GEAR
第一話『撃動』

ようやく見つけた人の集まる場所。近づくにつれ、その容貌が見えてくる。
村よりは栄えているようだ。町といっていいだろう。
三角屋根の一軒家が整列している。遠目でよく見えないが、人影もちらほらと。
だが、あと数メートルというところで、足を止めた。

・・・そういえばこの姿は普通なのか?いや、普通じゃないだろ。むしろ不審者じゃ・・・。
そう、彼の姿は漆黒の鎧に包まれ、身長が2メートル以上あろうかという威圧的な姿。
少なくとも、他人に気軽に声をかけられる気はしない。
悲鳴を上げられ、助けを請われ、果ては集団で襲いかかってくるかもしれない。
そこまで考え頭を振った。

・・・って、さすがに襲われることは無いだろ・・・・・・たぶん。
思っても不安は拭えない。が、ここで留まっているわけにもいかない。
意を決して進む。足取りは重い。

村に入った彼は、先ほどの杞憂が吹き飛ばされた。
確かに、歩いている人々の多くは毛皮で作っているらしい服を着た、普通の人間だった。
別段鎧を着込んでいるわけでもない。
が、居るのである。その普通ではない者達が。自らと同じように鎧を着込み、長身の、まるで騎士のような者達が。
もっとも、その色、大きさ、形、全て様々で同じ姿が一つもない。
彼らは、普通の人と同じように町中を歩き、看板を飾っている建物へ入ったり、
傍にいる他の人とは違った変わった服をきた女性と会話をしていたり、と諸人様々ではあるが、
町という社会の中にとけ込んでいる。

もしかして、これが普通なのか?
記憶がないので、何を『普通』とよんでいいのか分からないが、
少なくともこの格好は悲鳴を上げられたり、助けを請われたり、果ては集団で襲いかかられる、
なんてことは無いようだ。ひとまず安心し、町を歩いてみる。
今歩いている道は、入り口から真っ直ぐに伸び、反対側の出口に続いている。
人通りも多いし、どうやら中心となる大通りのようだ。看板を飾っている建物はお店などの類らしい。

その看板には、剣の模様や、盾の模様、赤い液体が入った瓶などなど。
何を売っているのか示しているようだ。ふと、人と目が合う。その人は慌てた様子で目を背けた。
いや、目が合うなど珍しいことではないが、何かこちらを見ていたような気がする。
気のせいだと思い、なおも町を眺めた。今度は違う人と目が合う。そしてまた背けられる。
一度や二度なら、偶然だと思えたが、八回もそんなことがあれば、流石にそうではないと気づく。
どうやら、注目の的らしい。行き交う人々はちらちらとこちらを見てくる。

・・・なんだ?
その理由が分からない。もしかしたら、この中でも、さらに異色な存在なのかと思案する。
他の鎧を着込んだ騎士・・・のような者達をみる。自らとの違いを探してみる。

おいおい・・・まさか・・・
違いはすぐに分かった。今自分は一人だが、他の騎士たちは、全員傍に従者のようについてくる女性が一人居る。
先ほど目に付いた変わった服装の人たちだ。
毛皮で作ったであろう服を着ている者たちが多い中、
その女性達は絹の肌触りの良さそうな、いかにも高級といった感じの服を身につけ、額や腕に大きな宝石を付けていた。
装飾品かと思ったが、よく見ると肌にくっついているように見える。いや、埋め込まれているといってもいい。

・・・何故女を連れていないだけで、そんな不審な目を向けられるんだ・・・?
なにぶん記憶がないので、ここの常識が何なのか分からない。
不思議そうな視線が降りそそがれる。なんとなく居たたまれなくなった。
何か無いかと周りをみる。一つの看板が目に入った。大きなコップに黄金色の液体が入っている絵だ。

酒場か・・・。
なんとなしに、その建物へ入っていった。別にお酒を飲んで全てを忘れたい、なんて思っているわけではない。
じろじろ見られなければ、どこでも良かったのだ。
ドアの役目を果たせているかどうかは疑問の、小さな押し戸を軽く押す。
一瞬だけ、中の客が一斉にこちらを向いた。中は薄暗く、粋な音楽が流れていた。
その光景に少したじろぐも、気を取り直してカウンターに座った。

「・・・ご注文は?」
カウンターの中の男が聞いてきた。
オールバックの髪に、ちょっとはやした口髭、寡黙な雰囲気は、何でも悩みを聞いてくれそうなどこからどうみても完璧なマスターだった。
「あ〜・・・」
答えに窮している様子を見て、マスターが、ふっと笑った。
「冗談ですよ、あなた方は飲食しないでしょう?」
確かに、マスターの言うとおり、喉も乾かないし、食欲もない。腹が減った感じもしない。
「それで、『ギアナイト』がこんな寂れた酒場に何の用ですかな?」
続けてマスターが言う。

・・・ギアナイト・・・俺はそれなのか?
ずっと考えていた疑問を、マスターに聞こうと口を開く。自分が何者なのか分からなくとも、ここがどこなのかくらいは聞けそうだ。
だが、聞こうとしているのは常識ではないのか?それを公の場で聞いて不審がられないだろうか。
悶々と考えていると
「離してください!!」
外から悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ・・・?」
疑問が解消されたかもしれないのに・・・とぼやきながら席を立ち、外を見やる。
大体でしか分からないが、鎧を着込んだ二人の騎士・・・っぽい者と、一方に手を掴まれている少女が見える。
騎士のほうは、青くゴツゴツした長身の鎧と、黄色く飄々とした小さめの鎧だ。
少女は、絹で出来た高級そうなローブを身に纏い、体を振るごとに揺れる銀髪で長く美しい髪。

「・・・『ギアティシャン』狩りか。」
マスターが吐き捨てるように言った。
「『ギアティシャン』狩り・・・?」
つい聞き返してしまった。マスターは、あぁ、と頷いて口を開いた。
「あんた、大都から来たんですかい?なら知らないのも無理はありませんね。大都には『鋼の騎士団』が駐在していますから。」

聞きたいことはそっちじゃないんだが・・・。
だが、マスターはこっちの気を知ってか知らずか、話を続けた。
「ここいらでは、ああやって一人で居る『ギアティシャン』を攫っては、裏で売っているんですよ。彼女たちは宝石のように美しいですからね。」
ギアナイトも落ちぶれたもんですな、と毒づいた。
「・・・じゃぁ、あれは助けた方がいいよな。」
彼はそういって店を出た。後ろから聞こえるマスターの制止の声を振り切って。

掴まれている少女は手を振りほどこうと暴れる。が、力の差は歴然。ずるずると引っ張られる。
少女の目には涙がたまり、掴まれた腕は赤くなっていた。
助けを求めるように周りを見ても、皆遠巻きにこちらを見ているだけ。そのことで胸が締め付けられるほどの悲しみが体を巡る。
「おとなしく・・・こい!」
ついに引っ張っていた黄色の鎧が吠えた。掴んでいない左手を振り上げると、少女に向かって振り下ろした。
少女は身を竦め、目を瞑った。だが、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けると、黄色にからみつく漆黒が見えた。綺麗な黒だと思った。
それが、黄色い鎧の暴挙を横から止めた腕だと気づくのに数秒かかった。

「な、なんだてめぇ!」
黄色い鎧から陳腐な言葉が出る。だが、漆黒の鎧はそれに答えず、紅く光る双眸を細め、掴んだ相手を睨む。いうなれば、これが答えだ。
「離せっ!」
黄色の手から少女が解放される。少女を掴んでいた悪手は漆黒へと伸びてきた。
だが、それよりも速く、正面から飛んできた黒い風に黄色の鎧は吹き飛ばされた。
ハンマーで鉄を殴るような音が響き、赤い火花が散る。
少女は見た。その黒い風は、この漆黒の鎧が放った拳だ。左手をフックの要領で顔面にブチ当てたのだ。

「大丈夫か?」
彼は少女に聞く。少女はこくりと頷いた。よく見ると、なるほど、確かに宝石のような美しさだ。
銀髪の前髪から見える、額に埋まっている紅い石が、その綺麗な顔を幻想的なまでに彩っている。

下がってろ、と漆黒の鎧が少女に言った。少女は反発することもなく鎧の後ろに隠れる。
後ろから見た漆黒の鎧は、思ったほど太く無く、流麗なフォルムをしていた。
両肩が尖り、肘から伸びるスパイクが、まるで翼のようにも見える。
もはや悲しみは体から消えていた。

金属がぶつかる音がする
音の方を見ると、吹き飛ばされた黄色の鎧が、青い鎧に受け止められていた。
黄色より二周りも大きい青にとっては、容易だったはずだ。
青は黄色を地面に落とし、一瞥した。頭の部分は、スポンジのようにめり込み、時折火花が散る。
青は、漆黒へ顔を向けると、音を出した。

「・・・その『ギアティシャン』、貴様のものか?」
それは声。冷静であるが、しかし、一般的な男のそれよりも格段に低い。気の弱い者なら平伏してしまいそうだ。
「いや、初めて会う娘だ。」
だが、漆黒の鎧は、その声に動じた様子もなく、軽く返した。
「ならば、邪魔を」
「するぞ。」
青の言葉を遮って漆黒の鎧が言った。

「・・・どうやら死にたいようだな。」
どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。青は、腰にかけてある棒に手をかけ、それを抜いた。
棒は柄だった。その柄から大きな白い両刃が伸びている。
それは相手を斬るより、叩きつぶすことが目的にある武器。大剣だ。
青い鎧は、ゆっくりと正面に刀身を持っていく。
「貴様の名を聞いておこうか。」

名前・・・。
「・・・知らん。」
「そうか。今から殺す男の名は知っておきたかったが。」
正直に答えたのに、逆に怒らせてしまったようだ。人との対話は難しいと思った。
青い鎧は、上半身をひねり、左肩をこちらに向け、胸の前に大剣を構えて突っ込んできた。
甲冑が激しく揺れる音が大きくなってくる。
「離れてろ!」
後ろに隠れている少女に叫ぶ。確認はしていないが、足音が聞こえた。言い方がきつかったか?とも思ったが、今はそんな余裕は無い。

「ふんぬぅ!」
天に向かっていた切っ先が、青い鎧の後ろから跳ねるように振り下ろされた。
だが、力の乗った刀身は、地面に叩き付けられただけだった。
体全体で、左に跳躍することによって、避けることができた。着地と同時に地面を蹴る。すぐに視界は青で一杯になった。
右手を握り、思い切り前に突き出す。空気を切る音がした。

青い鎧は首を軽く後ろに引き、拳打を避ける。そのまま体を回し、地面にめり込んでいた大剣を無理矢理引き抜き、勢いに任せて横に薙ぐ。
左から漆黒の鎧を襲う大剣。遠心力で振り下ろされた時より速くなった刀身を身を屈めることで素通りさせる。すぐ頭上の大気が乱れた。
青に大きな隙ができる。それを黒は逃さなかった。下から突き上げる右拳。狙うは胴の中心。
ハンマーが金属にめり込む音があたりに響いた。人々は目を見開いた。
下から突き上げられた青い鎧は、その大きさであり得ないほど宙に浮き・・・近くの三角屋根より高く跳ねると、重力に従い、落ちた。

地面が揺れるほどの轟音と、砂埃が舞う。
風で視界が晴れる。そこには大の字で横たわる青い鎧がいた。
漆黒の鎧は、そこで初めて注目されていることに気づいた。なんとなく居心地が悪くなり、助けた少女に近づく。
人々は声をかけるでもなく、ましてや罵声をあびせるでもない。ただ、何事もなかったように、思い思いに行動を再開した。

・・・もしかして良くあることなのだろうか。
それとも、ここは他人などどうでも良いと考えているのかもしれない。記憶が無い自分には推測するほかないが。
少女の傍まで行くと、再度安否を尋ねた。
「・・・?」
だが、少女はじっとこちらを見ていた。ほどなくして、我に返った様子で慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!えっと、助けていただいてありがとうございました。何かお礼を・・・」
再び頭を下げて言う少女に、鎧は漆黒の手で制した。
「いや、俺がしたくてしただけだから。気にするな。」
だが、少女のほうは、でも・・・と食い下がる。
「それじゃ私の気が済みません。なんでもします!」
ぐっと胸の前に両こぶしをつくった。

漆黒の鎧は困ったように頬を掻き
「女が、何でもする、なんて言うものじゃないぞ。本当に礼なんて・・・」
そこまで言って、あ、と声をもらした。
それを見逃さなかった少女は、ずいっと体を前に出した。
「はい!なんでしょう!」
どうやらお礼ができるチャンスと思ったらしい。
「あ〜・・・なら、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが・・・」
「はい!なんでも聞いてください!」
少女は気合いの入った声でかえした。

「ここじゃちょっと・・・どこか人気の少ないところ無いか?」
聞かれて困る話じゃないが、聞きたい情報は、多分この世界の常識だろうと思う。
歩き方を教えてください、なんて話を不特定多数の人間に聞かれたくない。
そう、できれば、たった一人に、事実を話し、教えてもらいたい。
とまぁ、なんとも単純な理由からなのだが。目の前の少女は何を勘違いしたのか。
え・・・と息を呑むと、その色白な肌を紅潮させて、もじもじと体を揺らし、なにやらゴニョゴニョと口ごもる。

「そ、それって・・・」
「あぁ。あまり大声で言えない・・・ってわけでもないが、俺はあまり聞かれたくないからな。」
冷静に言う漆黒の鎧に、少女は目を泳がせながらも
「わ、分かりました。えっと、私、宿とってるので・・・そ、そこでお話ししましょう。」
落ち着きのない様子で話す少女に首を傾げるが、その提案をうれしく思う。
「ありがとう。助かるよ。」
素直に礼を言った。おおよそ今まで使ったことが無いくらい優しい声で。・・・もっとも記憶がないので使ったことが無いかどうかは定かではないが。
「い、い、いえ、で、では、ご案内しますです。」
少女は顔を真っ赤に染めると、ぎこちない足取りで歩きだした。









後書き
読んでいただき身に余る光栄にございまするで候。
第一話いかがでしたでしょうか?
わたくしとしましては、中々長く書けたのではと思います。
なんとなく王道気味かな、とも思いましたが。わたくしの稚拙な文章ではこれが精一杯にございまするで候。
これからドタバタとラブでコメディでシリアスでバトルなストーリーを展開・・・できたらいいなぁと望んでいまするで候。

思うにオリジナルのほうが書きやすいのではと思った今日この頃。
片方でちょいとスランプなので、今しかないと思ったわたくしめはこの『GEAR』を書いておりまするが、
スラスラと筆が進むのも事実。もっとも片方は二次創作なるもの。はじめての挑戦では致し方ござらんと思いますれば。
それは単なる言い訳でしかないとこの身にしみておりますゆえ。申し訳ござらん。

では、また第二話か、片方にて。





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