第13話




――1992年秋、煌武院家

「……低コスト量産機の国際共同開発ですか?」

 第25大隊の訓練に当たっていたところ、雷電に呼び出された悠陽。訓練の監督を神野中佐に任せて、煌武院家に戻ると、雷電のほかに叔父の御剣閃電、技術廠の巌谷少佐が談笑していた。
どういった要件でしょう、と切り出す悠陽に対して、雷電は、国連から低コスト量産機開発への日本の参加要請があった、と伝えたのである。

「御剣で開発したリニアシートだが、今やほとんど世界中の管制ユニットに搭載されている。それは良いのだが、同時に副産物も生まれた。従来、戦術機適正が低すぎて衛士になれなかった者たちも、リニアシートがあれば戦術機を操縦できるようになった」
「戦術機乗りの母集団を増やす効果をも狙ってのことですからね。良いことではないですか」
「ああ。だが、問題は、衛士の数が増えても、彼らが乗る機体がない」
「F-16ファイティング・ファルコンがあるではないですか。あれはF-15と比べて格段に製造コストが低く、その割りに高性能です。実際、アフリカ連合や統一中華戦線では活躍していると聞きます」

 第二世代最強の名をほしいままにする名機F-15イーグル。問題は、F-14トムキャット同様、製造コストが比較的高く、途上国では制式配備することが難しいことにあった。そこで、ゼネラルダイノミクスを中心に開発された低コスト機がF-16。コストを切り詰めるために、余裕のない設計をしており、発展性はないといわれているが、コストパフォーマンスは抜群に優れている。
 ハイヴ突入部隊こそ少数精鋭となるが、対BETA地上戦闘の基本は質よりも量。それを考えれば、多少F-15よりも性能が悪かろうが、F-16を配備して実働兵力の底上げを図るのが最良ではないか、と悠陽は思う。

「F-16は確かに大量配備に向いている。だがな、悠陽。御剣の技術を取り入れた新型が日本や米国で開発され、それ以前の機体との性能差があまりにも開きすぎてきている。そこで、低コスト機のほうにも、新型の技術を一部流用して、性能向上を図りたいという声が強いのだ。特に、新技術の恩恵をあまり受けていないアフリカ連合などから、強い要請がある」

 勿論、アフリカに限らず、EUやアメリカからもそうした要望はある、と雷電。アメリカも、今もなおYF-22ラプター配備予算を巡って議会で攻防が続いているが、情報省の報告によれば、ラプター配備数は最大でも陸軍戦術機総数の四分の一程度にとどまるだろうという話だ。あのアメリカの経済力をもってしても、G弾関連で軍事予算を相当食っている現状、F-16に代わる新型低コスト量産機を開発すべし、との声が強くなっているらしい。もっとも、アメリカではF-15の強化も平行して進められているそうであるが。

 そこに、巌谷が割ってはいる。
「帝国軍でも、全く同じ問題が持ち上がっているのです。衛士適正の基準が緩くなったことで、帝国軍の衛士の数が急増しています。ですが、「迅雷」の量産型である「彗星」は、帝国軍全体に配備するには、あまりにも高価です。低コスト機の開発は、アメリカ以上に急務であると言えましょう」

「お話はわかりました。日本も国連も、お互いの利害が一致しているのですから、その共同開発計画に参加すればいいのではないでしょうか」
 何も問題はないではないですか、と語る悠陽。

 それにたいして、巌谷は苦虫を噛み潰した表情で、指摘した。
「問題はないはずなのですが……。なまじ、御剣で純国産の「迅雷」と「彗星」が開発されましたことが、国粋主義者たちを強気にさせまして……。低コスト量産機も、純国産でなければならない、などと言い出したのです。低コスト機の大量生産のためには、アメリカのノウハウがどうしても必要となるのですが……」
 帝国軍の恥を晒すようで申し訳ないです、と苦々しげに語る巌谷。

 そう。彼は純国産低コスト量産機開発計画を携えて、雷電のもとを訪れたのである。そこで、雷電から、「迅雷」と「彗星」の真の開発者が、まだ10歳にもなっていない悠陽であると聞かされ、驚倒することになる。雷電一流の冗談かとも思うが、彼の目は嘘を語っているようにも見えない。
 もはや斯衛の伝説になっている模擬戦を行った悠陽のこと、もう一つや二つ秘密があっても不思議ではない。そう自らを強引に納得させて、兎にも角にも悠陽と会ってみよう。巌谷はそう思ったのであった。

「帝国軍の純国産至上主義は相変わらずですか……」
 二度の生において、軍部や官僚たちの国粋主義的狭量さを骨身に染みて実感していた悠陽は、苦々しくそう呟く。純国産主義など、排他的な鎖国主義と大差ではないではないか、というのが彼女の考えである。

――どうやら、我々が新技術を次々と開発したせいで、純国産主義がかつてよりもはるかに広まっているようだな。
 愚かなことだ、とハマーン。
――これでスワラージ作戦を成功させたら、狭量な国粋主義がさらに強まることでしょう。純国産の迅雷のみが、ハイヴ攻略を成功させた、日本の技術力は世界一であり、もはや他国から学ぶことなどない。こう言い出す輩が急増することは目に見えています。本当に、どうしてくれましょうね……。
 いっそ、ぷちっと潰してしまいましょうか、などと黒い笑みを浮かべる悠陽。

――ふむ。確かに、良い機会ではあるな。スワラージ作戦後には、国粋主義者が急増するであろう。そうなっては、彼らを排除するのも困難になる。それ以前に一度彼らを暴発させて、一網打尽にしておけば後顧の憂いもない。スワラージ作戦後に国粋主義的気運が高まっても、凝集核を欠いた状態になるからな。だが、まずは国連と帝国で、具体的にどのような開発をするつもりなのか、情報を収集するのが先決だな。

 新型量産機開発を巡る政治問題を、国内の潜在的敵対勢力排除に結びつけようと考えるハマーンであった。

「お爺さま、叔父様、巌谷様。お話をうかがった限りでは、国連の低コスト機開発プロジェクトに参加するのが一番かと。帝国には未だ、アメリカ並の大量生産ノウハウはありません。そういう面では、やはりアメリカが突出して優れています。むしろ、この国連のプロジェクトに積極的に参加して、アメリカから量産面での技術提供を求めてみてはいかがでしょう。帝国軍の方々には、無理矢理にでも納得していただくほかはないかと思います」
 ハマーンとの意思疎通を行ったのち、悠陽は自らの見解をこう述べた。

「やはりか……。問題はどうやって帝国軍幹部連中を納得させるかだが……」
 悠陽が述べたことなど、雷電にとって百も承知のこと。だが、悠陽と違い、彼は純国産主義者を暴発させるのではなく、どう宥めるべきか、と苦悩する。

「それは……殿下のお力添えをお願いするしかないかと……」
 いくら悠陽とはいえ、ハマーンが提案した血生臭い謀略を、いきなり巌谷の前で開陳することには抵抗がある。それゆえ、返事も煮え切らないものにならざるを得ない。

「やはり、純国産では難しいですか……」
 そう言って肩を落とす巌谷。彼とて、国際共同開発が望ましいことは百も承知。それでも、帝国軍内部の反対派を刺激しないような代案はないものか、と密かに期待していたのである。

「巌谷様もご存知のことと思いますが、御剣製の技術はどれも性能は良いのですが、その分、コストもかかってしまうのです。その上、御剣の生産ラインは現在新型の生産で手一杯です。残念ですが、純国産は技術的に極めて困難かと……」
 そう自分の主張を繰り返すほかはない悠陽であった。




「ときに、巌谷」
 低コスト量産機の話が一段落したころ、全く別の話を切り出す雷電。

「うちの分家の馬鹿どもが、姪御の唯依殿に迷惑をかけたようだな。済まぬ」

 突然の話に、一体何の話です、と悠陽は当惑する。

「うちの分家の一部がな。煌武院内で勢力を強めようとして、どうも篁家にちょっかいを出しておるようなのだ。身内の恥を晒すようだが、篁家の分家の一部に働きかけて、篁家乗っ取りを裏から助けている不届き者が当家におる。唯依殿がまだ幼いことをよいことにな。どうやら、自分たちの意のままになる者を譜代の篁家の当主に据えることで、武家内部での自分たちの発言力を強くしたいらしい。ゆくゆくは、悠陽、お前の婿となって、煌武院を乗っ取ろうという算段なのであろうな」
 なかなか尻尾を出さんから、叩きにくい、と雷電は苛立ちを込めて語る。何にも代えがたい最愛の孫娘を、どこぞの馬鹿息子と結婚させるなど、彼にとっては許しがたいことであった。

「最近、妙に篁の分家の動きが怪しいと思っておりましたら、そういことでございましたか……」
 巌谷としては、煌武院当主である雷電に苦言を呈するわけにもいかず、絶句するほかない。

「安心するがよい、巌谷。誰が何と言おうが、篁家の次期当主は唯依殿だ。煌武院の名において、そのことは約言しておく。しばらくは苦労をかけるが、必ずや分家の馬鹿どもと併せて一網打尽にしてくれる」
 語気強く、雷電は宣言する。

「ハッ。ありがとうございまする。雷電様直々に、後ろ盾になっていただけるとあれば、唯依も喜びましょう」

「……でしたら、わたくしからも提案がございますわ。聞けば、巌谷様は最近お忙しくて、技術廠に泊り込みになる日も多いとか。さぞ、唯依殿のことがご心配でございましょう。唯依殿も、やがては斯衛の衛士訓練施設に行く身。それまでは、我が煌武院家に滞在してもらってはどうでしょう。煌武院の分家どもとて、本家に侵入してまでの狼藉は働けないでしょう。何より、唯依殿の後ろにお爺さまがいるとアピールできます。唯依殿にとって、悪い話ではないと思うのですが……」
 そう述べて、悠陽は唯依が煌武院家に来るよう勧める。かつての生においても、月詠家の二人に次ぐ衛士として活躍した唯依が困っていると聞いて、手を差し伸べたいと考えたのである。まして、唯依の問題は、煌武院にも責任があるとのこと。それくらいの手助けはむしろ当然であろう、と思う悠陽であった。

「おお。それはよい。悠陽も、同年代の少女たちと接する機会がほとんどなかったしな。ちょうど良いではないか。どうだ、巌谷。ここは一つ、訓練学校に唯依殿が進むまでの一時、当家に滞在してもらうよう唯依殿に聞いてみてはもらえないだろうか」
 名案だ、と雷電は手を叩く。

 五摂家筆頭である煌武院本家に姪を滞在させることに少し尻込みする巌谷であったが、唯依の安全を考えれば、背に腹は変えられない。最後には、よろしくお願い申し上げます、と頭を下げるのであった。



 篁家の分家のちょっかいで疲れていたのか、やや暗い顔をした篁唯依が煌武院家に引っ越してきたのは、それから一週間後のことであった。



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