黒と水色

第2話 「水色姉妹の修行」











竜の血を取り、帰ってきてからちょうど1週間。
ノーフルの町のハンターギルドに

「今日は、良い仕事はないかな?」
「何か入ってきていればいいんですが」

御門兄妹の姿がある。
1週間も経ったというのに、この町に留まっている理由は、2つ。

「エルリスさんの依頼は達成しましたけど、赤字でしたからね」
「ああ。その分、稼がないと」

ひとつめ。
ただでさえ寂しかった懐が、さらなる困窮へと陥ってしまったことだ。

金貨5枚という達成報酬だったが、本来なら金貨1000枚以上という相場である、
Aランクの仕事な上に、食料などの準備をするのに、それ以上の経費がかかってしまった。
また、精神的なものも加味して欲しいところだ。

この町に滞在中は、エルリスとセリス姉妹の家に厄介になっているからお金はかからないが、
永続的にここに留まるわけではない。稼げるだけ稼いでおかなくてはならないのだ。
かくして2人は、ギルドへ通い、こつこつと日銭を稼いでいる状況である。

そして、ふたつめ。
目下のところ、こちらのほうが、勇磨と環にとっては重大で、厄介なことになっている。

「なるべくならば、手っ取り早く終わり、なおかつ、報酬の良いものを」
「でも、そうそうあるわけがないよなあ」

ギルドの壁に貼られている依頼書の内容を、1枚1枚チェックする。
なるべく時間をかけたくない、という条件は、先のふたつめの理由のためである。

「今日も、エルリスさんとセリスさんに、稽古をつけてあげなきゃいけませんから」
「そうだな」

ふたつめの理由。
出来るだけ早く帰って、エルリスとセリスの修行を見てやらねばならないから。

稽古? 修行?
あの2人に、なぜ稽古をしてやらねばならないのか? 何のために修行を?

そうなった背景については、4日前。
西の谷から帰還して、3日目の朝にまで遡らなければならない。





西の谷から戻って、3日目の朝の出来事。

「あの、勇磨君、環さん」
「うん?」
「なんですか?」

朝食後、エルリスが2人に話しかける。
なにやらまた、真剣な表情なのが気になるが…

「お願いが……あるんだけど…」
「お願い?」
「まあいいでしょう。なんです?」

軽い気持ちで聞くことにしたのが、事の発端だった。

ちなみに、格安で依頼を引き受けてもらい、セリスを救ってもらったことに対する
謝礼として、エルリスはこの町にいる間は、と御門兄妹に寝食を提供している。

「セリス! ちょっと来て!」
「は〜い」

セリスを呼ぶエルリス。
先に席を外していた彼女はすぐにやってきて、姉の横に座った。

「これは、私たち姉妹の総意なんだけど」
「うん」
「私たちに、稽古をつけてもらえないかな?」
「………」

時間が停止すること、およそ10秒。

「ええと、修行、してもらえないかな?」
「……なぜに?」

もう1度言うエルリス。
一方、氷結していた勇磨たち。ようやく再起動して、聞き返すことが出来た。

「稽古って……なに? 俺たちが、君たちに?」
「ええ」

エルリスは、はっきりと肯定する。
隣のセリスも、決意を秘めたオッドアイを輝かせていた。

そのセリスだが、ドラゴンの血を飲んで以降、急速に回復。
翌朝、つまりきのうの朝には普通に立って歩くことが出来るようになり、
夕方には、もはや健常者と比べても遜色ないくらいにまで回復していた。

痩せ細っていた身体も元通りになり、体力的にも問題はない。
ドラゴンの血の効力は想像以上だったようで、信じられないが、
僅か2日あまりで全快したと言っていいのだろう。

さて突然の、しかも、なんの脈絡も無い申し出。
衝撃に襲われている勇磨と環を尻目に、エルリスはさらにこう続けた。

「あなたたち、腕の立つハンターなのよね。ドラゴンの血を速攻で取ってきちゃうくらいだもの。
 大いに信用できるし、無茶な依頼を引き受けてくれた、人柄も信頼できる」

「ちょっと待ってください」

環もようやく再起動。
信じられないといった表情で、口を挟んだ。

「私たちのことはいいとしましょう。ですが、あなたたちに稽古をつける理由にはなりません。
 そもそも、なぜ修行などと。あなたたちは普通の一般人ではないのですか?」
「言ってなかったね」

環の言葉を受け、エルリスはセリスと顔を見合わせ、頷き合い。
姉妹揃って、懐から何かを取り出して見せた。

「一応、私たちもハンターなの」
「見習いの、駆け出しもいいところなんだけどね〜」

2人が示したのは、”Dランク”と書かれた、ハンター認定証だった。

「そ、そうだったのか…」
「なんと…」

勇磨と環は驚くしかない。

「半年前に資格は取れたんだけど、直後にセリスがあんなになっちゃって、
 ロクに修行も活動も出来なかったの。
 だから、ちょうどいい機会だし、イチから鍛え直してみようと思ったのよ」
「ちょうど、勇磨さんと環さんっていう、優秀な先生がいるしね♪」

「はぁ…」

セリスの無邪気な物言いに、思わずため息が出てしまう。
彼女は元来、このような明るい性格なようで、治ってからというものの元気一杯だった。

「あ、じゃあ、初めて会ったときに助けたのは、余計なお世話だったかな?」
「あー、その〜…」

初めて会ったとき、エルリスは柄の悪い連中に絡まれている最中だった。
ハンターだったのなら、わざわざ手を貸す必要もなかったかと思ったわけだが

「私たち、実戦経験もほとんどないぺーぺーだから…
 ああいうのが相手でも、ね……事実、あのときは足がすくんじゃってたし……
 武器も持ってなかったから、助けてくれてよかったわ」
「そうか」

エルリスは非常に言いにくそうにして、真実をぶちまけた。
どうやらペーパーハンター(免許を持っているだけで行使しない)らしい。

「まあエルリスはいいとしても、セリスは大丈夫なのか? 病み上がりで」
「大丈夫! なんかね、病気になる前よりも調子いいくらいなんだな〜これが♪」
「ああ、そう」

ドラゴンの血は、少々効きすぎたらしい。
笑顔満開で元気よく答えるセリスを見ていると、そう感じざるを得ない。
病魔を吹っ飛ばしたばかりか、元の元気にも効果を及ぼしたようだ。

「お願い! 私たちに修行をつけて!」
「お願いしますっ!」

姉妹で頭を下げる。
勇磨と環は…

「…環」
「私に振らないでくださいよ」

散々、悩んだ挙句…

「まあ、頼られて悪い気はしませんが…」
「2人がハンターだって見抜けなかったの迂闊だったし…」

悩んで…

「何か、強くなりたい理由でもあるの?」

核心を尋ねた。

「旅にね、出なきゃいけなくて」

するとエルリスは、隣のセリスに視線を移しながら、そう答えた。
セリスは真剣な表情のままだが、心なしか、姉に対してすまなそうにしている。

「だったら、強くならなくちゃと思って、ハンター資格も取った。
 でも、この半年なにも出来なかったこともあって、まだまだ未熟もいいところだと思うのよ」
「それは、どうしてもやらなくちゃいけないこと?」
「うん、どうしても」
「そうか」

エルリスもセリスも、一点の曇りもない眼差しを返した。
これには勇磨と環も心を打たれる。

目的があって、旅をする。旅に出なくてはならない。
水色の姉妹が何をしようとしているのかはわからないが、要は同じ境遇だということだ。

「環」
「仕方ありませんね…。こうなったら、1度でも2度でも同じです」

1度は無茶な依頼を受けてしまったのだ。
ここまで関わったことだし、受けてあげよう。

「わかったよ。俺たちでいいのなら、見てあげるよ」
「本当!?」
「わ〜い、ありがと〜♪」
「ただし、条件があるよ」

「「……え」」

交換条件を突きつけられ、固まる水色姉妹。
いったいどんな条件を課されるのか。

金銭的なものだと、成す術は無いのだが…

「お二人には、私たちが今、宿無しな状況なのはご理解いただけていますよね?」
「え、ええ」
「そう警戒しないでください」
「簡単なことだから」
「……」

戦々恐々、といった雰囲気で、条件提示を待つ姉妹。

「修行はしてあげる。その代わり、俺たちは滞在する当てが他に無いから、
 引き続き、食事と寝床の面倒を見てもらえるかな?」
「な、なんだ、そんなことか…」

ホッと息をつくエルリス。
横のセリスも、ぱ〜っと顔をほころばせていく。

「そういうことなら、喜んで。セリスの命の恩人でもあるし、大歓迎よ」
「わ〜い、一緒に居られるね〜♪」

別段、現在の状況となんら変わることは無い。
エルリスもセリスも条件を快諾。

そんなわけで、引き続き姉妹の家に滞在しつつ、
2人に修行をつけてあげることになったのだった。






早速、修行を始めることにした水色の姉妹。
町の外に出て、適当な場所を見つけて修行開始。

「じゃあまずは、2人のスタイルを聞いておこうかな」
「すたいる? やだな勇磨さん。スタイルなんか聞いてどうするのさ〜。
 スリーサイズは秘密だからねっ♪」
「いやいや違う違う違うっ! 素敵に勘違いするんじゃない!」

「戦い方のことです」

勇磨が言い、勘違いしたセリスが赤くなる。
慌てて否定するが、環の視線が痛かった。

「人間、得手不得手がありますから、自分の長所と短所を知っておくことも重要です。
 例えば、接近戦が得意とか、格闘戦に弱いとか、魔法を使うとか使えないとか。
 セリスさん。あなたはどういった武装を用い、どういった戦い方をするのですか?」
「わたし? わたしはね…」

そう言って、セリスが隠し持っていたものを取り出す。

「じゃーん! これ!」

「ヨーヨー?」
「セリスさん。ふざけないでください」
「ふざけてないよ〜」

それは、紛れもなくヨーヨーだった。
一見した限りでは普通のヨーヨーであり、環の視線が厳しさを増す。

「これ、ミスリル製のヨーヨーなんだから! ちゃんと使えるんだよ!」
「ミスリル…」
「なるほど…」

ふむふむと頷く環。

ミスリルは魔法科学を使って作られた金属で、非常に軽くて丈夫。
魔力を伝導しやすいという特徴もあって、武具にすればかなり重宝されるものだ。

「ではセリスさん。少し、実際に使ってみていただけますか?」
「いいよ〜。それ〜っ!」

――ヒュンヒュンヒュンッ!

セリスが念を込め……いや、違う。魔力を通したのか。
証拠に、彼女がヨーヨーを操りだした途端、ぼぉっとヨーヨー自体が淡く光を帯びた。
ミスリル製だそうなので、ありえないことではない。

まるで意志を持ったかのように、ヨーヨーは中空を舞う。

「まだまだまだ〜♪」

――ヒュンヒュンヒュンッ!

「おおっ!」
「ほぉ・・・」

セリスは、1個だったヨーヨーを2個に増やし、3個に増やし。
最終的には、両手に3つずつ持って、合計6個のヨーヨーを動かして見せた。
勇磨も環もこんな芸当を見るのは初めてで、純粋に驚く。

「それそれそれ〜♪」

――ヒュンヒュンヒュンッ!

まだ、すべてを自在に操っている、というには程遠いレベルだが、
コレだけ出来れば、充分にすごいことだろう。

「へぇ、すごいな」
「自分の魔力を使ってコントロールしているんでしょう。
 魔力でコーティングされているので、目標に当てさえ出来れば、かなりの破壊力が出そうですね。
 それに、糸による切れ味も期待できますし、近接戦闘においては、威力は充分です」

このような武器があり、こんな使い方をする人物がいようとは。
が、環は、さらなる別な要因で驚いていたりする。

(しかし、これは……)

セリスが魔力を使って見せたため、彼女本人の魔力の質が垣間見える。
感じられる魔力量はとんでもないものであり、また…

(注意…いや、厳重警戒が必要なレベルですね)

大きな爆弾が潜んでいる、ということもわかってしまった。

(まあ、とりあえずは後回しにしましょう)

現状では、立てられる対策もあまりない。
もちろん、将来的には、必ず解決しなければならない問題である。

だが今の時点では、それほどの危険は無いだろうし、それは後で考えるとして。

「セリスさん、ご苦労様ですもういいですよ」
「ふ〜う」

環からOKをもらうと、セリスは息を吐きながらヨーヨーを手元に戻す。
さすがに、6個を同時に扱うのはきつかったようだ。

「これまでは同時に4個がやっとだったんだけど、病気が治って調子いいからかな?
 今日は6個まで動かせちゃった」

こんなところにまで、ドラゴン効果か。

「魔力を使っていましたが、ちなみに、魔法も使えたりします?」
「う…。わたし、魔力はあるみたいだけど、苦手なんだよね…」
「はあ。まあ、魔法は私たちでは専門外ですから、見てあげられませんけど」

根本的な問題があったか。
対策の必要性が増してしまった。

「では次は、エルリスさんですね」
「うん。私は、これね」

そう言って、エルリスが取り出したのは、輝きの美しいひとふりの剣。

「剣?」
「『エレメンタルブレード』っていうらしいわ」
「じゃ、俺の範疇かな」

勇磨が得意なのは剣術である。
剣を使うというのだから、剣術を教えてやるのが一番だろう。

「あと、魔法を少し」
「へえ便利だね。属性は?」
「『氷』よ。それ以外は使えないんだけどね」

てへっと、かわいく舌を出しながら言うエルリス。
これまでの様子を見て、勇磨は特に何も感じなかったようであるが

(妙ですね)

環は、違和感を感じていた。

(セリスさんの魔力といい、エルリスさんの氷のみ使えるという魔法といい…。
 それに、あのヨーヨーやエレメンタルブレードとかいう剣。
 とても、このような姉妹が手に入れられる代物では…)

環は、特殊な血筋から、魔力やその方面の知識に明るく、感覚も敏感である。
その代わり、兄の勇磨は、魔力や魔術関連のことはまったくダメなのだが。
双子の妹に、そちらのことはすべて持っていかれてしまったのか。

蛇足がついてしまったが、とにかく、環には不思議でならなかった。

ミスリル製の武具などは非常に貴重品。あの剣も、市場に出ればかなりの値になるだろう。
そんなものが、このようなある意味”普通の”姉妹の手にあるということは、おそろしく不自然である。

(…まあいいです。
 この水色の姉妹お二人と付き合っていけば、いずれ、知ることが出来るでしょう)

とりあえずは、疑念を振り払っておく。

「それで、私たちはどうすればいいの?」
「修行って、何をするのかな〜♪」

「特別なことはしないよ」
「そうですね。まずは……」

修行の第一歩。
それは…

「体力づくりから始めましょうか」
「え?」





数分後。





「つ、疲れた…」
「もうだめ……走れない〜……」

どっかりと、地面に座り込む姉妹の姿。

「ほらほらどうした! まだ5分も走ってないぞ!」
「い、いきなりこんなハードワークなんて……聞いてないわ……」
「うぅ〜、わたしは病み上がりなんだぞ〜! ちょっとは労わってよ〜!」

「それだけ大声を出せれば充分です」

冷静な環のツッコミが入る。
5分のランニングなんて、と思うかもしれないが、全力疾走に近いスピードなので、
バテるのも早かった。

「だいたい、この程度の走り込みでバテるだなんて、
 あなたたちは本当にハンター認定を受けているんですか?」
「しょうがないじゃない……。セリスがああなってからは、看病にアルバイトに……
 言ったでしょ? ロクな活動が出来なかったって……」
「だからぁ、わたしは病み上がりなんだってば〜!」

こうなった以上、何を言っても言い訳に過ぎない。
少なくとも、勇磨と環にとっては、そんなことは理由にならない。
ハンターたるもの、いつ何時だろうと、鍛錬を怠ってはならないのだ。

「はい! あとグラウンド10周!」
「グラウンドって…」
「どこだよー!?」
「野暮なことには突っ込まない。ほら、口じゃなくて足を動かす! イッチニ、イッチニ!」
「頼んできたのはそちらですからね」

「うぅぅ……鬼ー! 悪魔〜!」
「アレだけ走って息ひとつ切れてない。バケモノだわ、あの2人……」


水色姉妹にとっては、地獄の日々の始まりだった。






第3話へ続く



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