魔 法先生ネギま!

〜ある”姉”妹の乱入〜

4時間目 「いきなりバレた!?」

 

 

 

 

 

 

転入2日目。

「ほら、早く行きますよ姉さん!」
「待てって・・・」

自室から出てくる御門”姉”妹。
まだ眠そうな勇磨を急かすように、環が数歩、先を行く。

「なんでそんなに急いで・・・・・・まだ余裕で間に合う時間じゃないか。・・・じゃないの」

特に朝はゆっくりしていたい勇磨は、不満がアリアリ。
まだ慣れていないため、普通に男言葉になってしまうが、律儀に言い直す。

「こんなに早く行ってどうするんだ。・・・どうするのよ?」
「無論、早く行く理由はあります」

2人が部屋を出た時間は、きのうより40分も早い。
他の寮生が部屋を出る通常の時間帯と比べても、圧倒的に早かった。

その分、早く起こされてしまった勇磨が、あくびを漏らしつつ尋ねると、環が言うには。

「姉さんは、人には絶対にバレてはいけない秘密を抱えています。
 なるべくなら、他人と接触するのは避けたほうがいいはずです」
「まあ・・・そうか」
「ですから、きのうのように、アスナさんやこのかさんが来てしまう前に、と。
 せっかくの好意に、申し訳なくはあるんですが、背に腹は代えられません」
「そこまで警戒しなくても・・・」
「どの口が言いますか?」

確かにそうだが、そこまですることもないのではないか。
言いかけたところで、ギンッ、と環に睨まれた。

「きのうの一連のことがあって、決して楽観できる状況ではないと思うのですが」
「わ、わかったよ。わかったから、殺気まで飛ばしてこないで・・・」

これまた確かに、きのうの初日だけで、いくつかの危機があったことも事実。
絶対にバレてはいけないだけに、警戒はしておいて、し過ぎるということも無いのかもしれない。

「急ぎますよ」
「はいはい・・・」

2人は小走りに建物から出て、学園へと向かった。

 

 

 

 

普段なら、朝のHR前の喧騒が漂う校内も、この時間には、人影はまだまばらだ。
そんなところに、御門姉妹が到着する。

「はい、着きました」
「HRまで、まだ50分以上もあるじゃないか・・・」

教室へと入ってきた2人に

「おはようでござる」

声をかける人物。

「え? あ、ああうん、おはよう」
「・・・おはようございます」

2人も挨拶を返す。
こんな時間にすでに登校している者がいること、声をかけられたことも予想外。
少しドギマギしてしまう。

「早いんでござるな」
「転入早々遅刻したんでは、洒落になりませんからね」
「なかなか良い心がけでござる」

彼女はかなり背が高いので、自然と見下ろされる格好になる。
独特の喋り方もあって、なんというか、話しづらかった。

「しかしそれにしても、少し早すぎるのではござらんか?」
「そうですね。少し気合を入れすぎたかもしれません」
「ははは、それでは身体が持たぬでござろう。気楽に行くでござるよ♪」

「えっと・・・」
「拙者、長瀬楓と申す。よろしくお願いするでござるよ」
「ごめん、まだ名前覚えきれてなくて・・・。よ、よろしく」
「こちらこそお願いします」

彼女と話したのはこれが初めて。
手を差し出されたので、勇磨は反射的に、自分からも手を差し伸べる。

(”拙者”・・・?)
(”ござる”・・・)

もっとも、楓独特の言い回しに対して、思うことが無いでもない。
まあ、個性というヤツなんだろうか。

(・・・!)

握手をした瞬間だ。

(彼女は・・・)

気づいたことがある。
一見、ただ背が高いだけの女子中生だが、その内面はかなりかけ離れた存在だと。

楓は、表情こそ、いつもの糸目で微笑を浮かべているが、握手の瞬間、
”その道”にいる者だけが放てる特有の気を放った。
同じく、”その世界”にいる勇磨と環が、それに気付かないわけが無い。

「・・・・・・」
「ニンニン♪」

疑念を抱きつつ、手を離した。
楓は相変わらず、いつもの表情のまま。

「えっと、訊いてもいい?」
「なんでござるかな?」

空気を換えようと、わざとこんな質問をする。

「身長、いくつあるの?」
「181センチ・・・でござったかな」
「すごい。クラスで1番?」
「いやいや。龍宮のほうが高いでござるよ」
「ふえー」

それはすごい。思わず声も出る。

180センチを超える長身でありながら、クラスナンバーワンでないとは、驚愕の真実。
同世代の女子と比較しても、決して高くない、男子としてはむしろ低いほうである勇磨にしてみれば、
譲ってもらいたいほどの高身長だった。

「何かスポーツをやってるとか? バスケとかバレーとか」
「んー、それとは少し違うんでござるがな」

「姉さん。そろそろ席に着きましょう」
「え? ああ、うん。長瀬さん、それじゃ」
「了解でござる♪」

楓と分かれて、自席へと向かう。
教室の前の扉から入ったから、自然と、廊下側の通路を通っていく。

その途中で、もう1人の、勇磨たちよりも先に来ていた人物の横を通る。

出席番号15番、桜咲刹那。
彼女は、自席に着席し、背筋を伸ばして不動の体勢を取り、目を閉じていた。

それなのに、勇磨と環が、横を通り過ぎる一瞬に――

「・・・!!」

急に目を開いて、横目ではあったが、確かに視線を向けた。
しかも、ご丁寧に、殺気のおまけ付きで。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

勇磨と環は、もちろんそのことに気付いたが、表向きには反応せず、
刹那の横を素通りしてそのまま自席へと着いた。

カバンを下ろし、きのう、もらったばかりの真新しい教科書などを机に詰めつつ。

「参ったね・・・」
「・・・はい」

他の誰にも聞こえないような小声で、そう言い合った。
視線を前方に向けると、もうそこには、楓と刹那の姿は無い・・・

 

 

 

 

「・・・どうだった楓?」

教室内からいなくなった彼女たちの姿は、早くも、校舎の屋上にあった。
柵に背中を預け、風に長髪をなびかせつつ待っていた1人の少女が、やってきた楓に向かって尋ねる。

「アレだけではなんとも言えぬでござるが、限りなく、”クロ”でござるな」

答える楓。
ここでもいつもの糸目だが、弱冠、その表情は強張っているようにも見える。

「あれは明らかに、剣術などの武術をたしなんでいる手でござった。
 妹殿のほうはわからぬが、おそらくは同じ。とても女子とは思えぬよ」
「やはりそうか」

楓の返答に満足そうに頷く、彼女を上回る長身と褐色の肌を持つかの人物の名は、
3−A出席番号18番、龍宮真名である。

「あの張り詰めた雰囲気、無駄の無い動き、隙の無さ。
 どれを取っても、一流の、私たちと”同業者”のソレだからな」

楓、刹那、この場にはいない古菲を合わせて、『3−A武道四天王』の異名を取る。

「・・・ヤツラ、いったい何者だ?」

苛立ちげに呟くのは刹那だ。
手にしている愛刀”夕凪”を、握り締める力が強くなる。

「この不自然な時期の編入・・・・・・楓や私が放った殺気にも、身じろぎひとつしないほどの豪気、胆力。
 只者とは思えん。もしや・・・・・・・・・その場合は、斬る!」

転入するにしても、新学期の始まりと共にやってくるのが普通だろう。
なぜわざわざ、始業式から1週間ほどが経過した今になって。

そのことに加えて、つい先ほど、確かめたことだ。

一般人なら、あれくらいの殺気でも、即座に卒倒してしまうほどのレベルである。
それを平然と無視して行ったあたり、少なくとも、常人ではない。

「まあまあ、落ち着くでござるよ刹那」

今にも抜刀しそうな勢いの刹那を、楓がなだめる。

「まあまず間違いなくそうだとは思うが、濡れ衣だという可能性もまだゼロじゃないんだ。
 早まるな刹那」
「く・・・」

龍宮も止めに入って、刹那はどうにか自分を抑える。
これという確証はまだ得られていないのだ。

「とりあえず、もう少し様子見でござるな」
「ああ。どうやら向こうからは、仕掛けてくる気配は無いようだからな。
 殺気も感じられない」

「だが、上手く隠匿している可能性もある」

楓と龍宮はこう言うのだが、刹那だけは考えが違う。
再び、夕凪を握る手に力がこもった。

「少しでも怪しい動きを見せてみろ。私が叩き斬ってやる!」

「・・・おお、おお、怖いねえ」
「刹那は一途でござるからな。思い込んだから一直線」
「少し違う気がするぞ楓」

 

とまあ、このように、御門姉妹の知らないところで、秘密の会談が持たれていたのだった。

 

 

 

 

昼休み、である。

「ダッシュ!」
「はい」

御門姉妹は、チャイムが鳴って授業が終わるなり、自分たちの職業特有のスキル、
気配遮断を駆使して、誰にも気づかれないうちに教室から出て行った。

こうでもしないと、あっという間に囲まれてしまい、気を緩められないからだ。
転入初日のきのうなどは、休み時間のたびにクラスメイトに取り囲まれ、
トイレに行くのも困難なほどとなり、無論、昼休みも、落ち着いて食事を摂ることなど出来なかった。

だから今日は先手を打ち、どこか落ち着ける場所で食べよう、ということにした。

「はぁ、やれやれ」
「成功しましたね」

やってきたのは屋上だ。
一目散にやってきたので、まだ誰もいない。

「勘弁して欲しいよなあ・・・」
「まあ、転校生に対する定番ではあるんでしょうけど、確かに参りますね」

きのうだけならまだしも、2日連続ではたまらない。
今日も、朝などは囲まれたりしたので、事前に決めておいて正解だったようだ。

「まあ幸い、今日は雲ひとつ無い良い天気だ。これで雨だったら、マジでヘコんでた」
「ポカポカ陽気ですからね。絶好のハイキング日和、といった具合でしょうか。
 外で食事を摂るには最適ですね」
「おうともさ」

雨が降っていたら、屋内で食事をすることになっていたはずである。
人目はどうしても避けられない。即ち、気の休まる時間は無かった。

「じゃあ、姉さん。ごはんにしましょう」
「おう。って、ちょっと待った」
「はい?」

袋に入れて持ってきた、お手製の弁当を広げようとする環。
しかし、予想だにしない制止の声だ。

「ホントに羽を伸ばしたいので、人目につかない場所がいい」
「またそのようなことを・・・。校内にいるときは我慢してくださいよ」
「我慢できたらこんなこと言わん」

勇磨の顔は真剣である。

「このカツラもな、質がいいのは認めるが・・・」
「認めるが?」
「なんかムレるし、頭が痒い!」
「・・・・・・」

何を言うかと思えば・・・
環は思わず固まってしまう。

「おまえはよく、そんな長い髪で平気だな。邪魔じゃないのか?」
「いえ、それほどでもないですが・・・」

「お、あそこがいいや」
「・・・・・・」

自分から訊いておいて、答えを最後まで聞かない。
呆れる環が睨みつける中、勇磨は早くも、その場所へと向かっている。

彼が見つけた場所は、屋上に出てくる扉がある、階段の出口となっている囲いの、
天井の上。そう。給水タンクなどがあるスペースだ。

「よっと」
「・・・仕方ないですね」

脇に付けられているハシゴを、勇磨はさっさと登って行ってしまう。
悪戯などを禁止するためか、下半分ほどが存在しなかったが、そこは、彼らの身体能力をすればお手の物。
勇磨の後に続いて、ため息をひとつ吐いたあと、環も登って行った。

「こういう所は、立入禁止なのではないですか?」
「硬いこと言うなって。バレなきゃいいんだよ。ほら、早く広げて食おうぜ」
「はいはい・・・」

袋の中に一緒に入れておいたシートを取り出して広げて、その上に座る。
続けて、環手作りの弁当が広げられた。

「ああ姉さん。またあぐらなどかいて・・・」
「ここならすぐには見つからないだろ。誰か来たら直せばいい。んじゃ、いっただきまーす♪」
「まったく・・・・・・いただきます」

体裁などそっちのけで、勇磨はカツラを外して脇に置き、 早速、弁当に箸を伸ばす。
きのうのことがあるので、カツラの置き方には注意を払った。

「相変わらず・・・もぐもぐ・・・・・・美味いな・・・・・・もぐもぐ・・・」
「褒めていただけるのはうれしいのですが・・・・・・口の中を空にしてから話してください」
「だって、んぐ・・・・・・うふぁいほほわうふぁいんはばば・・・・・・」
「もはや言葉になってませんよ・・・。いいですから、食べてしまってください」
「ふぇーい」
「はいはい・・・。ふふふ」

兄、いや姉の行儀の悪さに苦言を呈する環であるが、本当においしそうに食べてくれ、
褒められたこともあって、自然と笑みが漏れる。

勇磨がパクつく様子を穏やかな表情で眺めつつ、自らもポツポツと箸を伸ばした。

 

 

 

 

その頃、教室では。

「あれー?」
「どうしたのこのか?」

このかが意外そうに声を上げ、隣席のアスナが何事かと尋ねる。

「ゆうちゃんとたまちゃん、もうおらへん〜」
「え? あ、ホントだ」

彼女たちの席は、1番後ろ。
このかに言われて振り返ってみると、確かに、2人の姿はすでに無かった。

「今チャイムが鳴ったばっかりなのに、いつのまに・・・」

驚愕のアスナ。
たった今チャイムが鳴って授業が終わったばかりだというのに、なんという早業なんだろう。

「今日は、一緒にお昼、食べようと思っとったのに・・・」

このかは、これまた自分で作った弁当が入った袋を提げながら、残念そうに言う。

「なんだ。今朝はなんか時間がいつもよりかかってると思ったら、お弁当作ってたの?」
「うん。きのう、ゆうちゃんとたまちゃんお弁当やったから、ウチも作って一緒に食べようと思ったんや〜」

きのうの昼休みは、転入初日だけあって、朝に続く第2のフィーバー状態だった。
御門姉妹はクラスメイトたちに囲まれながら、環が差し出した弁当を、2人揃って居心地悪そうにしながら、
それでもおいしそうに食べていたことが思い出される。

祖父から直々に、仲良くしてやってくれと頼まれたこのかは、責任感に溢れているらしい。
いかにもこのからしいと、アスナは苦笑を浮かべる。

そして思うのは・・・

「あのー、このか。言いにくいんだけど、そのー・・・」
「わかっとるよ♪」

察したこのかは、笑みを浮かべ。

「はいアスナ。アスナの分や♪」
「わーありがと〜♪」

自分のカバンから、もうひとつ包みを取り出し、アスナに手渡した。
喜んで受け取るアスナだ。

自分のを作ったついでだろうが、それでも用意してくれることがうれしい。

「ゆうちゃんとたまちゃん、どこに行ったんやろ〜?」
「たぶんだけど」

ホクホク顔でいると、なおも未練がアリアリと見て取れるこのかが、そんなことを呟いた。
すでに包みを開きにかかっていたアスナは、なんとはなしに答えてみる。

「きのうの様子からして、環がお弁当作ってるのはいつものことみたいだから」

ワイワイガヤガヤとしながらの昼食の最中、弁当について聞かれた環は、
「中学に上がってからは毎日作ってますよ」、また、「姉さんの分も毎日用意しています」と答えていた。

となると、今日も、弁当持参であることだろう。

余談だが、”勇”に対し、自分では作らないのとツッコミが入っていたが、
本人が料理はてんでダメと答えたため、そのことによってまた盛り上がる一因となったのだ。

「屋上か、学食か。きのうみたいなことになるのを避けたんだとすれば、
 どこか落ち着いて食べられるところだとは思うけど」
「言われてみればそやな。ウチちょっと行ってくるわ〜」
「は〜いいってらっしゃ〜い。さて、いただきます♪」

このかとはルームメイトであるアスナ。
料理の腕前はよく知っている。

駆け出して行くこのかを見送ったアスナは、満面の笑みで、
このか手作りの弁当に舌鼓を打った。

 

 

 

 

場面は、再び屋上。

「ふい〜、食った食った。ごっそさ〜ん」
「お粗末さまでした」

このかが彼らを探して回っているうちに、昼食は終了したようである。
用意した弁当箱の中身は見事にカラで、環がそそくさと片付けに入る。

「兄さ・・・姉さんにはいつも、残さず食べていただけるので、助かります」
「間違えた〜」
「わ、私だって、たまには間違えることもありますよ」
「はいはい」
「・・・・・・・・・」

茶々を入れられつつも、こんなやり取りをしているのが楽しかったりする。
自然と形作られた微笑を浮かべながら、環は片付けを終えた。

「ふあ〜・・・」
「眠いんですか?」
「今朝は早かったからな・・・」

すると、勇磨が大あくびを漏らした。
通常の起きればいい時間より、1時間早く起こされてしまったので、無理もない。
むしろ、授業中に居眠りしなかったことが、奇跡に近いことである。

睡眠を充分に取っていても、そうなる傾向がかなり強い勇磨だ。

彼は彼なりに、転入直後でソレはまずい、とでも考えたのだろうか。
睡魔に負けそうになりながらも、どうにかこうにか堪え、午前中を乗り切ったのだった。

「でしたら、どうぞ」
「え?」

そんな兄、いや姉の気持ちを察して、ぽんぽんと、自らの膝を示す環。
彼女は最初から正座である。

「えーと?」
「横になりたいんでしょう? どうぞ」
「恋人ならともかく、妹の膝枕というのも、恥ずかしいんだが・・・」
「冷たいコンクリートの上で、と仰るのなら、無理にとは申しませんが」
「・・・お願いします」

シートは2人が座ってギリギリなくらいの面積しかないので、寝転ぶのは無理がある。
環に頼んでも、足の先は外に出てしまうだろうが、それは足を曲げるなどの対処をすればいいだけのこと。
冷たく固いコンクリートの上、しかも汚れるというのはノーサンキュー。

「んじゃ、失礼して」
「はい、どうぞ」
「ん・・・」
「いかがですか?」
「ん・・・」
「ふふ・・・」

後頭部に感じる柔らかい感触。
訊かれても生返事の勇磨だったが、環はそれでも充分だった。
再び、自然と笑みが漏れる。

「まだ時間はありますし、起こして差し上げますから、眠ってしまってもいいですよ。
 ごく短時間の睡眠でも、眠気解消には効果があるそうですから」
「ん・・・・・・少し眩しい・・・」

今日は、快晴の良い天気だ。
しかも、正午過ぎの1番陽の高い時間。

「なら、こうして」
「ん・・・」
「いかがです?」
「ん・・・」
「ふふふ・・・」

環は、勇磨の目を塞ぐように、自らの手をそっと置いた。
返ってきたのはまたもや生返事だったが、満足しているのはわかるため、環も満足そうに笑う。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

2人の間に会話は無い。
聞こえるのは、かすかに吹く風の音と、その風が近くにある木々を揺らす音のみ。

普段なら、昼休みで賑うであろう屋上も、今日はなぜだか、他の来客は皆無だった。
他所の騒がしい喧騒からも、一線を画す場所で、ここは本当の穴場かもしれない。

(私の兄さん・・・いえ、今は姉さんでしたね)

勇磨の髪を弄りながら、環は心の平穏を感じる。
いかに手のかかる兄とはいえども、彼女の心に占められる割合は1番なのだ。
何をもってしても、他には取って代わることの無いものである。

(格好が女子生徒、ということを除けば、この上ない状況なのですが・・・・・・ふふふ)

にぎやかさを嫌う環にしてみれば、このように静かな時間が至福のひととき。
しかも、兄と一緒、2人きりという状況ならば、なおさらである。

(・・・・・・)

いつしか何も考えず、ただただ勇磨の顔を見下ろすのみ。
環の表情も、彼の寝顔と同様、他の誰かには決して見せないであろう、
穏やかで慈愛に満ちた表情へ、自ずと変わる。

そんな、環にとってのベストアワーは。

「ゆうちゃ〜ん、たまちゃ〜ん!」

「っ!!」

突然の乱入者によって、唐突に終わりを迎える。

「こ、この声は、このかさん!?」
「このか!?」

目を見開く環。
勇磨も、ガバッと飛び起きた。

「おるんやったら返事して〜!」

「このか、だな」
「このかさんですね・・・」

直下で聞こえた声は、少しずつ遠く離れて行く。
そして、上から見下ろす視界の中にも、何か袋を持ったこのかが、徐々に屋上へと出てくる姿が捉えられた。

屋上への出入り口が真下なのだから、当然のことである。
このかはもちろん、真下に位置する階段を通って、屋上へとやってきたわけだ。

「って、落ち着いている場合じゃありませんよ。姉さん! 早くカツラを!」
「お、おう!」

今はまだいいが、このかは段々と奥へと進んでいるので、このまま取って返すとなった場合、
どうしても、視界上方に自分たちの姿が映るはずだ。
ここにいるとバレる。そして、このままでは、カツラをつけていない勇磨の姿を見られてしまう。

急いでカツラを手に取ろうとする勇磨であるが。

「・・・あっ!?」
「ああっ、なんということをっ・・・!」

慌てていたために手につかず、下へ落としてしまった。
屋上と階段とを結ぶ、出入り口の、まん真ん中に。

夕べ、カツラは丁寧に扱おうと心に決めたばかりであるが、
こんな急な事態には対応し切れなかった。

「・・・・・・」
「はぁぁ・・・」

顔面蒼白となる勇磨。
やっちゃったとばかり、手で顔を覆って首を振る環。

終わった。
転入2日目にして、 す べ て が 終 わ っ た 。

 

 

 

 

「あっ、たまちゃん! なんやそんなところに・・・って、あかんよそんなとこ登っちゃ〜!」

そして、呆然としているところを見つかった。
角度の関係上、彼女にはまだ、環の姿しか捉えられていない。

さらに、このかは、もうひとつのものも見つけてしまう。

「あれ? そこに落ちてるのなんやの?
 あ、もしかしてたまちゃんが落としてしもうたんか? もう、おっちょこちょいやねぇ♪」

拾ってあげるよ、とばかりに駆け寄って行くこのか。
その場まで進んで、拾い上げてみて、首をかしげた。

「これなんや? ・・・? カツラ?」

「このかさん・・・」
「たまちゃん?」

真上から顔を出す環。

「見てしまいましたね・・・」
「なに言うてるん? そや、ゆうちゃんは? 一緒じゃあらへんの?」
「姉は・・・・・・いえ兄も、ここにいます」
「あに・・・?」

再度、首を傾げるこのか。
なぜかはわからないが、冗談を言われた、と判断したようだ。

「あはは、たまちゃんでも冗談言うんやね。
 たまちゃんにおるのはお兄さんやのうて、お姉さんやないの〜♪」
「・・・・・・」

環は、難しい顔をしたままで。

「・・・兄さん」

と、隣にいるらしい誰かに呼びかけた。
その声に応じるように、このかの視界に入るのは。

「ど、どうもー・・・」

「え・・・?」

カツラをつけていない、”勇”。
いや、”御門勇磨”その人。

「え、あ・・・・・・なんやの・・・? ゆうちゃんが、男の子・・・・・・?」

混乱するこのか。
髪こそ短いものの、その他は、顔、服装といい、”勇”そのままなのだから、それは戸惑う。

「このかさん」

そんな状態のこのかに向かって、環が一言。

「事情を、お話します」

 

 

 

 

勇磨の正体を見られてしまっては仕方が無い。
このかは、環から、一連の事情を説明された。

「・・・というわけでして」
「つまり・・・」

このかは、主立って騒ぎだてるような真似はせず、黙って話を聞いていた。

「おじいちゃんに頼まれたから、ということやの?」
「ええそうです。どうしてもここに通わなくてはならない理由がありまして・・・
 女子校だということなので、無理やり、兄さんには女装してもらった、というわけです」
「はわ〜、そうだったんか〜。全然気づかんかったよ〜♪」

「そ、それだけ?」

俯きながら話を聞いていた勇磨は、このかの淡白な反応に、思わず顔を上げる。

「他に何かあるんか?」
「いや、他にって・・・・・・男が女装して、女子校に紛れ込んでたんだから、もっと、こう・・・・・・」
「そういう事情なら仕方ないやん」
「そ、そう。いや、そう言ってもらえるのは、非常にありがたくはあるんだけど・・・」
「・・・?」

このかは、わけがわからないとばかりに首をかしげているが。
つくづく、彼女がこんなぽややんとした性格でよかったと思う。
下手をしたら、大声で悲鳴を上げられ、警察に通報されかねないことなのである。

そういう意味では、非常に助かった。

「声はどうしてるん? まさか、それが地声とか?」
「え、ああ、違う違う。このネクタイピンが変声機になってて・・・」
「うひゃ〜そうなんか。科学の進歩ってすごいんやね〜♪」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

勇磨と環は、反応に困るというか、なんとも反応のしようが無い。
ただ顔を合わせて苦笑しているのみだった。

「それで、あのー、このか。このことは、みんなには内緒に・・・」
「もちろんわかっとるよ〜」

心配するな、とばかりに笑って見せるこのかだが。

「ゆうちゃん、やのうて、本当はゆう君なんやね。
 ゆう君とたまちゃんが、実は某秘密結社のエージェントで」
「へっ?」
「ゆうちゃんが実は男の子で、おじいちゃんに頼まれて、学園内部を極秘裏に調査しているなんてこと、
 絶対に言わへんから安心してーな〜♪ こう見えてもウチ、口は堅いほうなんやで♪」
「あ、ああうん・・・・・・よろしく・・・・・・」

何をどう勘違いしたのか。

環はただ、学園長の要請で、勇磨は女装して学園に通うことになった、と説明しただけなのだが、
このかは自分で勝手に話を広げ、脚色して、それらしいようにカスタマイズしたらしい。

「『007』みたいやなあ。かっこええわ〜♪」
「は、ははは・・・・・・ありがとう・・・・・・」

誤解の限りを尽くされたが、とりあえずは、秘密にしてもらえるようで。
理屈はなんにせよ、ホッと胸を撫で下ろした勇磨と環。

「それで、変声機のほかの七つ道具は、他にどんなのがあるんや?」
「へ?」
「他の誰にも言わへんから、ウチだけには教えて〜な〜♪」
「え、ええと・・・」

・・・否。
勝手に自己完結した『エージェント』という単語に反応し、あることないこと、
根掘り葉掘り、しつこく訊かれてしまい・・・

安心など、出来るものではなかった。

 

 

 

 

5時間目へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

<あとがき>

このかにバレました。
彼女は、平然とこんなことを言いそうです。

このかにバレたということは・・・
自然と、このかが中心になっていくのかな・・・?

何がって?
さあ、何がでしょう。フフフ・・・(爆)

 

以下、Web拍手返信です。
拍手していただいている皆様、本当にありがとうございます!

 

>女装編(笑)勇磨不憫なw 誰かが気づくとかもおもしろいかもですね。このかとか。

ギクギクギクっ・・・(滝汗)
自力じゃありませんでしたが、まあバレましたね、はい・・・

 

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m



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