「好きです!付き合ってください!」

 そんな台詞、人生に一度だけでも良いから言われてみたい。
 そんなことを考えたのはいつだっただろうか。まあ、こんなことを考えているということは一回以上は考えたことはあるだろうし、おそらく、モテない男の宿命に違いない。と、前までの俺だったらそう考えていただろう。

 夕暮れ時、他に誰もいなくなった教室で、二人の影だけが伸びている。
 一人は俺で、そしてもう一人がこんな俺に告白するということをしてくれた同じクラスの女子高生。名前は分からん。……そもそも、俺が女子にモテていたら名前ぐらいは覚えているだろうが、そこまでの甲斐性が無いからこそモテないのだ。

「すまん」

 謝ると同時に机の上に放置していた鞄を手にして教室から出る。いつまでも告白してくれた女性の前に立っていたいと思わないし、2度目に告白されたときにそうした方が良いと理解させられたからだ。何があったかは思い出したくはないから言わないが。

 こんなどこにでもいるだろう一高校生の俺に告白をしてくれるぐらいなら、古泉みたいな奴に告白してほしいものだ。その方が俺といるよりも楽しい時間を過ごすことができるだろう。
 ……ということを考えたのは、今回で何度目だったか。確か、俺の記憶が間違ってなければ三度目だったはず。どうしてこんなことになり始めたのかは理解できない。が、どうやら俺はモテ始めたらしい。



 いつもと同じように妹に叩き起こされ、いつものように朝食を取って学校へと足を運ぶ。何度も味わっているこの坂道は、俺にしてみればいい運動になりえる……と言えるほど運動が好きな熱い男ならよかったのだろうか。とてつもなく長い魔の坂道としか思えない。
 それに加え、今日は晴天。雨は雨で傘を指すという面倒があるのだが、それでも雨のほうが嬉しい。この坂道を登るのに、常に日差しに照らし出される地獄を耐え忍んで歩き続けなければならにというのは、どれだけ辛い事か。それは、汗を吸い取っている白いシャツが示してくれるだろう。
 そして、学校に着いたところで、この学校に冷房なんていう高機能なものが取り付けられているわけもなく、唯一の救いとなるのが風通しのいい窓際だけだ。

「おい、キョン!聞いたぞ!」

 暑さにやられ、どうにか涼しもうとしている俺の元に、谷口がやってきた。
 この際だから正直に言おう。この男ほど暑苦しい男はいない。すぐさま遠くへと押しやってやりたいところだが、なにやら俺に恨みがましい眼差しを向けてきやがるこいつの言葉が気になる。
 こいつの言わんとしている事は俺が昨日告白されたことなんだろうが、昨日のことをどうしてこんなにも早く仕入れることができるのだろうか。もしや、違うこと……いや、こいつの性格からしてそれは無いだろう。

「何をだ」
「お前、今月中に二回もコクられたみたいじゃねぇか!それも、俺のランクじゃかなりトップに入ってる子に」
「ん……二回?いや、昨日もいれて三回目だが」

 つい、谷口の言葉を訂正してしまった。
 言ってしまってからなんだが、こいつの性格上この手の話題に食いつかないわけもなく──

「……おい、キョン。今、何て言った?これで三度目、だと……?」
「ああ、そうだ」
「なん、だと……なんでこいつが」

 最後の台詞は聞かなかったことにしておいてやろう。俺だってその台詞を何度か考えた。既に俺が通ってきた道に差し掛かっただけだ。……まあ、こいつのことだ。絶対的に俺が行き着いた場所とこいつの行き着く場所は違う景色を見せているだろう。
 その考えはまさしく当たっていたらしく、親の仇を見出した復讐に燃える男のような形相で俺の両肩にしがみ付いて来た。

「おいぃぃぃ!どうしてお前が三回も女子にコクられてんだよ!」
「知らん。俺だって知りたいよ」

 これが今の俺の本心だ。どうして俺みたいな男に付き合いたいと思うのだろうか。
 などと、谷口が一方的に怒鳴りつけてくる言い合いをしていると、周りが静かなことに違和感を感じ始めた。まるで俺たちの周辺だけが切り取られたような空間になっている。この輪の中に入ってこない国木田にどういうことか聞き出そうとしたとき、妙に引きつった顔である方向を見ていることに気づき、その方向に目を向けてみた。そして、その原因が何かを理解した。
「……」
「……よう」

 いつも元気が有り余っている我等がSOS団団長、涼宮ハルヒ様だ。その元気を何度と無く俺に分け与えてほしいと思っていたのだが、今日のハルヒの機嫌は、端から見てもわかるくらいに悪いものだった。
 何か悪い夢でもみたのか、それともただ単に今日の寝起きが悪かっただけなのか。それはわからないが、唯一理解できることといえば、俺にとって今日は厄日だということだ。こいつも俺の体に穴が開くんじゃないかってレベルの睨みを利かせてきている。
 何故、こいつまで俺を睨み付けてくるのか理解できない。そんな俺の考えが表情に出てしまったのか、少しばかり眉を(しか)めた。

「……あんた、」
「おーい、お前ら、席に着け。ホームルーム始めるぞ」

 何かを言いかけた瞬間、教室の前の方から担任が入ってきた。俺にしてみれば優等生かどうか判断することのできないこいつだが、それなりの常識を持っているこいつは、担任の姿を視界に収めると、素直に席に着き、静かになった。
 俺もそれに従うように席に着いた。静かな教室の中、担任の声だけが響き渡る。だが、残念だが俺は担任の声を聞くことはできなかった。それは、後ろから突き刺さるような視線が背中に感じるからだ。……いつものハルヒからすると、五感に訴えてくる視線じゃなくて実際に攻撃してきそうだが。
 この時間がいつまで続くかわからんが、一時の平和だと思ってじっとしておこう。


「……んぁ?」

 聞き慣れたチャイムが校舎の中を響き渡る。
 もたれていた頭を起こしてみると、黒板には国語の授業を行ったのが見て取れる。またしても授業中に居眠りをしてしまった俺だが、よくもまあ、ハルヒの視線を感じる中で寝ることができたと自分自身そう思う。
 さて、居眠りをしていたことを忘れ、悪びれる事無くもう昼かと思い直して弁当箱に手をかけた瞬間、俺の視界の中に見慣れた笑みを浮かべた姿を捉えた。

「おーい、キョン。古泉がお前に用があるってよ」
「わかった」

 古泉から俺を呼んでほしいと頼まれたのだろう谷口に軽く礼を言って席から立ち上がる。そのとき、チラッと後ろを確認してみたが、いつの間にか……おそらく俺が居眠りをしている間に居なくなったのだろう。ハルヒの姿を捉えることができなかった。
 あいつのことだ。この昼休みの時間を使ってでも朝に言いかけて言えなかった事を言ってくると思ったのだが。まあ、ハルヒがいないのなら素直に古泉の方に行ってやるとするか。……俺の弁当を食う時間を奪ってまで話そうとしていることだ。また、ハルヒが関連していて、しかも世界が危険に陥っているなんて理由じゃない限り、古泉のことを許そうなんて思わない。
 あんなイケメンの男に、普通の男子高校生の俺が抱く思いってのは、そんな僻みにも取れる感情だけだ。


「キョンさん。今の涼宮さんの心境がどうなっているか、理解していますか?」

 こいつが俺に話をするいつもの場所についてすぐ、こんなことを切り出した。
 腹の虫が空腹を訴えている中、俺は弁当の紐を解こうとしていたところに、だ。到底許すことのできない所業だと思うが、古泉の言葉が気になり、そちらの方に意識を割くことにした。

「いや、俺には理解できんね」
「そうですか……まあ、貴方らしいと言えばそうですが……」

 いつものような笑みを潜め、妙に真剣な表情をする古泉の様子にただならぬものを感じてしまった。

「どうした。またいつもみたいにハルヒが何かしたんじゃないのか?」

 取り合えず、話を切り出してみる。
 こいつが昼休みに俺のところに来る理由と言えばこれぐらいだろう。と言うか、それ以外で俺を尋ねてきたことはほとんど無い。

「そうです。ですが、貴方は何が原因となっているのか理解できない、と」
「ああ」

 いつもの常套句だ。どっかの探偵みたいに後へ後へと引っ張って犯人を探し出そうとしているみたいに見える。一つの話をするだけにいちいち演出じみたことをしないですぐ話してほしいものだ。そうしてくれないと昼休みという休息の時間があっという間に過ぎ去ってしまう。それも男二人だけの華の無い会話だけで。

「……実は、この件に関しては貴方だけではなく、私にも関係しているのです」
「何だって?」

 それは初耳だ。
 今までにも無い新しい展開だ。いつものように俺が原因となっていて、ハルヒの機嫌を取り直して来いと放り投げだされる……なんてことにはならないらしい。
 それよりも、今回に限ってどうしてこいつはこんな深刻な表情をしているのだろうか。

「貴方にお伺いしたいのですが、今月のうちに三度も告白されたと言うのは本当ですか?」
「ああ。なんで知っているんだというのは聞かんが、確かに三回告白された」
「それで、そのすべてを断ったと」
「それであってる」

 さっきも思ったが、どうしてこんなにも情報と言うものは簡単に流れるのだろうか。
 そもそも隠そうともしていなかったが、少しはプライバシーと言うものがあっても良いんじゃないかと思うのは俺だけか?

「どうして貴方が三人もの女性の申し出を断ったのかはわかりませんが、涼宮さんはそのことで機嫌を悪くしているようです」
「ハルヒが?」

 どうしてあいつが俺の話で機嫌を悪くするのだろうか。
 確かに、性別で見ればハルヒも女だ。恋愛話にも興味はあるのだろうが、告白されただけで機嫌を悪くするってのは理解できん。

「その様子からして、何故涼宮さんが機嫌を悪くしているのか理解できていないようですね」
「……ああ」

 どうして俺の考えが分かったんだと言わんばかりに古泉を見やると、さも呆れたとばかりに溜息を吐いた。

「こればかりは僕から貴方に言えることはありません。ただ、一つだけ忠告できるとするなら、もう少し女性の思いを悟れるようになるべきです」

 そう言い残し、古泉はこの場を後にしていった。
 どうせなら、もう少し俺にわかりやすいアドバイスを残していってもらえると助かったんだが、奴は俺に問題を解決させたいらしい。どうせ深刻そうな表情をするぐらいなら解決策ぐらい提示しても良いんじゃないかと思うんだが。
 それにしても……女性の思いを悟れるようになれ、ね。そりゃ、古泉みたいにイケメンならそれなりに女性とうまく会話できるだろうが、俺にそんなことができるとは思わんし、これからもできそうにない。だが、今回も世界が危機に陥っていると言うのなら頑張ってみないわけにはいかないのだろう。

 ──キーンコーンカーンコーン

 解けかかった弁当袋の紐に手をかけたまま鳴り響くチャイムに、まだ昼飯を食ってないことを思い出し、慌てて弁当を取り出した。



 ようやく、今日一日が過ぎた。
 と言っても、時間帯は夕方前……まだ放課後になったばかりなのだが、俺にしてみればかなり長い一日のように感じた。その原因は弁当だ。自慢の母親が作ってくれた弁当に悪いものが入っていた、なんてことは無く、急いで昼飯を食った後の授業が体育だったのだ。
 非常に運が悪かったとしか言いようが無いが、俺は体育の授業中かなりの運動を強いられ、胃の中で胃酸と戦っている弁当の具材たちが溶けたくないと言わんばかりの反抗をみせてくれた。
 ……改めて、食後すぐの運動ほど体に悪いものはないと思う。

 そんなグロッキー状態の俺は、嬉しいことに本日の清掃が割り当てられていないため、体調が少しでも良くなってから動こうと思い、机に突っ伏していると、そんな俺を後ろから首元を掴んで起き上がらせる存在がいた。

「キョン!すぐに部室にいくわよ!」

 もちろん、そんな事をしてくる人間はただの一人しかいない。

「わかった、わかったから少し待ってくれ……腹が痛いんだ」
「何よ……仕方ないわね」

 ……ん?
 俺は、何となくだがハルヒの様子が気になった。
 いつもなら、俺の状態なんて気にする事無く部室まで連行するのだが。今朝、機嫌が悪かったことを考慮しても理解することができない。いつもと違ってしおらしいハルヒなんて想像もつかないが、荒波を起こす事無く事を進めるためにも静かにしておこう。

「……すまん。あまり早く歩けないが、それでも良いか?」
「しょうがないわね」

 ──本当、いつものハルヒらしくない。
 こいつには大変失礼なことを考えているような感じはするが、そう考えてしまう俺がいる……というか、そうとしか考えられない。いつもと様子の違うハルヒに戸惑いながらも、俺の歩調に合わせてゆっくりと前を歩くハルヒについていく。
 ギャップ萌えというのを、前に谷口から耳にしたような気がするが……今の俺の心境は、これに当てはまるのだろうか?まったく恋愛経験のない俺に判断することはできないが、少なくとも今のハルヒを可愛いと、どこか心の奥で考えていた。
 そのとき、偶然だがグラウンドで部活に勤しむ女子の姿が窓から見えた。ジョギングでもしているのだろうか、部員が纏まって走っている中に、俺の好みの髪型……ポニーテールの女子の姿があった。
 その髪型と、以前その髪型をしてしまったハルヒの姿が重なり──

「……可愛いな」
「っ!?」

 つい、言葉が口から漏れていた。
 俺自身、心の中で考えはしたが、口から漏れてしまってからで遅いが非常に恥ずかしい。しかも、それを目の前にいるハルヒに言ってしまった状況になっているのだから尚更だ。少し、ハルヒは上体を震わせたように見えたが……何事も無かったように前を歩き続けている。
 少々ヒヤッとしたが、どうやらハルヒには聞こえなかったらしい。この恥ずかしさを掘り返されることが無くてよかった。


 ──だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に話は俺が思っている以上に複雑なものになっていた。そのことに気付かされるのは、ハルヒに可愛いと思ってしまい、羞恥の念を抱いている今の俺には予測できなかった。




あとがき
『あれ……ここはどこですか?』のプロットが手元に無いため、それ以外の小説を書いてみました。今回は普通の話です。



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