻り泣いたルリは、幾分気分を落ち着けて、ファウンデーションを少しだけ厚めに直してからブリッジに帰っていた。
しかし脳裏の思い浮かべるのは、たった一人の男性の姿。

(…でも、なんで帰ってこないんでしょう)

そういえば、そのことについて――あまり考えたことがなかったような。
いや、ちょっと思考の方向を変えてみよう…つまり、

(私や、ユリカさんの居る場所は、"すでにアキトさんにとって帰るべき場所では、ない"――?)

3年。
これはアキトとユリカのシャトル爆破事件から経った年数だ。

2年。
これは、ナデシコで過ごした戦時中の時間と、その後、シャトル爆破事件までの年数だ。
その中で、ルリが一番アキトと接した時間はというと、

(戦争後からシャトル事故までの、1年しかない…!?)

でも、思い出の数や深まった感情の丈は今でも心の大部分を占めている。
ナデシコに乗るまでの"思い出"の密度が少なかったともいえるが、しかし。

ルリがアキトと作った思い出キャリアを超える年数がたち、もしかしたら、ルリとユリカ以上に彼に近しい存在が――

(できたからなのですか…?)

その想像に愕然とする。
そんな、まさか。有り得ない…でも、

(ゼロじゃない…ゼロじゃないです)

ラピスラズリ。
一度だけ接触した、自分と同じ名を持つ少女という存在が、居る。
ネルガルという、彼の背後に存在する影もある。

どくん。
どくん、どくん。

どく、どく、どく、どく

どっどっどっどっどっど


鼓動が早まる。
かーっと頭が熱くなり、思考が真っ白に。

呼吸が荒い、真っ直ぐ立つことができない。
よろけたルリは、そのまま壁に手をついて無理やり体を支える。

「まさか、そんな、…いえ。でも…」



数秒――いや、数分が過ぎた。
ふらり、ゆらぁりとルリは正常に復帰する。

「ふふ」

前髪で隠れ瞳を確認することはできない。
が、ゆがんだ笑みを浮かべる口元には、何らかの――いや、やけっぱちで捨て鉢な雰囲気が醸し出されていたりする。

「うふふ。そうですか、そーいうことですか。」


くすくすあはは、あーっはっは。

と、ヒートアップする笑い声が、ナデシコBの通路に木霊した。
艦内時間ではすでに午前2時を回っている。後日、このルリの笑い声が『展望通路の凶笑』だのと呼ばれるようになるのだが、そのときにはルリには全く無関係 になっているので問題ない。

「なら、そう、私にも覚悟と手段があります。首洗ってまってらっしゃいな、アキトさん…!」



めらめらと 燃える瞳の ツインテール  字余り。




 バックに荒波を背負った星野ルリ17歳は、その後、哨戒任務の終了と同時に軍を脱退。
その後の足取りは一切不明。

さらにその1年後に、メイド服の襲撃部隊がネルガル月面支部の最深施設を襲い、しかし彼女らの目的と思われたユーチャリス及びラピスラズリまでは到達する ことはできなかったらしい。
だが基部施設は根こそぎになり、支社への被害も相当でたのだが、人的被害はほぼ皆無。

強いて言うなら、行方不明者1名。

そのときの様子を写した映像が出てきて、極一部の関係者たちがこぞってその様子を食い入るように検分したのだが、対人のスペシャリストでもある彼が、一人 の仮面ツインテールにいいように翻弄され、
なんだか黒い太い縄のようなものでぐるぐる巻きに去れて拉致されている様子が克明に残っていた。
画像から判別されたその黒い縄状の物質はカーボン・ナノチューブ製。

ともかく、行方不明者1名を出したネルガル月面支社襲撃事件は、その秘匿性の高さから余り公にはならなかったものの
特定の人物達には多大な損害を与えたのである。


後日。
と、ある極東の島国のなかでも南方に位置する、とある島の一角に。

メイド姿の美女と、真っ黒黒助な某王子様っぽい人が引っ越してきたのだが――



それはまた、別の話になるとかならないとか。




おしまい。




後書き

サムです。
ルリものはなぜかギャグテイストになってしまう病にかかってます。
正直かいてて面白いんですが(笑
妄想ルリ。可愛い気がしませんか?しませんか…ゴメンナサイ。
ちなみにこの話、志染で有名な茄須さんのサイトに寄贈した とんでも☆はっぴーらいふ と関連があったりなかったりする(メイドさんがキー)ので興味のある方は茄須さんの北アキラピルリユリカを楽しみながら、余裕あればお楽しみください。
以上でぃす。
またどこかで。

07/03/18
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