黒と水色

第19話 「深部へ進む(前編)」








砕け散り、無数の塊となった氷が、空中を乱舞して。
キラキラと光が反射して、見ようによっては、幻想的な光景だとも取れるだろう。
大本が、凶悪なドラゴンだったことを除けば、だが。

氷は次々と床へと落ちて音を立てるが、そこで生じた欠片は、
召喚されたものが消え去るときのように、または、
水蒸気へ戻っていったのか、痕跡を認めることは出来なくなった。

「………」

その様子を、微動だにせず見守っていたエルリス。

「お、お姉ちゃん…?」
「ふむ…」
「え?」

再び、おそるおそる声をかけるセリス。
しかし、エルリスはひとつ、一人心地に頷いただけで、彼女には応えない。

「そろそろ限界か…」
「な、何を言ってるの?」
「………」

自らの手を見つめながら、独り言なのか、ぼそりと呟いて。
セリスの再度の呼びかけにもまた応えず、直立不動の体勢のまま。

「………」
「わあっお姉ちゃん!?」

次の瞬間には、まるで、糸を切られた操り人形の如く。
突然に全身から力が抜けたような感じで、その場に崩れ落ちてしまった。

大慌てでセリスが駆け寄り、助け起こすも。

「お姉ちゃん? お姉ちゃんってば!」
「……」

完全に気を失っており、やはり応えない。

「しっかりしてよ!」
「気絶しているだけですね。心配には及びません」

セリスの次に駆けつけたメディアが容態を診て、こうは言うが。
続けて集まってきた面子は、それぞれ複雑な表情を浮かべている。

「とりあえずドラゴンは倒せて、エルリスも大丈夫そうだが…」
「先ほどの魔力と、変貌振りは…」
「実に興味深いわね」

勇磨、環、ユナの3人。
顔を見合わせながら、意見を交わした。

「あの魔力の波動は、エルリスさんのものではありませんでした。
 また、兄さんを一喝したときの、あの口調」
「普段のエルリスなら、あんな言い方はしないしな。呼び捨てだったし」
「あれは……おそらく……」
「精霊”そのもの”」
「……」

ユナの言葉に、一瞬だけ言葉に詰まり。

「そうでしょ?」
「……ええ、たぶん」

迷いながらも、環は頷いた。

エルリスの中に眠る、氷の精霊。
その精霊が力を貸しているおかげで、彼女は氷の魔法ならば、一般レベル以上のものを
使えるわけだが、今回は…

眠っていたはずの精霊が目を覚まし、意識と肉体まで、自分のものとして扱ったのだろうか。

「そんなことがありえるのか?」
「わかりません。ですが、そう考えると、説明はつきます」
「む〜ん」

波動の違う、強大な魔力を発揮したことも。
口調や雰囲気が変わったことも、エルリス本人の人格から、
一時的に精霊の人格に入れ替わったのだとすれば、一応、説明は出来る。

「まあ、精霊が人間に憑いていること自体、前代未聞のことよ。
 完全に否定することは出来ないし、その逆もまた然りね」
「うーん…」

ユナの言うことがもっともだろうか。
唸る勇磨である。

「…ぅ……ん…?」
「お姉ちゃん!」

そのうち、エルリスが意識を取り戻したようだ。

「あれ……私……?」
「よかった気が付いて! わかる? セリスだよ!」
「セリス……? っ!!」
「わっ」

エルリスは、寝ぼけているかのように、トロンとした目でセリスを見ていたが、
あることを思い出して、急にガバッと飛び起きた。

「あなた大丈夫なの? 怪我はっ? そうよ、ドラゴンは…!」
「だ、大丈夫。わたしは怪我もしてないし、ドラゴンも、勇磨さんが倒したから」
「そう…」

オロオロとセリスの身体を確かめて、本人からも異常が無いことを聞かされ、
ようやく安心したのか、ホッと息をついて弛緩する。

そして、勇磨へと視線を向けると

「勇磨君が助けてくれたのね。ありがとう」
「あ、いや…うん。無事でよかった」

感謝の言葉を述べたのだ。
予想外のことで、勇磨は少し戸惑ったが、すぐに取り繕う。

この様子だと、自分がやったことも、覚えていないのだろう。
精霊に取って代わられているうちの記憶は、残らないのだろうか。

「エルリスも怪我は無い? 何か異常は?」
「え? …うん、無いみたいだわ。大丈夫よ」
「そっか」

どういう仕組みなのか、まるでわからないが。
悪影響は無いようだ。

「よっと」
「お姉ちゃん、立っても平気なの?」
「平気。って、何をそんなに心配してるのよ」
「う、ううん。平気ならいいんだけど」

すっくと立ち上がった姉に、セリスはハラハラしながら付き添おうとする。
もちろん不審がられて、慌てて、身体を支えようと出していた手を引っ込めた。

「本当に大丈夫そうですね」
「まあ、それならそれでよし」

セリスと談笑している様子を見て、周りもひと安心。

「ここから先が重要なときだ。とりあえずは、秘密にしておくか」
「それがいいでしょうね」
「ふぅ、やれやれだわ」

無駄に不安がらせることもない。

とりあえず、エルリスに憑依している氷の精霊に害意敵意は無いようだし、
味方として扱っても問題はあるまい。

御門兄妹とユナの協議によって、先ほどの出来事は、
エルリス自身には伝えないことに決めた。

「さてそれじゃ、先へ進みましょ」
「OK」

ワイバーンを倒して、障害は無くなった。
いざ進もう。





ワイバーンと遭遇したホールを抜け、扉を開けて奥へと進む。

そこにあったのは、中央が吹き抜けとなった螺旋階段。
円筒状の空間が、ずっと下へと続いているようである。

「ほえ〜高い…」
「どれぐらいあるのかしら……光が届いてないわ」

おそるおそる下を覗き込む水色姉妹。
あまりの高さに怖気づいてしまい、立ったままでは見られなかった。
四つん這いになっての行動である。

ちなみに、覗き込んでも、底を見ることは出来ない。
暗闇に消えているのみだ。

「封印図書館の面目躍如か」
「まだまだこんなものではないのかもしれませんよ」

ふーむと唸る御門兄妹も、驚きを隠せない。
まだまだ触りに過ぎないという予感も、その思いを助長させている。

「ま、先に進みましょ」

一方で、さしたる感慨も無さそうなユナ。
そう言って、またもやさっさと下りて行ってしまう。

「お姉ちゃん、行こう」
「ええ」
「……」

続けて、水色姉妹がお互いに頷き合って下り始め。
無言のままメディアが追随する。

「私たちも行きましょう」
「ああ」

必然的に、御門兄妹が最後方となる。

一般に、敵陣やダンジョンへ突入する場合、先頭を実力者にすることはもちろんだが、
隊列の後方にも、それなりの力を持つ人物を配置することが鉄則とされる。

突然のバックアタックや、退路を断たれることなどを避けるためだ。
だから、自分から買って出ようとした役割だったが、自然に出来上がった。

兄妹にとっては、一石二鳥だったと言える。

「……環」
「はい」

前を行くメディアたちからは、付かず離れずの距離を置いて。
勇磨は、彼女たちには聞こえないような小声で、環に話しかける。
環も、意図を察して身体を寄せ、囁くように応じた。

「警戒しておいたほうがいいかもしれん」
「…はい」

一石二鳥のもう一方、この会話をするためだった。
すなわち、他人に聞かれてはまずい話。

「氷の精霊の力…。とはいえ、エルリスさんは無意識であって、
 あの様子からして見ても、制御し切れているというわけではないようですが…」
「急に出張られてくると、厄介なことになるかもな」
「はい」

頷く環の視線は厳しく、前を行くエルリスを捉えている。

私たちの目的・・・・・・のためには…」
「そうだな」

聞かれたくないだけに、穏やかではない話のようだが…
彼らの目的とは、いったいなんなのだろう?

そもそも、2人はなぜ、旅をしているのか?

「まあ、そう心配することも無いだろう。
 あれが全力だとも思えないが、もう少し割り増したとしても、
 何とかなるレベルだ」
「はい。”そのとき”に”そうなった”としても、支障は無いと思います」

引き続いて交わされる、兄妹の密談。
注意を払っているおかげで、前を行く人間に聞かれている気配は無い。

「頭の片隅に残しておく、ということでいいでしょうね」
「おう」

共に頷いて、共にエルリスを見る。

螺旋階段だから、視界の片隅から受ける視線に気付いたのだろう。
エルリスに「…?」とばかりに振り返られてしまうが、笑ってごまかした。

人が2人並んで歩いても余裕があるくらい、幅2メートルほどの階段。
10分ほど下り続けたとき、変化は起こった。



ガコッ! ゴガンッ!!



「っ!?」

突然、頭上から襲ってきた大音。
それも、なにやら嫌な予感のする音だった。

「な、なに…?」
「何か、大きなものが落っこちたような音だったけど…?」

大きな不安、恐怖に駆られて、見上げたその先には。


――ガッガッガッガッガッ!!


「!!」

衝撃。
直径2メートルはあろうかという大岩が、自分たちがつい先ほど通ってきたところを、
こちらに向かって駆け下りてきているではないか!

断続的なこの音は、その大岩が、階段の段差を通る際に生じているもの。
吹き抜け側に手すりなどは無いから、そのまま落っこちてくれればいいのだが…
大岩は小刻みに壁へと衝突を繰り返しながらも、器用に階段をトレースして、
正確に階段を下りて来ているのだ。

このままでは、たちまちのうちにあの大岩に追いつかれ、轢かれてしまう。

「わ〜お。これはまたお約束な」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ勇磨君!」
「に、逃げろ〜っ!」

始まる追いかけっこ。
追うのは大岩。逃げるは、封印図書館攻略を目指すご一行。

だが、岩が転がってくるスピードのほうが、断然速い。

「追いつかれる!」
「もっと速く走って!」
「無理よ!」
「これが限界……わあっ危なぁっ!?」

最後方の御門兄妹は、すぐ前を行く水色姉妹に促すが、
彼女たちはいっぱいいっぱいのようだった。
セリスなどは、今にも足を踏み外し、転んでしまいそうである。

階段だから、かなりのスピードが出ているため、無理もない。

さらに前のユナや、姉妹を追い抜いていったメディアは、まだ余裕があるのか、
水色姉妹との距離は開いて行く一方。

「あっ!?」
「セリスッ!」

ついに、セリスが転んでしまった。
ズルッと滑って、したたかに腰を打ちつけてしまう。

「いたた…」
「大丈夫!?」
「うん、なんとか。…痛ッ!」
「セリス!?」

すぐにエルリスが戻って助け起こそうとしたが、セリスの顔は苦痛に歪んだ。
どうやら足に怪我をしてしまったらしい。
おまけに、腰を打ったショックで、満足に立ち上がることすら厳しい情勢。

「う、動けない…」
「そんなっ! …はっ!?」

当然、すぐ後ろにいた御門兄妹も足止めを受ける。
エルリスがそんな2人の背後に見たのは、今まさに迫りくる、大岩の姿だった。

(もう逃げられない!)

咄嗟にそう感じて、エルリスは思わず、セリスを庇うようにして覆いかぶさる。

「やれやれ。環」
「仕方ありませんね」

彼女たちの後ろで、真っ先に大岩の脅威を受けるはずの御門兄妹。
ひとつ息をついて肩をすくめると、逃げるどころか、振り向いて大岩と向き合う。

あのような岩の直撃を受けては、ましてや、このスピードでは、
ひとたまりもないのだが…

「「はあっ!!」」



ドォンッ!!



2人は気合一閃。
彼らから風圧が生じるのと同時に、周囲には、黄金の輝きが溢れた。

同時に…



ドガァァアンッ!!



砕け散る大岩。

「…ふぅ」
「除去完了です」

直後にホッと息をつく御門兄妹。
それから、溢れかえっていた黄金の輝きは、急速に収まっていった。

迫ってきていた大岩の姿は綺麗サッパリ消え去る。
周囲には、サラサラの砂状と化した元大岩の破片が舞い、
やがて周りに落ちて行く。

それを見届けるかのようにして、黄金の輝きが消える。
元の姿形に戻った御門兄妹は、微笑を浮かべて振り向いた。

「もう大丈夫だよ」
「えっ? あ……うん、ありがと……」
「ほえー…」

対する水色姉妹の反応は、共に呆然としたものだった。

彼らが黄金化するのを見るのは、何もこれが初めてというわけではないが、
改めて見てみると、ものすごいものだということを再認識する。

あんな大岩を、一瞬で粉々にしてしまうとは。

「い、今、何をしたの?」
「霊力…魔力のようなものです。それを瞬間的に放出しまして、
 あの大岩にぶつけ、粉砕した次第です」
「そ、そうなの」

環から説明を聞いても、すぐには理解できない。
それだけすごかった。

「久しぶりに見たわね」
「助かりました」

と、健脚に物を言わせて、かなり先まで下りて行っていたユナとメディアが、
そう口を開きつつ上がってきた。

「相変わらずのすごいパワーだわね。正面から当たったら、私でもどうだか」
「またまたご謙遜を」
「謙遜じゃないわよ。正直な感想」

ユナが「脱帽だ」とばかりに言ってくるが、苦笑する勇磨。
とてもじゃないが、信じられるものではない。

「何を仰いますやら」

それは環も同感のようで、ジトッと睨みつける。

「仮に、1番うしろにいたのが貴女だったとしても、
 同じように回避していたはずでしょう」
「まあね」

頷くユナ。
しかし…、と補足を入れる。

「でも、魔力だと、一瞬のうちに練られる量には限界がある。私でもね。
 だから、あなたたちみたいな爆発的なパワーは出ないのよ。
 破壊に成功したとしても、あそこまで木っ端微塵には出来ないわ。さすがよ」
「それはどうも」

無詠唱魔法というものもあり、もちろんユナも使いこなせるが、
それなりに威力のあるものを使おうとすると、どうしても詠唱が必要になってくる。
魔法、魔力の弱点と言ってもいいだろう。

その点、御門兄妹の霊力というものは、一瞬でピークに近いパワーを取り出せる。
あの黄金化が良い例だろう。

ユナが御門兄妹を認めているのも、こういった面があるためだ。
他人を滅多に褒めない彼女が、素直に感心しているということも、特筆物である。

「しかし罠があったとは、いえ、むしろあって当然なんですが、
 ここで来るとは思いませんでしたね。油断でした」
「本当に」

メディアがこう言うと、全員がうんうんと頷いた。

「まだ回避可能な罠だったから良かったけど、即死モノの罠なんかがあるかもしれない。
 というより、あるのが自然。もっと慎重に進まざるを得ないわね」
「ええ…」
「心臓に悪いよ〜…」

特に、こういう非常事態に免疫の無い水色姉妹。
ユナの言葉に、げんなりと息を吐き出すのだった。

「っていうかユナさん!」
「なによ?」

ぐったりしていたセリスが、唐突に声を張り上げた。
そしてユナを睨みつける。

「自分たちだけさっさと逃げちゃって〜! 薄情者〜!」
「あのね…」

ふぅ、と今度はユナが息を吐き出す。

「この程度の階段を下りるだけで、私に付いてこられないほうが悪い。
 体力面での強化、怠ってるわね?」
「うっ」
「エルリス。あなたもよ」
「あ、あはは……ごめんなさい」

確かに、ユナに付いていけなかったのは、根本的な体力の差だ。
彼女と修行した際に、魔法だけではなく、体力も併せて鍛えなければダメだと
言われていたのにもかかわらず、疎かにしていたこともまた事実。

激昂していたセリスは言葉に詰まって勢いを失い、
エルリスも、申し訳なさそうに苦笑するしかない。

「メディアも、意外と足が速かったなあ」
「まあ、エルフですから、私」
「そんなものか」

ユナに付いていっていたメディア。
勇磨から指摘されて、照れくさそうに笑って見せる。

人間とエルフでは、魔力だけでなく、体力にも違いがあるのだろうか。

「う〜、事実なんだけど……なんか納得いかなーいっ!」
「セリス。修行してなかったのは私たちなんだから…」
「それでもだよ〜っ!」
「あはは…」

どうしたものか、と苦笑していたエルリスは、はたと気付く。

「そういえば、セリスあなた」
「え?」
「ケガ、してたんじゃないの?」
「へっ? ……あっ!」

階段を踏み外し、盛大に転んでいたはず。
直後は動けないほどの痛みがあったみたいだが、もういいのだろうか。

「そ、そうだった! イタタっ、思い出したら痛くなってきたー!」
「セ、セリス! 大丈夫!?」

…忘れていただけだったようだ。
言われて気付かされると、すぐに悶絶し始める。

「ははは」
「まったく…」

苦笑するしかない勇磨。
脱力してため息をつくしかない環。

「環、治してやれよ」
「仕方ありませんね…。セリスさん、見せてください」
「あっ環さん。…んっきゃあ! 触らないで痛いー!」
「触らないと見られないでしょう!」

ヒーリングしようと、患部に触れようとするも。
かすかに触れた瞬間、セリスは飛び上がって痛みを訴えた。

治療するために見せて欲しい環と、痛いところに触れられたくないセリス。
壮絶ないたちごっこの始まりだった。

「セリス…」
「本当に、あの子はどうにかならないものかしら…」
「まあいいではないですか。楽しくて♪」

恥ずかしすぎて、顔を覆ってしまうエルリス。
ユナはそっぽを向いてしまう。
メディアが1人楽しそうに笑っているが、それでいいのだろうか…





後編へ続く





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