==雁矢の帰還==


 風の噂で俺は、間桐が遠坂から養子をとったという話を聞いた。俺にそれを教えてくれた奴に、それは確かな情報なのか?と尋ねたが、間違いないらしい。養子として出されたのは、遠坂識という男の子であるとも言っていた。
識くんの事はよく覚えている。おみやげにナイフをせがんだり、空を飛びたいと言ったり、あの年でやけに哲学的(もっとも哲学など嗜んだ事もないので、あくまで印象だが)な言い方をするのが印象的だった。

俺の脳に渦巻くのは悔恨の念だ。昔から魔術が………いや間桐が嫌いだった俺は、ある時、葵さんと知り合った。自分で言うのも何だが、一目ぼれだったと思う。しかし臓硯の望んでいたのは、俺と彼女が恋仲になる事ではなく、葵さんという胎盤だけを欲していた。だから俺は葵さんに告白する事が―――――違う。たぶん俺は逃げていたのかもしれない。常に優雅で完璧だったあいつ……遠坂時臣を。結局は時臣に先を越されて、俺は単なるお友達で終わってしまった。だがこれが葵さんのためなのだ。俺なんかより時臣と一緒になったほうが、彼女は幸せなんだ。

――――――――――そう思っていたのに、あいつは葵さんの子供を…………識くんを間桐に送るなんてっ!!
間桐の魔術師となったが最後、待っているのは蟲による身体の修正、女性だったら胎盤として扱われる。幸い識くんは男の子だけど、それでも修行という名の拷問は、識くんを壊してしまう。
俺が間桐から逃げなければ、識くんは―――――そう思うと居ても立ってもいられず、一度は逃げだ間桐邸へと俺は帰ってきた。
しかしそこで目にしたのは、傷ついた識くんではなく、地下で蟲を潰す人影だった。

「…識くん…なのか?」

人影は何かに気付いたかのように振り返った。
少女と見間違える程の整った顔立ち、滑らかな黒髪。だが瞳は前に見た翠ではなく蒼く光っている。

「雁矢おじさん………帰ってきたんですか?」

「あぁ、ところで臓硯がどこにいるか分かるかな?おじさん用事があって来たんだけど…」

識くんは、ゆっくり口を開くと、驚くべき事を言った。

「悪い。臓硯って爺なら、オレが殺したからこの世界にはいないよ」

は………?
何を言ったんだ、識くんは??

「よく聞こえなかった。もう一回言ってくれないかな?」

「だから臓硯はオレが殺したから、この世界に存在しないよ」

「…ぞっ、臓硯を殺した!?そんな馬鹿な。あの妖怪がそんな簡単に死ぬ筈ない!!」

「いや本当だよ。しっかり死の点も突いたし、長生きしたせいか、直ぐには死ななかったけどね」

「……死の……点…?」

「そういえば、雁矢おじさんには言ってなかった。オレにはね、モノの死が視えるんだ」

識くんが言うには、生まれつき『直死の魔眼』というものを持っていた。
この世には、全てに綻びがあり、識くんには死を視覚から視る事が可能らしい。死の情報は、線と点で視え、死の線は、モノの死にやすい部分。
線に沿って切ることでその箇所を死に至らしめることができ、「線」をもって切られた部分は本体の生死関係なく行動、治療、再生不能。切断に腕力は必要なく、強度も無力化される。たとえ鋼鉄であっても、線がある場所ならば容易に切り裂いてしまえる。

対して死の点は、モノの死そのもの。そして線の根源。
突くことで対象そのものを絶命させる。線と同様、突くのに腕力を必要とせず、強度も無視して貫く。だが集中しないと、点は視えないらしい。

だけど欠点も多く、日常生活では殆ど役にたたない。物の線は集中しないと視えず、物の死の点は視えない。逆に魔術に関しては、人並みに視えるらしく、魔術ならば殺せるとも言った。魔術に関しては殆ど素人だが、物凄い事なのではないだろうか?

「それで………本当に臓硯は殺したのかい?」

「だから何度も言ってるだろ、間違いないよ。御蔭でオレは、この屋敷を家捜しする羽目になった。こんな事なら鶴野って奴を、捕まえておくんだった。この家、碌な食料がないぞ」

「食料って………今まで何を食べてきたんだ?」

「何って……冷蔵庫にあった食材を適当に食ってたんだけど、流石に少なくなってきたから、金庫にあった金で弁当を買って食べてた。しかし金庫に入っている大半が魔術書ばっかで、金がある金庫を探すのには苦労したぜ」

そんな話を聞いていて、体から力が抜けていくのを感じた。
色々よく分からない事もあるけど………識くんが無事で良かった………




==傍観戦争==


雁矢は識に遠坂に帰るか?と尋ねたが識のほうが断った。何でも自分が生きるには魔道の加護が必要不可欠らしく、一応今の自分は、間桐家の頭首(臓硯が死亡し鶴野は逃げ出し、雁矢は魔術回路はあるが魔術師ではないため)なので、十分に魔道の加護を得る事が出来ると言った。
その事を聞いて、雁矢も時臣を少しだけ見直した、最も内心では恨んでいるが………

どうせ臓硯はいないのだ。雁矢も識の面倒を見る為に、間桐邸に住む事にした。それに間桐はそれなりの資産家であり、金には困らない。どこかのうっかり女王が妬みそうな事だが………
しかし雁矢が識と一緒に住んでから、大体一年がたったある日。

「令呪が発現しただって!?」

「大きい声だすなよ。たぶん聖杯戦争ってのが始まるんだろ。御三家の頭首には、優先的に令呪が発現するらしいからな、間桐の魔術師はオレだけだし、令呪が発言するのも当然だろう」

「いや…だけど、まさか参加したりは…!?」

普段から色々と物騒な発現をする、識の事だ。もしかしたらと思い大声を出してしまうが、識の返答は予想を完全に裏切ってくれた。

「参加しないよ。オレは確かに殺し合いが大好きだよ。だけどオレはまだガキだし弱い。こんなんで参加したら殺し合いじゃなくて、弱いもの虐めになるだけだろ。悪いけど勝つ可能性が0の勝負っていうのは一番嫌いなんだ」

「それじゃあどうするんだい?令呪っていうのがある限り、他のマスターは狙ってくるんじゃ…」

「だろうね、だけど令呪がなければどうだ?サーヴァントを召喚するだけしておいて、呼んで直ぐに自害させる。その後は、オレが令呪を殺せばいい」

識の『直死の魔眼』は生物だけじゃなく、魔術に対しても有効だ。令呪がどれ程凄まじいものだとしても、魔術であるなら殺せると確信していた。

「でもそんなに上手くいくのかな…?」

「別に心配する事じゃないぜ。サーヴァント召喚⇒自害させる⇒令呪殺し⇒海外逃亡、の順番にこなせばいいだけだし」

「それは分かったけど……海外逃亡っていうのは?」

「令呪がなくても、魔術師って理由だけで襲ってくる奴がいるかもしれないだろ。だから魔術師が手を出しにくい場所………そうだなロンドンなら魔術協会のお膝元だし、滅多な事じゃ暴れられないだろ」

ロンドンには魔術協会の総本山である時計塔がある。確かにあの場所ならサーヴァントを連れてきてドンパチという訳にはいかないだろう。ロンドンにいった後は、魔術師だという事を隠して、適当なホテルに泊まってるだけでいい。ロンドンには観光客も訪れるので、日本人がいても不審ではない。

「成る程、それじゃあ飛行機の予約をしないと…………」

「じゃっ、任せたよ」



その後、ロンドンから帰国した識は、聖杯戦争の影響で起きたと思われる『冬木大災害』そして……父親である遠坂時臣の死を知る事になる。
つまり御三家である遠坂、マキリの頭首が姉弟であるという異例の事態が発生した。
事ここに至り、漸く物語は幕を開き始めた。






後書き


Fate/zeroのssを書く自信が無かったので、流しました。そして召喚されたのに出番どころかクラス名すら登場しなかったランスロット卿(第四次バーサーカー)まぁセイバーを裏切った罰として受けとめて貰いましょう。

今後の構想は、本編前のストーリーを一通り終わらせてから、Fate/stay night本編に関わっていきます。最も一番悩んでいるのが、識が召喚するサーヴァントを誰にしようかという話なのですが……

では次回に………



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