GEAR
第二話『志動』

漆黒の鎧は、目の前を歩く少女の後ろ姿を見る。流れるような銀髪と華奢すぎるといっていい手足。
見れば見るほど人形のように思える。足取りは速く、右手と右足が同時に出ていた。

・・・もしかしてこれがここの常識なんだろうか?
むろん、そんなわけがあるはずないことは、周りの人間を見れば明らかだが、
何故か鎧はそのことを考えもせず、少女の動きを真似てみた。
判明したことは歩きにくいことこの上ないということだ。

「・・・ずいぶんと歩きにくいな。」
つい呟いてしまった。少女は短く、あ、とだけいうと、今度は左手と右足を同時に出す、普通の歩き方になった。
後ろから見下ろす形になるが、俯いているようだ。その足取りは、さらに速くなった。


案内された宿は、中々に趣のある建物だった。清潔感のある雰囲気だ。
少女はなおも歩く。そのまま階段を上がる。
鎧もそれに続く。二階に上がると、真っ直ぐ伸びる通路に、左右4つずつのドアが見える。
ドアとドアの間の間隔がかなりある。部屋はそれなりに大きいようだ。
通路には絨毯が敷いてあり、それぞれのドアの右上にランプが掛けてあった。

そのまま歩みをとめることなく進む。
と、二番目のドアの前で止まった。右を向くと、そのドアを指さしポツリ。
「こ、こちらです。」
まるで怯える小動物のようだ。漆黒の鎧は、怪訝に思うも、少女がドアを開けるのを待った。

少女は深呼吸を2,3回すると、何かを決意した目で、鍵をドアにさし、ドアを開けた。
室内は思ったより広かった。
ドアを開けてすぐ目に入る大きめの窓、白い絨毯にシーツをかぶせたシングルベッド、ベッドの横にはスタンドライトを乗せた小さめの机。
入ってすぐ左にドアがある。おそらく浴室かトイレだろう。

少女は、ペンギンのように歩き、ぼふん、とベッドに座った。
鎧もゆっくりと室内を歩き、少女の前へ立つ。
「えっと・・・その・・・わ、私、頑張ります!」
またも胸の前で両こぶしをつくり、紅潮した顔で見上げてくる。

・・・何を頑張るんだ?
疑問に思ったが、すぐに、しっかり教えてくれるってことか。ありがたい。と心で礼をする。
「じゃぁ・・・本題に入ろうか。」
そ、そっこうですか!?と何やら呟いている少女を怪訝な顔で見ながらも、鎧は話した。
「実は・・・あ、その前に椅子使って良いか?」
身構えていた少女は、少し体の力を抜くと頷いた。
礼を言いながら鎧は椅子に座る。みしみしと音を立てたが、気にしないでおく。

「話してもらいたいのは、ここと、俺のこの姿についてなんだが・・・・・・どうした?」
話し始めると、少女は驚きと失望と、その他諸々の感情が混ざったような・・・率直に言うと変な顔をした。
「あ、いえ、なんでもないです・・・。それで・・・えっと、どういうことでしょう?」
少女は取り繕いながらも先を促した。
「あぁ・・・実は俺、記憶が無いんだ。なんでこんな姿なのか、ここがどこのなのかも知らない。」
少し俯き加減で、目覚めてからこれからの経緯を簡潔に話す鎧。少女の顔は、次第に驚きの表情になった。
「そ、それって大変じゃないですか!と、とりあえず病院行きましょう!」
慌てて立ち上がる少女。その顔色は、切羽詰まったもので、純粋に心配をしてくれているのだと分かった。
今度は鎧が驚くほうだった。疑われるか、こいつ頭おかしいんじゃねぇの?って顔をされるかと思ったが、
少女はあっさり信じたのだ。一片の疑いもなく。

「あ、待て、病院は良い。」
呆然と少女を見ていた鎧がその腕を引っ張った。柔らかい。少し力を入れれば折れてしまいそうなほど、細い。
掴まれた少女は、小さく声を上げた。
「あ、わ、悪い。」
その様子を見た鎧は、慌てて黒色の手を引いた。

「い、いえ・・・でも、病院はいい・・・って?」
紅くなりながらも少女は首を傾げる。
「いや・・・特に理由は無いんだが・・・なんとなく、病院には行く気にならない。」
それだけ言うと少女は何か言いたげな顔をしたが、ぽすん、とベッドに座る。
「そうですか・・・・・・あ、そういえばお名前聞いてませんでしたね。私、リナティア=レイルハートっていいます。リーナって呼んでください。」
少女が名乗る。鎧は何かを言おうとして首を振った。
「すまない・・・さっきも言ったが、何も思い出せんからな。名前も分からないんだ。」

少女・・・がしゅんと項垂れる。
「・・・クロガネ。」
ぼそりと鎧がおとした。リーナが顔を上げる。
「俺のことはクロガネと呼んでくれ。」
リーナは目の前の鎧・・・クロガネがそういって微笑んだように見えた。


「・・・というわけで、この国は一つになったんです。」
リーナが人差し指を振りながら話を終えた。この世界の常識をご教授願っていたのだが・・・
何故かこの少女、見た目が大事などと言いながらどこから取り出したのか、ホワイトボードをとりだし、さらに眼鏡をかけた。
すると童顔の女教師のできあがり。ご丁寧に教鞭まで手に持ち、図を交えながら説明してくれたのだ。
二時間ほどかかったが、おかげでこの世界の常識はあらかた理解できた。

椅子に座っている漆黒の鎧・・・クロガネは聞いた話を整理してみる。

この世界の名は、『ファンテイジア』
ファンテイジアにはマナと呼ばれるエネルギーがあるらしく、これは空気中を無限に漂い、人々はマナによって生活を営んでいるという。
代表的なものとして、マナを直接取り込み超常現象を引き起こす魔術、マナを動力源として様々な用途に使われる機械があるらしい。

もとは四つの国で構成されており、絶妙なバランスをとっていたが、百年前に異形の生物が現れ、人類を駆逐していった。
人々はその異形の生物を、『クリーチャー』と呼び、恐れるようになった。だが、このまま黙って狩られることはできない。
国同士は力を合わせ、クリーチャーに抵抗した。これにより徐々に国家が集約。一つの超大国家『グレイバル』となった。
その『グレイバル』を統べるのは、四国の元・王達。四聖王。
人々は四聖王の下で一致団結しクリーチャーに立ち向かう。
が、国が一つになっても、人が一つになっても、クリーチャーを抑えることはできなかった。少しずつではあるが、確実に押されていった。

このままでは人類は滅ぶ・・・そう考えた四聖王は、ある考えに行き着いた。
人外を滅するには、人外にならねばならない、と。
四聖王の命で、ある研究が行われた。
それは、人の体を捨て、機械の体になること。機械兵器に人間の魂を移す研究だった。
当初は不可能とされていた研究も、機械国家であった『ギルリアス』の高度技術と、魔術国家であった『アリエリエ』の魔術がそれを可能にしてしまった。
そうして生まれた兵器は、両国家の頭文字をとり、『ギアナイト』と名付けられた。
その姿は気高き騎士のようであり、戦闘能力はクリーチャーを軽く上回った。

兵器がいかに強力かは、十体で三百のクリーチャーを屠ることで証明された。

人々は安堵し、喜んだ。これでクリーチャーに怯えずにすむ。死ななくてすむ、と。
だが、手放しで喜ぶことはできなかった。
それまで確認されたクリーチャーの数は万を超える数に対し、ギアナイトは当時たったの五十体。
魂を取り出し、入れ替える行為は、精神訓練を積んだ騎士達しか耐えることができず、ギアナイトになるための修練を積ませなければならなかったし、
さらに、いざ機械の体になったとしても、その鎧は造りがあまりにも精密で精巧であったがために、無理をすればすぐにガタがきた。
整備にも時間がかかり、次第に戦場へ出られる騎士の数は減っていった。
何より、男性しかギアナイトになることができなかったことが一番の問題だった。
女性では、ギアナイトに魂を癒着した際、原因不明の拒絶反応が出てしまい、死に至るのであった。

そこで、アリエリエの王であったファルクス=J=アリエリエスは、女性達に魔術を教え、ギアナイトのサポートをさせた。
そして、ギルリアスの王だったゲイラル=ギリラリアスは魔術を修めた女性達に、ギアナイトの整備方法を修得することを義務づけた。
だが、生身の人間では、魔力を大量に消費する戦場において、過度の疲労によりギアナイトの応急処置すらままならない状況であり、戦場で息絶える女性やギア ナイトが後を絶たなかった。

それを重く見た、四聖王の一人であり、元は『ゼロテリヌウス』と呼ばれる神を崇める宗教国家『ジュエリクルド』の王であったエリクル=レンス=ジュエルカ リドは女性達に神秘の洗礼を受けさせた。
洗礼を受けた女性達は体のどこかに、『ジュエル』と呼ばれるマナを結晶化させた魔力結晶石を埋め込んだ。
ジュエルを埋め込まれた女性達は、魔力、身体能力が飛躍的に上昇、これにより戦果は著しく上がった。
ギアナイトをサポートする『ギアティシャン』の誕生だ。



頭でまとめるのに1分もかからなかった。ゆっくり目を開ける・・・厳密には目の部分が紅く光る。
少女を見ると、優しい声で言った。
「ありがとう、リーナ」
またもやリーナには微笑んだように見えた。いや、クロガネは微笑んだつもりなのだろうが、その顔は漆黒の兜そのものなので傍目には分からない。
「い、いえ!そんな、えっと」
しどろもどろになる童顔女教師から目を離し、窓から見える外をみた。

・・・クリーチャー・・・か。
ここに来る前、襲いかかってきたあの犬のような化け物のことなのだろう。どうやら森の主とかいう類では無かったようだ。
「・・・あんな化け物が沢山居るのか。」
思いがけず音に出してしまった。俯いて自分の指を絡ませあっていたリーナがこちらを見て首を傾げた。

「いや、なんでもない。・・・これからどうしようかな。」
首をふり、そんなことを呟く。そんな鎧を見て、少女が声を上げた。
「あ、あのっ、私、実は遺跡を調べたりする旅をしてるんですけどっ、それで、あの、えと、」
なにやら自らの目的や行動を話し始めた少女。クロガネは不思議そうにリーナを見た。突然ふられた話に、要領を得ない。
「何が言いたいかというとっ!遺跡の中にはクリーチャーやトラップがですね!沢山いて!一人はとても危険で!
 今まではっ、ギアティシャンをつれたナイト様に護衛を頼んだりっ、とか!えっと、その、つまりですねっ」

鎧は気づいた。この少女は自分を拾ってくれようとしているのだ。目的も無く、世界を知らず、自らも分からない自分を。
「・・・リーナ、そんなところに一人で行くのは危険だな、俺を用心棒として連れて行ってくれないか?」
なおも意味不明な言葉をならべて意図を伝えようとする少女に、鎧は心の中で感謝しながら言った。
その言葉を聞いたリーナの整った顔が、嬉しそうな色に塗られていき、
「はいっ!お願いします!」
勢いよく告げると、少女は眩しいほどの笑顔を見せた。 











後書き
おはようございます、こんにちは、こんばんは。駄文書きの酒呑 童です。
GEAR第二話如何でしたでしょうか。楽しんでいただけたならばとても幸いです。

さて、今回は鎧に名がつき、捨てられている子犬に主人ができましたが、ぶっちゃけ鎧鎧と打つのは面倒なんです。
うそですごめんなさい。
オリジナルということもあり、書いててたのしいです。読んでくださった方に、同じような感情を感じてくだされば、と思います。

では、また第三話か、片方にて。






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