黒と水色

第12話 「盗賊団を討て!(後編)」








その頃、命とセリスは、どうしていたか。

「う〜ん」
「見つからないね」

他の出入り口を探して、建物周りを巡っているのだが。
2人の呟きからわかるように、成果は芳しくなかった。

考えてみれば、このようなアジトで、侵入路をいくつも用意しておくのは愚の骨頂だ。
抜け穴的な通路はあるかもしれないが、表立った場所に、2つも3つも入口は無いか。

「参ったわね…」
「あっ、命さん」

命がため息をついたとき、セリスが声を上げる。

「何か見つけた?」
「うん。ほら、あそこ」
「あれは…」

セリスが指し示した先を見上げる命。

4メートルほどの高さに、人が通れるくらいの窓があった。
しかも、上手い具合に開いている。

「…あそこからなら入れるか」
「でも、ちょっと届かないね」
「足場になるようなものも無し…か」

だがもちろん、2人の身長では手は届かないし。
足場に出来るような場所も無し。
登るにしても、何も無い垂直な壁を登るのは、現状では困難である。

「どうしよう命さん?」
「う〜ん…。ここをこのまま捨てるのは惜しいわね。他に見つかりそうも無いし…」

ざっと見てきた感じでは、他の正規の入口というのはありそうもなかった。
侵入してから時間が経っていることもあるし、これを逃すと、内部へ侵入できるチャンスをも
逸してしまうことになりかねない。

「よし。じゃあこうしましょ」
「ほえ?」





同時刻。
アジトの入口の門。

「は〜、かったるかった」
「まあそう言うな。これで交替だからよ」

見回りに出ていたのだろうか。
2人の盗賊が、アジトへと戻ってきた。

が、異変に気付く。

「…ん? 見張りがいねえぞ」
「何やってんだよもう。1人は必ず立ってろって言われてるじゃねえか。
 あーあー、また親分に怒られる」
「ったく、勘弁しろよ」

門を守っていなければならない見張りが、どこを見ても見当たらない。
2人は愚痴を零しながら中へと入り、すぐ脇にある下っ端用の宿舎へと入っていった。

そして、驚くことになる。

「「んーっんーっ!!」」

「「…!」」

そこには、縄で拘束され、口を布で塞がれた仲間がいたのだから。
無論、最初に御門兄妹に倒され、気を失っている間に縛られ、運ばれた結果である。

「な、なんだ、どうした!?」
「くっ、侵入者か!」

侵入、気付かれる。





場面は戻って、開いた窓の下の命とセリス。

「よし。いつでもいいわよ」

壁を背に立っている命。
離れた位置にいるセリスへ、準備完了だと告げる。

「…本当に大丈夫? 潰れたりしない?」
「疑り深いわね。大丈夫よ、来なさい」
「う、うん」

当のセリスは、なにやら不安がっている模様。
それでも、頷いて。

「じゃあ、いくよ!」

命に向かって突進を始めた。
2人は何をするつもりなのだろうか。

「…!」

命は、グッと腰を落とし、全身に力を入れて。
腹の前で両手を組み、セリスが来るのを待ち受ける。

セリスは、瞬く間に命に迫る。

「それっ!」

目前まで迫ったとき、セリスは力いっぱい踏み切ってジャンプ!
本当に、命へ突進する気なのか?

もちろん違う。

「はああああっ!!」

命は踏み切って飛び上がってきたセリスの足を、組んだ両手で受け止め。
全身全霊の力を込めて、上へと跳ね上げる。

「セリスッ!」
「任せて! とりゃあっ!」

セリスも、再度、命の手を踏み台にしてジャンプ。
手を伸ばし、窓へと…

「ふぎぎぎぎっ…!」

しがみつき、踏ん張って、なんとか身体を持ち上げて。
窓を突破することに成功した。

「命さーん。上手くいったよ〜♪」
「ふぅ」

上半身だけを外に出して、セリスは満面の笑みで手を振って見せる。
安堵の息を吐く命。

「次は私の番ね。セリス。しっかり掴まえてよ」
「おっけ♪」

彼女たちの作戦はこうだ。

まずは命が土台となって、セリスを窓へと跳ね上げる。
残った命は、最大限のジャンプをして、壁に足を着くのと同時にもう1回、壁を蹴る。
高さが限界にまで達したところで、伸ばした手をセリスが掴み、引き上げる。

「よし…」

命が助走に入ろうとした瞬間。

「…! いたぞ!」
「侵入者だ!」

「!」

向こうから叫び声。
見れば、盗賊たちがわんさと湧いて出てくるところだった。

「まずい、見つかった」
「命さん、早くっ!」
「わかってるわよ!」

こっちへ来られる前に、窓へと滑り込まなくては。
猛然と走り出す命。

「せえっ!」

壁に向かってジャンプ。
ついた右足で、今度は、自身の身体を垂直に跳ね上げる。

「命さん!」
「セリス!」

両者、可能な限り手を伸ばす。

「「…あ」」

しかし、命が伸ばした手を、セリスの右手が空振り。
思わず固まりかける2人。

「なんの!」
「…!」

ところが、間一髪。
セリスの左手は、命の手をキャッチしていた。

「よいしょーっ!!」

そして全力で命を引き上げる。
無事に、命も窓からの侵入に成功した。

「くっ、逃げられた!」
「回り込め! あっちだ!」
「親分にも報告しろ!」

一方で、取り逃がすことになった盗賊たち。
わめき散らしながら、どこぞへと走っていく。

「はあ、はあ…」
「はふ〜」

建物の中へと入った命とセリスは。
とりあえずの危機脱出に、壁を背にしてへたり込んでいた。

「は〜、スリルあったねー。どうなることかと思ったよ〜」
「それ、私のセリフ…」

あっけらかんと言ってのけるセリスに、命は脱力するしかない。
空振られたときは、本当にどうなることかと思ったのだ。

「…って、こんなことをしている場合じゃないわ」

気を取り直し、命はすっくと立ち上がった。

「見つかっちゃったし、手早く仕事しないと」
「うん」

セリスも立ち上がる。
2人とも、表情は真剣そのものだ。

「いちいち探している余裕なんて無くなったから、一気に頭を狙うわよ。
 カンダタを捜し出して倒して、『海燕』の在り処を吐き出させてやる!」
「うん!」

2人は、カンダタの居場所を求めて、駆け出していった。





さらに同時刻。
地下洞窟内。

「さて、エルリス」
「うん」

落とし穴に引っかかった勇磨とエルリス。
これから脱出開始だ。

「右手と左手、出口はどっちだと思う?」
「う〜ん…」

洞窟なのだから、どちらかに行けば、外に出られると思う。
まさか、土中の閉塞した空間だということは、考えたくもない。

「なんとも判断がつかないわね…」

勇磨に抱き上げられたまま、エルリスはう〜むと唸っている。

秘密を打ち明けてもらったことで、なにやら吹っ切れてしまった彼女。
黄金化している勇磨にもすっかり慣れて、抱かれている状況も気にならないご様子。

むしろ、心地よいと感じ始めていたりする。
歩けない怪我をしているのは事実だし、それならば、と堪能することにしたのだろうか。

「風の流れとか、何か理由付けしてくれるものがあればいいんだけどなあ」
「まったくの無風……というか、あなたのそれで、よくわからなくなってるわ」
「はは、ごめん。こういうものなもので」

勇磨が黄金化したことで、周囲に不可視のオーラが噴き出ている。
自然の風を感じ取るのは不可能だった。

「仕方ない。こうなったら、勘に頼るしかないな」
「じゃあ……こっち!」

まさしく当てずっぽうで、エルリスが示したのは右手。

「姫の御心のままに」
「ふふっ、なによそれ」

エルリスの意向を受けた勇磨は、わざと恭しくそう言って。
おかしそうに笑うエルリス。

今の状況にかこつけたのだろうか。
まあ、自分のことを”お姫様”だと言われて、うれしくないわけはない。

「じゃ、もっと雰囲気を出しましょうか」
「え? お…」

調子に乗ったエルリス。
自らの手を、勇磨の首に回した。

「どう?」
「か、からかうなよ」
「あー、赤くなった」

けらけら笑うエルリス。
なぜだか、面白おかしくてたまらなかった。

「なんだか意外。勇磨君も、しっかり”男の子”なのね」
「な、なに言ってるんだ」
「だってさ。いつも環と一緒だから、女の子に興味ないのかと思って」

エルリスは笑いながら言うのだ。
冗談なのか、本気なのか。

「環は妹じゃないか。一緒にいるのは当然だし…」

勇磨にはそれがわからなくて。
だから、少し焦り気味に言う。

「その………まあ、俺も男であって……」
「そうよね」
「なんていうか……かわいい女の子とくっついてれば、そりゃ照れるわけであってね…」
「え…」
「と、とにかく! 至極正常な反応であるわけだ、うん!」
「そ、そう」

無理やりそう結論付ける勇磨。
エルリスのほうも、ドキッとさせられていたりする。

(”かわいい女の子”って……え? ええっ?)

何気なく言われた、不意を衝かれる一言。
そのものズバリの状況を、そのものズバリで切り返された。

現在、勇磨とくっついているのは、自分であるわけで。
他には女の子どころか、1人もいないわけで。

(わ、私のこと?)

面と向かって、”かわいい”だなどと言われたのは初めてだった。

「………」
「………」

お互い、気まずくなってしまったのだろう。
その後しばらくは、2人の間に会話は生まれなかった。





ドタドタドタッ…!

「急げっ!」
「こっちだ!」

盗賊の集団が、廊下を駆け抜けていく。
環はそれを、物陰に隠れてやり過ごした。

(騒がしくなってきましたね)

忍び込んで以来、ずっと静かだったのだが。
ここにきて急に、盗賊たちが慌ただしく動き始めた。
身を隠す必要に迫られたのは、これで3回目である。

(さては、誰かさんがヘマでもやらかしましたかね?)

見つかってしまった、と考えるのが自然だろう。
あえて「誰が」とは言わないが、自分以外となると、自ずと見えてくる。

(…仕方ありません)

今の今まで、これからどうするか、迷っていたのだが

(兄さんたちは後回しにして、盗賊団の壊滅を優先させるとしますか)

決断した。

相変わらず、兄たちの手がかりは何も無いので。
とりあえず、目先の厄介事を片付けてしまうことにする。

「さて…」

環は、命たちと合流すべく、物陰から出た。





ドタドタドタッ…!

「…ふー」
「危なかったわね」

セリスと命。
彼女たち2人も、危うく難を逃れたところだった。

「こんなんじゃ、身体はもちろん、気力が持たないよー」
「我慢しなさい。こんな程度で音を上げてちゃ、ハンターなんて務まらないわよ」
「う〜」

早くもぐったりしているセリス。
初めての経験だろうから無理もないが、先が思いやられる。

「って、のんきに話してる余裕なんて無い」

ため息をついた命だが、すぐに気を取り直す。

「いちいち雑魚を相手にしてたんじゃ、セリスの言うとおり身が持たない。
 さっき言ったとおり、一気にカンダタを目指すわよ」
「うん。でも命さん、カンダタがどこにいるのか、わかるの?」
「そういうのはね、相場が決まってるものなのよ」
「相場?」

不思議そうに聞き返したセリスへ、命は自信満々に言ってのける。

「そう。ボスっていうのはね、1番上か、1番下にいるものなのよ」
「そうなの?」
「ええ。見た感じ、カンダタは最上階にいると見て間違いないわ」
「ふうん」

根拠はまったく無いことなのであるが。
命がそう言うのなら、と納得してしまうセリス。

「というわけで、階段を探すわよ」
「うん」

周囲に人の気配が無いことを確かめ、陰から出る。
あたりを警戒しながら、慎重に歩を進め、首尾よく上り階段を発見した。

見える範囲には、敵の姿は無い。

「行こう、命さん」
「待った」
「ほえ?」

さっそく昇っていこうとするセリスを呼び止める。
何もわかっていない様子なので、命は頭を抱えた。

「あのね…。階段は危ない場所だって、わかってる?」
「へ? どうして?」

やっぱりわかっていない。
軽く頭痛を覚えた。

「逃げ場が無い上に、狭い一本道でしょ。敵に防備を固められたら通るのは至難の技だし、
 だからこそ封鎖されている可能性が高いわけ。わかる?」
「言われてみれば…」
「やれやれ」

ようやく気付いたのか。
ため息をつかされるのは何度目か、数えるのも馬鹿らしい。

「でも、私たちが目指すのは最上階。何があろうと、辿り着かなきゃいけない」
「うん」
「敵がいようといまいと、一気に突っ切るわよ。まあ、ほぼ間違いなくいるでしょうけど。
 覚悟を、今のうちに決めておきなさい」
「………」

そう言われたセリスは、しばし、無言で佇んでから。

「…うん、いいよ」

やる気に溢れる顔で頷いた。
気迫に満ちているようで、とりあえず安心する。

「いいわね? 行くわよ。3、2、1、ゴー!」

命の合図で、猛然と階段を昇っていく。
2階の様子が見えてくる。

道は左右に伸びていっているようだ。
敵の姿は無い。

「命さん! どっち!?」
「右よ!」

正しい道などわからない。
まったくの山勘だが、2人は階段を昇りきると、そのままの勢いで右に折れた。

少し先に、左側に折れている道がある。
そこに階段があってくれることを願い、左折する2人。

「階段!」
「やったラッキー!」

上り階段があった。
歓喜する2人。

「命さん冴えてるね!」
「それほどでも!」

ここまでは非常に順調。
道も合っていたし、敵にも出会っていない。

だが、これから先はどうか。
気を引き締めなおし、階段を昇る。

3階…

「…! うおっ!?」
「と、止まれっ!」

登りきったところに、数人の盗賊。

「チッ! 突破するわよ!」
「うん!」

構うものか。
走るスピードはそのままに、命は愛刀の柄に手をかける。

「ここは任せて!」
「え?」

が、抜くよりも前に、セリスがこう発言。
次の瞬間には、彼女は行動に出ていた。

<B>「ウインドストーム!」</B>

「…う……うおおおおおおお!!」
「飛ばされ……うわああああああ!!」

魔法の発動と共に、荒れ狂う暴風が巻き起こる。
盗賊たちはとても堪えきれず、吹き飛ばされて壁に激突し、気を失ったようだった。

のびている彼らの横を通り過ぎる。

「無詠唱魔法? やるじゃないセリス」
「へへへ」

にっこり笑顔のセリス。
してやったり、という顔で言うのだ。

「実は、さっきから魔力を練ってたの。使えるかな、って思って」
「へえ、よくやったわ。少し見直した」
「えへへ♪」

本当に見直した。

突っ込み一辺倒で、何も考えていないかと思いきや。
先を見越して、事前に魔力を練り、詠唱を済ませていたとは。

「でも、かなり激しく壁にぶつかってたわよ、あいつら」
「あ、あはは。不可抗力ってことで」

打撲程度では済んでいないかもしれない。

南無…
命は、心の中で手を合わせた。

さて、道中である。

廊下を駆け抜けると、再びT字路に遭遇。
どちらに行くか、非常に迷うところだ。

時間のロスは出来るだけ避けたい。
一発で正しい道を選びたい。

「命さん!」
「……」

さしもの命も、即座の解答は無理だった。
が…

左の道から姿を見せた人物に、選ぶ必要は無くなる。

「…おや? 命さんにセリスさん。奇遇ですね」

「たっ、環!?」
「環さん!?」

環だった。

2人は思わず急ブレーキ。
彼女の前に停止する。

「あなた、もうこんなところまで踏み込んでいたの!?」
「ええ、まあ」

自分たちよりも前に、この階層にいたことは間違いない。
敵の抵抗もあったろうに、涼しい顔で言ってのける環に、改めて震撼した。

「敵は?」
「あれを」
「…? うわ」

訊かれた環。
ちょいちょいと、彼女が出てきた方向を示すので、覗いてみたら。

環が叩きのめしたと思われる、盗賊の山が出来ていた。

「弱っちいくせに、見境なく挑みかかってくるんですから、たまったものではありませんよ」
「そ、そう」
「こちとら、なるべくなら殺さないよう、手加減しなければならないというのに。
 危うく2、3人、本当に殺ってしまうところでした」
「……」

ふぁさっと髪をかき上げながら、無表情で言う環。
物騒な発言に冷や汗の命。

無表情なことが逆に恐ろしく、よほど腹に据えかねたのだろう。

「手加減するのも疲れるんですよ」
「そ、それより環さん! お姉ちゃんと勇磨さんは…」

一方で、セリスは、姉と勇磨の安否が心配だ。
捜しに行っていたはずだが、どうなったのだろうか。

「すいませんセリスさん。その件に関しましては保留です」
「え?」

申し訳なさそうに、環は謝った。

「どうやら、ここから直接、地下のフロアに行くための道は無いようなので。
 とりあえず賊どもを潰してから、改めて捜しに行きます」
「そう…」

大丈夫だとわかっていても。
引き続き、不安を拭えないセリスである。

「あ、そうそう。私が得ました情報では、カンダタは最上階にいるそうです」
「ほらみなさいセリス。私が言ったとおりでしょ?」
「そうだね。すごいなー命さん」
「ま、まあね」

あまりにそのまま、セリスが受け入れるから。
あまりに純粋に、セリスは感心し、褒めてくれるから。

(…軽いジョークのつもりだったんだけど)

少し罪悪感の命だ。

(絶対、なんでもない詐欺でも引っかかるタイプね、このコ…)

セリスの将来が少し心配。
と、そんなことを考えている場合ではなかった。

「この先に4階への階段があります。4階が最上階だそうです」
「そう。もう少しね」

環から情報を得て、俄然、意気が上がる。

「いたぞ!」
「待てー!」

「…む」
「うわ、いっぱい来たよ!」

命たちが来た方向から、追っ手の盗賊団が出現。
集団でこちらに迫ってくる。

「やれやれ…」
「環?」
「あれだけ倒したというのに、まだこんなにいますか…」

真っ先に動いたのは環である。
2歩3歩と前に出て、向こうを見つめたまま、命たちへ言う。

「ここは私が引き受けました。あなたたちは、最上階へお行きなさい」
「わかった。任せたわ」
「お願い環さん!」

命とセリスは、環の言葉に従い、駆け出していく。
残った環は…

「あーっ! もう、わんさかわんさか!」

ブチ切れていた。
命たちの姿が消えたのをいいことに、溜まりに溜まっていたものを解き放つ。

「雑魚が! 雑魚は雑魚らしく、地にひれ伏しなさいッ!」


ドンッ!!!


キレた勢いで黄金化。
廊下は、環から噴き出たオーラが吹き荒れた。

「どわーっ!」
「ぐえーっ!」
「な、なんなんだ…」

次々と巻き込まれていく盗賊たち。
もはや息も絶え絶えだが

「フフフ…」

「…なっ!?」
「ば、バケモノ…!」

環は容赦しなかった。
動けない盗賊たちに向かって…

「もう少し、憂さ晴らしに付き合っていただきましょうか。
 私を怒らせた罪は、万死に値しますよ。フフフ…」

直後、盗賊たちの絶叫が響き渡るのだった。





階段を駆け上がる命とセリス。
この上が最上階。カンダタがいるはずだ。

「気を引き締めなおしなさい!」
「うんっ!」

階段を昇りきる。
4階、最上階のフロア。

今、足を踏み入れる。

「てめえらか、侵入者ってのは」

「…っ!」

その瞬間に声をかけられた。
思わず身を硬くする。

「オレ様のかわいい部下たちを、たくさん倒してくれたみたいだな。え?」
「………」

カンダタ…なのだろうか。
命もセリスも、一目でそう感じたのはいいが…

(この男………変態?)
(うわ〜うわ〜。恥ずかしくないのかな?)

言葉も出ず、セリスに至っては、顔を背けている始末だ。

それもそのはず。彼の格好が、顔には覆面、背中にはマント。
本来は服に覆われているはずの場所を惜しげもなく露出し、パンツ一丁なのだから。

自分たちが男で、こんな格好をしているのが妙齢の美女であったのなら、喜びもするんだろうが。
あいにくと自分たちは女。しかも、そんな趣味など無い。

「何者だ?」
「……」
「何とか言え、コラ」
「…あ」

ようやく我に返る命。
ヤツの格好が、あまりに衝撃的過ぎた。

「王国の手のモンか?」
「そんなんじゃないわ。個人的な用事で来たのよ」
「ほお? わざわざカンダタ団のアジトに忍び込んでくるたぁ、見上げたねえちゃんだ」

実は、目を合わせたくもないのだが。
そうもいかないので、仕方なく話に応じている命である。
訊かなければならないこともあるのだ。

「で、目的は? オレの首か?」
「あんたの首なんかどうでもいい。私の目的はただひとつ…」

ここだけは、力が入った。

「『海燕』を返しなさい!」
「カイエン? なんだそりゃ?」
「しらばっくれるな! 裏は取れてるのよ。私の刀を返しなさい。
 あんたみたいな露出狂が、人間のクズが持っていていいような代物じゃないの」
「だっ、誰が露出狂だっ!」

心外な言葉に、激昂するカンダタだったが

「命さん。気付いてないのかな?」
「そうね。余計にタチが悪いわ」

「違ぁあああうっ!!」

さらに言われてしまい、猛り狂う。

「これがオレの正装なんだよ!」
「まあ、あんたの格好なんかどうでもいいわ。早く返して。
 無事に返してくれさえすれば、逃がしてあげてもいいのよ」
「フン、舐められたもんだな」

鼻で笑うカンダタ。
相手が小娘2人だから、恐れるに足らないと判断したのか。

「思い出したぞ。あの、片方にしか刃がついてない、しかも曲がっている使えない剣のことだな?」
「…そうよ」

”使えない”発言に、思わずカチンと来た命だったが。
努めて冷静に頷いてみせる。

(あの刀、形状の凄さを知りもしないで、よく言うわよ)

同じ材質ならば、両刃の直剣なんかには負けない。
例え質で劣っていようとも、多少のことでは折れたりしない。

鍛冶であるわけではないが、出身地域の技術に、誇りを持っていた。

「使えないと思うなら尚のこと。返して」
「はん、嫌だね」

カンダタは再び鼻で笑い、不敵に笑う。

「例えガラクタでも、カンダタ団は、1度盗んだものは返さねえのさ!」
「そう…。じゃあ、力ずくで返してもらう」
「やれるもんならやってみやがれっ!」

大鉞を取り出し、掲げるカンダタ。
命も刀に手をかけ、戦闘態勢へと入る。

「セリス。援護よろしく」
「うん!」

「うらああああっ!!」

先に仕掛けたのはカンダタだった。
鉞を振り上げながら、突進してくる。

「部下たちの痛み、思い知れっ!」
「あんたこそ、大切なものを盗まれた人たちの痛み、味わいなさいっ!」

だが、そのスピードは、巨体のせいもあってか極端に遅い。
振り下ろされた初撃を、余裕でかわす命。

だが…

ヒュンッ!

「…! つッ…!」

風きり音。
いや、鉞が空を切った音ではない。

それが聞こえた瞬間、左腕に鋭い痛みが走る。
見れば、上腕部の服が裂け、何かで裂かれたような傷が出来ていた。

(なぜ? 余裕に余裕を重ねて、完全に避けたはずなのに…)

直撃は愚か、かすりすらもされていないのに。
傷を受けるようなことは無かったはずなのに、どうして?

「ガハハハッ! 驚いたようだな」
「…何か、手品の種でも仕込んだわね」

高笑いのカンダタ。
腹が立つのと同時に、ある可能性を思いついた。

「…! その斧、マジックアイテムね! さしずめ、風の魔力を秘めている、ってことかしら」
「大正解だ! こいつは魔力を帯びていてな。
 振るうのと同時に、周囲に風の刃を発生させるのよ」
「ちっ、厄介なものを」

マジックアイテム。
元から魔力を帯びている道具のことで、その効果は様々。
攻撃魔法だったり、持ち主を補助するものだったり。

この場合は、前者だということだろう。

「さてどうする? 普通に避けてたんじゃ、切り身になっちまうぜ〜?」
「……」

懐に飛び込めさえすれば、勝機なのだが。
現状では、飛び込もうとすると、風の刃をもろに受けることになってしまう。

「手詰まりかな、お嬢ちゃん?」
「く…」

勝ち誇った笑みのカンダタ。

「そこの変態!」
「だから変態じゃないと――ぐおっ!?」

一瞬の出来事である。
かけられた声を否定しようとしたカンダタが、突然の突風に呑まれて横転した。

「わたしもいることを忘れないでね♪」

いたずらっぽい笑みを浮かべる、セリスの仕業だった。

「セリスも言うようになったわね」
「それほどでも。命さん、チャンスチャンス!」
「そうね!」

絶好のチャンスだ。
命は瞬く間に、起き上がろうともがいているカンダタへ詰め寄って

「王手よ!」
「ぐっ…」

起き上がられる前に、その鼻先に『天狼』を突きつけた。

「妙な真似をすると、即刻、首を落とすからそのつもりで」
「わ、わかった……降参だ」

カンダタはたまらずに降伏。
命は尋問を始めるのだが…

「さあ、『海燕』を返しなさい」
「あー……非常に言いにくいんだがな、嬢ちゃんよ」
「なに?」
「その剣、売っちまった」
「………」

数秒間、沈黙が時を支配して。

「な、なんですってー!!」

命の絶叫が上がった。

「売った!?」
「ああ。とてもじゃないが、使えそうなモンじゃなかったんでね。
 だがその割には装飾が見事だったんで、とっくのとうに金に換えちまったよ。
 喜べ、すんごく高く売れたぞ」
「そ、そんな…」

ようやく、取り戻せると思ったのに。
この手に再び、握ることが出来ると思ったのに。

高く売れたと言われても、うれしくもなんともない。

「だから、ワリぃな。今この場には無いんだわ」
「………」
「み、命さん? しっかり…」

命には、ショックがありありと見て取れる。
フォローに入るセリスだったが、聞こえているかどうか。

「ふっ……ふふふふ……」
「命さん? こ、怖い…」

そして、突如として笑い始める命。
俯いているので表情はわからないが、それがかえって恐ろしい。

「カンダタ…」
「なんだい?」

カンダタに声をかける命。
上がった顔は、実にさわやかな笑顔で。

「死ね♪」

実にあっさり、言ってのけた。


ごめすっ!!


直後、鈍い音。
ぐったりノびているカンダタ。

命が、刀の柄を使って、カンダタの脳天に叩きつけた結果だった。

「わーっ、命さん!」
「…え?」
「気絶しちゃったよ! どこに売ったとか、訊かなくてよかったの?」
「………あ」

冷静な命であるが。
彼女でも、怒りで我を忘れることがあるらしい。

「ダメだねコレ…。完全に気を失ってる。しばらくは目を覚まさないんじゃない?」
「…あはは」

乾いた笑みを浮かべるしかない、命だった。








アジト、地下。
洞窟からの脱出を目指している、勇磨とエルリスだが…

「……」
「……」

相変わらず、会話は無く。
気まずい空気が継続していた。

(うーん、まずいこと言っちゃったかな。本当のことなんだけど…)

(そ、そういう目で見られてることは素直にうれしいけど…)

両者、ほのかに顔が赤い。
光が届かない洞窟の先が暗黒なように、見通しが立たなかった。

「あ、足は、痛くない?」
「え、ええ」

このままではいけないと。
名前の通りに勇気を出して、勇磨は話しかけてみた。

不意だったので、ビックリして頷くエルリス。

「やさしく……ゆっくり歩いてくれてるから、大丈夫よ」
「そうか。痛くなったり、何かあったら、すぐに言ってくれ」
「うん、ありがとう」

目が合った。

「……」
「……」

途端に真っ赤になって、目を逸らす2人。
どうにもならないようだ。

「と、とにかく、早くここから出よう!」
「そ、そうね!」

震動で怪我した箇所に痛みが及ばないよう、ゆっくり進む。
と、暗闇一辺倒だった前方に、変化が訪れた。

見えたのは、左右と同じ岩の壁。
見回してみるが、どう見ても、ここで閉塞している。

「えっと……行き止まり?」
「行き止まり……みたいね」

2人は、お互いに声を出して確認して。

「「はぁぁ…」」

ため息。

脱出への道のりは、まだまだ長い。






第13話へ続く





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