第18話『共同戦線の確立』


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  第九管区拠点並びに、第21管理世界ヨルツェム地上部隊本部の双方が襲撃されてから、凡そ半日が経過した頃。時空管理局は至急に陸海双方の幹部が招集され、SUS対策の為の緊急会議を行っていた。これで何度目の緊急会議になるかは分からないが、今までにない危機に直面した管理局高官らの表情は、総じて蒼白になっていたと言えよう。
  時空管理局が結成されてから100年程度の歴史があるが、これまで多くの世界と接触し、或は管理下に置き、平和の為にと活動を続けて来た。自分らと同規模か、それ以上の強力な武力持った巨大勢力と相対した経験の無い時空管理局には、今回の様な大々的な敗北というものを味わった経験がない。
  その初めてが、地球防衛艦隊と初めて遭遇した時に偶発的に生じたSUS艦隊との初戦闘であった。SUS艦隊に、プライドも矜持も、次元航行艦諸共に徹底的に破壊された管理局員らは唖然とし、そして無力さを感じてしまったのだ。強硬派の高官は、まだ戦える余地はあると叫んでいたが、それも夢物語であったことを自覚させられてしまったのだ。自分たちの力、即ち時空管理局の力は、あくまでもこの次元管理世界でしか通用しないのだと。
  地球連邦の存在する世界の宇宙空間では、時空管理局の戦い方はとても生温いもので、まるで模擬戦同様といっても過言ではない。地球世界から見れば、時空管理局とは組織規模は大きいものの、魔法を抜きにした戦争経験が無い弱小組織として見られてしまうだろう。
  これまで、魔法文明を中心に物事を図り進めてきた時空管理局。裏を返せば、魔法文明に過信し過ぎていた時空管理局の偉大さが崩れ去るのだ。そんな中で、時空管理局の者たちは、遅まきながらも今自分らが何をすべきかを問いだしていた。

「忌々しき事態だ! このままでは、全ての管区が落とされるだけではなく、各管理世界へも火種は広がるぞ!」
「そんな事は分かっている! だが我々の力だけでは到底、敵わんのだぞ!」

  本局会議室の室内では、忌々しき事態であるにも拘らず、以前として対応が決まらない状態となっていた。
  悲鳴の如き声を発して対応を如何とする高官や、事態の重大さを前にして抗議を行っている高官たち。それに対して、対抗の仕様が無いと悲観的になる高官も少なくない。とりわけ、これまでの力を過信して来た強硬派の面々は、皆して顔色を悪くしていた。
  中でも強硬派の筆頭とされる航行部隊司令長官アーネスト・キンガー中将でさえ、見るからに肩を落としているように見受けられたのだ。この姿を見た他の提督勢や陸幹部も、時空管理局が負った傷の重大さを実感してしまう。もはや、以前の時空管理局が誇っていた偉容を掲げることは出来ないのだ。まして、JS事件の傷も言え切ってないだけに、市民たちの間でも不安と失望を膨張させていた。
  魔法文明に拘り、質量兵器を断じて来た時空管理局自身の力の限界を悟らざるを得ない。
  他にも重大な事案が幾多も発生しており、首都ミッドチルダに構えている情報関係者たちからも、現状を教えろとの声が相次いだ。まして、先の管区拠点陥落と管理世界陥落の情報も、すでに出回っていた。この情報を信じた市民たちは、一斉に時空管理局へ対応を求めた。不安と失望以上に、今度は恐怖心が彼らの中を駆けずり回っていたのだ。それは以前のJS事件の比ではない。
  何せ200隻もの次元航行の艦損失と、第九管区拠点の陥落、そして21管理世界ヨルツェムの壊滅という報道は衝撃だったのだ。歴史上において、これほどまでの惨敗はなく、次元世界を護り切れないという汚名を被せられた時空管理局は、その報道が嘘であるとは言えなかった。
  此処まで追い詰められてしまった時空管理局も、とうとう根を上げで取材関係者たちを前に情報を開示したのだ。

「この度の騒動は、新しく発見された新勢力のSUSが引き起こしているものです。SUSは、時空管理局と同時に、各管理世界へをも足を延ばして侵攻を行っております」

  この報道官の言葉により市民の精神的不安は加速された。そして重大な事は制圧された第21管理世界の、その後の安否であったのは言うまでもない。第21管理世界は、今どうしているのか。局員の中にも、ヨルツェムが故郷であるという者も少なくない。祖国が心配なのは当然であった。
  だが、様子を知ろうにも通信は回復しないままで、転送ポートも封鎖という状態が続いている。それが解除される様子も無い為に、市民からも不安の声が絶えない。
  そして、もう1つの知りたがる情報は、本局の港に係留されている地球防衛艦隊の存在だ。これは、今だに報道していない事実だが、これをどう対処して報道すべきか悩みの種の1つであった。これも、いつまでもひた隠しには出来ないものだ。既に情報機関の中には、地球防衛艦隊の存在に気づいている者がおり、それが市民の中にも侵食していた。
  もはや、この情報も隠し切れないと判断した情報局は、重ねてこの事実も報じたのである。

「SUSとは別に、異なる次元世界から事故での迷い込んできた星の艦隊が存在します。それは、我々の力を凌駕する戦闘艦を有しており、現在は管理局の監視下において係留中です。なお、彼らは第97管理外世界地球に酷似した人類だが、また次元の違う地球世界から来た艦隊であります」

  SUSとは別にして、明るみに出た未確認艦隊の存在に、知らされていなかった市民たちの間に怒りの声が出た。中には、これを有効活用して現状を打開するべきだと主張する者もおり、他には地球艦隊が暴れぬ内に乗員を捕えておくべきだと言う者もいた。
  後者の意見は、SUSという存在により敏感になった故の発言であろう。以前の局員の中にも、地球人クルーを逮捕して隔離しておくべきだと発言していた者もいたくらいであるから、市民の間で出ても不思議ではない意見だった。
  時空管理局高官らは苦悩した。市民からの訴えと、SUSからの電撃的攻撃を前にして、どうすれば良いのかと。リンディやレティ、クロノらも同様に、現状を打開すべくどうすべきか、対応策を考えるのは困難を極めた。この危機を抜け出すのは容易ではない。
  かつてJS事件を解決した機動六課の面々を思い浮かべるクロノであるが、彼女らの存在で、この事態が解決できるレベルを遥かに超えている。八神はやてが従える守護騎士ことヴォルケンリッターならば、流血に慣れているやもしれないが、それ以外はどうか。今回の戦闘は、血で湖が出来る程の死者を出した戦闘なのだ。それ以上に、個人単位でSUSに敵う訳がないのだが。
  対応に追われる中で、この様な発言が飛び出た。

「この事態を切り抜ける為には、地球艦隊の力を借りる他ないと思います」
「何ィ……奴らの力を借りるだと?」
「連中に頭を下げろと言うのか!」

  地球艦隊の力を借りて対処すべきではないかと発言した人物は、ミッドチルダ地上部隊本部司令官フーバー中将であった。これには、傍に座っていたマッカーシー大将も驚きの表情を作り、他の提督たちも揃って困惑し、加えて反発の声を上げた。キンガーも反発をした1人であるが、フーバーはそれを気にしていない。リンディから見れば、フーバーの提案は妥当に思えたのだ。
  彼らの強力な戦力を借りねば、時空管理局は管理世界を死守出来ないばかりか、時空管理局そのものさえも守り通せない。

「貴官らは、まだ寝言を言っておられるのか。我々だけ対処出来ないことは、次元航行部隊、地上部隊、共に承知済みである。そこへ、頭を下げるだけで彼らに協力してもらえるのであれば、これほど安い物はなかろう」

  熱弁をふるうフーバーに、地球艦隊の力を借りたくはない高官らはしぶとく拒絶する。
  中には、マッカーシーでさえも、地球艦隊が力を貸してくれるか疑わしいと訝し気になってしまう。

「フーバー君、貴官の主張は尤もだが、本当に頭を下げるだけで協力出来ると思うかね?」
「そうだとも! 奴らは、この機を利用して色々と要求して来るに決まっている!」

  地上部隊最高幹部のマッカーシーの言葉に乗って、他の高官らも反論した。そもそもからして、時空管理局が自ら定めている質量兵器禁止法に引っかかるのだ。この法律が、彼らの思考に強靭な楔を打っているようだが、地球艦隊の存在を認めた時、それは時空管理局の秩序の崩壊に直結する可能性もある。
  しかし、今その法律改正案を出している程に暇はない。ここでフーバーは代案を出した。

「特別処置として、SUSを撃退し乗り切るまでの間だけでも、彼ら地球防衛軍との共戦を望むべきではありませんか」

  他の事態打開を強く望む局員も、フーバーに同調する様子があった。伝説の三提督においては、難しい決断を迫られている様子が伺える。マッカーシーも同様の表情を見せていも、ここで悩み続けても致し方ない。
  また不安材料はSUSや地球防衛艦隊だけではなく、次元管理世界も不安視せねばならないところがあった。それは、この事態を回復しえない時空管理局の隙を突き、反抗勢力が活動を活発化させる可能性があることだ。そもそも、管理世界の中には、時空管理局の台頭を快く思っていない世界も少なくない。そういった世界の不満が、ここにきて爆発してしまいかねない可能性も内包されている。
  外からはSUS、内側では管理世界の離反……内憂外患になってしまわない内に、どうにかして事態を納めなければならない。
  ここでレティが新たに発言を求め、皆も彼女の発言内容を待った。

「ここは実際に、地球艦隊司令官であるマルセフ大将に直接お聞きするしかないかと思いますが?」
「だが、彼は未だに傷の具合が――」

  レティの提案に対してレーニッツは待ったをかけた。彼もマルセフの容態については聞いていた。急に呼び出したりして、身体に響くのではないかと心配しているらしい。
  それについては、勿論レティも承知の上出る。それを踏まえて続けた。

「閣下のご心配はお察しします。ですが、本来ならばマルセフ司令との会談については、今日にでも開いて出席される予定でした。形は崩れるでしょうが、直接お会いするのではなく、画面通信を使い、彼の意思を確認しても支障は無いのではないでしょうか?」
「レティ提督の言うとおり、治療室から回線を繋いで、マルセフ司令の意志を確認するだけでもやってみては如何かと……」

  レティに引き続いてリンディも賛同した。じかにあっているリンディも良く分かっているのだが、身体に障らない程度に、通信越しで協力し合えるかどうかを確認すればよいのではないか。時間が貴重な今、迷っている暇はないのだ。
  結果として、全会一致とはいかないまでも、早急にマルセフへの連絡を取ることを可決したのである。



「――という訳なのです。マルセフ提督」
「成程、話は分かりました」

  先の会議から30分後、一先ずはリンディ自身が直に赴いて、医療局治療室にて療養中のマルセフの基へ訪れ、先ほどの話の経緯を説明した。また、その様子は〈シヴァ〉他艦にも通信回線を繋げることにより、全将兵にも対しても、次元世界がどれだけひっ迫しているのかを知らせたのである。
  尋ねられたマルセフは、彼女の表情を見てから直ぐに察したものだ。これは、ただならぬ事態が発生したのだと。その不安は的中し、彼女の話の内容を聞き漏らすことなく、マルセフは飲み込んでいった。本当だったら、今頃は時空管理局の幹部を相手にして、多少の交渉も兼ねた会談が行われていた筈だったのだ。
  それを中断させたのが、第九管区拠点の襲撃事件であったと知ると、SUSの進撃速度の速さ、そして攻略するまでの時間の短さには、マルセフも流石に放っておけなくなった。同様に内容を聞かされた防衛軍兵士の多くは、天の川銀河でも猛威を振るっているSUSが、この次元世界でも同様に暴れまわっていると知ると、SUSへの憎しみを増大させることになる。地球の移民船を襲った連中ならば、なおさらの反応だ。
  そして、彼女から提案された対策会議への参加要請に伴うSUS迎撃の為の協力要請。協力の是非に関しては、この場で決める訳にもいかないが、参加の是非は今ここで決めるべきだあろう。それに、リンディが気を利かせて、身体に障らぬ様に通信回線を繋いでくれるというのだ。
  彼女の提案に対して、マルセフの返答に時間は掛からなかった。拝聴していたコレムを始めとして、〈シヴァ〉のクルー、他艦の艦長たちも揃って、同じ意見を出していた。これは、画面通信を利用して参加するべきであると。
  マルセフも、彼ら部下たちの同意に感謝しつつ、一部だけリンディの要望に変更点を申し付けた。

「そちらの要請に、背くつもりは微塵もありはしません。直にそちらへ向かわせてもらいます」
「ぇ……それは、マルセフ司令の御体に障ります。ここは通信回線を繋げるだけでも――」

  自分で提案してなんだが、マルセフも曲げない性格からして、このテレビ会談の要請は不味かったと後悔した。
  それでもマルセフの強い意志に貫かれたリンディは、諦めて彼の提案を呑んだ。

「……承知しました、直ぐに用意をさせましょう」
「感謝します」
「ところで、他の者をご同席させますか?」
「そうですな……副官としてコレム大佐と、〈ミカサ〉の東郷少将にも同席してもらいます」
「そちらにも案内の者を向かわせましょう。では、ご移動の準備をさせます。シャマルさん、申し訳ないけど――」
「分かっておりますよ、提督」

  そう言ったシャマルは、やや訝しげな表情を作っていた。医療担当からすれば、完治まで絶対安静をしてほしいものだと思うものだから、彼女の反応も当然のものだった。マルセフの移動の為に車椅子を用意し、スタッフにも移動を手伝わすように指示した。
  このままでは時空管理局だけではない、無関係な市民までもが、この戦乱に巻き込まれる事態になってしまう。それを食い止めるべくして、マルセフは会議への参加を決意したのである。
  方やコレムはといえば、マルセフの要請に従い、彼の元へ向かう為にクルーに後を任せ、その場を後にしていた。駆け足気味でタラップを降りた先には、東郷が既に待機していたのに気付いた。待たせたかと思うったものの、東郷は待ってはいないと返した。

「さて、マルセフ司令は、あぁも仰られてはいたが、管理局もどう出てくるやら」
「そうですね。SUSを出来たいするには、協力し合う以外にないのでしょうが……」

  そこへ、案内役として3度目の再会になるであろうフェイト、ティアナ、シャリオの3人が姿を現した。

「何度も案内をしてもらって済まない、ハラオウン一尉」
「いぇ、お気になさらず」

  軽く挨拶を交わし、彼らはその場を後にして、マルセフとの合流を目指した。
  医療区画にて、待ち合わせ場所にいた車椅子に座っているマルセフの姿を目にした。その隣には、リンディもいる。そして、車椅子を押す医療スタッフ。マルセフは完治していないながらも、彼の堂々たる風格やオーラは衰えてはいないように感じた。
  合流すると、リンディは先導して会議室歩み出した。

「では、参りましょう」
「お願いします、ハラオウン提督」

  マルセフたちが会議室へと案内をしてもらって数分後、会議室へと姿を現した彼らを、時空管理局の幹部たちは様々な感想を思いつつ出迎えた。車椅子を会議室のデスクに近づけると、コレムと東郷も椅子に座る。
  まずお互いの名を明かしたところから始まり、本題への話を切り出したのは三提督の面々であるキールだった。

「マルセフ司令、我ら管理局の現状をご存知かと思いますが、SUSが攻撃を仕掛けてきました」
「はい。リンディ・ハラオウン提督より、大まかではありますがお聞き致しました。管理している区間の一部もSUSによって分断され、目下状況が掴めないでいると」
「うむ……。この騒動で、管理世界にも不安と動揺が広がっており、この機に乗じて反旗を翻す世界が出てくるやもしれない。そうなれば、収集はますます着かなくなってしまう。そこで、マルセフ司令、貴官ら地球防衛軍に頼みたいことがあるのです」

  なんでしょうか、とマルセフが聞き返すも彼は何となくであるが予想は出来ていた。少し間を置いてから、キールは、マルセフと東郷、そしてコレムに対して口を開く。ご老体の口から出た言葉は、まさにマルセフが予想していた言葉そのものであったのだ。

「単刀直入に言いましょう。我々と協力して、SUSと戦って頂きたいのです」
(やはり……な)

  読みが的中したことに、マルセフは小さく頷き、東郷とコレムも目配せしあい小さく頷いた。
  キールの発言に引き続いたのは、レーニッツである。

「我々の保有する艦船では、残念ながらSUSには敵いません。それは、貴方がたもご存知のことです。艦船だけではありません、この様な大規模な非魔法戦闘というのは、全くの未経験に等しいのです」

  成程、とレーニッツの説明を聞いていたマルセフは納得した。時空管理局の世界は、魔法文明を重視した傾向が著しく強く、実弾兵器を絶対的に認めてこなかった。それに質量兵器を有していた相手と戦闘状態に陥ったとして、文明レベルでは時空管理局側の方が遥かに上を行っていた。だからこそ、21世紀初頭レベルの実弾兵器が相手でも対処のしようもあったのだ。



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  一転して、時空管理局の魔法文明を上回る科学文明を相手にしたことが無く、同時に大規模戦闘も未経験に等しいのは、当然だと言えた。何せ彼らは戦闘に魔法しか使わないのだから。戦死または殉職する確率は、質量兵器を主とする文明から比べれば遥かに低い。そんな局員や魔導師たちに、死に直面し易い危険度が極めて戦闘に、いきなり放り出されて耐えられる訳がない。
  それに艦船も問題だ。次元航行艦の能力は既に知っている。SUSの放つ主砲に長時間耐えられるだけの装甲はなく、搭載している兵装も貧弱としか言いようがない。

(一般市民が巻き込まれるのを、見逃すことはできない。それ以前に、ここで負ければ、我々も変える術を失うのだ)

  生きて地球に帰還する為に戦うのではなく、一般市民の命も護る為にも戦わねばならないのだと、マルセフは決意を新たにする。
  この協力要請に対して断るつもりは毛頭なかったが、疑問となるのは他に何かを求めて来るのではないか、ということだ。協力要請以外に、時空管理局自身がSUSに対抗しえる為に、波動エンジン技術の譲与を求めることも考えられる。
  だが、同じようなことを時空管理局側も考えていた。地球防衛艦隊が協力してくれると答えを出したとしても、その対価として何を要求して来るのだろうかと。互いに求められるものについて、色々と考え抜いた。
  そして数秒の間、沈黙し考え込んでいたマルセフは、不意に口を開いて答えを出した。

「そちらの協力要請に、応じましょう。我々、地球防衛軍は、市民の生命と財産を守る為に戦ってきました。それは、この世界も同様です。貴方がたに救われた恩義もあります。身を挺してでも、護り抜きましょう」

  彼の協力要請の了解が出たことに対して、会議室内部は騒めいた。地球艦隊が加勢してくれれば、時空管理局も対抗の余地が出てくると安堵する者もいれば、これにかこつけて付け上がるのではないかと危惧する者もいる。
  それぞれの思うところはあれば、そこにマルセフが付け加えた。

「ここは次元空間です。いざ通常空間へと移動しようとしても、我々の機関技術では不可能。そこで、私から提案があるのです」
「何を、お望みかな?」

  レーニッツが代表して尋ねる。マルセフが一体何を望むのかを聞きたかった。他の強硬派たちは、案の定という様子でマルセフらを睨んでいた。やはり、この危機を利用して時空管理局に多大な見返りを求める気でいるのだ。そう思うと強硬派――特にキンガーは憎たらしくマルセフを見たが、提案の内容を聞いて驚愕する。

「空間の転移技術を、我々に譲与して頂きたい。その代りに……次元波動エンジンの技術を譲与いたします」
(なっ!?)

  相手側からの交換条件案で、転移技術を渡してほしいという要求の対価として、自ら波動エンジン技術を譲与するという提案に、キンガーは無論、他の高官たちも不意を突かれた形となり、戸惑わずにはいられなかった。これは、願ってもない技術の取得チャンスであったのだが、よもや自ら差し出して来るとは思わなんだ。
  マルセフの言うとおり、地球艦隊が如何に強力であるとはいえ次元転移が出来なければ、何の意味もない。このまま永遠に次元空間の中で動く事しか出来ないのだ。かといって、転移技術を教えてしまえば、今後、地球連邦政府が艦隊を次元空間に送り込んで来るのではないか――時空管理局は、SUSに継ぐ更なる危機を迎えてしまうのではないか。
  だからこそ、時空管理局としても転移技術の代わりに、波動エンジンの開発技術をものにしようと思ったのだ。それが、相手側から先に切り出されてしまうのは予想外であったが。
  傍らでは、リンディとレティが念話を通して話している。マルセフの思い切った提案に驚きつつ、相応の提案を出して来たことに間違いはない、とリンディは言った。

(マルセフ司令の提案は、どちらにしてもウィン・ウィンね。本来なら、これを受け入れるべきなのだろうけど……)
(リンディ、私もそうしたいけど、簡単にはいかないわ。法律によって、自分の選択肢を狭めているのよ? 勿論、フーバー中将が言ったように、応急的な対処として質量兵器の使用を認めるべきでしょうけど)

  質量兵器禁止法。今は応急処置的なものとして、これを適用しないように話を進めてはいる。そうしない限り、時空管理局が波動エンジン技術を生かす余地はない。宝の持ち腐れという状態で、設計図は永遠に封印ということになりかねないのだ。
  時空管理局側が安易に答えを出せない以上、簡単に次元転移技術を渡すわけにもいかないだろう。局員の中にも下手にプライドや固い信念を持つ者が多いのだ。
  返答に困る高官たちの中にあって、マッカーシーが発言する。

「マルセフ司令、貴官の提案には大いに驚かされます。本来ならば、その提案は妥当なものでしょうが、我々にはそうもいかない事情があるのです。質量兵器禁止法という法律を、貴官らはご存知ですか?」
「質量兵器禁止法――要するに、魔法以外の兵器は使用を禁じているものですな」
「そうです。我々、管理局が自ら法を破る訳にはいかんのです」

  この法律は資料で既に目を通していた故に、どんな決まり事であるかは容易に理解出来ていた。自らの法律に捕らわれている彼らに対して、マルセフに策が全くない訳でもなかったが実現が出来るかどうかが、問題としていた。
  それでも言わないよりはマシであろう。聞いて駄目であれば他の策を探し出すしかないのだが。

「しかし、事態が事態ですので、応急処置的なもので、質量兵器禁止法を適用しない方針に固めてはおります」
「そうして頂けると有り難いですが……」

  不安ではあるが彼は思い切って問いだした。

「もし、我々に転移技術を譲与して頂けないとなれば、別の方法を取らざるを得ません」
「その方法とは何かね?」
「時空管理局の手を借りて、艦隊を転移させるだけの装置を用意して頂くことです」

  キンガーの問いに返したマルセフの言葉に、会議室全体へ強い衝撃が走った。あまりにも大胆すぎる提案で、開いた口が塞がらないといった様子でもある。クロノも、マルセフがそんな事を言い出すとは思ってもいなかった。まさか時空管理局側で、艦隊を転移させる装置を用意してくれ、と言うのだから。その様な試みは、以前として行ったことはない。艦船には当たり前の様に、1隻1隻に転移装置が備わっているからだ。
  それを、転移技術を有しない艦隊をまるごと、外部による方法で転移させるのは未経験だった。
  そんなとんでもない要求に口を開いたのはキンガーだった。

「無茶を言わんでもらいたい。人間ならまだしも、艦隊ごと転移など――」
「では、我々が協力しても、他の管理世界が守れないという事になりますが、よろしいのですか。この本局、或は管区拠点のみが生き残れることになります。市民たちは、助けが来ないことに強い不満を持ちますぞ」
「何?」

  この言い方にはさしもの高官たちには堪えたらしい。
  だがマルセフの言い分も正しく、もし転移を行えなければ、次元空間内にある本局や管区拠点だけを守る結果になるのは当然だ。転移技術を渡して波動エンジン技術を貰い受けるか、交換条件なしに転移技術を渡しすか、或いは彼の言うとおりに艦隊専用転移装置を造り上げるか――この三択に迫られるだろうが、どれもマシだとは言い難いものばかりである。
  だが、どちらにしろこれらの中で決めねば、管理局に未来が訪れることはないだろう。
  マルセフの言葉に、激昂寸前の高官たちをキール元帥が窘める。窘められた強硬派の者たちも、それに渋々という呈で従った。
  治まってからマルセフが再び口を開く。

「小官の発言が、不快であったことは陳謝いたします。ですが、我々は代価を求めている訳ではありません。多くの市民を守り抜く為にも転移技術を必要としているのです。利益不利益を考慮などしてはおりません」

  自分の発言が不味いものであると謝罪する一方で、本心を言うマルセフの言葉には、嘘も偽りも見受けられることも無く、真剣な眼差しで高官たちをみやるマルセフと東郷、そしてコレム。
  ここで地球艦隊への転移技術貸与に賛成する者が現れた。クロノである。

「私は、地球艦隊への艦隊転移装置製造もしくは転移技術貸与を検討すべきだと思います」
「な……クロノ・ハラオウン提督、貴官は正気で言っているのかね? 艦隊ごと転移させる装置など、直ぐに出来るものではない」
「正気です。勿論時間はかかりますし、それまで貸すのであれば、問題はないでしょう。何よりも今は、マルセフ司令が仰ったように、各管理世界の安全と、市民の生命を守る事が先決ではないのですか?」
「貴官まで、この連中の毒気に当てられたか!」

  キンガーが猛反発してクロノを罵るのだが、それを横から止めた者が幾人か現れ始める。まずは母親のリンディであり、次にレティ等慎重派が賛同を始めたのだ。

「……私も、マルセフ提督を信じようじゃないか」
「レーニッツ閣下!?」
「どのみち、我々だけでは防ぐことは敵わない。地球防衛軍は、先日の戦闘で、身を挺して援護に出てくれたばかりか、その後は救援行動を示してくれたのだ。これだけでもマルセフ提督が信頼に値すると確信出来る」
「確かに、彼らはあの時、なんのメリットも考えずして行動した。ここはマルセフ提督に転移技術を貨与しても構わないと思います」

  レーニッツの賛同の声にキンガーは戸惑い、さらにはフーバーまでもが技術貨与を進言する。海と陸それぞれのトップが、同意の声を上げるのを切り目に、強硬派で賛同に渋っていた者の何人かも同様の声を上げ始める。
  キンガーは、なおも食い下がる様子を見せており、マッカーシーも表立ってではないものの否定的な態度を見せていた。彼にしてみれば、地球艦隊へ転移技術を条件なしに貨与するのは納得いかず、マッカーシーにしてみれば、一時凌ぎで質量兵器の仕様を認めるとはいえ、今後に渡って自ら法律を破ることになるのではないか、と危惧している様子だ。
  伝説の三提督たちはどうか、と目線をそちらへ合わせると彼らは思考の波に潜っているかのように沈黙していた――それもほんの数秒のことで、フィルスが切り出す。

「緊急事態においても、冷静な対応を求めるべきだ。SUSに対抗する為に転移技術が必須とあれば……」
「そうでもしなければ手立てが無いのであれば、最大限に支援するべきじゃろうて?」
「今、危機に瀕しているのは管理局だけではありません。全世界の民の生命に危機が及んでいるのです。これを乗り切らねば、明日は無いでしょう」

  引き続きキール、クローベルと発言が続く。3人のこの言葉が決め手となったのであろう。多くの高官たちが頷き同意を示す。それを見たマッカーシーも、観念したように軽く肩を落とすと「閣下らのご意志に添いましょう」と賛同の意を表明した。残るはキンガーと数名の強硬派だった。
  しかし、現時点で地球防衛艦隊への次元転移技術の貨与賛成派は、半数を越しており、決定は明らかになっている。もはや覆しようのない状況となったのだ。これを見たキールは、マルセフの提案を受け入れた事を明らかにした。マルセフとコレムは、決定内容に安堵したが、同時にレティからの新たな提案が出される。

「キール元帥閣下」
「何かね、レティ提督」
「地球艦隊が、我々と共同戦線を敷く前に、まず彼ら艦隊の修復を完全とすべきです」
(何と……)

  コレムは彼女の配慮に深く感謝していた。時空管理局は医薬品や食料供給、範囲内における行動の自由化を認めたが、地球艦隊の修理までは手を付けてはいなかったのだ。あくまで艦隊は、応急処置程度の修理しか行えていない。それを戦闘の前に完全におわしておくべきだと提案しているのである。
  転移技術だけでも十分であろうが、傷ついた状態で再びSUSと戦うのは不利を招くことになりかねない。何よりも兵士の士気にも関わるかもしれないと、レティは付け加えた。
  彼女の配慮に対して、高官らの中にはサービスのしすぎだと反対の声を上げる者が出始める。
  その様な声を、今度はリンディが退けた。先ほどもクローベル元帥が仰ったばかりではないか、今を乗り切れなかったら市民たちはどうなるのか、と言ったのだ。

「よろしい、レティ提督の提案を実地させようじゃないか」
「そうですね。それに、負傷者の手当ても早々に行うべきでしょう。マルセフ司令も、ご自身のお体を完治させませんとね?」
「……元帥閣下らと管理局の皆様による支援、誠に感謝……致します」

  会談が長期化してきた中で、そろそろマルセフの体力の限界が見え始めていたのだろう。額に汗が浮き出し始めており、やや辛そうな表情が伺えた。
  それに気づいたクローベルは、会談の閉幕を告げたのだ。シャマルが危惧したとおり、マルセフが動くにはまだ早かったのであろう。戻ったら、きっときつく忠告されるわね――リンディは内心で思った。無論、私自身に向けても言われてしまうでしょうけど。
  部屋の外で控えていた医療スタッフの手により、マルセフは車椅子に乗ったまま療養の為に部屋と戻った。
  その際にコレムと東郷へ後を頼むように言った。

「私が完治するまで、まだ2週間は掛かる。後は、頼むぞ」
「はい。後のことは、私どもにお任せください」
「司令、早い復帰を待っておりますぞ」

  コレムが了解し、東郷も復帰を祈りつつも、マルセフの後ろ姿を見送った。廊下側で待機していたフェイトは、見送り終わった2人と合流すると港へ案内を開始した。
  3人が退室した後、キールは招集されていた高官らに解散を命じた。キンガーは、やはり納得のいかない表情のまま、渋々と会議室を出て行くのに対して、レーニッツは変わりなく無表情の顔だ。レティに至っては運用部責任者ということもあり、先の艦艇修理の手配を済ますため、リンディとクロノに一声かけた後に専用の執務室へと向かった。

「後は、SUSの来襲にどう対応するかが問題ですね、母さん」
「そうね、クロノ。地球艦隊の整備を間に合わせないといけないし、私たちは私たちで、それまでの間も迎撃態勢を練っていかないと」

  地球艦隊が戦線に加わるからと言って、決して安堵出来ることは無い。次元空間は広大であり、それをカバーしきるだけの戦力は、残念ながら地球艦隊になかった。時空管理局も同じ事が言える。このまま戦力を各拠点に残したまま迎撃態勢を維持するのであれば、それは各個撃破と言う最悪の結果を生み出す。
  かといって、戦力の集中を図ろうとすれば、がら空きになった管区毎の管理世界は黙ってはいない。自分らを見捨てて行こうと言うのか、等と罵声の嵐が飛ぶだろう。また反抗勢力が活気づく可能性もあった。

(手を広げ過ぎた管理局の落ち度ね。全てを自分らの手で統括し、安定させていこうとした結果が、これなんだわ……)

  リンディの心境は複雑であった。自分たちが一番の存在であるが如く、他世界を管理下に置いてきた時空管理局の行いの数々は、ここで致命的なものとなったのだ。時空管理局で戦える者は、大半が魔導師に限られてしまう。それに対し、SUSは高度な科学力を有する軍事国家。魔法で対抗しきれる相手ではない。
  もし対抗できるのであれば、今頃はSUSを撃退している筈だ。それが出来ないのだから、魔法が絶対優位の存在とは成り得なくなった証拠だ。

(……これから、もっと過酷なことになるのは目に見えるわ)

  人の命を奪い合う戦争に慣れていない時空管理局。全てを魔法によって解決してきた魔導師、局員には、この戦争を乗り切るには相当の覚悟を持ってもらう必要がある。自分の子供たち――クロノ、フェイトの2人は無論のこと、友人や知り合いたちも渦中に放り込まれることを考えると、胸の痛くなるリンディであった。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
地震発生からしばらくたった今も、余震や原発の騒ぎで落ち着かない様子ですが、放射能には気を付けたいですね。

さて、今回は会話シーンばかりとなりました。
これで一応の態勢を固められばなぁ、と思いつつ展開をどうやって転がそうかと思案中ですw

拍手リンクより〜
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[24]投稿日:2011年03月23日20:12:21 EF12 1 [拍手元リンク]
SUSに言わせれば、「お前たちは井の中の蛙だ」でしょうね。
管理局の威信を体現していた次元航行艦も、実は次元空間という穴ぐらでしか生きられないモグラでしかなく、SUSという猛禽類の前では狩られる対象でしかない――。
無論、地球艦隊も傷ついた猛禽で、挑発すれば鋭い嘴と爪で引き裂かれてしまうんですが……。

管理局と地球艦隊はどう対応するのでしょうか?
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〉〉毎回のご感想、感謝いたします!
「井の中の蛙」まさにその通りですね。各世界もSUSという新勢力を前にして恐怖におののいているでしょうし、管理局もまた危機的状況へとあります。
どうやって管理局を動かしていくか、悩むところでもありますw



・2020年4月10日改訂



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