黒と水色

第10話 「不思議の森の賊退治」












滅びの街ラザローン。

前述した戦争が起きる前までは、国境の町として、それなりの賑わいを見せていた。
が、戦争で周囲の状況は一変。
痺れを切らした連邦側の無差別禁呪攻撃により、町は丸ごと壊滅。

以後、街が再建されることも訪れる人も無く、廃墟となって現在まで至っている。

「ここが……ラザローン」
「滅びの街…」

今、一行はラザローンの入口に立っていた。
水色姉妹が呆然と呟く。

当時の悲惨な名残をそのまま残す、朽ち果てる寸前な建物の数々。
形が残っているだけマシかもしれない。
禁呪の爆発的な攻撃力で、一瞬にして消え去ってしまったものがほとんどだろうから。

所々に見える、次元の違うような威力で地面に開いた大穴が、禁呪のすさまじさを物語っているのだ。

「禁呪攻撃による犠牲者は、王国兵とラザローン市民を合わせ、およそ2万5千人と云われています」
「展開していた王国兵が1万ほど。当時の街の人口はおよそ1万5千ほどですから、
 ラザローンは文字通り、全滅という結果になったわけですね」
「くわばらくわばら」

環とメディアが揃って解説。
大げさに肩をすくめて見せる勇磨だ。

「戦争は嫌だね」
「もちろんそうです。2度と起こって欲しくは無いものですが」

「………」
「………」

話している傍らで、水色姉妹は廃墟の様子を眺めているだけ。

ここは2万5千人もの犠牲者が出た現場。
その方法も禁呪という触れてはいけないものだっただけに、少し刺激が強すぎたようだ。

「さて、こんなところにいてもしょうがない」
「メディアさん。エルフの森に案内してください」
「はい。こちらです」

メディアの案内で廃墟を離れ、前に見える森へと近づいていく。
視界一面を覆う、広大な森林地帯だ。

「いま見えている森が、わたしたちエルフが住んでいる森です」
「ラザローンの大森林…。話には聞いたことがありますが、実際に目にしてみますと、
 またすごいものですね」
「戦争前はもっと広かったんですけどね。戦災の余波で、かなりの木々が燃えてしまいました。
 失われた緑が回復するには、長い年月が必要です」

今以上に広かったというのか。
ちょっと想像のつかない範囲である。

さらに歩いて、周囲の草原地帯と森とを分ける、境目までやってきた。

「みなさん」

ここで、先頭を行っていたメディアが立ち止まり、振り返りながら言う。

「ここから先がエルフの森になるわけですが、くれぐれも、わたしから離れないでください」
「え、どうして?」
「森が深いということもありますが」

尋ねるエルリスに、メディアが表情を険しくしながら説明した。

「うっかりわたしたちのテリトリーに踏み込みますと、無限空間に迷い込み、
 下手をすると2度と出てこられません」
「え…」
「侵入者を排除するためのトラップだと思ってください。
 それに、いつ、賊が現れるかわかりませんから」
「わかったわ」

どうやら、考える以上に、この森は危険なようだ。
賊たちはそのことを理解しているのだろうか?

「では、行きますよ」

再びメディアを先頭にして、森の中へと入る。

道なき道を行く。
高さ数十メートルはありそうな大木が林立し、昼間だというのに薄暗い森の中。
日光が届かないのでひんやりとした空気。

なんと表現したものか、妖しい雰囲気に包まれた森。

「なるほど、『不思議の森』…か」
「よく言ったものですね」

ラザローンの大森林は、昔から、遭難者が後を絶たない樹海として知られている。
一歩、道を外れてしまうと、たちまちのうちに濃い霧に包まれ、2度と外へは出られないというのだ。
遭難しなくても、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりと幻想的な体験をする者が多く現れたことから、
いつしか付いた名が『不思議の森』だったりする。

今にして思うに、その”濃い霧”というのは、メディアが言ったエルフたちの自己防衛なのだろう。
また、奇跡的に生還した者が話したという『誰かに導かれた云々』という話も、
人間に里へと踏み込まれるのを恐れた、エルフの助け舟だったのかもしれない。

「なんだか凄いところだね〜」
「その一言で済ますあなたのほうが、よっぽど凄いと思う…」

陽気なセリスの言葉に、はあっ、と息を吐くエルリス。
ハイキング気分なのは勘弁して欲しいものである。

どれぐらい歩いただろうか。

「………」

「…メディア?」

唐突に、メディアが歩みを止めた。
後ろの一行は首を傾げつつ、彼女を窺う。

「…尾けられているようです」
「え?」
「そんなはずは…」

ぽつっとメディアが漏らした言葉。
御門兄妹は驚愕して、後ろを振り返った。

例えどのような状況だろうと、周囲の警戒を怠ったりはしない。
少なくとも、悪意を持った人物が近くにいるのなら、すぐにわかるのだが…

「わからないのも当然かもしれません」

少し慌てた様子の御門兄妹へ、メディアがこんなことを言う。

「程度の差はあるにせよ、この森は全域が、わたしたちエルフのテリトリーに含まれます。
 いわば自然に、エルフの施した知覚遮断の呪法がかかっている状態なのです」

「……つまり」
「エルフ以外の、私たちの感覚はまるで通用しないと、そういうことですか」
「はい」

勇磨と環は顔を見合わせ、お互い、微妙な表情を見せる。
使い慣れた感覚が当てに出来ないとなると、妙に心細くなるものだ。

「とにかく、このまま付いてこられてはたまりません。お願いします」
「ん、了解した」

なんにせよ、賊は排除しなければならない。
メディアを残し、他の4人はすぐに後方へと向き直って、態勢を整える。

「バレちゃあしょうがねえっ!」
「おおっ!」

すると、感づかれたと見たのか。
周囲の木々の合間から、複数の男たちが現れた。

手に斧、頭には覆面。みすぼらしい格好。
いかにもな”賊”の登場である。

「貴様らも、この森にエルフが住んでるって聞きつけてきたんだな?
 お宝を横取りしようったってそうはいかねえぞ! 野郎ども!」
「おうっ!」

「なんか、勘違いされてるな」
「どうでもいいしょう。私たちは私たちの役目をこなすだけです」
「そうだな」

エルフがいる=宝物がある、と賊たちは見ているようだ。
実際はどうなのかわからないが、自分たちは、依頼を遂行するのみ。

「エルリス、セリス。大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
「殺さずに済む方法、わたしなりにちゃんと考えたから」
「ほお?」

どんな方法だろう?
セリスが考えたということもあって、非常に興味を惹かれた。

「じゃ、お手並み拝見といきますか」
「任せて!」

自信たっぷりに頷くセリス。

「やっちめ〜!」

ちょうど突撃してくる賊たち。
さて、セリスはどんな手を取るのだろう。

「ユナさんに教わったのは、何も攻撃魔法だけじゃないよ!」

セリスは、バッと一歩を踏み出して。

「精神と魂を司りしものよ……際限なき混沌の海よ……」

「あ、これ…」

詠唱を始めるセリス。
何かに気付いたのか、エルリスが呟く。

「ご存知なのですか?」
「ええ、私も一緒に習ったから」

環に訊かれ、答えるエルリスは、なぜだか苦笑している。

「私は全然できなかったんだけどね。やっぱり私、氷以外の魔法は使えないみたい」
「どんな魔法なんだい?」
「見ていればわかるわ」

勇磨にも尋ねられるが、これについてははぐらかした。
今度は微妙な表情である。

「失敗しなければ、の話だけどね。あの子も、風魔法以外の成功率、低いから…」
「おいおい」
「一応、いつでも助けに行ける準備はしておきます」

御門兄妹も苦笑した。

どんなに有効な魔法であれ、成功しなければ意味は無く、一転して窮地に陥ってしまう。
セリスの修行中の模様を知っているだけに、一同は心配顔だ。

「今こそ汝の力を解き放ち、彼の者、深遠なる暗闇へといざないたまえ!」

詠唱完了。
迫ってくる賊たちを睨みつけ、セリスは魔法を発動させた。

「スリープ!!」

「…? うわっ、なんだ、こ…りゃ……」
「……急に……眠く……」
「むにゃ……」

すると、賊たちを白いガス状の物質が包み込んで。
賊たちは、その場にバタバタと倒れこんでいった。

「zzz…」
「んが〜」

寝てしまったようである。

「やった成功した!」

その模様を見て、喜びを爆発させるセリス。

「どうどう? 眠らせちゃえば、制圧するのは簡単だよね!?」

「なるほど」
「お見事です」

ぽんっ、と手を打つ勇磨。
今度は素直に感心している環。

確かに、どんな剛の者でも、眠っている間は無防備だ。

「さあ、今のうちだよ!」
「了解〜っと」

眠っているうちに捕獲だ。
用意しておいたロープで拘束しておく。

(それにしても、上手くいってくれてよかったわ)

作業をしつつ、エルリスはそんなことを思う。

(セリスはこれを1人で考えたのか。私も負けてられないわね)

対抗意識に燃える。
自分は補助系の魔法は一切使えないから、何か別な方法を考えなければ。

賊たちを縛る作業を終える。
大きな木にくくりつけるようにして、それぞれの自由を奪った。

「さてセリス。もういいわよ。起こして」

このままにもしておけない。
説得するか、脅すかして、この森から退去させねばならないのだ。

「へ? 起こす?」

だが、姉からそう言われたセリスは、なんのこと、とばかりに首を傾げる。

「そのうち起きるんじゃない? 起こす方法なんて知らないよ?」
「そういえば、ユナもそんなことは言ってなかったっけ…」

睡眠魔法は、いったんかかると、覚醒までの時間はまちまちである。
一瞬で目覚めることもあるし、何時間と寝ていることもあるのだ。

「でも、そんなに待ってられないわ」
「じゃあ、叩いたりすれば起きるんじゃないかな?」
「叩くのね? よーし」

バッシーンッ!!

「…うわ」
「お姉ちゃん、容赦ない…」

思わず目を背ける勇磨。
セリスでさえ苦笑するほどの、見事なビンタだった。

「こんな連中相手に、情けなんてかけてられないわよ」
「あなたも過激になってきましたね…」

環でさえ、顔を少し引き攣らせるほどだ。
誰の影響でしょうか、と小声で呟く。

しかし。

「…セリス。起きないんだけど」
「おかしいな〜」

殴られた男、一向に起きる気配が無い。

「何か刺激が加われば起きると思ったんだけど。
 ユナさんも、何かの拍子に目覚めることもあるから気をつけろ、って言ってたし」
「刺激が足りないのかしら? ふんっ!」
「わ〜…」

ビンタ、ビンタ、ビンタ。
思わず賊に同情してしまうセリスである。

だがしかし。

「……起きないわね」

この男は、両頬を真っ赤に腫らしながらも、平気で寝息を立て続けていた。
エルリスの息のほうが上がっている。

「セリス、どうなってるのよ?」
「う〜ん……力の加減を間違えたかなぁ?」
「それって…」
「あ、あは、あはははは」

魔力を制御する技術は、ユナ曰く『初等学生並み』というセリスである。
力加減を間違えたということは、充分にありえた。

…即ち。

「いつ起きるの、この人たち…」
「あはははは……いつだろうね?」

魔力の込めすぎ。
セリスの乾いた笑い声が痛かった。

「おいおい」
「先ほどの言葉、取り消します…」
「やれやれ」

苦笑の勇磨。ため息の環とメディア。

有効だと思われた方法だが、効果がありすぎたようだ。






その後も、賊退治は順調に進んだ。

「セリス! また起きないわよ!」
「え、えーと…」

順調……に進んだ。

「きゃー心臓が止まってる!」
「え…」

順調…

「し、心臓マッサージ!」
「こっちは呼吸が!」
「………」

………。(汗)
とにかく、人数だけは確保していっているのである。

捕らえたうちの数人には

「即座にこの森から出て行き、2度と近づかないと誓え」
「ふん、誰が」
「あっそう。じゃあ、一生このままだなあ」
「なっ」

「誓いを立てるか、今すぐこの場で果てるか、選びなさい?」
「ひいっ!?」

勇磨と環が脅しを効かせる。
特に環の場合、死と交換条件で、凄みがあるものだから、成功率は高かった。

また、セリスが魔法を失敗して、戦闘になったとしても

「よっ」
「はい、どうぞ」

前衛に立った勇磨と環が、突っ込んできた賊の勢いを殺し、
ついでにバランスを崩して後ろへ逸らす。

基本的に技量が違うので、この程度の芸当、朝飯前だ。

「OK! せいっ!」

「ぎゃっ!」
「ほげっ!」

そして、後ろで待ち構えていたエルリスがとどめを刺す。
無論、命を奪うということではなく、気絶させる程度のダメージを負わせるのだ。

「結構、力加減が難しいのよね…」

あまり力を入れすぎると、重傷を負わせてしまうので、エルリスも楽な仕事ではない。
が、それが勇磨や環の狙いでもある。

自発的に戦闘の力加減を考えさせ、効率的な戦い方を覚えてもらうためだ。
実戦経験に乏しいエルリスにとっては、得がたい体験になるだろう。

「お、覚えてろよ〜!」

今もまた、1人を脅して解放した。

「ねえ勇磨君、環。逃がしちゃって本当にいいの?」
「いいのいいの」

ふぅ、と息を吐いたエルリス。
疑問に思ったことを訊いてみるが、返事は肯定するものだった。

「でも、逃がしたヤツが、親玉を連れて戻ってくるんじゃ?」
「それが狙いだよ」
「え?」

自分が危惧していることが狙いだとは、どういうことか?
エルリスは驚いた。

「こういう組織はね、頭を潰さない限り、何度でも蘇るから。
 逆に、頭さえ抑えてしまえば、あとはどうにもなるってこと」
「頭を抑えて更生させれば、その組織全体が生まれ変わることにもなりますからね」
「へえ、そうなんだ」

要は、親玉を呼び出すためにやっている、ということなのか。
言われてみればその通り。エルリスは非常に感心した。

「ちゃんと考えてやってるんだ」
「エルリス…」
「あなた、私たちをなんだと思ってます?」
「あはは、冗談よ冗談」

けらけら笑うエルリスに、御門兄妹はため息だ。
原点では、姉妹での違いはほとんど無いらしい。

「とか言っている間に、お出ましのようですよ」
「む」

脇に控えていたメディアがそう告げる。

「お、親分! あいつらですぜ!」
「そうか。やいやいやい!」

逃がした連中が、親玉を連れて戻ってきた。
数人の取り巻きを従えて、中年くらいの髭面の男が、高圧的に叫ぶ。

「俺様の部下どもをかわいがってくれたようだな。その礼、たっぷりとさせてもらうぜ。覚悟しな!」

親分はそう言うと、持ってきた大鉞を掲げた。

「一応、言っておくけど。素直に森から出て行く気は?」
「ふざけるな。俺様たちが先にツバをつけたんだぞ!」
「あっそう。交渉は決裂か」

予想通り、聞き入れてはもらえなかった。
やれやれと肩をすくめ、仕方ないと刀に手をかけたところ

「勇磨君」
「え?」

エルリスが声をかけてきた。

「私にやらせて」
「…わかった」

その目が、あまりに真剣で。
勇磨は頷いた。

「お姉ちゃん!」
「大丈夫。殺しはしないし、もちろん死ぬ気も無いわ」

驚いたセリスは引き止めるものの、エルリスは聞かず。
ずんずんと親玉に向かって歩を進める。

「なんだあ女? おい、女は引っ込んでろ!」
「女だからって舐めないで。これでもハンターなのよ」
「後悔するなよ。てめえらは手を出すな!」

親分は、周りにいる部下たちにそう命じ。
エルリスを上から下まで、舐め回すようにジト〜ッと眺めると、にやりと笑みを浮かべる。

「まだガキだが、よくよく見るといい女じゃねえか。くっく、こいつは後が楽しみだな」
「………」

下衆な笑みで、何を考えているか、一発でわかってしまうが。
エルリスは真剣な表情のまま親分を睨みつけ、集中を切らさない。

かなりの決意があるようだ。

「その目…」

そんな様子が癪に障ったのか。

「気に入らねえんだよおっ!」

叫んで鉞を振りかぶり、エルリスへと突進。

「だりゃあっ!」
「…!」

初撃を回避。
大振りに振り回すだけの一撃だったので、容易だった。

「くっ、このっ! 逃げ足だけは速いようだな…」
「……」

息を切らし始める親分。
一方で、エルリスの集中は途絶えない。

(一瞬が勝負……一瞬が……)

集中力を最大限に保ったまま、そのときを待つ。

「いい加減にくたばりやがれ!」
「!! 今っ!」

そして、チャンス到来。
エルリスは、親分が鉞を掲げた隙を見逃さず、ずいっと懐へ飛び込んだ。

「なにっ!?」
「ふっ!」
「ぐわっ! ごふっ…」

当身を喰らわせ、みぞおちへ拳を見舞った。
思わず、二歩三歩とあとずさる親分。

女の細腕といえども、勇磨らとの修行で、筋力は飛躍的に上昇している。
カウンターパンチには充分だった。

「たあっ!」
「っ! げはぁっ!」

さらに追撃。
踏み出す瞬間のタイミングを狙って足を払い、見事に背中をつかせることに成功した。

「このやろ――」
「勝負あり、ね?」
「ぐ…」

ここで抜刀。
切っ先を親分の鼻先に突きつけ、決着を宣言する。

「ほ〜」

見ていた勇磨たち。
感嘆の声を上げていた。

「エルリスのヤツ、いつのまにあんな体術を」
「私が軽く教えはしましたが、当時よりも洗練され、だいぶ形になっています。
 ユナさんにでもさらに習いましたかね。無論、本人の努力があったからこそでしょうが」
「なるほど。ユナは格闘も一流だからな」
「お姉ちゃん、すごい…」

魔術師の弱点は、魔法”しか”扱えない点に尽きる。
魔法を撃てない状況に追い込まれると、戦闘力は一気に落ちてしまう。

この点を考慮して、ユナは格闘術でも抜きん出た実力を持っている。
エルリスは剣を扱えるが、一念発起して、環からかじった程度だった体術を磨いたのだろう。
一緒に修行していたセリスでさえ、気付かなかったことである。

さて、視点をエルリスに戻そう。

「さあ、どうするの? 負けを認めて、この森から去る?」
「ぐぬぬ…」
「認めないんだったら…」
「わ、わかった! わかったから、剣をしまってくれ!」
「よろしい」

環並みにすごんで見せたエルリス。
親分も、剣を突きつけられては何も出来ず、降参せざるを得なかった。

(ふぅ……なんとか上手くいったわ)

志願しての戦闘。
どう転ぶかと思ったが、どうにか成功した。

安堵のため息をつき、剣を収めるエルリス。

「馬鹿め!」
「えっ?」
「勝負ってのは、最後の最後までわからねえんだよっ!」
「あ…」

だが、一瞬でも気を緩めたのは失敗だった。
降参したはずの親分が起き上がり、隠し持っていたナイフを抜いて、突進してきたのだ。

咄嗟のことで、エルリスは動けない。
もうダメか、そう思われた瞬間

ガキーンッ!

鋭い金属音がして、親分の手からナイフが飛んでいった。

「危ないところだったね、エルリス」
「ゆ、勇磨君…」

勇磨が駆けつけて、抜刀一閃。
親分の持っていたナイフを正確に捉え、弾き飛ばしたのである。

「油断大敵。よくわかったろ? 最後まで気を抜いちゃダメ」
「ええ……ごめんなさい…」
「次からは気をつけるように。それまでは良かったよ」
「ありがとう。でも、まだまだね私」

認めてもらい、強張っていたエルリスの顔も、少し緩んだ。

「……さて」
「うっ」

エルリスには笑顔を向けた勇磨。
しかし、その顔つきが一瞬にして変わり、殺気を剥き出しにして親分を睨みつけた。
ビクッと反応する親分。

「随分な真似をしてくれるじゃないか、え?」
「う……うぅ……」

ガタガタ震えだす親分。
殺気は周りの部下たちにも向けられ、彼らも冷や汗を流していることだろう。

「次にこんな真似をしてみろ」
「……」

最大限に膨れ上がる殺気。
親分は、生きている心地がしなかったろう。

「殺すぞ?」

「……は……はいぃぃぃ……」

情けなくも、親分はその場で腰を抜かし、失禁。
先ほどの誓いを遵守させられた上で、盗賊稼業からも足を洗うことを約束させられた。

部下に両脇を抱えられながら、親分は森を後にしていく。
縛っていた部下も解放。
これだけしてやれば、再起は叶うまい。

「……ふー」

去っていくのを見届けて、放出し続けていた殺気を抑える勇磨。

「お疲れ様でした、兄さん」
「ん? ああ」

「……」
「……」

環はすぐに歩み寄って声をかけるものの、水色姉妹はそうもいかなかった。
彼女たちも足がすくんでしまい、動けなかったのだ。

直接、殺気を向けられたわけではないが、彼女たちにとっては、それほどの衝撃だった。

「勇磨君………あんな顔もするのね……」
「こ、怖かったよ…。震えちゃって……まだ足が震えてる……」

初めて見た、勇磨の冷酷な一面。
人を殺したこともあると言っていた、裏の一面。

冷や汗を拭う水色姉妹。

「あれが、彼らの内面」

「「え…」」

いつのまに隣に立っていたのか。
気付くとメディアがいて、そんな声が聞こえたと思ったら、彼女は勇磨たちのもとへ歩いていった。

「内面…?」
「どういう、こと…?」

言われた意味がわからず、戸惑う水色姉妹。

何か?
あんな冷酷な顔が、勇磨たちの本性だとでもいうのか?

「……違うわ」
「……違うよ」

……ありえない。
同時に同じことを考えた姉妹は、同時に首を振っていた。

「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いや、なんのなんの」
「お仕事ですしね。普通にこなしただけに過ぎませんよ」

「…そうよね、セリス」
「…うん。今の顔が、本当の顔だよ」

メディアから労われ、微笑んでいる勇磨と環。
そんな様子を見ながら、水色姉妹は、一瞬でも湧き上がってしまった変な考えを払拭するのだった。





第11話へ続く

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