黒と水色

第16話 「おねがいエルフさまっ」








封印図書館への潜入準備をユナに任せ、水色姉妹と御門兄妹は列車に乗り、
王都へとトンボ帰り。超特急で目的の場所へと向かった。

その場所とは?

『いらっしゃいませ、なの』

と、少女がスケッチブックで出迎えてくれる、
ちょっと、いやかなり客足の遠い喫茶店である。

案の定、他の客はいなかった。

「こんにちは、チェチリア」
「チェチリアちゃん久しぶり〜! リスさんも元気?」

『元気なの』

相変わらず、チェチリアの頭の上にはリスがいる。
言葉とスケッチブックでコミュニケーションをとり、特にセリスとはすっかり仲良しさんだ。

「おう、あんたらか」

奥からマスターも顔を出す。
どうも、と軽く会釈を返す御門兄妹。

この1ヶ月あまりに間に、これが3度目の訪問。
常連客と化して来ているのかもしれない。

『ご注文は?』

「今日はなんにするんだい?」

時刻がちょうど昼過ぎだったため、今日も食事を取りに来たと思ったのだろう。
店の2人はそんな風に訊いてきた。

「あ、えと、ごはんもそうなんだけど、今日は…」
「うん?」
「マスターに訊きたいことがあって、来たの」

もちろん、時間が時間だから、ついでに食事でもと思っていたことは事実だが。
メインはあくまで他のこと。

「まあなんだ。とりあえず席につけ」

エルリスの表情から、何かを感じ取ったのか。
マスターはひとつ頷いて、誰も座っていないテーブルを示した。

「いつものことだが、他に客はいねえ。聞いてやるから、まずは腹を満たしな」
「そうね、そうするわ」

マスターの提案に従って、4人はとりあえず食事を取る。
前回と同じランチセット。味も、同様に美味しかった。

『お下げします、なの』

そう書かれたスケッチブックを差し出して、チェチリアが皿を片付けていったのがつい先ほど。

「〜♪」

彼女が楽しそうに洗いものをしている中。

「で? オレに訊きたいことってのは?」

一行も食後のコーヒーで一服していると。
カウンター席から、マスターがそう尋ねてきた。

「お、そうだ。聞いたぜ」
「なにを?」

が、本題に入る前に雑談タイム。

「勲章を受けたんだってな? カンダタ団をぶっ潰してよ。お手柄じゃねえか」
「まあね。でも、私は本当に、何もしてないし…」
「謙遜することはあるめえ」

少し恥ずかしそうに応じるエルリス。
現実に、ほとんど何もしていないのだから、恐縮する限りである。

「…で?」
「ええ」

ひとしきり笑ったあと、表情を引き締め、再びマスターが尋ねてきた。
エルリスも真剣な顔で応じる。

「メディアさんのことを訊きたいの」
「嬢ちゃんのことか…」

マスターの眉間にしわが寄った。
彼が自分で用意したコーヒーを飲み終えて、取り出したタバコに火をつけながら、
続けてこう述べる。

「わかっているとは思うが、人間とエルフは微妙な間柄だ。
 詳しいことは教えられない…というか、あんたらのほうが詳しいんじゃないのか?」
「違うわ、そういうことじゃなくて。
 彼女が、次にいつ、このお店に来るのか、教えてくれないかしら?」

何も、彼女の素性や、エルフの実態を聞きたいわけではない。
彼女が次に来店する日時がわかれば、それでいいのだ。

「彼女に相談したいことがあるのよ」
「なるほど、そうかい。だがなあ…」

マスターは納得したが。
1度タバコを咥えて息を吸い、ほおっと白い煙を吐き出してから、唸った。

「何か問題が?」
「いや。まあ、問題っちゃあ問題なんだろうがな。オレもわかんないんだよ」

わからない。
それが答えだろうか。

「来るときは来るし、来ないときは来ない。事前に連絡があるわけでもないからな。
 だから、次にいつ来るかなんて、誰にもわからんよ」
「そう…」

「ちなみに、どれぐらいの頻度でやってきているんです?」

口を挟んだのは環。

「さあなぁ…」

この質問にも、マスターは首を捻った。

「正確に数えてたわけじゃねえし。記憶もおぼろげだが、それでもいいか?」
「構いません」
「そうだな……。多いときは、月に2、3回、顔を見せたこともあったか。
 逆に間隔が長くなると、数ヶ月は平気でやってこねえぜ」
「そうですか」

月に2、3回。
これを多いと見るべきか、少ないと見るべきか。

今月は既に1回、彼女と初めて会ったときに訪れている。
それが切れ目で、訪れない周期の中に入ってしまったとすると、
メディアと接触するのは極めて難しい事態ということになる。

「その、月に2、3回っていうのの中に、今月が入っていればいいんだけどなあ…」

セリスの呟き。
居合わせた全員の総意であったろう。

そのとき…

カランカラン

ドアに付いているベルが鳴った。
もちろん、ドアの開閉する音も響いた。

普段は客がまったく来ない店に、いったい誰が。
考えられる可能性はひとつだけ。むしろ、それ以外というほうが不自然であろう。

期待に満ちた視線が、今まさに店内へ入ってきたであろう人物に集中する。

「マスター、お邪魔するわ」

”彼女”は、以前に会ったときと同じような、薄汚れたローブ姿だった。

一同に喜色が浮かぶ。
彼女のほうも、彼らの姿に気付く。

「って、あら? あなたたちは…」

今月は、”当たり”だったようである。





「そう…」

話を聞き終えたメディアは、短くそれだけの声を発した。
そのまま瞑想状態に入ってしまう。

彼女の返事を待つ一同。

数十秒なのか、はたまた数分が経っていたのか。
どちらとも言えないような、微妙な時間が過ぎ去っていく。

「結論から言いましょう」

メディアの目が開かれ、その端正な顔が上がった。
1人1人の顔を順番に見据え、答えを述べる。

「確かに、私たちエルフは、究極の結界破りとも言えるものを持っています」

やはり、あった。
望みが繋がる。

「ですが…」
「……」

メディアの表情が険しくなった。

「むやみやたらと使用していいようなものではありません。
 ですので、”それ”は現在、我がエルフの里奥地にて、厳重に封印されています。
 持ち出すことなどもってのほか」

「そ、そこをなんとか!」
「お願いメディアさん! 1回だけでいいから、貸してくださいっ!」

「………」

水色姉妹は土下座をする勢いで、深く頭を下げた。
メディアは姿勢はそのままに、再び目を閉じる。

その後しばらく、水色姉妹の懇願する声が響いた。
するとどうだろう。

「…わかりました」

メディアが静かに頷いたではないか。

「いいのっ!?」
「ありがとうメディアさんっ!」

「勘違いなさらないように」

喜びを爆発させるエルリスとセリスだが。
釘を刺すように、メディアの目が開いた。

「何も、この私が、それを使用する権限を持っているわけではありません」
「……」
「我らが女王に諮り、”フィールドブレイカー”を使ってもいいかどうか、
 判断していただきましょう。私が出来るのはそこまでです。いかが?」
「じゅ、充分よ!」
「ありがとうメディアさんっ!」

すでに、貸してもらえると決まったような、水色姉妹の喜び様。

「まああなたたちには、里を救っていただいた恩もありますし」

とはメディアの弁だ。
一応、それなりの謝礼は受け取ったのだが、エルフというのは義理堅いらしい。





再度、ラザローンの大森林を訪れた。
メディアの先導で、奥深くへと入っていく。

「目を瞑って、私がいいと言うまで、絶対に開けないでください」

とある地点まで来たとき。
振り返ったメディアがそう言うので、一同は素直に従った。

おそらく、ここから先が、エルフの里との境界なのだろう。
周りは霧だらけで真っ白なので、何も見えず、どうなっているのかはわからないが、
見られると困ることがあると思われる。

頼んでいるのはこちらだ。
従わなければなるまい。

「いいですよ」

メディアから合図があった。
時間にして、わずか数秒後のことである。

「…うわあっ!」

目を開いた一行は、思わず声を上げた。

「すごいすごいすごい〜〜〜〜っ!!」
「綺麗…」

飛び上がって驚くセリス。
それ以外、言葉も出ないエルリス。

「ほぅ…」
「ここが、エルフの里ですか…」

御門兄妹も同じだった。
なにせ、この世のものとは思えない、それほどの美しい光景なのだから。

水は澄み、草花は咲き乱れ、楽しそうに蝶が舞い、上空には抜けるような青空。
まさに異次元。楽園が広がっている。

この前、依頼を受けたときは、里の内部までは入っていないので、初めて見る景色だった。

「こちらへ」

そんな中を、メディアに従って歩いていく。

途中、彼女と同じような容姿をした者とすれ違った。
彼らは総じて驚いた顔を見せ、すぐさま遠くへと去っていく。

無理もあるまい。
異種族、人間がうろついているのだ。

それでも敵意を見せないのは、メディアが一緒だからだろうか。

彼女の話によると、人間界へ公に出入りしているエルフは、自分1人だけだということだった。
いわば、エルフを代表して、人間側と交渉していることになる。

それなりの地位なんだろう。
だから、彼女が先導して歩いているさまを見て、とりあえずは様子を窺っているのではなかろうか。

やがて大きな建物が見え、その中へと入った。
案内された場所は、目の前に玉座がある部屋。

「しばしお待ちを。女王を呼んでまいります」

予想通り、こう言ってメディアが消える。
緊張しながら待つこと数分。

「おなりになります」

戻ってきたメディアが言った。
一同が膝を折って、しばらくすると。

腰まで伸びた、メディアと同じ、薄紫色の髪。頭の上には立派なティアラ。
豪華な衣装を着て、手には黄金の杖を持った、1人の人物が玉座へと腰を下ろした。

彼女が、エルフの女王。

「陛下。この者たちがそうです」
「うむ」

メディアがそう言うと、女王が頷いた。
女性特有の高い声ではあるものの、なぜか、気品と威厳を感じる。

「フィールドブレイカーを使いたいそうだな?」
「はい」

視線を投げかけられたエルリス。
一瞬だけ怯むが、ここで負けては始まらない。

名称が『フィールドブレイカー』だということまでは知らなかったが、
文脈からそれ以外には無いと判断。はっきりと頷き返した。

「なにゆえか?」
「私の妹を救うためです。強いて言えば、私たち姉妹が、幸せになるために」
「つまり、私欲のためだな?」
「その通りです」
「肯定するか。これは愉快」

女王はおかしそうに笑った。
ここまできっぱり肯定されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

「妹のためなら、修羅にでもなって見せます」
「世界を敵に回しても、か?」
「何があろうとも、セリスは私が守る。守って見せます」

「お姉ちゃん…」

エルリスの言葉に、感動して言葉を漏らすセリス。

「わかっているとは思うが…」

女王が、声を低くした。

「フィールドブレイカーは我らエルフの秘宝。おいそれと使わせてやるわけにはいかぬ」
「無理は承知です。ですが、そこをなんとか…
 1度……1回だけで結構です。決して悪事には使いませんので、
 どうか、お願いいたしますっ!」

土下座するエルリス。
隣にいるセリスも、慌てて姉に習った。

「どうしたものかの」
「お願いしますっ!」

ふむぅ、と考える仕草を見せる女王。

本来ならば門前払いもいいところなのだろうが、
話を聞いてくれているのは、例の一件があるためか。

あの依頼を受けておいて、本当に良かったところである。

「どうしたものかのう」
「お願いしますっ!」

こういう問答を繰り返すこと、数度。

「……ぷっ」

突如として、場に似つかわしくない笑い声が轟いた。
もちろんエルリスではない。セリスでも、成り行きを見守っていた御門兄妹でも、
ましてや女王のものでもない。

「あははははっ」

笑い声を上げているのはメディアだった。
こらえきれないといった感じで、腹を押さえて笑い転げている。

気でも触れてしまったのか。

「お、おなかが痛い…」
「ちょっと姉さんっ!」

女王陛下の眼前で、なんたる無礼な振る舞いなのか。
それみたことか、女王からお叱りの声が…

…?
何かがおかしい。

「ふっ、ふふふふ……あははははっ!」
「いい加減にしてよっ! 姉さん? こらぁっ! 姉さんから言い出したことでしょ!」

「…?」
「???」

”姉さん”…? 女王が、メディアに向かって姉と…
それに、言葉遣いが怪しいが…

「も〜、これじゃ台無しじゃない」
「ご、ごめんなさい……あはははは」

メディアはまだ笑っている。
どうにか笑いを収め、漏れ出た涙を拭きながら、当のメディアはこんなことを。

「ふふふ、ごめんなさい。妹の様子があまりに不釣合いなものだから」
「どーせあたしは、王族らしくないですよーっだ!」

「……」

何がどうなっているのだろうか。
まったく状況が掴めない。

「いえね。妹はご覧の通り、いつもはこんな様子だから、
 無理して偉ぶっている様子がおかしくておかしくて……ふふふっ」
「いい加減にしてよ! だからあたしはイヤだったのー!」
「ふふふふ」

「あ、あのー…?」

つまり、こういうことだろうか?
今までのことは、すべて……

「お芝居?」
「ええ」
「………」

衝撃的なメディアの頷き。
がっくりと力が抜けていく感覚を味わうのは、水色姉妹。

「な、なんでこんなことを…」
「ちょっとした悪戯、かしら。タダで貸してあげるのもおもしろくないし、ね♪」
「……。本当の女王様はどこに?」

もうツッコミを入れるのも億劫で、肝心なことを尋ねてみるが。
メディアはにっこりと微笑むだけ。

「どこにいるのっ!?」

ついにエルリスがキレる。

「あなたの目の前に」
「……へっ?」

衝撃の第二幕。
ここに開演。

「え、えと……あなたが?」
「ええ」
「メディアが女王様?」
「ええ」

相変わらず、にっこり笑顔で頷くメディア。
茫然自失のエルリス。

「そういえば、さっきそちらの偽女王様が、王族だって…」
「姉妹なようですから、つまり…?」

核心を突く勇磨と環。

「私が、エルフの女王、メディアでした♪」

舌を出し、茶目っ気たっぷりちに言ってのける真の女王様。
衝撃ここに極まれり。

直後、絶叫が轟くのだった。





場が落ち着いてから。
メディアは、質問のひとつひとつに答えていった。

――なぜあんなことをしたんですか?

「さっきも言ったとおり、タダで貸すのもなんだかあれだし、おもしろくなかったから」

――あなたの正体は?

「全エルフを統べる者。女王メディア」

――あちらの偽女王様の正体は?

「私の妹」

――事の経緯を詳しく

「女王を呼んでくるからって引っ込んだ後、急遽、妹を呼んで。
 私の代わりに女王になってもらうことにしたの。理由? 言った通りよ。
 妹は”快く”引き受けてくれたし」

「よく言うわ。半ば脅して無理やりだったくせに…」

――結局、フィールドブレイカーとやらを貸してくれるのか否や?

「おもしろい反応を見られたから、いいわよ」

エトセトラ、エトセトラ…

「あなたは、女王という立場にありながら、危険を冒して人間界に出向いていたと?」
「危険だからこそ、よ」

女王メディアはかく答える。

「エルフのみんなをそんな危険に晒すわけにはいかない。
 だったら、女王たる私が率先して出向いていくべきでしょう?」

「そもそも、どうして人間界へ?」
「このご時世、私たちも何かと物入りでねぇ。交易は不可欠なのよ。
 人間界のほうが豊かだったりするしね」

「はぁぁぁ…」

大きなため息が漏れる。
無論、メディア以外の人物から。

結局のところ、メディアは最初から、フィールドブレイカーを貸しても良いと思っていたらしい。
理由を訊いたら

「あなたたちの人となりは良くわかっていますしね。
 1度くらいならいいかと。それに、先ほどのエルリスの真剣な眼差し。
 充分、信用に値します」

とのことである。

なんにせよ、借りられることになったので喜ばしい限りであるが。
その代わり、ものすごい精神的ダメージを負うことに。

「ついでに申せば、封印図書館には、大昔にエルフから流出した宝物があるかもしれないの。
 せっかくの機会ですから、それを確かめるためと回収するため、という理由もあったりしますけど。
 ま、私の気まぐれですから、運が良かったとでも思ってください♪」

メディアは、笑顔で話してくれた。

女王様の気まぐれによる、今回の被害者。

女王の妹君1名。
それと、エルリスにセリス。合計3名ナリ。






第17話へ続く





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