第8話『隠された事実』


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  SUS艦隊の襲撃によって、次元航行部隊第二十七戦隊を始めとする航行部隊が壊滅し、かつSUS艦隊もが地球艦隊の逆撃にあってから数時間が経過していた。次元航行部隊として異例の緊急事態に対応すべく、緊急に対策会議が催された訳だが、未だに次元航行部隊本部こと本局の大会議室では、終結には程遠い論議が交わされ続けている状態だった。
  一先ずは、SUSを危険度の高い敵性勢力として、満場一致したまでは良かったのだ。問題はそこから先である。時空管理局の高官らの間では、強硬派と穏健派という分かりやすい図式に別れて、互いの主張を食い違わせている為、まるで纏まる気配が無いのだ。
  その強硬派も、過半数以上を次元航行部隊こと海で締めていたが、地上部隊こと陸にも強行的な姿勢を見せる高官が少なくなかった。両組織は、これまでに優遇の差別によって少なからぬ軋轢があった訳だが、やはり、驚異的な存在に対しては磁石の如く利害が一致するようである。皮肉にも、外からの脅威があって初めて一致するのだが、それもまた円満な一致とは程遠いものだった。

「地球艦隊を、このまま放置する訳にはいかん。余りにも危険すぎる」
「さよう、地球艦隊を如何にか取り押さえておくべきだ」

  強硬派は地球艦隊を拘束し、艦の接収を叫ぶ。

「我々に、それが出来るとでも思われるか」
「地球艦隊の戦闘力は、未だ未知数だ。無用に手を出さん方がよろしいかと思うが?」

  穏健派は下手に手を出すべきではないと忠告する。
  この様に、両組織の強硬派と穏健派で地球艦を接収するかしないかで折り合いがつかないのだ。いや、するとかしないの問題ではなく、出来るか出来ないかの問題でもあったろうが。

「地球艦隊は明らかに危険だ。それに、我らに牙を向かないとは言い切れん。彼らの上層部が穏便に済ませるとは思えんぞ」

  1人の海高官が危険性を強調した発言をするが、これほど滑稽な話も中々に無いだろう。固有名詞を取り換えれてしまえば、時空管理局こそ、地球に牙を向かないとは言い切れず、事を穏便に済ませる筈がないからである。なんら害が無ければ話は別だろうが、自分より危険な存在は、早い内に芽を摘み取ろうとするものであった。
  地球艦隊を如何にかして拘束しておきたい強硬派は、出来る保証もない案を口にして訴えてくる。

「今こちらに向かって来ている地球艦隊だけでも、抑えておけばよかろう!」
「ほぅ、話し合いを持ちかけたのはこちらですぞ? なのに、それを破棄して襲撃する訳ですか?」

  このような過激な発言をする強硬派に対して、地上部隊司令長官フーバー中将は平然として撃ち返した。話し合いをしよう、と決めたのは時空管理局である筈だ。それを覆して、艦を奪えと言うのだ。どれ程に自分勝手な行動であろうか。リンディ等は、怒りを通り越して呆れてしまい、時折、首を軽く振る仕草さえ見せている。
  そんな事をすれば、彼らは必死に抵抗を示して反撃して来るだろう。そんな事もわからないのであろうか。
  それどころか、強硬派の高官は、次にとんでもないことを口走った。

「別に向かって来る途中でなくともいいではないか。この場に連れてこさせ、がら空きになった艦に、武装隊が突入すれば済む話だ」

「それこそ略奪ではないですか!?」


  過激なやり方を提示する強硬派に対して、遂に激昂したのはリンディであった。今までにない怒声を、強硬派の高官の顔面に向かって叩き付けた。美しい顔も、修羅の形相とはいかずとも、鋭い眼光が強硬派の高官を数人ばかり射抜いたのである。
  約束しておきながら、何の理由も話さずして留守になった艦を奪うなど最低にも程があるではないか。名誉どころの話ではなく、管理局の信用を一気に地に落とすどころか、地下に埋蔵させてしまう。そこまでして、地球艦隊を消したいというのだろう。

「略奪ではない。危険な質量兵器は禁じられた兵器だ。それを押収して何が悪いのだ!」

  寧ろ開き直ったように、リンディに反論する強硬派の高官。確かに、時空管理局の法律に照らした場合は、地球艦隊は違法物の塊りであろうが、今回は前例なき事態なのだ。
  強硬派に対して激発したのは、リンディだけではない。傍に座っていたレティもうんざりし、頭からその発言を蹴り始めた。

「貴方がたは、それ程までに略奪行為をしたいと仰るのならば、こちらにも考えがありますよ」
「ほぅ、言ってもらおうか」

  何を言うつもりか、と硬い表情で待ち受ける高官に対し、レティはアンダーフレームの眼鏡を光らせる。

「地球艦隊に対し、今の会話内容を暴露します」
「何ぃ!?」

  会議内容を暴露する等、機密漏洩に匹敵する行為であると強硬派は反論をする。
  しかしながら、地球艦隊に対する非は何処に帰するか考えなくとも分かる。非礼を行うのは強硬派の連中だ。もしも、その事態が現実となり、地球へ知られたとしたらどうなるか。結果は考えずとも想像出来た。地球艦隊の乗組員を拘束監禁したうえに、艦艇群まで無断接収したとなれば――されそうになった時点で、彼は必ず抵抗してくる。そんな事さえ想像出来ないのか!
  だが、そのような強気の主張ができるのも、地球連邦が次元空間転移法を知らないからだった。次元世界に介入する術を知らない相手に、何が出来るのだろうかと、たかを括っているのだ。

「いい加減に止めたまえ」

  そこで、いよいよ見かねたフィルスが止めに入った。老兵が出しゃばるものではないと自覚はしているが、如何ともし難い現状に対して、やはり軌道修正する必要性を感じるのである。フィルスの制止の声に、強硬派も穏健派も、一先ず沈黙せざるを得なかった。先程は、地球艦隊の責任者との対談によって、今後の展開を決めると議決したばかりではないか。
  その様に強硬派を忠告する一方で、クローベルも続いて発言する。

「話し合いは、私達が決めた事。それを取りやめて、ましてや騙して彼らを拘束、拿捕する等と、決して許される行為ではありませんよ」
「ウム。地球連邦の諸兵達は自らが傷ついてなお、我らの航行部隊を守ろうとしてくれたのだ。そんな彼らが、我々に牙を向いて来るほど、礼儀知らずではあるまい。こちらも、それ相応の態度で向き合うべきじゃろうて」

  伝説の三提督に、ここまで言われては強硬派も反論の余地は無かった。ヒートアップの途上だったリンディやレティも、敬愛する上官に窘められたことで、大分気分を落ち着けていた。
  今は、地球連邦もとい地球艦隊と敵対するべきではないのは、誰にでもわかる筈だ。今、自分らが取らねばならない対応は、地球艦隊と手を取り合い、SUSに対抗するべく協力すべきなのである。そうでもしなければ、強大な軍事力を有しているであろうSUSに対抗出来る訳もないのだ。
  そして、聖王教会の騎士カリム・グラシアの予言にあった“破壊神”とは、この地球艦隊の中の1隻に由来しているのは、自明の理である。また、彼らを圧力でとらえようとすれば、尚更危険が生じるのも当然ではないか。時空管理局単体では対抗しえないSUSを、地球艦隊なら対抗しえるのだから、時空管理局が地球艦隊に敵う筈もないのだ。
  ふと、リンディは〈シヴァ〉の名前の由来について、多少なりとも言えど心当たりがあった。

「公表された騎士カリムの予言ですが、恐らく“破壊神”とは、地球艦隊の旗艦〈シヴァ〉の事を示しているのだと思います」
「リンディ提督、それは、何を根拠に言っておられるのですか?」

  多少の親交があるフーバーは、興味を持ったような表情でリンディに訪ねた。この場にいる者で地球について知る者はおらず、彼女が唯一の地球滞在者でもあったからだ。それにリンディは、プレシア・テスタロッサの引き起こした事件をきっかけに、地球に滞在していた経験がある訳だ、ただ単に過ごしていた訳ではない。クロノ・ハラオウンと同じく、時間があれば、地球の知識を貯め込んでいたのだ。

「地球に滞在していた頃に見つけた、ある文献の中にその名が記載されていました」
「その文献とは?」
「彼ら地球の世界で言う、神話に関する本です」

  そう、彼女が地球に滞在して半年程が経過したある日、文献書物を探していた所で、神話に関する本を手にしたことがあった。宗教が幾多も存在する地球では、その中には様々な神や神獣、伝承等が記録されている。隅々まで調べ尽くすのは到底無理だが、どんなものが侵攻されているのか、その神の種類くらいなら目を通せた。
  その中にあったのが、日本語訳で“破壊神”と称された神についてだった。インドに伝わる神の異名であり、“破壊”と“恵み”を与える神とだとされているもので、インドでも人気の高い神である。その神の名を“シヴァ神”と言ったのだ。

「そうか。リンディ提督の滞在した地球と、もう一つの地球が同じ系列をもし辿っていたとすれば、その名前は一致するな」
「破壊神……〈シヴァ〉……成程、まさに相応しい戦闘艦の名前と言う訳だ」

  神の名を賜った強力な戦闘能力を持つ〈シヴァ〉と、それに率いられる地球連邦防衛軍。もし、彼ら地球艦隊との間に戦闘が生じてしまったらどうなる? この空間に紛れ込んだ地球艦隊は、僅かに43隻という少数の艦隊であるが、彼らの前に数百隻を揃える次元航行部隊が現れたとしても、恐らくそれは管理局側の敗北で幕を下ろすに違いない。自分らがアルカンシェルを発射する前に、遠距離からの高エネルギー砲こと波動砲による一斉発射で壊滅する姿を、彼らは思い浮かべてしまったからだ。
  しかし、今の彼らは知りようもない。カスケード・ブラックホールによって地球が滅亡するかもしれず、地球艦隊も大半が壊滅しかけているという事実を――。



  その一方で、先の戦いによって意外な打撃を受け、いきなり出鼻を挫かれたSUS次元方面軍。予想しなかった損害の報告と、奇襲の失敗に、総司令官ベルガー大将が平然としてられる筈も無かった。拠点たるケラベローズ要塞の司令部にて、敗北の報告を聞いた時、総司令官は僅かに沈黙し、次に鬼の形相を作って怒声を上げたものだった。
 
「我らSUSが、地球艦隊如きに苦杯を舐めさせられる等、屈辱以外の何物でもない!」

  司令官席で怒鳴り声を上げるベルガーに、周りの部下は戸惑いの様子である。彼らも、地球艦隊に敗北する等想像外だったからだ。
  被害報告もさんざんであった。第二戦隊で戦闘に参加したのは3分の2程である。戦力比からして、明らかにSUS艦隊が勝っていた筈なのだ――それが負けたのである!
  報告書には、3分の2である140隻の戦闘艦が、半数以下であった地球艦隊と次元航行部隊の攻防戦の末に壊滅。しかも、損失数は130隻程に上ったとされる。管理局の次元航行部隊はまだしも、地球艦隊の力量は侮るべからざるものであった事を、今さらながらも、痛感せざるを得なかった。
  やがて、巨大な要塞に向けて帰還して来たのは、報告通りに痛手を受けて惨敗した第二戦隊の姿であった。もはや、艦隊と言うには数が少なすぎた。旗艦〈ヤズィー〉に座るゲーリンも、無表情ながら自信を損失した様を、肩を落とすことで表現していた。
  第二戦隊が帰港して10分ほどすると、司令部にゲーリンが姿を現した。

「……我が半数以下の地球艦隊を撃滅させる事も叶わず、この失態。申し訳ないとしか、言いようがありません」
「ゲーリン提督、貴様には心底呆れたわ。倍以上の艦隊を持ちながら、倍以上の被害を被るとはな」

  ベルガーの前に膝を屈して姿勢を下げるゲーリンに、威圧的な視線を浴びせる。
  だが、ベルガーは、ゲーリンのことを直ぐに処分しようとはしなかった。この戦闘を通して、地球艦隊の決戦兵器のみならず、その艦艇性能を思い知ることになったからだ。ゲーリンが苦杯を舐めた際に言ったように、第七艦隊からの詳しい情報を仕入れておくべきだったのだ。

「この場で即刻処刑すべきだが、敵の新兵器は我々も初めて知ったのだ。今回の所は見逃してやる」
「ハッ……総司令の寛大なご処置に、感謝致します」

  深々と首を垂れるゲーリンに対し、艦隊司令長官ディゲルは重圧という名の無形の重りを、ゲーリンの首に引っ提げたのである。

「しかしだな、ゲーリン提督。次の戦闘では、同じ失敗を繰り返した場合……分かるな?」

  威圧的な視線を当てながら、脅迫もオマケにして一緒になすりつけたのである。
  ゲーリンもその脅しは予想済みであった。使えない者は即刻処刑される。それがSUSのやり方の一つなのだ。相変わらずの無表情を振り蒔き、ゲーリンはその場を直ぐに立ち去って行ってしまった。残った側の者も不機嫌さを残しており、少なくとも今後の軍事行動に少なからぬ影響を及ぼすであろうことを懸念していた。しばらくは、整備と増強の為に第二戦隊は使えないのだ。
  第二艦隊は、他の機動艦隊と同様に2100隻余りの艦隊を有していた。これを10個戦隊に編成されており、この規模の艦隊がSUSにはまだまだ存在するのである。
  とはいえ、第二艦隊が初陣で失った戦力は痛手だった。一度に100隻以上の損失を出し、総数も1970余隻にまで減ってしまった事は、今後の作戦に向けて慎重にならざるを得ない。まだ戦力的に余裕はあれども、地球艦隊との小競り合いをする度に、自軍の戦力をゴッソリと持っていかれては堪ったものではなかった。
  戦力は回復は出来るが、時間はかかる。本部も多方面に軍を派遣している以上、容易に増援は出せないものである。
  そこでベルガーが目を付けたのは、先日に発見した三ヶ国艦隊であった。

「エトス、フリーデ、ベルデルの連中はどうしている?」
「はい。彼らは艦隊の補修を受けておりますが、これといって変わった様子もございません」

  マッケン少将が、ベルガーへ連合艦隊の様子を報告すると、彼もまた何かを考えているようであった。この戦いで予想を上回る被害を出した時点で、ベルガーは彼らに対する使い方を今少し改めるべきであると思っている。どのみち使い捨てるつもりでいたのだが、下手に消耗しては元も子もない。自分らが全滅するとまでは予想してはいないが、無駄な消耗も好ましくない。かといって、3人の司令官に突け上がられても困る。時空管理局を叩き潰すには、まだ時間を掛けておかねばならないようだった。



  ドックに停泊している三ヶ国連合艦隊の内、エトス艦隊旗艦〈リーガル〉において、他の司令官達と共に話し合いの真っ最中であった。各艦隊の司令官――エトス艦隊司令官ガーウィック中将、ベルデル艦隊司令官ズイーデル中将、フリーデ艦隊司令官ゴルック中将の面々である。

「――して先程、総司令に会ったが、皆はどう思う?」

  ガーウィックが話を切り出す。彼が言う通り、3人の司令官は、SUS軍の総司令官へ表敬訪問で面会をしてきたのだ。それも、この異次元に迷い込んだところで道案内をされ、一応の客人として要塞のドックに停泊を許された。また、艦の補修等も許可されているのだ。となれば、その礼をしに行くのは礼儀上では致し方なく、到着早々にベルガーの元へと訪れていたのであった。それは形だけの表敬の為だったが。
  別次元のSUSにしろ、ガーウィックはSUSを好ましく思えないのが本音であった。自分らの軍事力を背景にして、他国家を脅す様な手口を言わないものの、威圧感が感じられたのだ。後の2人もSUSを煙たい存在として見ており、この次元世界に飛ばされる前から、或はSUSが台頭した時から、良い印象を持てなかったのである。何せ、逆らえば彼らの“制裁”が降り注ぎ、容赦なく叩き潰しにかかるのだ。それを快く思えるのは、SUS本人のみだろう。

「私は、どうもベルガー総司令官を信じる気にはなれん。やはり、彼もSUSなのだ」
「同感だな。あんな奴ら、信じるに値するものか」

  ここまで批判的なのは、実は珍しいことでもない。彼らが言うように、SUSはその強大な軍事力を背景にして、大ウルップ星間国家連合を掌握しているのだ。連合議会で案が決議されようとも、それは連合で決めたというよりも、SUSの判断であることが圧倒的に多いのである。連合軍の中には、その事実に気づいている者は殆どであるが、口に出して言うのを憚られた。
  強引なやり口のSUSに反感を持っていたとしても、SUSに反旗を翻そうとする意志を、具現化するまでには至らない。国家主導者達の中には、SUSの脅威や制裁、報復に怯えて決断出来ずにいるからだ。もしも、SUSに反旗を翻そうとして、それが失敗すれば我が身が危ないのは当然だ。ならば、同胞たちと共に成し得れば良いとは考えるものだが、同盟国同士でさえ、SUSに密告されるのではないかという不信感が芽生えてしまっていた。
  また、軍事的に劣勢な立場にある国家程、SUSに否応なしに従わねばならない。一方的に蹂躙されるのが目に見えるからだ。
  彼ら三ヶ国に関しては、国家連合内でも有数の戦力保持国として、よく動員されている事が多かった――艦隊を保有しながらも動員されない国家もあるが。
  その代表格として挙げられたのが、地球が移住する目的地のサイラム恒星系アマールである。アマールは、宇宙艦隊を保有しているものの動員される事はない。その真相を知るのは、SUSと当事者のアマールだけだろうが、他国に比べれば戦力的にも一番に劣る事から、動員させる価値なしとみなされていた可能性はある。
  各祖国の状況を知ることも出来ない3人の指揮官は、今頃はどうしているだろうか等と思いつつも、対応策を練り続けている。
  この次元に住み着くSUSの戦力数は未だに未算出だが、軍港に入るまでの間に確認されただけでも、軽く1000隻を越していた。明らかに、自分らの戦力を数倍にした程度は、見積もっていなければならないだろう。もしも、相手の要求を拒めば、何かしらの方法を用いて抹殺して来るかもしれない。或いは最初からそう考えているだろう、と思っている。

「どうせ奴らは、俺達を扱き使うつもりだ」
「そうだとしても、無闇に反抗出来まい。我らは、ここから脱出する術すら分からんのだぞ?」

  ゴルックは、今更なんだと言わんばかりである。方やズイーデルは、ぶっきら棒になるゴルックを宥めつつ、自分らの置かれた状況を述べる。
  そこでゴルックは、この世界に存在すると言う時空管理局を思い出した。奴らならどうだろうかと。

「なんなら、時空管理局とやらに寝返ってみたら、良いんじゃないのか?」
「ゴルック提督、それは如何。時空管理局は地球艦隊と接触しているのだ。向こうに我らの事を話されている確率は、極めて高い」

  ゴルックの提案も中々に悪くはないものだと思われたが、それはガーウィックにより否定される。彼の言うとおり、地球艦隊が自分らの事を教えている可能性があるのだ。下手をすれば、時空管理局と地球艦隊、果ては裏切りを許さぬであろうSUSの三勢力に包囲されてしまうのだ。そうなれば、500隻以上の艦隊を保有する彼らでも、長くは持てない。
  それだけではなく、この道の空間において帰還手段を持たぬ彼らは、補給の目途が付かないのである。此処は、孤立無援だけは何としても避けたい所だった。


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  孤立は何としても避けたい――特に強く願っているのは、他でもないガーウィックである。
  そしてもう1つ、彼にはどうしても気になっている事があった。

「それと、今回行われた地球艦隊への奇襲なんだが……」
「ん、どうしたと言うのだ、ガーウィック提督」
「いや、これは私の推測なのだが――」

  ガーウィックが言うには、今回の地球艦隊殲滅作戦は、どうもおかしい所が多すぎるというのである。特に、SUSから開示された地球に関する資料が、あまりにも不足していたのだ。詳しい資料は大ウルップ星間国家連合の傘下国に行き渡る事無く、SUSが直接開示する情報のみを見るしか方法はない。そのSUSが言うには、“地球は宇宙の邪悪である”ことや“全宇宙を支配下に置かんと狙っている”と、一方的に宣伝しているようにしか見えなかったのだ。
  実際に入手した情報と、SUSが開示した情報に、どれ程の透明性や真実味があるのかは、傘下国各首脳部らは薄々気付いていたが……物申す程の度胸は持たなかった。
  さらに、その侵攻艦隊と指定された地球艦隊の編成比率もまた、解せない部分が大きかったのだ。地球艦隊の数は、総数で言えば3210隻という大規模艦隊であったのだが、その中に存在する筈の戦闘艦は、実のところ5割も存在していなかったのが判明している。3000隻が全て、残りは巨大な“揚陸艦”だと言うのだ。3000隻もの揚陸艦隊に比して、護衛艦隊がたったの210隻では、15倍もの船団の全包囲をカバーするのは不可能だ。その様なことは、どの星系国家の軍隊も分かり切ったことだ――少数で数十倍を相手どれる圧倒的技術を用いているならば話は別であるが。
  何にしても、侵略行為にしては、あまりにも不自然すぎる艦隊編成だったのだ。上陸が目的であったとしても、大まかに分けて制宙圏格の為のの打撃部隊と、その間に揚陸艦部隊を護る護衛部隊を2個部隊にしておくべきであろう。でなければ、揚陸艦も一緒に戦闘宙域に巻き込む事になり、到底軍事的にはあり得なかった。
  こんな艦隊で他国を侵略するなど、地球の軍隊は余程の常識外れな集団なのだろうか、とさえ思ってしまった。

「ガーウィック提督の言う事は尤もだ。元々、この作戦案を見た時から、薄々変だと思ってはいた」
「確かに、違和感はあった。それでも上からの命令だ。現場指揮官としては、変に口出しも出来ねぇから、深く考えなかった」

  2人もガーウィックの指摘に頷いている。侵略に手を染める邪悪と称される程の地球だとすれば、それ程の力を持ちながら、これほどの不自然な編成や素人の様な戦闘知識は、余りにも不自然に思えてならぬ。

「それに、あの地球艦隊に奇襲を仕掛けたとはいえ、あまりにも反応が遅すぎると感じた。2人はどう思う?」

  新たな疑問として、地球艦隊の後手に回った対応にも目を向けられた。侵略する者の立場なら、途中で襲撃を受けるくらいの可能性は十分に考慮している筈だった。それがどうか? 実際にゴルックの艦隊が第一陣として待ち伏せ、地球艦隊の針路真正面に現れてから、実際に地球艦隊が反撃に移るまで大分時間が掛かったではないか。まるで、こちらの正体を確かめる為に待っていたようなものだ。
  真正面で戦ったゴルックも、その対応の遅さは飲み込み切れない無形の棘となって、違和感を残し続けていた。

「お決まりの、所属確認をやっていそうな雰囲気だったぜ」
「ふむ。それから考えるに、予測でしかないが――」

  そこでガーウィックは思考を変更してみた。地球の艦隊内容からして考えられるのは、侵略の為の行軍ではなく、単なる移動なのではないか、というものだった。それならば、あの艦隊内容も少しは理解出来よう。地球の戦闘艦隊は戦闘を主体とした編成ではなく、本当に単なる護衛を目的とした艦隊なのだろう。奇襲時の出遅れにも、それは起因してくる。既に侵略の意味を持って侵攻しているならば、奇襲の対策も万全の筈だった。それがあの瓦解ぶりである。
  となれば、あの揚陸艦という無理のある設定も崩れることとなる。揚陸艦ではない巨大船の集団となると、何が考えられるか。

「本当に、あれは巨大な揚陸艦だったのだろうか」
「それを確かめる術はあるのか、ガーウィック提督?」

  腕を組み悩むガーウィックに、ズイーデルが尋ねる。

「あるには、あるのだが……」
「まさかSUSに聞く訳でもあるまい?」

  ゴルックが冗談めかして聞くが、本当のところは、その確認方法が手っ取り早い。
  だが、聞いたら最後生きて返してはくれないかもしれない。もとより不十分な情報で殲滅戦を命じたのだから、知られたくないものがあって当然と考えるのが妥当であろう。
  直接SUSに聴くのとは別にして、ガーウィックが考えていたのは、自分らが巻き込まれた空間に再び赴き、この次元空間へ転移してしまった際に一緒に巻き込まれていたであろう地球艦の残骸を探し出す事であった。あの巨大な揚陸艦は3000隻もいたのだ。その中で撃破されてスクラップになった艦が、1000隻以上はいてもおかしくは無い筈だ。
  そのように説明するも、2人は表情を顰めてしまう。何故なら、そこまで行くとしても、SUSにどう説明して現地に行くべきであろうかということだ。直球にして、地球軍の揚陸艦を調べに行くとも言えない。次元空間のSUS軍とはいえ、きっと明るみにされては困るものがあるに違いないのだ。
  消去法で考えた結果、最も手っ取り早い確認方法が残される。

「我らの艦隊の中で残されている、戦闘記録を見返すしかない」
「戦闘記録を? それで分かるかね」
「いや、絶対にとはいかんだろうが……少なくとも、ゴルック提督の艦隊は、特に揚陸艦に肉薄しているのだ」
「……成程な。確かに俺の艦隊は、あの船団が脱出しようとする際に、一番接近したからな。残されている戦闘記録を詳しく分析すれば、何か分かるかもしれん」

  ガーウィックの言葉に、ゴルックも頷く。
  実際にフリーデ艦隊は、地球艦隊船団の脱出方向に位置していた。拡散波動砲を放たれた時に散開してしまい、そこを狙って地球艦隊は強行突破して離脱していったのだが、それを食い止めようとしたフリーデ艦隊は最大限に接近していた。その時の映像記録を詳しく分析すれば、あるいは……。
  そして、その映像を見た時、彼らはどれ程に衝撃を受け、SUSと己に対して恨みを抱いた事か。
  知らない方がまだ、気が楽だったかもしれない。



「――では、今回はここら辺りで解散としよう。近々、我々も駆り出されるだろうからな」

  嫌々とはいえ、現状ではSUSに従わねばならない自分らの身に、ガーウィックは自嘲気味に呟き、解散を促した。もっとも、元の世界に戻ったとしても、SUSに従わねばならない状況にある事に変わりはないのであるが。

「そうするとしよう。何とか、それまでに解決方法を見つけたいものだが……」
「俺も戻って、その記録映像を分析せにゃあならんしな。取り合えず、失礼するよ」

  取り敢えず、ガーウィックを除いた2人は、真意を確かめる為にその場を退室して行った。
  残されたガーウィックは、会議室から艦内通信を使い、ある人物を呼んだ。呼んでから数分すると、やや長身的で白髪の20代後半程の青年士官が入って来た。エトス艦隊旗艦〈リーガル〉艦長ブルース・ウェルナー大佐である。

「ウェルナー大佐、参りました」

  ビシリと模範的な敬礼をするウェルナーに、ガーウィックは頷き要件を口にした。

「多忙な所で悪いな、艦長。実は、早急に調べてほしいことがあるのだ」
「調査でありますか。了解しましたが、一体何をお調べに?」
「実はな――」

  ガーウィックは、先程話した内容を艦長に話した。その内容を一通り聞いたウェルナーも、顔をしかめてはいたが、上官の言わんとする事を納得したらしい。ウェルナーもまた、SUSには不信感を抱いていたのだ。

「成程、提督方が危惧する理由は分かりました。承知しました、直ぐに映像記録の分析に掛かります」
「うむ、頼むぞ。奴らが一体何を隠しているのか、何としても知らなければなるまい」

  地球換算にすれば、30代後半に相当する若き青年士官に、ガーウィックも頼もしい限りであった。

「えぇ。もしかしたら、我々はとんでもない事に、手を貸していたかもしれませんし……」

  早速と言わんばかりに、ウェルナーは艦橋へ半ば駆け足で戻り、オペレーターに指示して記録映像の分析に掛かることになった。分析が終了するのに、それ程時間を有するものではない。主に揚陸艦とされる巨大艦が映されているものを中心に調べていけば良いのだが、果たして証拠となり得る映像があるかどうかだ。
  〈リーガル〉を始めとするエトス艦の艦橋デザインは、極めてシンプルな構造である。艦が直線的であると同様にして、艦橋内部も全てが直線的で簡素的だった。三角柱型の台座を、下から三段ほど積み重ねたピラミッドの様な構造で、一番上の場が司令官の立つ場になっている。上から二段目が艦長席、三段目が航海士官、砲雷士官、通信士官、索敵士官、技術士官ら5人のオペレーター等が立つ場だ。司令官は、その場から下まで見渡せるようになっていた。
  司令官会議が終了して1時間近くが経過している中、艦橋内の技術士官が忙しく解析作業を進めていた。

「どうだ、この記録映像で細かく分析出来そうか?」
「何とか出来そうです」

  ウェルナーは自分の席を通して、下段の技術士官に記録映像の詮索にあたっていた。特に一番近くに映っているだろう揚陸艦を探している。その様子を、司令官席で見つめるガーウィック。もしも、自分らが行って来た行為が、正しいものでは無かった時は――と背筋に冷たいものが走るのを感じた。そんな嫌な予感を抱えつつも、彼は腕を組んで瞑想に深け入った。
  丁度良い映像を見つけた技術士官は、ウェルナーに報告すると直ぐに分析に入る。その映像部分のみを、コンソールのディスプレイのみならず、メイン・スクリーンにも映す。

「……これか。揚陸艦の一部を、拡大します」

  大きく映された映像は、それに伴い映像がドット絵的なものになるが、それは直ぐに処理されて綺麗な映像と化す。
  だが、それでもまだ分かりにくい。拡大されたのは、どうやら揚陸艦の青く光っている部分(無数の窓)であるようだが、それでもまだ見えなかった。

「5倍に拡大させろ」
「ハッ!」

  さらに拡大させる技術士官。
  すると、やがて映像には、窓が鮮明に映り始めてきた。どうやら、人らしき影がぽつぽつと見える。

「もっと拡大!」

  一番高い倍率に上げて、再びその窓らしき内部を見る。先ほどよりも、鮮明に映ってはいたのだが、その艦内の様子が変だと気付く。これ以上の拡大は無理であり、はっきりとした様子までは分からない。
  しかし、これはどう見ても軍用船ではなかった。

「提督。これは揚陸艦などというものでは――」
「……この映像をもっと鮮明にしてみなければ、はっきりとは言えん。だが、確かに揚陸艦ではないようだ」

  窓から見える無数の人影。攻撃されている事もあって、逃げまどっているようなのが分かる。
  そして、この揚陸艦の構造に最大の疑問が生じた。軍系列の艦であるならば、ここまでして外部に露出する窓を付けているだろうか、ということだ。この揚陸艦は、前後にかけて青い線が走っている。これは全て、窓であったのだ。これでは、揚陸艦としては不向きである。もしも被弾すればどうなるか、火を見るより明かなのだ。

「不安は……的中しているのかもしらん」
「これは揚陸艦ではなく、巨大な輸送――いや、移民船のようでありますが」

  輸送船或は移民船だとすれば、自分達が行った行為は何なのか。侵略者を撃退するという大義名分を偽った、単なる虐殺ではないのか! これは、自分らエトス軍人の誇りとしていた、ブシドー道精神に傷を負った瞬間である。
 しかし、この映像だけではまだ完全な証拠とはなり得ない――と思うもつかの間のことだ。ゴルックとズイーテルが、再び〈シーガル〉に来ているという連絡が入ったのである。通信で連絡すれば済む話であろうが、何せSUSの軍港である。通信を傍受されてしまう可能性が高く、それによる不信を抱かれてしまう可能性もあった為だ。
  ガーウィックの指示で、この映像を保存される。それと同時に、再び会議室へと赴いていった。
  会議室に入った途端に異質な空気を、ガーウィックを包み込んだ。先ほどの軽い空気から、タールが流れ込んでいるのではないかと言うくらいに、その場の空気が重かったのである。

「もう分析が完了したようだが……早かったな、ゴルック提督、ズイーテル提督」
「あぁ……まぁ、な」
「ッ……」

  よもやと察していたガーウィックが声を掛けると、どちらもぎこちない反応を示す2人。強気な外見と性格が売りのゴルックは歯切れの悪い返事をする。方やズイーデルに至っては、返事が出切るような様子ではなく、沈黙と苦い表情をしていたのだ。
  これを見て、ガーウィックは直感せざるを得なかった。
  沈黙する時間が数十秒、或はそれ以上にも思える時間の感覚の中、ゴルックが口を開いた。

「実はな、ガーウィック提督。とてつなく……不愉快な結果が出たんだ」

  これ以上ない程にバツの悪い表情を作るゴルックに、ズイーデルもようやく口を開いた。

「私も同様だ。はっきりとまでは出なかったがな。ただ、想像は容易だった」
「……貴方がたが、そういう表情するという事は、これは私の方で出た結果と同じという訳ですな」

  ガーウィックの問いかけに、首を縦に振って肯定する2人。
  まずは、ガーウィックの方で調べた映像を見せる事になった。彼は、会議室のデスクに内蔵してある端末を操作して、先の映像を出す。デスクから少し浮く感じでディスプレイが現れると、そこには先程調べた揚陸艦の拡大投影があった。それを見た瞬間、2人は目を一旦伏せてしまう。
  どうやら、悪い予感は当たってしまったようだな――ガーウィックは聞こえない程度で呟いていた。

「私の艦隊も、ガーウィック提督と同じような倍率で拡大したよ」
「……なら、俺の所の映像が一番鮮明だ。だが、覚悟してもらいたいんだ」

  覚悟とは、どういうことか察しは付いている。だが、ゴルック程の男が言うには、想像以上のものだという事だ。

「これを……見てほしい」
「「――ッ!?」」

  ゴルックが拡大化したという映像を目にしたガーウィックとズイーデルは、思わず目が飛び出るのではないか、と思う程に凝視してしまう。同時に、呼吸する事さえ忘れ、背筋には後悔と罪悪感が入り混じった寒気が、一気に駆け抜けた気がした。
  自分で調べたから、ある程度は予想をしていたものの、この映像はそれを現実化させている。こんな事を、自分達はやっていたというのか。まるで言葉が出てこなかった。そこに映されていたのは、確かに巨大な揚陸艦である。
  しかし、その揚陸艦は攻撃を受けて真っ二つに折れているのだが、そこからが問題だった。
  そう、その折れた船体からこぼれ落ちていたのは軍人でなく、どう見ても私服の人間――即ち、民間人であったのだ。





〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
新年が明けるも、まだまだ寒さは厳しいですが、皆さまも体調管理は気をつけましょう。
今回は相手側の視点による、話し合いの展開になってしまいましたが、如何でしたでしょうか。
実際に連合国が移民船の事を知っていたかは定かではありませんが、私なりこの様な展開を見せてみました。
もうそろそろ、戦闘シーンやら入れてみたいところですが、そうもいかないみたいです(汗)。
何よりも、リリカル側の主人公登場を希望して頂ける意見もありますので、至極検討中です(←最初に公言してそれかい!)
では、今後もなるべく早く更新させたいと思います。ありがとうございました!


〜拍手リンクより〜
[8]投稿日:2011年01月04日15:21:10 [拍手元リンク]
艦隊の徴収を強硬派が強硬すれば、間違い無く取り返しの付かない禍根を残すことになるでしょうね。
リンディさん、お疲れ様です。
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>>拍手ありがとうございます!
そうですねぇ、今のところ強硬派の人間はさらに強気に出るかもしれません。
ですが恐らく、波動砲の滅多打ち、なんてことは無いでしょう……恐らく(オイ)。
リンディは予想外に出ている方です。今後も、何かと活躍するかもしれませんね。



・2020年1月30日改訂



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