プロローグ


宇宙世紀89年1月17日、アクシズの一区画において爆発が観測された。それは、宇宙世紀の戦争の基準からすれば、さほど大規模なものではなかったけれど、人類史に与えた影響からすれば決して無視しうるものではなかった。
紅い巨星、ハマーン・カーン堕つ。ミネバ・ザビの摂政にしてネオ・ジオンの実質的な最高指導者であった彼女の死を以って、第一次ネオ・ジオン抗争は終結した。
彼女は、コロニー落としを実行した虐殺者として地球圏住民の憎しみの対象となったが、その一方で、若干22歳の彼女の死に涙したジオン残党もいたと言われている。

しかし、彼女の物語はまだ終わらない。というよりも、ここからやっと彼女の第二の物語がスタートするのである。

キュベレイに搭載されたサイコミュの影響か、はたまた運命のいたずらか。肉体の桎梏から解放された彼女の意識は拡散して消滅することなく、虚数空間を漂ったのち、新たな肉体に宿る。


プロローグ


 煌武院悠陽は絶望していた。如何なる因果の導きによるものか、彼女は既に生と死を二度経験し、今まさに3度目の生を迎えんとしていた。
 ――生まれたての赤子として。

 思えば、一度目の生は悲惨なものであった。五摂家や政治家、軍部にとって操りやすい傀儡として政威大将軍の地位に祭り上げられるも、実権はないに等しく。帝国の存亡をかけて支援したオルタネイティブ4は中止され。
 結局、オルタネイティブ5のもと、バーナード星系への移住準備が進められた。未だに10億人近い地球人口のうちわずか10万人を逃がすために……彼らが地球を離れた後に実施されたG弾によるハイヴ攻略戦は、最初こそ成功したものの、BETAがG弾に対抗する方策を編み出したことで破綻した。
 悠陽は、他の五摂家や斯衛とともに地球に留まることを選び、帝国臣民をアメリカやオーストラリアに逃がすために、帝都最終防衛線で最後まで武御雷に乗って陣頭指揮をとった。

 二度目の生においては、香月博士主導のオルタネイティブ4のもと、最終的にはあ号標的の攻略に成功する。しかし、その過程で失ったものはあまりにも大きかった。悠陽の双子の妹である冥夜はオリジナルハイヴ攻略の際に散った。さらに、帝国の行く末を案じた国粋主義的青年軍人らがクーデターを起こし、帝国の重鎮であった榊首相を殺害した。

 このクーデター騒動から避難する途中、国連軍衛士である白銀武の気転によって、自分の半身といってもよい冥夜と再会できたことは何よりも嬉しかった。しかし、クーデター鎮圧後も日本帝国を取り巻く環境は厳しく、佐渡島ハイヴ、オリジナルハイヴ攻略後は荒廃しきった国土、半壊した帝国軍、アメリカの経済支援があっても破綻した経済のために、帝国は事実上崩壊していた。

 何とか帝国を再建しようと日々奔走した悠陽であったが、依然として旧習に囚われた武家や官僚、軍部の間で身動きがとれず、リーダーシップを十分に発揮することができなかった。
 長年にわたる戦争の結果、国家の中核を担うべき中堅層が軒並み兵士として動員され、帰らぬ人となった。当然の結果として、官民問わず人材不足はもはやどうしようもないレベルになった。どれほどトップが有能であろうが、トップを支える有能な官僚集団の存在なくしては国は機能しえないのである。
 そうした中で、なんとかアメリカとの関係維持に腐心しつつ国難に当たろうとしていた榊首相が決起集団の凶刃に倒れることとなる。

 その後は、帝国はもはや緩慢な死を迎えるのみであった。たとえBETAに勝とうとも、人材、物資が底をついた状態では国は復興などできるものではなかったのである。
 頼みの綱は、唯一の超大国となったアメリカの支援であったが、そのアメリカにしても多くの前線国家を経済的に支えることはできなかった。各国が財政の裏づけのないままに乱発した戦時国債を買い支えてきたアメリカ資本であったが、とうとうその限界が訪れたのである。
 結局、アメリカは超大国としてパクス・アメリカーナを維持するという方針を放棄し、次第次第に内向きな孤立主義へと向かっていく。

 このような国難のなかで、帝国の要であった悠陽がついに病に倒れた。過労のためとも、BETA戦の際に放出された重金属雲の影響とも、国土全体にバラまかれた劣化ウラン弾による被曝の結果とも言われたが、医師団も原因を特定することはできなかった。


 二度目の死を前にして悠陽が感じたのは、何にもまして安堵であった。はっきり言ってしまえば、彼女は疲れ切っており、休息を切望していたのである。

 ――今度こそ現世の辛い記憶を忘れて、安らかに眠ることができる。
 このような想いにとらわれていた悠陽が最期に漏らした言葉は、あまりにも痛切であった。

「月詠……。政威大将軍に拝命されてより、わたくしは日本をよりよい国にすべく努力して参ったつもりでした。それが、私の命のもとに散華した幾百万の御霊の忠義に報いる唯一つの道と考えていたからです。ですが……結果はこの有様です。あちらに参った際に、何と言って英霊たちに詫びればよいのでしょうか」

 病床に臥す悠陽の傍に控えていた月詠真耶斯衛軍少佐は、気落ちしている主君を励まそうとして、頭を上げて主君と視線を合わせた。
 そして……見た。見てしまった。悲嘆に暮れる彼女の主の瞳が、もはやいかなる光も宿してはいないことを。
 そして……多くの衛士の死に際を見てきた彼女は悟った。悟ってしまった。主の魂が、辛い現実の重圧に耐えかねて砕けてしまった、ということを。

 誰よりも優しく、しなやかで、聡明であった少女の魂には、この世界の現実はあまりにも過酷であったのかもしれない。魂に引き摺られるようにして肉体が空しくなったのは、それからしばしの後のことであった。

 ――一度目は何もかもが足りていなかった。そして……今度こそはと努力した二度目でも……やはり力が足りなかった。覚悟が足りなかった。
 そして、三度目。いかなる運命のいたずらか、あるいは神が彼女の血を吐くような嘆きに耳を貸したからか、奇跡が起こる。
 師走に生を享けた彼女のもとに、紅き光が飛び込んできた。
 地球の重力から解き放たれることを望みながら、心のそこでは地球の重力に囚われていた哀れな紅い鳥が。



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