黒と水色

第1話 「黒と水色の邂逅(後編)」










話は食事を取った後、ということになり、ひとまずは食事の時間。
エルリスが作った料理は絶品で、勇磨も環も大満足だ。

「ごちそうさま。いやぁ、美味しかったよ」
「そう? お世辞でもうれしいな」
「いやいや、本当に」
「これなら、一流料理店のコックになれますね」
「も、もう。環さん、それは言いすぎ…」

口々に褒められて、赤くなるエルリス。
満更でもなさそうなのは、人情である。

「それじゃ…」

笑っていたエルリスから表情が消え、言いづらそうな雰囲気を醸し出す。
来たか、と勇磨と環も体裁を整える。

「頼みたいことっていうのは他でもない。セリスの、こと」
「妹さんでしたか、セリスさんというのは」
「うん…。さっき見たでしょ? わたしの双子の妹、あの子のことよ…」

2人の脳裏に、先ほどの少女の姿が再生される。
いかにも具合が悪そうだったが、それ以上に伝わってくる、良くないもの。

「あなたたちも双子でしたか」
「そう。すごい偶然よね」
「そうだね」

エルリスは笑みを零したが、すぐに辛そうな顔に戻ってしまう。

痩せこけた身体、今にも折れてしまいそうな細い腕。
かすかにではあるが、時折、壁越しに聞こえてくる苦しそうに咳き込む声。

「あの子は…」
「ただの風邪じゃ、ないんだね?」
「…ええ」

そう予想するには、充分すぎた。

「セリスは………原因不明の、死病に冒されているの」
「「………」」

だから、次にエルリスが言ったことも、比較的冷静に受け入れられた。
それでも、驚きが無かったとは言えない。

「原因不明って…」
「医者にも診せた。治療法もわからなくて、匙を投げられちゃったんだもの。仕方ないでしょ?」
「……」

事態は、想像以上に深刻だった。

「で、私たちに頼みたいことというのは一体? 生憎、医者ではないので、治療は出来ませんよ」
「うん、わかってる。医者に見離されちゃったんだから、もう医術には頼らないわ。
 と、なると、残された道は…」
「魔術。あるいは錬金術。もしくは、それに類する術」
「正解」

環の言葉に、エルリスは頷いた。
妹を救うために、相当の努力をしたようである。

「必死に調べた結果、町の西にある谷に、ドラゴンが生息しているらしいことがわかったわ。
 ドラゴンの血には、生命を活性化させる作用があるってことも。だから…」
「なるほど…」
「確かに、竜族の血液には、そのような力があると古来から伝えられていますね。
 それをセリスさんに?」
「…うん。あの子を助けるには、もう伝説に頼るしかない。ウソでも本当でもいい。
 いえ、本当であって欲しいから、あなたたちに、取ってきてもらいたいの」

医術では治せない怪我や病気も、魔術や錬金術を使って作られた薬などで、
一縷ではあるが治る可能性もある。
だが問題は、術を行使できる人間が限りなく少ないこと、その術自体が極めて難しいこと。

さらには…

「失礼ながら、ご予算はいかほどで?」

そう、お金の問題である。

前述した2つの件を運良くクリアできても、治療にかかる費用は莫大なものを請求される。
何もぼったくりというわけではなく、世間の相場だ。それだけ貴重な術式なのである。
原材料となるものをとってきてもらうだけでも、かなりの高額になってしまう。

依頼される側も命を賭ける仕事である。
環がそう申し出たのは普通のことであり、等価交換の原則に準ずるものだ。

「…ちょっと待ってて」

エルリスは立ち上がって、奥の部屋へと消える。
程なくして、彼女は小箱を抱えて戻ってきた。

「…私が用意できるのは、それだけよ」
「拝見します」

差し出された箱を開ける。
中には…

「金貨が5枚……ですか」
「…うん」

金色に輝くコインが5枚。
それだけであった。

「これでは、ランクD相当の報酬クラスですね」

なんとも言えない表情になる環。

「竜といえば最強の部類に入る種族です。まあ倒すわけではないとしても、
 戦闘になるのは目に見えていますから、おそらくAランク。
 最低でもBランク以上には格付けされるでしょうから、話になりませんよ?」
「わかってる。だから今まで、ギルドにも届け出なかったのよ…」

エルリスが話し出したときから、結果は見えていた。
お金があるのなら、とっくのとうにギルドに依頼し、腕利きのハンターが向かっていたことだろう。

ちなみに通貨単位であるが、銅貨、銀貨、金貨の順で価値が上がることは言うまでも無い。
それぞれ上の貨幣に両替でき、銅貨が100枚で銀貨1枚。
銀貨は10枚一組で金貨1枚に交換できる仕組みである。

平均的な家庭の1ヶ月の生活費が、金貨2〜3枚というくらいだから、
ハンターに依頼するということが、どれほど高くつくかがお分かりいただけるだろう。

「お話はわかりました。ですが…」
「うちはもう、両親が居ないから、用意できるお金は本当にそれだけなの…。
 今までも、両親が遺してくれたなけなしのお金を少しずつ削って生活してきて…。
 セリスがああだから、わたしも働いたりしたけど、それが限界で…。
 な、なんだったら、この家を売ってそれを…」
「それでも、Aランク相当の相場にはなりません」

現実は厳しい。
一等地の大豪邸ならばともかく、このような古ぼけた一軒家では…

「Aランクの仕事を依頼するには、最低でも、金貨1000枚くらいの資金は必要です。
 失礼ですが、この家を売り払っても、そこまで届くとは思えませんね」
「そんな…」
「残念ですが」
「お願い! あの子、あと数ヶ月も持たないっていわれてるのよ!
 コレが最初で最後のチャンスかもしれない…。
 もうあなたたちに頼るしかないの! お願い、お願いっ、お願いしますっ!」
「……」

気持ちは痛いほどにわかるが…

自分たちも商売。ましてや命の危険がある仕事。
それに、ここで安請け合いをしたことがバレると、
ハンター界全体の相場を崩してしまうことになりない。

そんなことは御免である。

「お願いッ!!」

「…兄さん」
「う、う〜ん…」

泣いて頭を下げて頼み込むエルリス。
困惑した環は勇磨を見るが、その勇磨も困り果てていた。

「じゃ、じゃあ、身体で払うわ! 一生、タダ働きで扱き使ってくれても構わない!
 なんでもするから!」
「いい!?」
「そ、そんなこと、女性が軽々しく言うんじゃありません!」

もちろん、正当な意味を含めて否定したのだが。
環は赤くなって否定する。”別な”意味をも勘ぐってしまったようだ。

「兄さんには私が居れば充分です!」
「い、いやあの〜……環? 変なこと考えてるだろ?」

必死になっていることでも明らか。
突っ込む勇磨のほうが恥ずかしい。

そんなとき、変な空気を振り払う事態が起こる。

「お姉ちゃん!」
「セ、セリス!?」

声のしたほうへ振り向くと、柱にもたれかかっているセリスの姿があった。
かなりの無理をしているようで、自力で立ってはいるが足が震え、大声を出したことで肩が揺れている。

「あなた、どうして…。ね、寝てなきゃダメよ!」
「お話……はぁ、はぁ……聞こえた、から…」
「セリス…」

綺麗にしているとはいえ、古い建物だ。
最後はエルリスが大声で頼み込んでいたこともあり、筒抜けだった。

「お姉ちゃん……わたしのことは、もう、いいから…」
「何を言うのよ!」
「もう、充分だから……ゴホッゴホッ!」
「セリスッ!」
「そのお金……お姉ちゃん自身のために、使って…」
「セリス…」

「………」
「………」

麗しき姉妹愛、な場面を思い切り見せ付けられた勇磨と環。
状況が状況なだけに、笑みこそ見せられないが、心中は苦笑だ。

「これじゃあ、俺たちのほうが、悪者だよな…」
「そうですね…。はぁ、厄介なことになりました…」

どうしろというのか。
こうするしかないではないか。

「わかった、わかったよ」
「え…?」
「その依頼、引き受けようじゃないか。俺たちがね」
「ウソ…」
「ウソ言ってどうするのさ」
「……」

妹を抱えたセリスは、口を開けてぽか〜んとして。

「あ、ありがとうっ!」

もう、顔面一杯に喜色を浮かべて。
すごい勢いで頭を下げた。

「その代わり、俺たち宿が無いから、そっちのことは頼むよ」
「美味しい食事と、暖かい寝床。よろしくお願いします」
「もちろんよっ!」


…かくして、勇磨と環は、割りの良い仕事どころか、
赤字覚悟の仕事をすることになったのだった





翌日。

「ま、引き受けた以上は、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうかね」
「ええ。『正確かつ迅速に』が私たちのモットーですからね」

勇磨と環は、早速、西の谷に棲むというドラゴンのもとへと向かった。

ノーフルの町から、その西の谷間での行程は、徒歩で片道3日ほど。
朝早く出発し、初日の昼は、エルリスにこしらえてもらった弁当を食べ。
その日の夕暮れまでに、すでに全行程の半分にまで到達していた。

2人の歩くスピードは、”その気になれば”、常人に比べるとかなり早い。
普通の人のジョギング程度の速度が、2人にとっては、その気になった歩くスピードなのだ。

なぜ、そんなことが可能なのか?
それは、行軍している最中の2人を見ていただければ、お分かりいただけると思う。

「…今日はここまでかな?」
「そうですね。夕食と寝床の準備をしなければなりませんし」
「んじゃ……ふぅ」
「さすがに、丸1日”この姿”でいるのは、疲れます」

と、2人が揃って息を吐くと、同じような変化が2人に起こる。
いや、”元の状態”に戻ったのだ。

即ち、黄金色に輝いていた髪の毛が、元の黒髪に戻り。
わずかながら、2人の身体から立ち上っていた黄金のオーラが消えた。

そう。勇磨と環は『変身』する。
2人が引いている特殊な血の影響で、さすがに容姿までは変わらないが、外見が大きく変化するのだ。

それと共に、身体能力が飛躍的に上昇する。
常識外なスピードで歩けるのは、こういった背景があるためである。
『迅速に』というモットーを貫けるのも、この能力のためだ。

「ああ、またこんな携帯食か…」

今日の行動はコレまで。
夕食にと、環が荷物から取り出したものを受け取って、露骨に顔を歪ませる勇磨。

「味気ないなあ。早くもエルリスの料理が恋しいぞ…」
「文句を言わないでください」

夕べと、今朝、それにお昼に味わったエルリスの料理。それはもう絶品だった。
環が褒めたように、今すぐにでも店を持てると思えるほどの。

だから、このギャップは如何ともしがたく。
おとといまでも、2週間続けてこのような食生活だったので、思いはひとしおだ。

この携帯食、旅人にうってつけなだけあって、栄養は豊富なのだが…

「…不味い」

はっきり言って、美味しくない。

ちなみに、環も料理は出来るのだが、材料と、何より設備がない。
今の状況でその腕を発揮することは不可能である

「うぅ…」
「文句があるのなら、食べなくて結構です」
「ああっ、食うから取り上げるな!」

腹が膨れるだけマシ、と勇磨は仕方なく、携帯食を頬張った。

「やっぱり美味くない…」





翌日、午後。
通常3日の距離を、勇磨と環は3分の1の時間で走破し、ドラゴンの谷に到着した。

「さーて、ドラゴンさんは居るのかな?」
「生息地とは言っても、そう都合よく見つかるわけは…」

『アンギャ〜ッ!』

「見つかったな」
「…見つかりましたね」

谷に入って早々、目の前に、体長20mはあろうかというドラゴンを見つけた。
ドラゴンのほうは、見慣れぬ顔に威嚇の唸り声を上げる。

「あー。別に戦いに来たってワケじゃないんで、ここはひとつ穏便に…」

『グワッ!』

勇磨の言葉など無視。
そもそも通じるわけはなく、ドラゴンは紅蓮の炎を吐き出してくる。

「おっと」

もちろん、勇磨と環は軽く回避。

「危ないな〜。だから、戦いに来たんじゃないんだってば」
「言っても無駄ですよ」
「ちょこ〜っと血をもらえればいいだけで」
「彼らにしてみれば、どちらにせよ身体を傷つけられることになるわけで、同じかもしれませんよ?」
「…確かに」

皮膚を裂かねば、血液は出てこないわけで。
ドラゴンにしてみれば、痛い、嫌な行為であるわけで。

『グギャ〜ッ!』

そんな事情を熟知しているかのごとく、ドラゴンからは炎の連撃、連撃。
直撃を喰らった周囲の岩々が、熱した飴玉のように溶けていく。

「どうやら、話し合いに応じてくれる気配は無さそうだ」
「最初からそうですって」
「突っ込むな。雰囲気が台無しになる」
「はぁ。何のことかは訊かないでおきます」
「それでいいのだ」

炎を避けながらそんな会話をする2人。
ドラゴンといえば最強のモンスターであるはずなのに、勇磨と環は余裕綽々だ。

「仲間が来ると厄介だな。手早く済ませましょ」
「兄さんにお任せします」
「りょーかい」

ここで、環は後方に離脱。
勇磨のみがドラゴンに正対する。

強大な魔物のドラゴンに、たった1人で立ち向かおうというのか。

「悪く思うなよ。本当に少し、ほんのちょびっともらうだけだから。
 ま、タンスの角に小指をぶつけたとでも思ってくんねぇ」
「その例えはどうかと」
「だから突っ込むな」

『グルル…』

勇磨と環はやはり余裕である。
ドラゴンは、真正面から相対する勇磨に、理解できないとでも言うかのごとく戸惑ったが

『ウゥゥ』

低く唸り、再び炎を吐き出す態勢に行く。
元来が巨体なので動きはさほど素早くないが、この立ち止まった瞬間を逃す手は無い。

「んっ!!」

勇磨が掛け声一閃。

その瞬間、彼の身体からは不可視のオーラが噴き出し、周囲を薙いでいく。
黒かった髪の毛が金色に変わり、自身のオーラによって揺らめいた。

『………』

突然のことに、さしものドラゴンも驚いたようだ。
我を忘れて見入ってしまっている。

「喝ぁぁあつッ!!」

大音声と共に、ドラゴンに襲い掛かる猛烈な風圧、プレッシャー。

『ガ……ァァ……』

ドラゴンの巨体が横倒しに倒れる。
まともに受けてしまい堪えきれずに、自分よりも強大なパワーによって、気絶させられてしまったのだ。
それだけ、勇磨が発した気迫が凄まじかった。

こうすれば、気絶している間に事を成すことが出来る。
何も殺してしまう必要は無いわけで、最良の方法だ。

「ふぅ。こんなもんでいかが?」
「上々ですね」

気を抑え、普通の状態に戻りながら勇磨が訊く。
環は、歩み寄りながらそう答えた。

「あとは、血を少々、いただくだけです」

そう言った環は、さらにドラゴンへ歩み寄って、小刀を取り出す。
そして

「すいません、少しだけ頂戴しますね」

すっと、倒れたドラゴンの皮膚に走らせる。
ウロコを引き裂いて、つ〜っと一筋の傷が出来た。

ドラゴンの皮膚は鋼鉄並み。
それをたやすく、小刀程度で引き裂く環の技量、お分かりいただけると思う。

滴り出てくる先に小瓶を差し出して、瓶が一杯になるまで血をいただいた。

「こんなもので充分でしょう」

瓶の蓋を閉め、大切そうに懐にしまいこむ。
これで今回の任務は完了。

…っと、そうだ。

「痛かったでしょう。申し訳ありません」

環がそう言って、傷をつけた箇所に手を添える。
彼女の手から淡い光が漏れた。

するとどうか。
みるみるうちに傷が塞がっていくではないか。

「血のご提供、感謝いたします。ありがとうございました」

軽く一礼する環。
彼女はヒーリング能力を有しているのだ。

「さて兄さん。急いで帰りましょう」
「あ、やっぱり?」
「当然です」

やっぱりそうなるか、と勇磨は苦笑する。

「太古の昔より音に聞きこえしドラゴンの血の効力が、そう簡単に失われるとは思えませんが、
 やはり、鮮度が良いに越したことはないでしょう」

そういうことだ。

なるべくなら、時間を置かずに使ったほうがいいに決まっている。
古いからダメでした、なんてことになったら、目にも当てられない。

「行きますよ、兄さん」
「はいはい…」

共に力を解放し、もと来た道を戻っていく。
往路とは比べ物にならないスピード。

この分なら、明日の朝には着くだろうが…

「今夜は徹夜なのね…」

勇磨の情けない声は、風にかき消されていった。






翌朝。

「とって……きたよ……」

倒れこむようにして、勇磨たちが帰ってきた。
エルリスにドラゴンの血が入った瓶を渡す。

「ウソ!? 本当に取ってきて……しかも、こんなに早く!?」
「せいかくかつじんそくに…が……おれたちのもっとーでさぁ……」
「あ、ありがとう! やっぱり貴方たちに頼んで正解だった!」

大喜びするエルリスであるが、目の前では、ちょっと困った状況になっていた。
つまり、勇磨と環の状況である。

「って、あのね? 大変だったのはわかるけど、ここではちょっと……。
 休むんなら、部屋を用意するから」

「つ、つかれた…」
「すいません……さすがに……限界なもので…」

エルリスの家の玄関に、扉を開けたまま、折り重なって倒れている勇磨と環。
さすがに、能力を解放して一晩中駆けるのは、相当に応えたようである。

「それよりも……早く、セリスさんに…」
「そ、そうね!」

促され、エルリスは受け取った瓶をギュッと握り締めて、最愛の妹のもとへ駆けていく。

「セリスッ!」
「こほこほ……どうしたのお姉ちゃん。そんなに慌てて……こほこほ……」

部屋に入ると、ベッドの中で苦しそうに咳き込むセリスの姿。
妹のこんな姿を見るのは、これっきりにしたい。

だからこそ、全財産をはたいてまで、これを入手してもらったのだ。
瓶を握り締める手に、少しだけ力を込めて。

「セリス。何も言わずに、コレを飲んで」
「…え?」

手の中にあるものを、差し出した。

「な、なにこれ?」

驚くのも仕方が無い。
姉が差し出した瓶の中には、どろっとした赤黒い液体が入っているのだ。
あまり良い気はしないだろう。

「いいから、騙されたと思って、飲んでみなさい」
「……」

しばし、セリスは姉の顔を見つめる。
真剣そのものだった。

セリスは、姉の言葉に従うことにした。

「わかった」
「…いいの?」
「お姉ちゃんが言ったんだよ」
「でも…」
「いいの。コホッ……わたしは、お姉ちゃんを信じる」
「セリス…」

微笑みかけるセリス。

「今までも、お姉ちゃんはわたしのために色々してくれた。こほこほ…
 それこそ、自分を犠牲にしても。10年前のことだって…。
 だから、今回も…ううん。一生…ゴホッ……わたしはお姉ちゃんを信じる」
「…あり……がと……」

エルリスは思わず涙ぐんでしまった。
ぐしぐしと自分の目を拭って。

「さあ、飲んでみて」
「うん。…っ」

意を決し、セリスは瓶の蓋を開け、中の液体を自分の口内へ流し込む。

ごっくん…

セリスの喉元は、確かに飲み込んだことを示した。

「…うぇぇ、変な味。それに、ドロドロしてて…」
「……」

飲み干したセリスの様子を、エルリスは慎重に窺う。

「お姉ちゃん? 飲んだよ」
「え、ええ…」
「?」

首を傾げるセリス。
それだけ、今の姉の様子はそわそわしていて、どこかおかしかった。

「ええと……セリス?」
「うん」
「何か、変わったことは、ない?」
「変わったこと? ええと……特には」
「……そう」

酷く落ち込んだ様子のエルリス。

ダメだったのか…
伝説の、ドラゴンの血をもってしても、妹の病気は治らなかったのか…

絶望が訪れる。

「その、お姉ちゃん? なんだったの、今の?」
「いいのよ。もう、終わったことだから……って、ん…? んん?」
「お姉ちゃん?」

ここで、エルリスは気付いた。
不思議そうに自分を見ているセリスの、先ほどまでとは違った様子に、気付いた。

「セリス、あなた…」
「はい?」
「……咳は?」
「え?」

問われ、本人のほうが逆に驚いた。

「咳……出てない、わよね?」
「そ、そういえば…。あ、あれ? なんか、胸がすっきりしたような……呼吸が楽……」
「……」

これまでのセリスは、いつでも苦しそうに、ひゅーひゅーと肩で息をしていた。
咳が出ないばかりか、現在、そんな様子は微塵も見られない。

「あれれ…? 身体も軽くなったような気がする…」
「心なしか、顔色も、良くなって見えるわよ…」
「ほ、本当? わあっ」

慌てて手鏡を引っ張り出すセリス。
自分でも、病魔に侵されていた間の顔は相当ひどいものだと自覚していたのか、
映る自身の顔に、表情を変えたりしながら一喜一憂している。

「っ…」

エルリスの肩は震えていた。
もうすでに、目元にも涙が滲んでいる。

確信した。
ドラゴンの血は効いたのだ。効いてくれたのだ。

「っセリス〜〜〜〜〜ッッ!!」
「おっ、お姉ちゃん!?」

セリスに抱きつくエルリス。

「よかった……よかったぁぁあ……!!」
「な、なんなの? 結局、なんだったのぉぉおお……!!」

兎にも角にも、セリスは一命を取り留めたのだ。





姉妹の声は、いまだ、玄関先で死んでいる勇磨と環にも聞こえた。

「上手くいったみたいだな」
「ええ。何よりです」

2人も安堵する。
がんばった甲斐があるというものだ。

「しかし…」
「ええ…」

だが、ひとつ問題が。

「俺たち、忘れられてるのかなぁ…?」
「言わないでください兄さん。余計むなしくなります…」

疲労困憊で、動けない。
最悪なのは、ドアが開いたままで、外から丸見えになっていることだ。

つまり、こんな情けない状態を、通行人に見られてしまう。

「ぐぐ…」
「むむむ…」

唸ってみるが、それで状況が好転するわけでもなく。
自分たちが回復するのが先か、エルリスが気付いて戻ってきてくれるのが先か。

いずれにせよ…

「不覚…」
「穴があったら入りたい心境です…」

醜態をさらしている、という事態に変わりはなかった。
もはや泣きたくなってくる。


結局、エルリスが我に返って、改めて勇磨と環のもとに感謝を述べに来たのが30分後。
その間に回復はせず、数人の通行人に、首を傾げながら凝視される羽目に陥ったそうな。







第2話へ続く

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