舞い降りし植獣/第5章『意志』(リリカルなのは×ゴジラ)


  ミッドチルダ首都クラナガンに出現した巨大な龍の如き生物に世界が震撼した。全高500mの巨躯に同程度の長さを持つ太い尾、巨体を支える為の逞しい両脚。
その逞しい下半身とは裏腹に、ひょろっとした小さな腕。両肩と腰に生えた二対の巨大な翼。首筋から尻尾の中程まで列を成して生えている背びれ。
不揃い且つびっしりと牙の生えた口内。紫色の瞳。濃緑な色でゴツゴツとした皮膚。ビオランテの形状とは全くかけ離れた、進化した姿が都心の中心に聳え立っている。
ゴジラの細胞を取り入れていたことによる影響であろうビオランテは、再生と進化を進める内に自然とゴジラの姿に近づこうとしていたのであった。

「な、何よ、この化け物は‥‥‥! あの植物モドキが、こんな姿に変貌したと言うの!?」

  そう叫んだのはビオランテに止めを刺した(と思っていた)張本人――クアットロその人である。先ほどのビオランテとの戦闘で、驚異的な生命力と恐怖が彼女の脳裏に焼き付かれているために、その時の恐怖感が身体の全身を駆け巡り始めていた。
あの紅蓮の炎に巻かれて滅却処分した筈なのに復活を遂げたばかりか、驚くべき短時間で進化まで遂げたのだから、彼女はビオランテに怯みを覚えずにはいられなかったのだ。

「機動六課のお馬鹿さん達といい、この化け物といい、どこまで〈聖王のゆりかご〉に楯突こうと言うのかしら!」

こうなれば徹底的に叩いてやる。彼女は頬を引く突かせながらも、外に待機しているドローンの大半をビオランテに差し向ける。
  だがこの時すでに、〈聖王のゆりかご〉艦内には2人の邪魔者――なのはとヴィータが潜入しているため、外ばかりに集中している訳にはいかなかった。
2人の目的は明白であり、分散して機関部の破壊と聖王の確保をしようというのだろう。そうはさせまいと、クアットロは念入りに待ち構えていたのだ。
ヴィヴィオには洗脳にて母親であるなのはを“敵”として認識させて対峙させ、ヴィータにはドローンW型を差し向けて阻止する手筈を整えていた。
〈聖王のゆりかご〉は巨体ゆえに内部は迷路とも思える程に、数多く区画されている。そのことから、それなりに時間稼ぎは出来ようものである。
  問題はビオランテの対処だ。クアットロはなりふり構わず、再び魔力爆撃を敢行してこの小癪な巨大生物を紅蓮の炎に叩き込もうとした。

「進化したからって何なの? そんなに死に急ぎたいなら望み通りに‥‥‥してやるわよ!」

そういうと、クアットロは再びビオランテに魔力爆撃を開始する。再び艦底部の一部が解放され、そこに魔力エネルギーが形成されていく。
前回と同じように消し炭の山にしてやる。そう意気込んだクアットロであったが、目の前にいる進化したビオランテの恐ろしさを目にするのは、この直後の事である。
  その異変に真っ先に気が付いたのは、外で戦っているはやてだ。ビオランテの身体が所々で薄紫の光を放ち始めており、それは背びれ部分も怪しい光を放ちつつあった。
発光に続いて顎が外れるのではないかと思うほどに口を最大限に開いていく。口内の喉奥からも不気味な薄紫色の光が見え、如何にもという様子にはやては危険を察する。
その証拠にデバイスからはビオランテに超高濃度の熱源が感知されたことと、〈アースラ〉からも危険域に達する程のエネルギーが集約されていると報告を受けた。

『隊長、ビオランテの体内で熱エネルギーが集約されている模様です。かなりの密度で、数値は上がり続けています!』
「熱・・・・・・?」

ビオランテは植物型の生物であることから、熱には耐性が低いと考えるのは妥当なものかもしれない。
  だが、ビオランテに常識は当てはまるものではないのだ。植物という枠組みを既に超えており、さらには火炎に対する耐性までもが、この時確立していた。
つまり今の進化したビオランテに火炎放射を食らわそうとも大したダメージにはならず、寧ろ自身が熱を利用した攻撃さえ可能にしてしまっている。
さらに熱エネルギーの集約に伴うビオランテの身体の発光に続いて、顎最大限に開いたその姿勢から考えられるのは恐らく攻撃態勢しかあるまい。
しかも口を最大限に開くと同時に下顎がさらに左右へ割れており、いよいよ危険な状況が迫っていると肌で感じる程の空気があった。
  はやてがそう思った直後、彼女の脳裏に英理加の声が響き渡った。

(はや・・・・・・て・・・・・・さん、逃げ・・・・・・て)

自身の憶測と英理加からの微かなテレパシーを受けて確信持ち、はやては咄嗟に退避命令を下す。

「皆、退避や! この空域から離れるんや!」
「な、何故ですか隊長・・・・・・」
「死にたくなければ、とっとと退きや!!」

物凄い剣幕で部下に言い返された一同は、残存するドローンを迎撃しつつもはやてに従いビオランテから急ぎ離れていく。
その間にもビオランテの口内に輝く薄紫色の光は発光度合いを増強させており、それは誰もが見ても攻撃態勢の予兆だと確信した。
  魔導師達が緊急退避する中で先に攻撃を開始したのは〈聖王のゆりかご〉からである。前回と同じく幾つもの魔力エネルギーをビオランテに振りまいた。
エネルギーを集約中のビオランテに直撃し、激しい爆発が生じる。さらに立て続けに命中し、ビオランテの身体とを周辺を爆炎と黒煙が取り巻いていく。
前回の爆撃に並ぶ量を叩き込んだことにクアットロは満足げであった。これでこの巨大生物は再び消し炭と化したに違いない。

「どんなに変わろうとも、この船に敵う筈がないのよ! アハハハッ・・・・・・ハハ・・・・・・ハ?」


勝利を高笑いにして宣言しようとした刹那、その黒煙の中から悠然として佇む影があるのを確認した途端、その笑いを喉元で凍結させ途端に目を見開いた。
薄らいでいく黒煙の中でドッシリと立ちながらも、不気味な薄紫色の光を身体の至る所から放つビオランテの姿がそこにあったのである。
  まるで何とでもないと言いたげな様子で、ビオランテの瞳は〈聖王のゆりかご〉を見据えていた。

「う、嘘よ・・・・・・並大抵なら焼却されているのに・・・・・・」

驚愕の耐久度に声を震わせた彼女の目の前に、警告音が鳴り響く。それは観測システムがビオランテの体内エネルギー量の集約を示していた。その数値を見てまたもや驚愕する。
そして呆然とする暇があったのなら、彼女は次の行動に移るべきであったろう。ビオランテの体内エネルギーの集約は既に完了しており、一度閉じた口を再び開いた。
口内の喉奥からも一際眩しく輝く光がクアットロの視線に映ると、彼女はハッと我に返ったところで全ては遅かった。
  次に彼女が見たのはスクリーンを閃光が支配した光景である。ビオランテの口からピンク色に近い光線が吐き出され、それがスクリーンの閃光処理制限を超えたのだ。
余りの眩しさに目を閉じざるを得ないクアットロであったが、途端に〈聖王のゆりかご〉が凄まじい縦揺れに襲われる。

「きゃあっ!」

突き上げられるような、激しいものであった。立っていられることを許さぬような激しい揺れが、クアットロの膝を2度に渡って屈させたのである。
艦内も被害による影響で証明を点滅させつつ警告音を喧しく発しており、彼女に二重三重の屈辱感を与えていく。

「な、何事よッ!」

艦内管理システムが表示され、艦首下部区画から中央部にかけて区画が真っ赤に染まっていく様子を見て愕然とした。先ほどの前形態型ビオランテの熔解樹液の比ではない。
  ビオランテの放った一撃。それこそ母体となったゴジラへ変貌を遂げんとした過程で生まれたものであり、放射熱線を模倣した別の攻撃――[b]放射線流[/b]の誕生であった。
ピンク色から薄紫色に変色したエネルギーが光線状となり、超音波に近いキーンとした音を発しながら光線の矛先を〈聖王のゆりかご〉に向けたのだ。
その破壊力は凄まじいたるや外壁が剥離したとかいう生易しい話ではなく、艦底から艦内へ向けて貫通した挙句に内部を破壊しているのだ。
まるでメスを使って身体を切り刻まれるかのように、〈聖王のゆりかご〉は艦底部の一部を深く抉られつつもその傷口を広げられていくのである。
被弾した区画の自動修復など間に合わず、業火の炎が荒れ狂う悪魔となって艦底内部一帯を焼き尽くしていった。さらには魔力爆撃を行う区画にも命中してしまう。
  警戒レベルが最高値を超えて誘爆の危険性を示唆したディスプレイを見て、クアットロは阿鼻叫喚の状態に陥っていた。

「早く鎮火させなさい、早く! 自己修復システムはどうなっているのよ、この木偶の坊!!」

ヒステリックに喚いて修復と被害拡大を防ごうとする彼女の思いが届くはずもなく、爆撃システムを有する射出口は完膚なきまで破壊されていき、挙句には貯蔵用エネルギー庫に被弾した為に大爆発を引き越し、その区画一帯をあっという間に吹き飛ばしてしまったのである。
爆発の影響で艦体が僅かに傾きつつあるが、そこは古代遺跡としての意地かすぐに体制を立て直してくる。それでも艦底部の大火災と黒煙は見ても解る通り酷い損害だ。
  外からでも分かる光景であって、退避していたはやて達も一部始終を目の当たりにして開いた口が塞がらないと言いたげであった。

「なんちゅう威力や」
「た、隊長、そのような事を言っている場合ではありませんよ!」
「そうです、高町二尉らがあの中にいるんですよ!」

そうなのだ。ビオランテは中にいるヴィヴィオを助けようとしているのだろうが、既になのはとヴィータの2名が潜入しているのである。
まかり間違って先ほどの光線が2人に命中したらどえらい事だ、とはやては思い出した。どうにかしてビオランテこと英理加に伝えなければならない。
だが英理加はビオランテの野生の本能に意識を乗っ取られているらしく、先ほどのテレパシーでさえ掠れた様な印象を受けている。
  そうこうしている内に、ビオランテは第2射目を行う寸前で再び下顎が割れ、口内に薄紫色の光が収束されつつあった。そこに魔力爆撃を叩き付ける〈聖王のゆりかご〉。
残る射出口から爆撃を行いビオランテの発射を阻害しようと企んでいるのだろう。黒煙を艦底部から吹き出しながらも攻撃を続けるのはさすが古代遺跡というべきか。
着弾したことにより発射を中断得ざるを得ないビオランテ。その隙にビオランテの直上を差し掛かる〈聖王のゆりかご〉は、さらにドローンを爆弾代わりにして特攻させた。
  そんな爆撃と無数に突っ込むドローンの群れに動じないビオランテは、放射線流の第2射目を放った。今度はどちらかというとドローンに対して放った様である。
攻撃に動じないもののビオランテは鬱陶しげに放射線流を放ち続けて上空を飛び交うドローンを撃ち落すが、小型且つ機動性に優れるドローンを撃ち落すには非効率的だ。
口から放つ放射線流では対処しきれない。ビオランテを翻弄して特攻していくドローンの集団により、身体を爆炎に包まれていく。

「ん? 何やアレ」

  そんな様子を見ていたはやては、ビオランテに違う変化が現れるのを見逃さなかった。口を開かずに背中の光量が強くなっていくのだ。
さらに屈みこんで前傾姿勢をとっており、何かが始まると思いきやビオランテはゴジラとは一味違う特殊な攻撃を見舞う。

「せ、背中から光線を出しとる!?」

彼女の目に映ったのは背びれの隙間から無数の放射線流が放たれた瞬間だった。まるで光線のシャワーの如く扇状に放たれた放射線流は、背面にいたドローンを一気に絡め取る。
ビオランテ上空にいたドローンは次々と光線の餌食と化したが、それに留まるところを知らず〈聖王のゆりかご〉にまで襲い掛かったのだ。
  無数の光線が再度、〈聖王のゆりかご〉の傷付いた腸を抉った。しかも今度は単発ではなく複数の同時攻撃だ。損傷した個所を回復させるには到底時間が足りず、〈聖王のゆりかご〉は苦悶にのた打ち回るのを代弁するが如く爆炎と黒煙を一気に噴き出していく。
悪いことに光線は下層から一気に中層へと及ぶに至り、艦内を滅茶苦茶に破壊していった。加えてビオランテは、屈みこんだまま左右に振るものだから被害も増える。
回りにて退避していた局員達も背筋の凍る思いでビオランテの攻撃から逃れ、破壊神の如く暴れまわる巨獣の姿に恐怖に慄いていた。

「こいつは驚いたぜ‥‥‥」

  地上にてドローン迎撃に専念していた時空管理局地上部隊の1人――ゲンヤ・ナカジマは、ビルの物陰からビオランテの暴れる姿を目の当たりにして呆然としていた。
彼を始めとする地上部隊はドローン迎撃の為に奮闘していたのだが、ビオランテという予想外の乱入者が現れたことで対応に苦慮する羽目になっていたところである。
無論話には聞いていたのだが、報告で聞いていた形状とはかけ離れていたことから、新種の怪物でも現れたのではないかと思ったものだ。
  だが姿形が違えどもビオランテと共通する植物の様な皮膚や、瞳の色、胸部にある光源などの共通点が存在することから、ビオランテの進化した姿だとの報告が入った。
ゲンヤにしても人生で一度たりとも、このような巨大生物を目の当たりにしたことは無い上に、爆撃をものともしない強靭な身体は並大抵のものではないことくらいは分かる。
しかも今しがた披露した光線攻撃の威力たるや、凄まじいものがある。今もなお背中から光線を放出して上空のドローンを次々と撃ち落しているのだ。
それもかなり正確のようで、生物とは思えぬ命中率を誇った。まるでレーダー機能を備えているかのような腕前だ。

「まぁ、こっちの仕事の負担が減って助かるんだがな」

  やがて吐き出す光線が細々と細くなっていくと、完全に光線が焼失する。前進の発光も収まっており、攻撃を止めたビオランテは姿勢を前傾から直立に移行した。
紫色の瞳が上空の〈聖王のゆりかご〉を捉えて再び咆哮する。ドローンの多くも撃墜され、事実上の丸裸になった巨大船に成す術はない様に思われた。
  事実、〈聖王のゆりかご〉艦内にて必死のコントロール作業に勤しんでいたクアットロの精神は崩壊寸前となり、野望を邪魔したビオランテに罵倒を浴びせる。

「化け物、化け物! あんたのせいで計画が滅茶苦茶よ!」

彼女は自身のトレードマークでもあった眼鏡をかなぐり捨て、絶叫と罵倒をブレンドして吐き出していた。コントロールシステムは、対処不能なレベルにまで迫っていたのだ。
ドローンも大半が撃ち落された挙句に艦内区画の約4割が半壊また全壊の憂き目を見ており、心臓部である機関部やこの管制室、聖王の玉座の間が無事なのが幸いである。
  とはいえ艦内の様子は思わしくないで済まされるものではない。つい先ほど妹のディエチがなのはとの対決に敗北し、拘束されている状況にあった。
不幸なことにビオランテの一撃がディエチの攻撃態勢を崩してしまい、その隙を突いたなのはがすかさず攻撃を加えたことが、その勝負の結末である。
もう1人のヴィータにしても、機関部目前にまで迫っていると言う状況だ。無論ドローンW型を差し向けてはいるものの、抹殺するにはなお数が足りない。
何時もの余裕はとうになく、スカリエッティ自身も通信不能という最悪の事態。クアットロに残されたのは、聖王へと変貌したヴィヴィオと僅かなドローン部隊だった。
〈聖王のゆりかご〉そのものは戦闘行動は無論、航行機能にさえ多大な支障を及ぼしていることから、これ以上クラナガン上空に佇むわけにはいかない。
  クアットロは衛星軌道上へ逃げるべきだと判断し、ボロボロの〈聖王のゆりかご〉を動かそうとした。

「もう構ってられないわよ、こんな化け物に! 早く上昇しておかないと・・・・・・!?」

途端に彼女の眼は硬直した。ビオランテは再び二対の翼を広げて羽ばたき、飛翔したのである。徹底して逃さないという姿勢の表れが見て取れた。
同時にクアットロは逃れられないのだと悟らざるを得なかった。

「来るんじゃないわよ、来るなってば!!」

  スクリーン一杯に映ったビオランテを見た直後、再び〈聖王のゆりかご〉は激しい揺れに襲われた。今度は何をやらかしたのかと思いきや、何とビオランテは破孔から半ば頭突きの要領で突っ込み、上半身を艦内にめり込ませたのである。
外から見ると下半身と尻尾が艦底部からぶら下がると言う滑稽な様子だが、ビオランテは前形態の様に何本もの蔓を生み出して艦体に巻き付けて固定した。
  何をしようというのか、とはやては固唾を飲んで見ていたが、これ以上は本当になのはとヴィータが危ないと察し、自身もまた潜入することを決意した。

「悪いけど、ウチも中に入るわ。2人を助けにいかな」

そう言うと指揮を後任に任せて一直線に〈聖王のゆりかご〉へと向かうはやて。局面は最終段階へと突入していた。





  玉座の間では、今まさに聖王ヴィヴィオとなのはが対峙しようとしている。一方ではヴィータが機関部を破壊しようと奮闘している。
管制室では別の者が介入している・・・・・・そう、クアットロの目前には、人間型に模した英理加がいたのである。

「こんな最深部に侵入するなんて・・・・・・!」
(どんな時代のものだとしても、所詮は人の手でつくられたもの。完璧なんてありえないわ)

英理加はビオランテの身体から再び分離し、先ほどの人間形態でクアットロのいる管制室まで侵入したが、何も直感で辿り着いたわけではない。
前のスカリエッティの研究室でやったのと同じように、蔓を無尽蔵に伸ばして〈聖王のゆりかご〉を出来る限り探索したのである。
  これもジュエルシードの助力があってのことだ。この力を利用して身体の成長を自在にした英理加は、魔導師でさえ舌を巻くほどの手早さで探索した。
探知してしまえばこちらのものであり、英理加はビオランテの放射線流の力を最小限に抑えつつ発射させて管制室までの一本道を無理矢理作り上げたのである。
その無理矢理つくられた一本道を蔓に座って一気に登り上がり、今に至るという経緯だ。
  無論クアットロは驚愕した。管制室の床からいきなり光線が飛び込んできたのだから当然だろうが、その後に現れた人間とも植物とも取れぬ英理加の姿を目の当たりにし、舌を凍結させて声にならぬ悲鳴を上げてしまったのだ。
植物のドレスを身に纏ったような姿の英理加にたじろぎつつ、クアットロは1ミリの薄さしかない精神の足場に立っている状態にありながら口を開いた。

「ずっとお前が邪魔していたのね!」
(でしょうね・・・・・・。さあ、ヴィヴィオさんを止めなさい)

単刀直入に言う英理加だが、クアットロはこの期に及んでも諦めると言う文字を知らなかった。

「誰が止めるものですか。Drの計画を完遂させるのは私なのよ。貴女みたいな化け物如きに、地上の虫けら共に止められて堪るものですか!」
(化け物であることは否定しないわ。けど、人間を虫けら呼ばわりするのは聞き捨てなりませんね。スカリエッティ博士以上に質が悪いわ、貴女は)
「ふうん、やっぱりアノ時の薔薇という事・・・・・・Drは、貴女にやられたのね。こんな事なら、無理にでも焼却処分すべきだったわ」

吐き捨てる様に悪態を付くクアットロ。

(それで殺せるほどに軟ではないのよ。さ、御託は良いから止めさせなさい)
「五月蠅いわね、化け物の指図は受けないわよ! 全く、役に立たない虫けらが死んでいく所を悠々と眺める筈が、化け物如きに邪魔されるなんて・・・・・・!」
(・・・・・・何ですって?)

ヒステリックに叫ぶクアットロの一言に、英理加の精神が刺々しくなる。スカリエッティのように、あるいはそれ以上に生命を軽んじる言動を聞き逃さなかったのだ。
怒りを沸かせる英理加に気づかず、クアットロは同じことを繰り返して言った。

「なによ、化け物のくせに小っちゃい命にこだわる訳? 死んだって次に生まれてくるんだから、幾ら死んだって構わないじゃないのよ!」
(・・・・・・)

  急に押し黙る英理加に対してクアットロは精神的なダメージを与えた、と言う盛大な勘違いを持ったのか、何時もの如く見下す姿勢で続けて言う。
それが彼女の短命に直行する最短コースへの切符だとも知らずにである。

「貴女を生み出した人も、命を駄目にしたって構わない様な人間だったのでしょう? 所詮は貴女も造り物の化け物、どうせならもっと殺して力を試したいと思わないのぉ?」
(黙りなさい)
「何よぉ、怒ってるわけ? ま、化け物風情が何を言おうとも――」
(――黙りなさい!)
「ひぃっ!!」

怒りに溢れた英理加の怒声が、脳内に響きクアットロの神経共々口まで麻痺させるに十分な圧力であった。

(スカリエッティ博士を許せないけど、貴女はそれ以上に許せないわ)
(不味いわ・・・・・・こうなったら!)

咄嗟の判断でクアットロはマントに手をかけると自身の身体を覆い隠そうとした。彼女が有するシルバーケープと呼ばれる固有武装であり、ステルス性に長けている。
彼女はマントで隠れながら英理加を翻弄しようとしたのだが、それは甘い考えに過ぎないことを自覚させられた。
  英理加は目の前の女性が手を掛けた瞬間に判断し、咄嗟に蔓を伸ばしたのである。

「・・・・・・アァッ!」

クアットロが驚き声を上げ、抵抗する前に蔓を伸ばし瞬間的に拘束されてしまった。手首足首に枷を嵌めるかの如く縛り付けて引き延ばす。
同時に腰回りにも絡みつくと同時に首にも絡みつき、一切の抵抗を許さない状態を作り上げる。しかも蔓の所々に生えている棘がクアットロに身体に食い込んでいた。
英理加は蔓をギリギリと締め付けて彼女の身体に悲鳴を上げさせる。如何に戦闘機人とはいえども、その骨格となる金属フレームでさえへし折る勢いだ。
  もがこうにも手足を無理矢理伸ばされた状態で固定されている為、クアットロのみの力では到底抵抗することはできなかった。
無駄に足掻く心の醜い女性を見据えた英理加は、先に捕縛したナンバーズの面々と比べてみて、はるかにクアットロが残虐であるかを確認した。
ウーノにしても計画中止を拒絶したもののあくまでスカリエッティに付いて行く、という純粋な姿勢が見て取れてたものであった。
それに引き換えてクアットロは残虐性が跳びぬけている。このまま放置すればスカリエッティ以上に、災厄を呼び込むのではないだろうか。
  だが英理加の心情はそこまで冷静でいられるものではない。彼女の怒りが野生の本性を再び浮き彫りにさせつつあり、手加減というものを辞書から削除していたのだ。
怒りに火を付けたばかりか、その火に油を注ぐ真似をしたクアットロは、己の生命が危うい事になっている事も知らず、足掻き続けた。

「何すんのよ、放しなさい!」
(・・・・・・)
「聞こえてるでしょ、放しなさい、化け物!」
(ダマ・・・・・・レ・・・・・・)
「え・・・・・・いだぃッ!?」

  瞬間、クアットロの左腕に激痛が走った。痛みに驚き視線を移せば、そこには牙付きの蔓が彼女の左腕に噛みついており、恐怖が津波となって彼女の精神を支配した。

「なにすんのよぉ、痛いじゃないのよ!」
(ダマレ)
「や、止め・・・・・・いぎゃああ!!」

今度は右腕に別の蔓が牙を立てて噛みついた。肘の部分を噛み砕かんとばかりに強い力で噛みついており、クアットロの悲鳴はより一層高くなる。
噛みつかれた両腕の肘からは血液が滴り落ち、床を赤い斑点で染め上げていく。既に彼女の眼には涙があふれ、必死にもがいて脱出を試みていた。
皮肉なことにもがけばもがくほど牙は深く食い込み、傷口はより一層酷くなるだけである。痛みに冷静さをかなぐり捨てたクアットロには、それさえ判断できないのだ。
  もはや普段の英理加の精神は下に沈み込み、怒りと野生の精神が浮き彫りになって彼女を痛ぶっている。こうなれば止める方法は無い。
立て続けに今度はクアットロの右膝へと牙を突き立てる。そこでまた悲鳴を轟かせるが、ただの野生の本能――ビオランテの精神には何ら響きはしない。
今度は左膝だ。ビオランテは徹底してクアットロの肢体を破壊してしまうつもりなのだろう。英理加の知識をも利用し、ビオランテは処刑人の如く痛みを与えた。

「お、お願い・・・・・・いぎッ! もう、止めて・・・・・・やめてぇ・・・・・・」

  すっかりと精神という牙城を粉みじんに砕かれてしまったクアットロは、涙で頬を濡らし、口元からは唾液を垂れ流すという威厳の微塵もない、哀れな姿である。
他人を利用して傷つけ合わせたり、それで人が死ぬことを高みの見物で楽しんでいた、残虐非道な彼女とは思えぬ弱弱しいものだった。
残念ながらビオランテの精神ではそれを理解するには至らず、捕食者の視線でクアットロを見据えると、腰に巻き付けた蔓の縛りをより一層強くした。

「ぅぐぇッ!」

腹部を圧迫され呼吸も苦しくなるだけではない。首に巻き付けた蔓もが彼女の気道を潰して呼吸困難に陥らせたのだ。
人間では即死していたであろうが、戦闘機人という強靭な身体を有する彼女にしては、死ぬに死ねない苦痛を味あわせられる地獄の時間だった。

「や‥‥‥やめ‥‥‥ごれ、いじょう‥‥‥ばぁ!!」

  死ぬという単語が彼女の脳内で飛び交い、死にたくはないと懇願する。しかし手を緩めないビオランテは、彼女の両肘、両膝を完全に砕いて逃げれなくしようと算段する。
ミシリ、ミシリ、とフレームが軋むたびにクアットロは悲鳴を上げたが、次第に弱いものへと変わっていく。首と胴体部で絞め落とされる寸前であり、真面な思考もできない。
やがて完全に関節部を破砕しようとした刹那――。

「英理加さん、そこまでや! 」

  突然響く若い女性の声。ビオランテはその方向に視線を向けると、黒と白のバリアジャケットに身を包んだ女性――八神はやての姿を捉えた。
ただし髪の色と瞳の色が普段とは異なっており、ブラウンの髪が白に近いクリーム色、瞳の色も水色へと変化している。
はやてのユニゾンデバイスことリィンフォースUとユニゾンした姿である。
  〈聖王のゆりかご〉に突入する直前に、はやてはリィンフォースUとユニゾンした状態で単独で侵入し、まず向かったのはヴィータのいる機関部だった。
そこで倒れる寸前の彼女を発見、ドローンW型との戦闘で深く傷ついていた。ギリギリのところで間に合った彼女はヴィータを救出するとともに機関部を完全破壊し、その足でクアットロのいる管制室へと向かったのである。
  だがはやては、この現状を見て非常に危機感を募らせた。恐らくは英理加であろうことは分かってはいるのだが、そうとは思えぬクアットロへの仕打ち。
しかも初めて見る人間体であり、その表情も狩り人の如き鋭く威圧感の強い視線を放っている。はやてとしては、この拷問を止めさせたい思いであった。
あくまでもクアットロは逮捕せねばならない。感情に任せて殺させるわけには行かないのである。

「英理加さん、ウチが分かります? 八神はやてです」
(‥‥‥ハヤ‥‥‥テ‥‥‥)
「そうです、はやてです! 英理加さん、もう十分です。そのまま殺したらあかん、犯罪者として逮捕せなあかん!」
(‥‥‥)

  最悪の場合は、英理加と刃を交える覚悟が必要であった。はやての見る所、英理加はジュエルシードの助力を得ているのは間違いないが、基本的には己の肉体が武器だ。
自在に伸びる蔓と牙で戦うスタイルが主であろうが、はやてとしては穏便に済ませたい。それ以上に時間は限られており、ヴィヴィオとなのはのこともあった。
必死に英理加に呼びかけると、英理加の精神が戻ってきたのだろう、攻撃的な威圧感が次第に薄れていったのを感じた。

「大丈夫です、彼女はウチらが確保しますから、もう放してやってください。お願いします」
(‥‥‥わかったわ)

  ようやく英理加の意識が前面に出てきたようだ。テレパシーも正常に聞こえてくることからも、はやては安心していた。
雁字搦めにされていたクアットロは蔓から解放されたが、精神崩壊寸前かつ身体も両腕両脚が破砕寸前という身も心もボロボロで糸の切れた人形のようである。
その有様を見たはやては息を呑む。もしも止めに入っていなければクアットロはどうなっていたか、簡単に想像できてしまったからだ。
きっと手足は噛み砕かれてしまっていただろう。身の毛のよだつものだが、普通の人ならばいっそのこと即死してしまった方がマシだと思うに違いない。
  ピクリともしないクアットロを確保したはやては、残るヴィヴィオの保護が心配でならない。それに〈聖王のゆりかご〉は不安定になっており、機関部の崩壊と管理者たるクアットロの制御下から離れて誰もが管理できなくなっているのだ。
それに時空管理局本局からは艦隊が進発しており、もう間もなくミッドチルダの衛星軌道上付近に到着する頃合いである。
下手をすればこのまま上昇する〈聖王のゆりかご〉と共に宇宙の塵にされてしまいかねない。無論、艦隊指揮官は彼女の友人であるクロノ・ハラオウン提督であるため、そのような無碍な行為をすることは無いだろうが、最悪の場合はそうせざるを得なくなるだろう。

「後はなのはちゃんやけど‥‥‥」
『通告。聖王のリンクが断たれました。防御態勢に移行します、艦内乗組員は休眠モードに入ってください』
「なんやて‥‥‥あッ」
「魔力結合が解かれたですぅ」

  ふと〈聖王のゆりかご〉の管理システムが、唐突な警戒宣言を発令し実行したのだ。機関部が破壊され、クアットロの管理下からも離れた挙句に、どうやら聖王と化したヴィヴィオとのリンクも途絶したことにより、〈聖王のゆりかご〉の防衛機能が働いた。
それによってはやてとユニゾン状態にあったリィンフォースUは結合を解除されてしまったのである。
  これは管理下から離れても自動的に安全圏へと離脱できるように仕組まれたシステムであり、同時にAMFが最大限にまで引き延ばされる。
つまり防御体制に移行した途端に、魔導師の魔力結合が無力化されてしまい、一切の魔力が使用不可能となってしまうのである。
このままでは閉じ込められたまま大気圏外――すなわち宇宙空間へと飛び出してしまう。そうなってしまっては、これから到着する次元航行艦部隊の作戦に支障をきたす。
自分らがいるせいで〈聖王のゆりかご〉を取り逃がすことにもなるだろう。

「魔力リンクが切れたっちゅうことは、なのはちゃんがやってくれたんやな‥‥‥けど‥‥‥」
「このままじゃ、壁を破ることもできないです」
「せやな、リィン。助けを待つしかない。せめて、艦隊が到着するまでには‥‥‥」

  仲間を信じて待つしかない‥‥‥そう思った時だ。

(はやてさん、その艦隊というのは、間もなく到着するのかしら?)
「え? えぇ、この〈聖王のゆりかご〉を完全に消滅させるために、時空管理局から艦隊が派遣されているんです」
(‥‥‥消滅?)
「はい。アルカンシェルっちゅう強力な魔砲の集中砲火で消し去るんです。この船とてひとたまりも無い筈や」
(そう)

何を思ったのか一瞬だけ考え込むと、英理加は再び提案をしてきた。

(私が壁に穴をあけます。一度、皆をここに集めましょう)
「穴をあけるっちゅうても、どないして‥‥‥」

そういった途端、英理加はを集中すると艦底部で活動を停止しているビオランテと蔓を通じて意識を繋ぎ、再び放射線流のチャージを開始させる。
AMFの影響でジュエルシードの助力は無く出力も下がるが、現時点ではビオランテの体内エネルギーのみでも十分に賄うだけの余力が存在したのだ。
ビオランテの体内でチャージされたエネルギーは、管制室まで伸びる蔓をエネルギー伝導管代わりに伝っていき、その放射口は蔓の先端部分となる。
大蛇以上に巨大な蔓とその先端に存在する牙付きの口が壁に向かって開口され、はやてが何をするつもりなのかを尋ねる前に英理加は行動を起こした。

「そないなことも出来るんですか!」

  はやては驚愕した。蔓の先端の口から放射線流が放たれ、なのはとヴィヴィオの居る玉座の間まで風穴を空けようとしているのだ。
〈聖王のゆりかご〉の外壁さえ貫通させた威力なのだから、内壁を破るくらい訳ないのだ。しかも魔力攻撃ではない純粋な光学エネルギーによる光線である。
やがて数秒間の連続放射が終わる頃には、管理室と玉座の間までの壁は全て熔解し、大人1人が余裕で通れるくらいの風穴を形成していた。
その風穴に蔓を通していき、テレパシーを使ってなのはとヴィヴィオを蔓に乗せて、今いる管理室へと連れ戻して来た。
  蔓の上に座りながらもはやてと再会できたなのはとヴィヴィオは、戦闘の影響か怪我が見られる。それでも大怪我にならないのはバリアジャケットの降下の賜物だろう。

「はやてちゃん!」
「よかった、ヴィヴィオも無事やな」

蔓から降りたなのはとヴィヴィオに駆け寄るはやて。そして、なのはは英理加の姿を確認し、彼女にも歩み寄った。

「貴女が‥‥‥英理加さん、ですね?」
(そうよ。こんな化け物な姿で申し訳ないわね、なのはさん)
「そんなことありません。英理加さんは私達の恩人ですから」
(‥‥‥元の世界だったら泣いて逃げ出すと思うのだけれどね)

確かに元の地球世界であれば逃げていただろう。だが、この時空管理世界は英理加のように――ビオランテのような大型生物もいれば、かのガリューのような存在もいる。
故に英理加の今の姿は別に不思議とも思わなかったのである。

「英理加さんが、彼女を捉えてくれたおかげで、私もヴィヴィを取り戻す事に専念できたんです。本当にありがとうございます」
(知っていたの?)
「はい。ヴィヴィオを食い止めながら、サーチで彼女の居所を隈なく調べていたんです」

  そう、なのははヴィヴィオを対峙していながらも、〈聖王のゆりかご〉艦内をサーチに掛けてクアットロの居所を探ると言う無茶をしていたのである。
探し出せば砲撃で仕留めておこうかと考えていたのだが、クアットロがビオランテこと英理加によって仕留められたと知り、ヴィヴィオを助けることに専念できたのだ。
加えてサーチを通じてはやてと英理加の会話も聞こえたことから、この人物が英理加なのだと確信を持てたのである。
  ふとなのはの腕の中に抱かれていたヴィヴィオが、英理加に気づいて声をかけた。

「‥‥‥薔薇、さん?」
(えぇ、私が薔薇さんよ。ヴィヴィオさん‥‥‥怖くはない?)

なのはと同じようなことを聞いてしまう。だがヴィヴィオは純粋な故か、英理加の今の姿を不気味だとは思わなかった。

「怖くないよ。綺麗だもん、薔薇さんは」
(そう、有難うね、ヴィヴィオさん)

英理加はヴィヴィオの頭を軽く撫でた。こんな小さな子供が利用されるとは、つくづく恐ろしいものだと彼女は考えた。





  なのは、はやて、ヴィヴィオ、ヴィータの4名を救助しようと、外ではスバルとティアナの両名がバイクに跨り〈聖王のゆりかご〉へ突入を図っていた。
スバルは戦闘機人としてこの世に生を受けている訳だが、今事の事の時、彼女のポテンシャルが最大限に発揮されていた。
戦闘機人はAMFの影響を受けない体質を有している。このことから、彼女の力がなのは達の救助に非常に有効的であるとの判断でもある。
ティアナが運転手、スバルが後ろに乗りティアナのバックアップを行うような形だ。2人はヘリからウイングロードによって〈聖王のゆりかご〉と道を繋げて侵入した。
  その事は英理加の知るところであり、艦内に張り巡らされた蔓が2人を感知していたのだ。英理加は2人に対してテレパシーを送り、場所を誘導した。
救助が来ていることを教えられた、はやてとなのはの2人は無論喜んだ。
  これで助かる、とヴィヴィオも嬉しそうである。少女は英理加の手を取って喜びを素直に伝えた。

「薔薇さん、これで皆助かるんだよね!」
(えぇ・・・・・・そうね)
「? どうしたの、薔薇さん。嬉しくないの?」

英理加がぎこちない笑顔を返したため、ヴィヴィオはそれを敏感に感じ取って聞き返した。皆で脱出しようと言う少女の思いとは相反するものだと、はやてとなのはは気づく。
何かを問われる前に彼女は、ヴィヴィオに安心させるために嬉しいとの返事をしたのである。

(嬉しいわ。また、ヴィヴィオさんとお話しできるんですもの)
「うん、今度はなのはママやフェイトママ、他の人達と一杯、お話しするんだよ!」

明るい笑顔だ。子供は笑顔が一番だと英理加は思った。だがその心内は別にあったため、ヴィヴィオに打ち明けることは非常に躊躇われる。
  やがてスバルとティアナが英理加の道案内を受けながら、最短コースでなのは達のもとへと到着した。

「助けに来ましたよ!」

元気のある声で叫ぶスバルの姿に、皆がホッとする。スバルとティアナは、そこにいた4人と、テレパシーで道案内をしてくれたであろう人物――英理加を見て緊張した。
彼女が隊舎襲撃時にヴィヴィオを助けようとしたり、〈聖王のゆりかご〉を食い止めようとしたのかと思うと身震いさえしてしまったが、彼女の優しい性格に心和まされた。
後はスバルがなのはを背負い、ヴィヴィオを抱きかかえながら、マッハキャリバーで走る形である。はやてはクアットロを背負いながらバイクの後部座席に座る。
  そして残るのは英理加であるが‥‥‥。

(通路を行くより、私が出口までの最短コースを作った方が早いでしょうから、待ってくださいね)

そう言うと、先ほどやったように、蔓の先端から放射線流を床に向かって長時間放ち、艦底部まで一直線の風穴を作り上げた。
相変わらずやることが強引というべきか、大胆というべきか、はやては勿論、残る面々も驚きを隠せないでいる。
  後はウィングロードを敷いて地上まで一直線に突っ走るだけだが、ここで英理加が本当の心内を彼女たち――しいてはヴィヴィオに打ち明ける。

(ヴィヴィオさん)
「? どうしたの、薔薇さん。一緒に逃げるんだよね?」

笑顔を見ると「うん」と言いたくなるが、英理加は「違う」と否定した。それはヴィヴィオの思考を一瞬停止させるには十分すぎる答えであった。

「な、なんで? だって、今、一緒に逃げるって・・・・・・」
「そうですよ、英理加さん。みんなで‥‥‥」
(駄目なの)
「!」

明確な拒絶にヴィヴィオは絶句し、誘ったスバルも理解不能と言いたげである。次に出てきた言葉は尚更のこと驚きと衝撃を与えた。

(私はね、ヴィヴィさん‥‥‥。ここに残るの)
「どうして、薔薇さん!」
「英理加さん、この船は砲撃されるんですよ、残っちゃだめですよ!」
「私からもお願いです。英理加さん、一緒に脱出しましょう。ヴィヴィオも貴女に感謝してるんです」
(有難う。でも、答えは同じ)

物悲しい表情でNOと返す姿に、はやてはピンとくるものがあった。それは、先ほどアルカンシェルでこの船を消滅させると説明した時のことだ。
あの時の感じからして何を考えていたのか、今ようやく分かったのだ。つまり、英理加はアルカンシェルによって自らを消滅させようとしている。
そんな事はさせたくはない。何が何でも英理加を連れ出して、私たちが何があっても彼女を護るんだ、という意思を伝えようとした。
  だが英理加の決意は変わらない。

(優しい人たちですね。私みたいな怪物を助けようとしてくれるなんて)
「怪物じゃないもん、ヴィヴィオのお友達だもん!」
(嬉しいわ。だけどね、私の中にG細胞がある限り危険は伴うの。私が原因であなた達をも争いに巻き込む事は避けたいし、もう、私自身、解放されたいの)
「え、英理加さん‥‥‥」

解放されたい、という一言にどれ程の重みがあったのだろう。それは一度は死んだ彼女が望まぬ形で再生し、生き続けてきたという苦しみの表れでもあった。
それに彼女を研究材料として付け狙うや輩が居ないとは否定できない。スカリエッティの様に英理加を引き渡してくるよう要求するだろう。

(それと、これはちゃんと返すわ)
「それは‥‥‥ジュエルシード」

  蔓の先端からジュエルシードを取り出し、それをなのはに手渡す。これで、ビオランテの力を助力することはないのだ。
英理加は一歩、二歩、と後ろに下がる。自分は脱出しないという意思を見せるものだった。

(さあ、行ってちょうだい)
「駄目、駄目だよ! ヴィヴィオは薔薇さんも一緒に行きたいの!」
「・・・・・・行くで、ティアナ、スバル」

勇気を振り絞りって出た一言に、スバル、ティアナも驚く。なのはも例外ではないが、はやての言わんとすることを理解して反論することを止めた。
ヴィヴィオは嫌だの一点張りで涙をこぼすのだが、これ以上の時間は掛けてはいられない。なのはも十分に心苦しかったが、ティアナとスバルの二人に催促した。

「行こう、英理加さんの気持ちを理解しているなら」
「う・・・・・・ぅえッ・・・・・・ひぐッ‥‥‥!」

もう会えないと分かり遂に嗚咽するヴィヴィオの姿は、英理加の心にも堪えた。これ以上ここに留まられては、より別れが辛くなる。

(有難う、はやてさん、なのはさん。ヴィヴィオさん、ごめんなさいね、約束を守れなくて)
「‥‥‥行くわよ、スバル!」
「う、うん」

  バイクのハンドルを握るティアナが声を掛け、スバルも後ろ髪を引かれる思いでその場を走り出した。ヴィヴィオはスバルに抱かれながらも、英理加を見つめ続けた。
次第に小さくなる彼女の姿を瞳に焼き付けるヴィヴィオは、最後に想いきり叫んだ。

「薔薇さあああああああん!!」


走り去る4人と叫ぶヴィヴィオの声が、より一層に英理加の悲しみを誘う。

(後は待つだけね・・・・・・)

ビオランテと自身だけになった今の状況を見て、別個体となっているビオランテに対して指示を送り、より蔓を艦体に巻き付けてガッチリと固定させるようにした。
雁字搦めとなった〈聖王のゆりかご〉はビオランテと英理加を乗せたまま上昇を続ける。そして砲撃が始まるまでの間に、彼女は色々と振り返ろうと考えた。
  一方の管理局側では、〈聖王のゆりかご〉からヴィヴィオとナンバーズの確保と脱出が確認される。そしてこの時、既に外の戦局は管理局側の勝利に終わっていた。
各地のナンバーズは全て確保され、スカリエッティ側についていた少女――ルーテシアも保護されている。そこもかしこも激しい戦闘だが、一応の終息は見たのだ。
残るは〈聖王のゆりかご〉とビオランテである。外に出て来たなのはとはやてからの報告では、大本となる英理加と呼ばれる人物が艦内に残されているとあった。
次元航行艦部隊も間もなく到着して〈聖王のゆりかご〉に止めを刺すのだが、このビオランテこと英理加の対処をどうするべきかとの判断の迷いが生じる。
  掛け付けて来た艦隊の司令官――クロノ・ハラオウン提督は、はやてからの報告を聞いて判断に迷う。彼からすれば一度もあったことのない人物だが、今回の決戦において多大な功績をその人物が自ら残り、消滅することを望むと聞いて複雑な心境に陥っていた。

「その英理加とやら人物は、本当に、あの艦の中に残っているのか?」
『そや。あの人は本気やで、クロノ君』
「むぅ‥‥‥」

旗艦〈クラウディア〉のブリッジからでも、大気圏外へと離脱した〈聖王のゆりかご〉から巨大生物の反応が確認できる。
彼もこれまでに遭遇したことのない巨大な生物と、英理加が同一だと聞いた時には信じ難いと思った。しかし現実に英理加は辛うじて身体を駆使していた。
  以前の様に、闇の書事件の様に思い切りアルカンシェルを発射できるような事態ではないと感じている。かといってこのまま見過ごすわけにもいかない。

『クロノ君、撃ってや』
「本気か、はやて。聞けば、君たちに尽力してくれた恩人じゅないのか?」
『いや本気やで、クロノ君。何よりも英理加さんの強い思なんや。ウチとてあの人を連れ出したかった‥‥‥けど、あの人の苦悩も分かるつもりや。だから‥‥‥お願いや、あの人を、楽にさせとって?』
『クロノ君、私からもお願い。英理加さんの願いを‥‥‥叶えてあげて』
「なのはまで‥‥‥」

親友のはやて、加えてなのはからも、躊躇わずに撃ってほしい旨を告げられる。人ならざるものとして生きて来た彼女に、終止符を打たねばならないのは自分だ。
それは、目の前にいる親友も重々理解してくれている。決して他人事で言っている訳ではないのだ。英理加という人物がそこまで言うのであれば、叶えてしかるべきだろう。
  クロノとて時間を掛けることもできないうえ、即座にアルカンシェルの発射準備を命じた。

「分かった、2人とも。全艦、アルカンシェルの発射準備を急げ。目標――〈聖王のゆりかご〉!」
「了解。エネルギー充填に入ります」
『クロノ君、有難うな』

各艦の艦首に輝く光球が次第に大きくなる。狙う先は〈聖王のゆりかご〉だ。下部に巻き付いている巨大な生物と英理加を共に消滅させることとなる一撃。
  ふと彼は思い返す。かつて自分の父も、次元航行艦に乗っていて、闇の書が移送途中で暴走し艦ごと飲み込まれ、止む無く僚艦に撃沈処分を任せたのだ。
彼の父親も当然のことながら帰らぬ人となった。自分は今、父がどれだけ苦悩したか、或は父の命令にどれだけ苦悩して砲撃を命じたのか、分かるような気がした。
やがてエネルギーも充填されると、クロノは目標を見据えて命令を下した。

「アルカンシェル、発射!」

  一方の〈聖王のゆりかご〉で一人最期を待ち続ける英理加。色んな出来事があったと振り返っている。人間として生きている時は、父の源壱郎と共に研究にのめりこんだ。
永遠に枯れることのない夢の植物を作ると熱心だった人の記憶。その後、テロに会い命を落としたが、薔薇の細胞と自分の細胞を合成されて生きながらえた植物の記憶。
G細胞を合成されてより強力な生物へと変貌し、人を襲い、ゴジラと戦い敗れ去った時の記憶。そして、この世界に辿りつき、少女と楽しく話したときの記憶。
  一生花のままで終わるのだろうかと思っていただけに、ヴィヴィオとの出会いは彼女にとって人であった時の喜びを噛みしめさせる程に楽しかったのだ。
最期は怪物となって再び立ち向かったが後悔はしていない。ヴィヴィオを助けるために戦ったのだ。人としての自我が無ければ成し得なかったであろう。
単なる怪物として生を終えるのではなく、人の為に何かを成そうとして生を終える。それだけでも、今の彼女には十分な満足感だ。

(次に生まれ変わるときは、また人として生を受けたいなぁ‥‥‥。出来れば、あの娘達にもう一度会いた――)

そう考えた時、彼女の周囲が一瞬の光に包まれる。そして何かを考える間もなく、彼女とビオランテ、そして〈聖王のゆりかご〉は消滅していったのである。
  この日、ミッドチルダのみならず全世界を揺るがした大事件は、この砲撃を持って幕を閉じることとなった。
スカリエッティの起こした大事件に関わった異種生命体ビオランテ――しいては、英理加という人の魂が宿った植物の精霊の介入という誰しもが予想しなかった存在が、この事件を別の意味で強く印象付ける要因となったが、恐らく、多くの人が記憶するのは荒ぶる神――怪物としてのビオランテだろう。
だとしても、英理加と接していたヴィヴィオは忘れなかった。あれが、怪物ではなく、優しい人の心を持った薔薇の花であることを。
  後日、英理加の死を知った者達の反応は様々だ。英理加に一番の興味を示していたスカリエッティは、勿体ないことをしたものだ、と留置所で半ば残念がっていると言う。
教会のカリムは、彼女の死を確信してはいなかった。寧ろ、あれほどの生命力を持った存在が死ぬだろうか。今もどこかに、ヒッソリと生きているのではないかと思うのだった。
親友であるはやて、クロノ、ヴェロッサとお茶を飲みつつ、その様に打ち明けていた。

「今も生きてるっちゅうの?」
「思い過ごしかもしれないわ。ただ、永遠に死ぬことがない生命を有していたとしたら、英理加さんは何処かで生きているかもしれないって思ったの」

だとすれば英理加の思いは果たされなかったこととなる。それではあまりにも不憫だろう。

「しかし、その英理加という女性も大変な過去があったものだね。テロに遭って命を落とし、かと思えば父親の思いが強すぎるが故に蘇ってしまったとは‥‥‥」
「子を失うと言うのは、それだけ精神的にも堪えるのだろう。僕とて子を持つ身だ。その父親の気持ちは分らんでもないよ。‥‥‥あのプレシアが良い例だ」

  ヴェロッサは英理加の境遇に同情しつつも父親の行いには同情できないようだが、結婚して子を持つクロノからすると他人事にも思えないものであった。
加えてフェイトの本当の母であるプレシアが行った行為も、この英理加の父と似たような感じがしてならなかった。
同時に親の愛情とは強すぎるが故に、まがった方向へ突き進んでしまうこともあるのだと思い知らされる事件でもある。
事実は受け入れねばならない。どんなに辛くとも受け止めて、未来に向かって生きねばならないのだ。それが生き残った者の成すべきことではないだろうか。
  ヴィヴィオは高町の姓を受けて新しい生活に入っている。学校にも通い、一般の子供達と同じような教育を受けており、なのはとフェイトと共に暮らしている。
そんな彼女は2人の保護者と揃って墓地へと来ていた。これまでに殉職していった局員たちの墓碑が並ぶ中で、1つの墓碑の前で歩みを止めた。

「薔薇さん、なのはママとフェイトママと一緒に来たよ」

墓碑には薔薇とは書いていなかったが、敢えてヴィヴィオは薔薇さんと呼ぶ。その墓碑銘には『ERIKA・SHIRAGAMI』と日本人の名前で刻まれている。
はやてらの手で、英理加の墓碑を立てることにしたのだ。ヴィヴィオを救ってくれた恩人を忘れぬためにも。
  英理加の墓碑の前にしゃがむヴィヴィオは、手にしていた数本の赤い薔薇を置いた。まだ早いのか、つぼみ状態の薔薇である。
ヴィヴィオがしゃがんで手を合わせるのと同時に、後ろにいたなのはとフェイトも手を合わせて祈りを捧げる。

「英理加さん、本当はヴィヴィオと生きたかったんじゃないかな」
「そかもしれない。できれば、元気になったヴィヴィオの姿を見せてあげたいよ、なのは」

短いやり取りをするなのはとフェイト。ヴィヴィオも一生懸命に祈り、「また来るね」の一言を言い終えると、その場を後にした。

「じゃ、帰ろうか」
「うん!」

  その時、一瞬だけ吹いた風が、3人を呼び止めたような気がする。思わず振り返ったヴィヴィオの視線には、何ら変わらぬ状態の墓碑があった。
いや、違う。ヴィヴィオは見逃しそうになったところで、違う事に気が付いた。驚きに満ちた声で、なのはとフェイトに言った。

「なのはママ、フェイトママ、あれ‥‥‥。薔薇のつぼみが開いてるよ!」
「「!!」」

そこにあったのは、持って来た時はつぼみ状態だった薔薇が見事に花を開いている様子であった――。





〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人です。ようやく、完結に至りました。ここまでお付き合いくださった方々、お待ちいただいた方々には大変ご迷惑をおかけしました、有難うございます。
いかがでございますでしょうか、前回の繰り返しになりますが、もうビオランテなんて名前だけでほぼ『ゴジラだろ』状態です。
結局はビオランテはゴジラと一体化することを望んでいた様なので、ならばビオランテを勝手に進化させてゴジラの模倣体にすればいいやん、とか思ったりしまして。
そんな事だからダラダラと続いてしまうんだな、と後悔の念に捕らわれる訳でもありまして‥‥‥。
因みに再執筆途中で構想にあった案が幾つかございました。

1、ビオランテ(ゴジラ型)と白天王と対決する案(大怪獣総進撃状態になってしまうどころか、話が伸びてさらにややこしくなる為に没)。
2、英理加がともに脱出して、自然保護の星でひっそりと暮らす生存ルート案T(これ採用しようかと思いましたが、すっぱりと終わらせるために没)。
3、違法と分かりつつも戦闘機人の様に、肉体を移し替えて、次元管理世界で生きる生存ルート案U(やり過ぎだろう、と思い没)。

こんな感じの案も幾つか盛り込もうとしたわけですが、そんな事すれば話が終わるに終われないだけでなく、ややこしくなって私の集中力も持ちそうもないので没にしました。
まして、最初は『前編・後編』で終わらそうかと思っていたのが、『前編・中編・後編』に伸び、それでさえも収拾がつかなくなって『第1〜第5章』という、もはや短編じゃないだろう、というツッコミレベルの分量に膨張してしまったのは大変恥ずかしい限りでございます。

兎にも角にも、色々とぶっ飛んだ『舞い降りし植獣』シリーズ、これにて完結です。
色々とご迷惑をおかけしたこと、並びにお待たせいたしましたこと、重ね重ねお詫び申し上げます。



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