黒と水色

第7話 「水色姉妹の修行 その2(前編)」








「じゃあ早速、始めましょうか」
「え?」
「い、今から?」

ユナは依頼を引き受けるなり、すぐさまそう言い出した。
さすがに慌てる水色の姉妹。

「当然」

しかし、ユナは当たり前だと言う。

「私は忙しいの。いつまた、お兄ちゃんの情報が入ってくるかわからないし、
 環から聞いた情報も、1ヶ月前とはいえ、確かめる価値はあるんだから」
「は、はあ」
「というわけで、やるんならさっさとやる。それとも、やめる?」
「とんでもない! やる、やります!」
「わ、わたしも!」

ギロリと睨まれて、姉妹は再び慌てて承諾した。

機嫌を損ねては大変、と事前に聞かされていたことが効いている。
それに、これほどの大魔術師に師事できる機会など、もう2度と無い可能性が大である。
勇磨と環がせっかく頼んでくれたことでもあるし、2人は何度も頷く。

「そ。なら、こっちに来て」

ユナは特に表情を出さずにそう言うと、先ほど入っていった扉とは逆のほう。
つまり、左側の扉の前へ移動し、振り向いた。

「早く」
「あ、うん」

促され、水色姉妹と御門兄妹も扉の前へ移動。
それを確認して、ユナは扉を開け、中へと入っていく。

姉妹も後に続いたのだが

「…えっ?」
「こ、これ…」

飛び込んできた光景に、文字通り固まってしまった。

「な、なんなの…?」
「ほえ〜、真っ白…。何も無いよ…」

一面、白い世界。

いや、雪が降っているというわけではない。
床も、天井も、空(?)も、何もかもが真っ白なのだ。
どこが床で、どこまで続いているのか、わからなくなってしまうほど。
天井だか空だか不明だが、その境界すらはっきりしない。

ふと気を抜くと、自分が立っている場所さえ、見失ってしまうかもしれない。

「勝手にここから見える範囲外には行かないで。
 出入り口はここにしかないから、見失うと、あなたたちじゃ二度と戻れなくなるわよ」
「わ、わかった」
「はい…」

頷くしかない姉妹。
それだけ、今のユナの言葉には説得力があった。

「なんなの、ここは…」
「私が普段、瞑想や修行するのに使っている場所。私が魔力で創り出した、
 完全に異空間だから、いくら魔力を放出しようと表にはバレないわ。安心して」
「そ、そう」

要は、工房に着くまでに通ってきた空間と同じだということか。
ユナの魔力によって形成されている、異次元だと。

「さて。まずは、あなたたちの実力から見ましょうか」
「じ、実力?」
「それがわからないと何もしようが無いし。じゃあ行くから」
「い、行くって?」
「実力は、実戦で測るのが1番効率がいいのよ!」
「ええっ!?」
「ちょ、ちょっと待っ――」

待ってくれるわけもなく。

「はあっ!」

ドンッ!

魔力を解放したユナは、いきなり魔法を放ってきた。
人間の頭くらいの大きさの火の玉だ。

「!! っく…」
「わーっ!」

姉妹は、それぞれ逆方向へと飛んで、火の玉を回避。
勇磨たちとの修行のおかげで、これくらいの体捌きならば可能になっている。

「無詠唱魔法!?」

上体を起こしたエルリスが、信じられないものを見たという顔で叫んだ。
何より驚いたことは、奇襲されたことではなく、詠唱無しで魔法を撃たれたことである。

「何を言っているの? 見くびらないで欲しいわね」

ドンッ!

「くぅっ…」

再び放たれた火球を、なんとか回避するエルリス。

「私は仮にも、『炎髪赤眼』と称される者よ。これくらい朝飯前」
「すごい…。きゃっ…」
「呆けているヒマなんか無いわよ!」

15歳にして、炎系の魔法を極めた天才魔術師。
火の玉を飛ばす程度ならば、詠唱などせずとも、このように連発できる。

思わず感心してしまうが、本当に、そんなことをしているヒマなど無かった。

目前に迫ってくる火の玉。
今から回避している余裕は無い。

「…氷よ!

エルリスは、瞬時に自らの魔力を活性させ、詠唱に入った。

我を守る盾と成せ! アイス・シールド!!

突き出した右手の先に、円形の氷で出来たシールドを形勢。
氷を利用した初級の防御魔法。火の玉を迎え撃つ。

ジュワッ!

「きゃあっ!」

だがそれでも、勢いを殺しきれずに、エルリスの身体は後方へと飛ばされる。
氷も一瞬で蒸発して消え去ったが、火の玉も中和されて消えていた。

「それがあなたご自慢の、氷の精霊の力ってワケね。なかなか」

表情を変えずに、ユナは呟く。
手加減して撃ったとはいえ、完全に<ruby><rb>打消</rb><rt>レジスト< /rt></ruby>されるとは思っていなかった。

自分は中級魔法を撃った。それを迎え撃ったのは初級の魔法。
正反対の属性という有利不利はあるものの、これだけ実力差、魔力差がある中で、
打ち消されてしまうとは想定外だったのだ。

「私は炎が専門だから、氷系は真逆で苦手なのよね。羨ましいというか、欲しい」
「む、無茶言わないで」

立ち上がるエルリスだが、実力差はいかんともしがたい。
いや、比べるのもおこがましい。

それだけ、今の自分の実力は、未熟だということである。
しかも、ユナにとっては苦手といえども、一般的に云えば超一流というレベルなのだ。

「どんどん行くわよ」
「くっ」

ユナが手に炎を灯し、続けて攻撃に行こうとすると

「お姉ちゃんばっかりいじめるなー!」

脇からセリスが突っ込んでくる。
それを知りつつ、ユナは不敵に構えた。

「規格外の大容量魔力保持者。どんな魔法を使ってくれるの?」

少し楽しみでもある。
ところが…

「それーっ!」
「ヨーヨー!?」

セリスが取り出したのはヨーヨー。
しかも、何個も持って振り回し、攻撃してくる。

「ちょっと、なによそれ」
「これがわたしの攻撃法なの!」
「なるほど、魔力で操ってるのか。でも…」

納得はしたユナであるが、期待はずれはいがめない。

「魔法は!?」

向かってきたヨーヨーをかわしつつ、ユナが言う。

「うぅ〜、魔法は苦手なんだよ!」
「それだけの魔力を持っていながら…」

なんというか、頭が痛い。
これからのことを思うと、頭を抱えたくなった。

「…わかった。わかったから、やめ。おしまい」
「へっ?」

魔力を絞り、ユナはやれやれと肩をすくめながら、終了を宣言する。
勢いを削がれたセリスは、目を丸くして、ユナとエルリスを交互に見る。

「そ、そうだ。お姉ちゃん大丈夫!?」
「え、ええ、たいしたことはないわ」

慌てて姉に駆け寄るセリスだが、エルリスには怪我も無かった。

「それよりも、ユナ、どういうこと? 途中でやめるなんて」
「そっちから仕掛けてきて、勝手にやめちゃうなんてひどいよー!」
「途中じゃない」

ユナは大きく息をつき、2人を見る。

「あなたたちの実力がわかったから、やめたのよ」
「え…」
「言ったでしょ。あなたたちの実力を見るためだ、って」

確かにそう言われた。
が、勝手に始めて勝手に終えられてしまうと、しっくりこないものがある。

「わかったことは、セリス」
「ふえ?」
「あなたは基礎中の基礎もなってない。
 ヨーヨーを操るのはいいとしても、本当にイチから始めないとダメだわ」
「うぅ、仕方ないじゃないか…。教えてくれる人がいなかったんだから…」
「やれやれ」

人類としては最高かもしれない魔力を持ちながら、魔法ひとつ満足に扱えない。
これは先が長くなりそうだと、ユナの嘆息も長かった。

「エルリスは…」
「……」

自分はなんと言われるのだろう?
息を飲むエルリス。

「まあ、こんなものか」
「え…」

ボロクソに言われることも覚悟していたので、拍子抜け。

「精霊の力があるとはいえ、私の魔法を防いだことは評価に値する」
「あ、ありがとう…」
「ただし、あらゆる点でまだまだ足りない。
 鍛えてあげるから、妹ともども、精進しなさい」
「は、はい!」

思わず丁寧な口調で頷いてしまう。
ユナが自分よりも勝っていることは明らかで、そういう意味ではお師匠様なのだ。

「それと、あなたはおもしろい剣を持っているみたいね」
「え? これ?」
「ちょっと見せてくれる?」
「う、うん。どうぞ」

エルリスはエレメンタルブレードをユナに渡す。
ユナは、ジッと食い入るように見つめて。

「これは、本当に面白い代物だわ」
「あの…?」
「あなたにはもったいないくらい。譲ってくれない?」
「だ、ダメ! これは父様からもらった大切なものなんだから!」
「冗談、冗談」

すごい剣幕で拒否するエルリスに、ユナは少し気圧されて。
そのまま持ち主へと返した。

「でも、面白いものなのは確か。いずれ説明してあげる。
 上手く使えば、並みの剣なんか比べ物にならないくらい、役に立つ一品なんだから」
「はあ」
「剣術は私じゃなくて、勇磨たちに習うのね。剣もやるつもりなんでしょ?」
「あ、うん。それはもちろん」
「だってさ、勇磨に環」

「わかってるよ」
「ほんの少しではありますが、来る前にも見ましたし」

見学していた勇磨と環。
話を振られて、頷く。

「じゃ、今日のところはコレでお終い。本格的なのは明日から」

ユナはそう言って、手をヒラヒラさせながら出入り口へと向かった。
途中、環に声をかける。

「環〜。おなかすいた。何か作って」
「あなたは私が来ると、いつもそれですね」
「私より上手なんだから当然。これでも褒めてあげてるのよ」
「そうは聞こえません」

そんな会話を交わしつつ、連れ立って元の空間へ戻っていくユナと環。
なんだかんだ言いつつも、勇磨の言う通り、仲が良いのだろうか?






というわけで、ユナの修行を受けることになった水色姉妹。
例の修行場において、エルリスとユナが対峙している。

「あなたのほうは、精霊を宿しているだけあって、魔力の基本は出来ているみたいだから、
 いきなり応用実践編に入るわよ」
「よ、よろしくお願いします!」

いきなり応用だと言われても、何をやらされるのか戦々恐々だが…
エルリスは気合を入れて、ペコっと頭を下げた。

「そう硬くならない。やることは至極単純だから」
「単純? 何をやればいいの?」
「これから私が、あなたに向かって炎の魔法を撃つわ」
「え…」

固まるエルリス。
何か? 攻撃されるということか? 自分が? ユナに?

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

エルリスは慌てた。

相手は超一流の魔術師である。対する自分は未熟もいいところ。
たまったものではない。

「そんなの受けたら、私、怪我じゃ済まないかもっ…!」
「安心して。何も、全力で撃とうってわけじゃないから」
「で、でも…」
「話は最後まで聞きなさい」

食い下がるエルリスに、ユナはひとつ息を吐いて、言葉を続ける。

「始めは初級中の初級魔法から始める。それを、あなたが自分の魔力を使って打ち消すの。
 あなたは氷の魔法を使うんだから、私の炎の魔法を打ち消すにはちょうどいい」
「……」
「慣れていくに従って、段々、階級と威力を上げていくから」
「それって、もし、失敗したら…」
「大丈夫。人間、必死になれば、たいていのことは何とかなるものよ」
「……」

そうかもしれないが…
エルリスは嫌な汗でいっぱいになる。

「それに、現在の限界を越える特訓をしてこそ、真の実力が引き出されて成長するものよ」
「……」
「いいわね?」
「…わかったわ」

迷うものの、結局はやることにする。
確かに、ユナの言うことももっともだ。
スパルタ過ぎる気もするが、これから歩もうとしている道は、長く険しいのだ。

これくらいのこと、乗り越えられないでどうする。

「いくわよ」
「………」

ググッと両の拳を握り締め、エルリスはそのときを待ち構える。

(私の氷の精霊さま。どうかお願い、力を貸して…!)

自分の中で”スイッチ”を入れる。
一瞬の間を置いて、全身に魔力が通っていくことを実感する。

準備、よし。

ファイア!

「…!」

来た!
人間の頭大の炎が自分に向かって飛んでくる。

氷よ! 彼のものを貫く槍となれ! アイシクル・ランス!

かざした手の先から、氷の槍が伸びていく。

炎と、氷。
両者は、直後に交錯した。

バシュッ!!

接触後、異なる魔力がスパークし、光を発生させる。
その光が収まると、もうそこには、何も存在していなかった。

「……成功、した?」
「とりあえずはね」
「よ、よかった…」

上手くいってくれてよかった。
エルリスはこれだけで、全身から力の抜ける思い。

ところが、ユナはまったく表情を変えずに

「次、行くわよ」
「ええっ!?」

間髪入れずに、次の行動へと入っていた。

「はい、2発目」
「わわわっ…! アイシクル・ランス!

大慌てで魔法を撃つエルリス。
ホッとしていたせいで、放つことは出来たものの、タイミングは完全に遅れてしまった。

ボンッ!

「きゃっ…」

だから必然的に、接触点が自分に近づいてしまい、余波をもろに被ることになる。
尻餅をつく格好だ。

「うぅ……いったぁ…」
「油断は大敵よ。誰が1発だけだなんて言った?
 実戦じゃなんでもありなんだから、一瞬たりとも気を抜かないこと」
「OK…」

確かに、これはあくまで修行だと、軽く見ていた面があった。
これが実戦だったのなら、自分は今ごろ、あの世に逝っている。

良い教訓になった。
自分でもそう思いながら、エルリスは立ち上がる。

「次! いつでもどうぞ!」

そして、目つきが変わった。

「大きく出たわね」

そのことに少しだけ満足しつつ。
ユナは3発目の発射態勢に入った。

「次は少し威力を上げるわよ。覚悟することね」





修行に入って、3日目。

ファイアストーム!

空と大地を駆け抜けし、凍てつく暴風よ。今ここに発現し、彼のものを打ち破ら ん!
 ブリザードッ!!

炎の波を、凍てつく吹雪が飲み込む。
性質の180度異なる魔力の奔流は、接触後、一瞬にして掻き消えた。

「お見事」
「はぁ……はぁ……やった……」

思わず、ユナからお褒めの言葉が出た。
エルリスは肩で大きく息をしながらも、うれしそうに笑みを見せる。

「正直、驚いたわ。僅か3日でここまでものにするなんてね。
 加減しているとはいえ、私の中級魔法を防いだんだから、誇っていいわよ」
「努力したもの…」

エルリスは順調に修行を続け。
ユナに中級魔法まで使わせるに至り、自身も中級魔法を操るまでになった。

成果は着実に実を結びつつあると言えよう。
それに比べて…

「ぶーぶー! お姉ちゃんばっかりず〜る〜い〜!」

不満そうな声が、彼女たちの脇から飛んでくる。
ずっと座り込まされているセリスからだ。

「ユナさん! わたしにも修行つけてよ! わたしも魔法使えるようになりたいっ!」
「あなたにも修行つけてるじゃない」

ユナはセリスのほうに視線を移すと、普段と変わらない口調で言い放った。

「基礎中の基礎、瞑想をね」
「ただ座ってジッとしているだけじゃんか〜!」

セリスがこう思うのも無理なかった。

彼女は3日前、修行に入ってからずっと、こんな格好を強要されていたのだ。
しかも、姉はユナから直接指導をされて、メキメキ実力をつけて行っているのに…

不満が溜まるのも当然である。

「わたしにもそれらしい修行つけてよ!」
「だから、きちんとさせてるじゃない」
「これのどこが修行なんだよ〜! ちっとも強くなってる気がしない〜!」
「あのね…」

深く、憂いを含むため息をユナがつく。
説明はしたはずなのだが、全然わかっていない。

「最初に言ったでしょ? 魔法は集中力がすべてだって。
 集中力を鍛えるのに、瞑想はうってつけなのよ」
「だからって……こんなのばっかり、退屈だよ〜」
「ダメね、全然わかってない…。いいこと? エルリスは多少なりとも魔法が使えて、
 魔力の使い方を知っていた。対して、あなたはどうなの?」
「う…」

セリスが言葉に詰まる。

「魔法を撃つことすらできなかった。そんなあなたに、すでに魔法を撃てるエルリスと
 同じ修行をさせられると思う? 同列に立てると思ってるの?」
「……思い、ません」
「でしょう。わかったら、集中して瞑想することね。
 そんなんじゃ、いつまで経っても応用編に入れないわよ」
「うぅ〜…。わかってはいても、出来ないんだよ〜…」

ブツブツ言いながら、セリスは仕方なく瞑想状態に入る。
が、持続したのは僅かに数分だけ。
5分も経つと、大声を上げてひっくり返ったり、ゴロゴロ転がったりする有様だ。

「それじゃ、ひとつ例題を挙げるわ」
「うん、どんなどんな?」

よほど退屈だったのだろう。
ユナがこう言うと、セリスは目をキラキラさせて食いついてきた。

それに呆れつつも、ユナは例を挙げる。

「周りに誰もいないところで巨木が倒れた。さて、音はした? しなかった?」
「したに決まってるよ」
「どうかしら? 音を聞くべき人物がいないのだから、確かめようが無いでしょ?
 もしかしたら、音はしなかったもしれない。でも、音はするはず………いったい?
 どうなってる? なんて考えているうちに、無我の境地に達するわ」
「倒れたんだから、音はするに決まってる!」
「いや、だからね…」
「誰もいなくても、音はするってば!」

「この子はダメかも」
「あ、あはは…」

心から疲れたため息をつくユナに、エルリスは苦笑するしかなく。
姉に比べて、妹の修行の進み具合は、極めて鈍行らしい。






後編へ続く




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